第四章 チビッ子だけど、ダメ勇者助けます
第18話 モニカレベル18 ノアレベル36 アルマレベル34
レットの言っていた勇者の遺跡が近くの町を目的地に、ルクセントの街を出発した翌日。
馬車を使えば、もっと早く着く場所だったが、モニカの命を狙っている者がいると分かっている以上、誰かを巻き込むことはできない。ルクセントにモニカがいると敵に知られている可能性もあり、襲撃される危険もあるというノアの提案を聞き、道沿いに歩き続けたモニカ達。
そんなモニカ達は――。
「がんばって! アルマちゃーん!」
「きめるわよ! イフリートフレアッ!」
――ただいま、戦闘中だ。
襲い掛かってきたのは、オオガタケンのチワワ種。聞いての通り、大きな二つの耳にくりくり眼のチワワの見た目をしたの巨大犬だ。あの顔でこの大きさは、なかなか気色悪い。さらには、あの無感情とも呼べるボーリング玉のような瞳で見つめられながら、追いかけられたり、棍棒を振り回されたりすると余計に怖い。もうこれは、恐怖映画の領域だった。
つい数分前まで、海が広がり砂浜が見えてきたことに大喜びして駆け出した三人だったが、モニカ達がやってくるのを予測していたように、あらゆる場所から出現したオオガタケンに囲まれることになった。
だからといって、ここで足を止めるモニカ達ではない。
モンスターの群れを過去に一度追い返し、魔人も倒すことに成功している。それが大きな自信となるだけではなく、同時に力も手に入れてきた。
ノアは敵の棍棒の中を潜り抜けて、的確に確実に数を減らしていく。
ロダンの時よりも数は少なく、魔人以上の脅威には感じられない。
モニカのおうえんスキルを受けて、一度要領を得たアルマは魔法を使い分けて敵を炎に沈め、氷で砕き、魔力の弾丸を当てる。
『テッテテー! モニカのレベルがいち、ノアのレベルがに、アルマのレベルがに、上がったのじゃ』
という樹木神のアナウンスが流れたところで、戦闘の終わりを告げた。
所要時間は五分もかからなかったのではないのだろうか、ところどころ焦げた地面を見ながらモニカはそう思った。
※
「うっみぃ――!!!」
どこまでも伸びていきそうなモニカの声が、青い海に溶けるように響いていく。
モニカ達は、どういう訳か砂浜海岸に立っている。
道沿いに途中までは歩いて来ていた。野宿をした際に、地図を広げて見たところ、近くに海があることが判明した。元の世界では街中に住んでいたモニカと山暮らしだったノアは行きたがったが――。
「海? いいこと? 忘れているとは思うけど、私達は追われているのよ? そんなことしている場合じゃないの。分かってる?」
ちらっちらっと地図の海の部分を見ながら、理性で海行きを当初は否定していたアルマ。
二人の非難を浴びる中、宿泊した宿屋で海岸の近くにモンスターが出現したという話を聞き、「あらモンスターですって! なら、仕方ないわ! 忙しくて時間に余裕も無くて行く目的も思い浮かばないけど放ってはおけないわ!」と口角を上げて言ったアルマに流されるがまま結果的に海に行くことになった。
ちなみに、前の晩アルマが眠れていないことをモニカもノアも知っている。
「私は海なんて初めてだから、なんだか緊張するな」
砂浜の感触に驚きつつノアもモニカの後ろをついてくる。
寒くもなければ熱くもない。実に心地よい気候で泳ぐには少し厳しいかもしれないが、足を海に入れてみる分にはいいかも。
モニカはそんなことを思いながら、皮で出来た靴と鎧を脱げば砂浜に放る。ぱたぱたと足音を立てながら海に足を入れた。
「冷たっ。……でも、気持ちいい! ノアちゃんもおいでよ!」
ひんやりとした感覚に、思わず顔をしかめるモニカ。しかし、次第に自分の体温と混ざり合っていくような気持ちの良さを感じつつ、両手をメガホンの形のようにしてノアを呼んだ。
下に妹弟がいたこともあり、素直なはしゃぎ方というものに慣れていないノアは、おずおずと靴と鎧を脱げば、少し照れた様子で走り出し、海に足をおそるおそる入れた。
「おぉ……! これが海か。モニカ、海だぞ。これが海なんだ!」
足を上げ下げしながら、その感触を楽しんでいる様子のノアの姿を見たモニカは、口からこぼれるように笑い声を漏らす。
「ね、気持ちいいでしょ。ノアちゃん」
「ああ、確かにな。できることなら、妹や弟も連れて来てやりたいが……。これは……しょっぱい!? 海はやっぱり、しょっぱいんだな!」
一瞬だけ寂しげな表情を見せるノア。やはり、いつも堂々としている彼女のも心のどこかでは家族と別れたことで寂しい気持ちもあるのだろう。
モニカは、ノアを見て「ノアちゃん!」と一際大きな声で名前を呼んだ。
「だったら、いつか連れ来よう! 今はモンスターが多くて難しいのかもしれないけど、その原因を突き止めれば難しくないはずだよ! 私も、もっとも~っと頑張るから!」
両手を力いっぱい握り、強く主張するモニカ。
ノアは自分がモニカという勇者の仲間であることを嬉しく思いながら、モニカの小さな体を抱きしめた。
「わわわっ、私の髪とか濡れてるよっ」
「気にするな。潮の香りとモニカの甘い匂いで、むしろ幸せだ」
たまに暴走することのあるノアだが、普段とは違い、切なげな声を漏らすノアを前にしてはモニカも抵抗なんてできない。そのため、「たはは……」とモニカも恥ずかしそうに笑う。
このままノアの温かい柔らかな感触も悪くはないが、何だかこのままというのも時間がもったいない気がする。
モニカはふとそんなことを思い、何となくモヤモヤとした気持ちを押しのけるのかように、モニカはノアの体を両手で強く押した。
「うわっ……!?」
海水を上に飛ばしながら、ノアが海中に尻餅をつく。いきなりの不意打ちでモニカに体を押されたものだから、さすがのノアも対処することができなかった。
目をパチクリとさせながら、不思議そうにモニカを見つめるノア。どうして、こうなったのか今でも分かっていない様子だった。
ノアの惨状を見たモニカは、満足そうに「にしし」と少年のように笑う。
「ノアちゃん! だったら、今のところは思いっきり遊ぼうよ! 海をたくさん満喫して、ルルちゃんやイムくんに土産話をしてあげようっ。教えてあげたら、二人が来るときに海の楽しさが倍増だよ!」
呆けたようにモニカの顔を見ていたノアだったが、表情を楽しげなものに崩す。銀髪に付いた海草を払い落とせば、ノアも海面から水をすくえばモニカへとかける。
「ぶわぁ!? いきなり、ひどいよぉ。ノアちゃぁん……」
「お互い様だ。一緒に遊ぶと決めた以上、精一杯やらせてもらう」
「よーし、私だって負けないんだからね。……ただし、溺れたら助けてよ?」
「海に初めて来た私にそれを言うか……?」
まあいい、泳げなくても海水が溶岩になったとしても、もしモニカが溺れた時は全力で助けるだけだ。そんなことを思いつつ、ノアとモニカは濡れることも忘れて海を満喫することに決めた。
※
一方、その頃。
気になることがある、と言って別行動をしていたアルマ。彼女は、先ほど戦闘していた場所を確認していた。
それはある違和感を調査するためだった。戦闘中も感じていたが、アルマには今のところ言葉にすることのできない何かがそこにずっと漂っている気がした。
「やっぱり、なんかおかしいわね……」
イフリートフレアのせいで、黒く焦げた地面に触れてみれば、何かおかしい。
僅かにそこには、魔力の形跡が感じられた。いや、正確にはこの周囲一帯にだ。
「魔力の残滓? 私が魔法を使ったんだから、そんな残りかすがあってもおかしくはないんだけど……。でも、この魔法は攻撃魔法とは何か違う」
モニカのおうえんスキルが、魔力の残滓として残っているのか。いや、それにしては、あまりに”魔法過ぎる”。アルマとノアはなんとなく分かっているが、モニカ勇者の力から発生する魔力は、魔法とはまた違う原理で行われている。
もしも、魔法が一般には存在しないことになっている世界があるなら、アルマの使う魔法はかなり特異な存在だ。そう考えるとモニカの持つ勇者の力が、この世界でいう特異な存在みたいなものだ。しかし、今感じているこの魔力の残滓は、何か違う。
「もしかして、あのオオガタケンて……」
ルクセントで買った肩から提げていたバッグの中身を探せば、その中から出てきたのは一冊の本。それもルクセントで買ったものだったが、モンスターのことについて書かれた図鑑だ。
ぱらりぱらりとめくってみれば、あるページで手を止めた。そこには、オオガタケンのことについて書かれた文章。
「やっぱりね、なんかおかしいと思ったのよ」
図鑑を再びバッグに戻せば、周囲を見回す。今は、潮風を感じるだけの何もない原っぱ。しかし、これは明らかに何か作為的なものが動いている。
「オオガタケンは、海の近くに生息なんてしていない。それに、この魔法の残滓は私のものではない。……きっと、また魔人族が何か罠を張った可能性があるわね」
ゴートンの件で、魔人族が狡猾な生き物だと分かっている以上、ここに長居することはよくない。
楽しい気持ちに冷水を浴びせられたような気分にアルマは拳を握りしめる。
「くぅ……海ぃ……」
恨むは自分の感性の鋭さか、それとも事件を起こそうとしている者達なのか。
例え野宿になったとしても、ここから離れた方がいい。そう判断したアルマは、急ぎ足で二人が待つ海岸へと向かった。
――その後、アルマはびしょ濡れになったモニカとノアを見て、二人っきりにさせたことを後悔することになる。
※
「……で、どうして二人はびしょびしょなのか教えてくれないかしら?」
青筋を立てながらアルマがそんなことを言うものの、内心、自分が遊びたい気持ちも怒りの中に込められていた。
モニカとノアの普段よりも高い声が聞こえ、何か起きているのではないかと慌てて海岸に向かったアルマだったが、その視線の先では楽しげにお互いを押し合って海水をかけ合う二人の姿があった。それを目撃したアルマは、「モニカ! ノア!」と鬼の形相で、二人を呼んだ次第である。
「え、えーと、ほら……やっぱり海とかあったら、こう開放的になっちゃうもんでしょ?」
モニカがスカートの裾から水滴をポタポタ落としながら、そんなことを言う。
「でしょ? じゃないわよ! ついさっきまで、モンスターに襲われていたんだから、少しは警戒心を持ちなさい!」
「ま、待てアルマ。お前だって、本当は泳ぎたいのだろう? 飛び込みたいのだろう? 水をかけ合いたいのだろ? 痩せ我慢はやめて、一緒に海を楽しもうじゃないか!」
謎のフォローを入れるノアだったが、すぐに言葉を詰まらせる。必死に話かけてくるノアを見たアルマは視線だけで圧倒していた。
長々とした説教が来るのを恐れたモニカは、びしょ濡れの体を止める間もなく勢いよく転がせた。
「しょうがないよ! 海だよ! 海ウミうみ! 基本、室内の遊びしか知らない私でも、友達と海に来たら嬉しくなっちゃうもんだよ! 友達と海に来るなんて、生まれて初めてなんだもん! ……て、砂が熱い!」
ノアとアルマが起こすこともなく、モニカは体を焦がすような熱さにすぐに立ち上がる。
子供のように喚いて言うモニカの声を聞き、アルマは深く溜め息を吐いた。どうやら、自分もモニカには甘いのかもしれない。そんなことを考えつつ、アルマはモニカの頭に乗った砂を払った。
手を伸ばされた時に叩かれるかも、とか思ったモニカは瞼を落としていたが、予想外の展開に目を丸くした。
「しょうがないわ、私達の勇者様がこうまで言っているなら、今日はここで野宿するわ。一応、いろいろ道具は買って来てるから、とにかく……まあ、友達と過ごす海というのを楽しみましょう」
「おお! アルマちゃん神だよ! アルマ神!」
「ふっ……素直に遊びたいと言えばいいものを」
ぷい、と顔を背けつつ言うアルマの顔は赤かった。謎の敵への心配もあるが、さすがに魔人すら倒した自分達を相手にして下手に攻撃をしてくることはないだろう。という甘い考えのもう一人の自分の囁きを受け入れつつ、靴と帽子とローブを脱いだアルマはモニカとノアと海に駆け出して行くのだった。
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