第39話 モニカレベル23 ノアレベル37 アルマレベル35

 強引に魔法で傷を癒したせいか、なんだかよく歩き方が分からない。よく血行が悪いとはいうが、この場合は何と言うのだろう。魔力が回らない? 魔流が悪い?

 普段からゆったりとした歩き方のモニカだが、いつもなら一歩で歩く距離を二歩で歩いているため実にゆったりとした速度で歩を進めている。野良ネコが欠伸をしながら足元を通り過ぎていくのを横目に、たまにはこういう日もいいだろうと自分を無理やり納得させる。

 辿り着いたのは、村の広場。この間のルクセントの街とは違い、人通りの多い場所のはずだがベンチといった便利な物はない。それでも、何となく座りたいなと思い、手頃な場所を道の端っこに見つける。よたよたと歩き、息を吐きつつ腰を下ろしたのは地面から半分だけ顔を出した大きな石。表面は平らで、お尻一つ置くにはちょうど良い大きさだ。

 ひんやりとした感触を心地よく思いながら、モニカはのどかな村の風景を見た。


 「平和だなぁ」


 視界の隅ではカラカラと水車が回り、牛が屋台のような車を引いている。

 マキアの石があれば、もっと便利な道具があるのだろうが、この村にはそのマキアもあまり出回っていないようだった。あったとしても、室内を照らすためのマキアがあるぐらいだろう。それでも、遠くの方から走ってくる子供は手に布のぬいぐるみを持って楽しそうにしている。遊ぶところがなくても、楽しいというのはまさにこういうことを言うのかもしれない。


 「うんうん、こういう時間も必要だよね」


 もともとのんびりすることが大好きなモニカ。中学の時の授業で、クラスのみんなに自己紹介をしよう、というものがあった。その時は、特技に寝ること、好きなことにのんびりすること、と書いたものだ。……自分では、なかなか面白いと思って書いたことだったが、それは友達を作ることには繋がらなかったのはその後の生活を見れば明白だった。あの時、うまくいっていたら、ぼっち飯とは無縁だったのだろうか?


 (うぅぅ……また悲しいこと思い出しちゃったよぉ)


 頭を叩かれた子供のように自分の頭を両手で押さえて体を丸めるモニカ。でも、こうやって体を小さくしていると気持ちが楽になってくる。昔からそうだ。辛い時や寂しい時に体を隅っこに暗いところで小さくする。それだけで、何となくの平穏をくれた。そもそも、私はこういう何となくの平和を好む性格なんだ。


 (こうしていると世界に私が関わってないみないで、楽なんだよね)


 瞼を落としてみれば、もっと世界は遠く狭くなる。元の世界にいた頃は、加えて耳にヘッドホンを装着すれば完璧だった。音楽は何でもいい、静かなものなら、それだけで心の傷を癒してくれる。

 あの頃は何を聞いていたのだろう? 流行のアーティスト? それとも、コマーシャルで流れていたあの曲? あ、違う。……子供の頃から好きなアニメの歌だ。

 異世界に迷い込んだ少女が冒険して、それから恋をして、大切な人達を守るために戦う。

 憧れ、求め、真似をして、夢だと知り、理想に傷つき、現実に侵され、そこに残ったのは水溜りのような癒し。

 今の自分はあのアニメの主人公のようではないか。立場は一緒だが、やっていることは違う。あのアニメの主人公は最初から強かった。心も体も。でも、私は最初から弱い、精神も肉体も。そして、この場合は主人公イコール勇者になる。


 「……これって、私が勇者にはなれないてことかな?」


 「――おねえちゃん、ゆうしゃなの?」


 幼い声を耳にしたモニカは、慌てて顔を上げた。そこには、濃い黄色の髪をしたタンポポの花びらのような色をした髪の少女がいた。まだ五歳にもなっていないように見える。少女というより幼女というほうが正しいかもしれない。右手に持っていた布のぬいぐるみを見れば、先ほど走ってきていた少女だ。まさか、ここを目指していたとは思いもしなかった。


 「うっとえぅと……」


 意表を突かれたモニカは、思考の海の中に落ちていたせいでうまく言葉が出て来ない。そのため、まごまごと口から出るのは謎の声。

 モニカが動揺していることなんて気づかないで少女は、モニカが座っている石を指差した。


 「あのね、そこわたしのお気に入りなの。おねえちゃん、まだすわる?」


 一切の悪意なく少女が言う。最初は少女の言っていることが理解できなかったモニカ。しばらく自分と少女を何度も見ていたが、指先の方向が自分の尻の舌だとそこでやっと気が付くことができた。


 「あ、ご、ごめんね!」


 「ん、だいじょうぶ」


 あたふたと立ち上がれば、少女は今までモニカの座っていた場所にどっかりと座る。

 モニカは全く悪くないのだが、悪いことをしてしまった気がして、申し訳なさそうに内側の眉を中央に寄せる。


 「ごめんね、わざとじゃないんだ」


 ぺこぺこと頭を下げるモニカに対して、何をしているんだ、この人は? と億劫な視線を少女は向けた。そして、モニカの謝罪に興味もない少女は先ほどの質問を再開する。


 「どうでもいいけど、おねえちゃんてゆうしゃ?」


 「ど、どうでもいい!? それはそれで、ちょっと悲しいけど……。うん、まあ……一応」


 「ほえー、ゆうしゃてほかにもいるんだね」


 「他にも?」


 「むらにもいたんだよ、キリカていうゆうしゃが」


 ついさっき少女の声をかけられた時とは比べ物にならないほどの驚きが電流のように駆け巡った。耳に入った”キリカ”という名前が、体内を刺激して回っているようだ。そういえば、よくよく少女の手に持ったぬいぐるみを見れば、キリカによく似ている。

 胸に手を置き、平静を装いつつモニカは少女に聞いた。


 「その子は、この村で生まれたの?」


 「ちがうよ、きおくそーしつでこのむらにきたの」


 「記憶喪失……。そんな、キリカちゃんが……」


 「でも、みんなからゆうしゃさまーてよばれてたから、すごいんだよっ」


 興奮しながら語り掛けてくる少女の表情を見ていれば分かる。キリカは、きっと村の英雄だった。それは勇者と呼ばれても違和感ないほどに。

 キリカは事あるごとに勇者に固執していた。いや、執着といってもいい。それはきっと、記憶のないキリカにとって気持ちの支えではなかったのだろうか。自分が記憶のない立場なら、きっと勇者と呼ばれれば、それを信じてしまいそうになる。それに縋りつくたくなってしまう。

 いつの間にか、石から立ち上がり少女がモニカの太腿の辺りを抱きしめるように掴んで顔を見上げていた。


 「ねえ、おねえちゃんはキリカのおともだち?」


 どう答えていいのか分からないモニカは、真っ直ぐな少女の眼差しから逃げるように目を逸らしつつ返答をした。


 「知り合いだけど、違うよ。でも、友達になれるなら……なりたいな」


 「おなじゆうしゃなのに?」


 「うん、同じ……勇者なのに」


 「んんんぅ? むずかしいー」


 「難しいね、私も思う。……もっと簡単だったらいいなー」


 モニカが全身から力の抜けるような溜め息を吐けば、それを見ていた少女を真似をして溜め息を吐く。だが、溜め息を吐くことには慣れてないようで、そのまま「は」と「あ」を発音している。はあ、と。

 溜め息が慣れていないのはいいことだ、悩みを共感しようとしてくれる優しい少女の頭を撫でた。


 「お名前、教えてくれない?」


 「おなまえ……。なまえは、サラ」


 「サラちゃんか、かわいい名前だね」


 「うん、キリカもなまえほめてたっ」


 名前を褒められたことで喜ぶサラを見れば、キリカも同じ光景を見ていたのかな、と考える。同じようにサラをお話をして、それでついかわいくて頭を撫でたりしたのかな。


 「おねえちゃん? どうしたの、なんか……なきそう」


 モニカの瞳よりもさらに大きなサラの瞳が覗き込んだ。

 もしかして、泣いていたのか。目元を擦ってみるが涙のような液体は付かない。それでも、サラに声をかけられなければ泣いていたのかもしれない。その時、ふと考えた。キリカもこうやってサラに救われたりしたのだろうか。そう考えるなら、もしかしたらサラがキリカへの疑問を、そして自分の考える悩みを解決してくれる糸口になるかもしれない。

 キリカちゃんのことが分からないなら、キリカちゃんを知ればいいだけの話だ。昔の誰かと関わることから逃げ続けた日々とは違う。今は、勇者として生きていかなければいけない毎日だ。それに、自分はもともと弱い。だったら、子供でも何でも頼りたい。力を貸してほしくなる。

 サラと変わらないぐらい、目を大きくさせたモニカの表情からは消えかけていた活力を感じさせた。


 「サラちゃん! キリカちゃんて、他には何か言ってなかった!? もっとキリカちゃんのことを教えて!」


 急に大声を出したモニカに、最初は目を丸くさせていたサラだったが、ニッコリと大きく笑えば頷いた。




                 ※


 レナータ村の近くの森。つい数ヶ月前まで、頻繁にオオグが出現していたが、それも昔の話。オオグが出没していたなんて、いつかは、レナータ村で伝説として語り継がれるほどに現実感のないものとなっていた。

 キリカが出現し、オオグは少しずつ人に恐怖を抱くようになった。そんな状況から脱却するためにも、オオグは大群を作りレナータ村を襲撃したが、一人の人間によって全滅。周囲に住むオオグは、全て絶滅したと思われていた。

 オオグが何体いたかなんて、誰にも分からない。あれ以来、オオグが出なくなったとはいえ、それはキリカが抑止力になったからだ。まだ、少数ながらオオグは生きていた。


 『ウオオオオオオオオオォォォォン!!!』


 右腕の無い一匹のオオグが号泣していた。

 オオグが死ぬことはよくあることだ。上位のモンスターからすれば、オオグは餌にもなるし奴隷にも使われる。同種のモンスターからも、人間と同じように餌を探して調理が必要なものは焼いたりしなければいけないことから見下されている。捕食する側であるはずの人間のようだ、と。

 人間から見ても同じだ。戦い方を知らない人間なら負けることはないが、少しでも戦闘経験のある人間なら、むしろオオグが狩られる側だ。下手をすれば害虫扱い。それはまだいい、魔法に長けた人間なら奴隷にしたり肉体を実験材料に扱ったりした。

 もう何十分も泣いていたオオグは、大木を積み上げたピラミッド状の物体の前にいた。それは、オオグなりの墓代わり。切り刻まれた仲間達を運び、そこに死体を埋めた。生き残ったオオグは僅か数体で、今ここで泣いているオオグ以外の仲間達は既に他の場所へと移っていった。

 この森に住むオオグは、独自に集団を形成していた。両親を戦士に殺されたこのオオグは、その集団の仲間達が家族も同然だった。しかし、自分達を守るはずの集団が結果的にキリカという敵を作り出した原因でもある。

 仲間意識の薄いモンスターとされるオオグだったが、このオオグは特殊な生い立ちのせいで、集団に執着するオオグへと成長していた。最初から何も無かったからこそ、周りに他者がいるということを愛しく思っていた。ある意味では、最も人に近い性格を持ったオオグ。それ故に、そのオオグは闇にも染まりやすい。

 声が枯れるまで泣き続ければ、そこから背を向けてのしのしと歩き出す。

 真っ赤な目で見つめる先は、まだまだ遠くに見えるレナータ村の姿。


 『ニンゲン、ユルサナイ』


 他のオオグよりもずっと低く怪物の地響きのような声を出すオオグ。左手に自分で作った石と木でできた石斧を握る。例え勝てないとしても、せめて一人でも多くニンゲンを――。


 「困った人、いや、困った怪物?」


 女の声が聞こえてオオグが背後を振り返る。その空間には、もやもやと黒い炎のような魔力の塊が宙に浮いていた。一見すれば、火が燃えているだけのようにも見えるが、その漆黒の炎はまぎれもなく魔力でできたものだ。触れても火傷することはないだろうが、その代わり魔力に干渉されて頭の中をぐちゃぐちゃにされる。

 片腕のオオグからしてみれば、それが魔力が関係する物体かどうかなんてこは一切分からない。それでも、その存在はまともではないことだけは理解できた。同時に、それが自分に敵意がないことも。


 「そんな、不思議そうに見ないで。アナタさ、人間に復讐したいんでしょう? 私の言うこと分かる?」


 返事をすることも頷くこともなく、ただじっと黒い炎を見つめるオオグの反応を肯定だと受け取る。


 「どちらにしても、今のアナタじゃ勝てっこない。だから、私が力を貸そうと思っているのよ」


 『ニンゲン、ケセル?』


 「お、言葉通じるわね。ええ、消せるし吹き飛ばせる。……こういう風に一回一回、話をするのも面倒だから、力だけはあげる。後は自分で好きなように使いなさい。ただ、もうオオグなんて中途半端なものには戻れないから……それだけは、頭に入れといてね」


 黒い炎から真っ直ぐに手が伸びる。その手も黒一色で、まともな人間が使える魔法ではないことは明らかだった。そんな手の色以上に目を引くのは、黒い手の平の上に置かれたサッカーボールほどの大きさの赤色の球体。

 赤色の球体がビクビクと痙攣したように震えたかと思えば、どろりと瞬間的に氷が解けるように液体に変化する。そして、オオグがそれに手を伸ばすよりも早く口の中に潜り込んだ。そのまま抵抗する時間もなく、強引にそれを飲み込まされたオオグは右腕の斧を落として悶え始める。


 『ウグゥオォ!?』


 右手の伸び放題の爪で胸を掻き毟り、血をだらだらと流しながら地面にうずくまるオオグ。


 「それでは、思う存分に復讐楽しんでね。一通り、復讐終わったぐらいに顔を見に来るから」


 出前の食器をまた取りに来るような、緊張感のない口調で黒い炎が言う。そして、息でもかけられたように魔力の炎は、風に流れるように消えた。

 それから、数十分。指一つ動かすこともなければ、呼吸すらしていないオオグが左腕をついてゆっくり体を起こす。そして、”右腕で”立ち上がった。

 両目は真っ赤に染まり、突然出現した右腕は血のような濃い赤色をしていた。その腕は五本の指があるものの爪はない。正確には、腕の形をした魔力の腕というところだった。


 「……オオグでなくなるというのは、こういうことか」


 オオグの口から漏れるのは、壮年の落ち着いた声。それは、知性を感じさせた。

 手にした右手を開いては閉じ、再び開いてみる。その感触も気分を高揚させるが、何より全身に満ちる魔力が心地よい。体液の流れが変わっていく、今まで足りていなかった頭を良くしようと体内の様々な細胞が騒ぎだし鼓動が早くなっていく。

 オオグは視界の中で小さく見えるレナータ村を憎しみを込めて見つめた。


 「待っていろ、人間ども。俺の前に現れた人間は、一人残らず消してやる。一人残らずだ」


 赤腕のオオグが、頭のネジが外れたようゲラゲラゲラと激しく笑った。

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