ふさふさ尻尾のボニョ
我が家に初めて「ミー」ではない猫が来たのは、小学校の3~4年の頃だったと思う。私の住んでいた地域は田舎という事もあり、近所づきあいがかなりフランクで、どこかの家で犬が産まれたり猫が産まれたりすると、とたんに地域にそのニュースが知れ渡った。
すると、私を含む小学生の一団は、飼うわけでもないのに放課後に仔犬・仔猫の見学ツアーを組み上げ、その家へと押しかけては仔犬や仔猫を撫でたり抱き上げたりしていた。このツアーはなぜか犬の方が多く、猫はまれだった。うちの地域では「飼い猫」というスタイルは珍しく、うちのミーたちのような「いる猫」スタイルが多かったのかもしれない。
そんなある日、クラスに近所で猫が産まれたという噂が流れた。私もツアーに誘われたのだけれども、習い事か何かと被ったので参加しなかった。その話を聞いてから2~3日後の授業中、手紙友達から、「
真崎ちゃんは、「クラスは違うが顔は知っている」程度の付き合いの子だった。もっとも、1学年3クラスしかないので、顔を知らない同級生はいない。それでも当時の私と真崎ちゃんは、相談はおろか、お喋りをする事も珍しい仲だった。いったい何だろうと思って休み時間に行ってみると、猫を1匹うちに置いて貰えないか、という相談だった。
なんでも、先日の仔猫見学ツアーに行った真崎ちゃんは、そのうちの1匹をどうしても家で飼いたくなり、ダメ元で連れ帰ったらしい。しかし、親に反対されて返してくるように言われてしまった。泣く泣く飼う事は諦めたものの、返してしまって会えなくなるのはみれんがある。そこで思い出したのが地域の猫ステーションとの噂も名高い我が家だ。うちに置いておけば、少なくとも会いに行ける。そう考えて相談することにしたそうだ。
そこで私が、「うちに置くのは問題ない(祖母が皿にご飯を盛り続けているので)」「ただし、基本的に外飼いなので、いつのまにか貰われていく危険性もある(主に中学生に)」という事を説明すると、真崎ちゃんは少し悩んだけれども、それでOKという事になった。
その日の放課後、真崎ちゃんはさっそく仔猫を段ボールに入れて持って来た。段ボールの中にはタオルが何枚も敷かれ、真崎ちゃんの愛情の深さが垣間見えた。そして、その真ん中には、ふわふわの毛玉のような仔猫がちょこんと鎮座していた。赤茶けた虎模様の仔猫は、この地域には珍しい長毛種の猫だった。
普段ミーたち(ブス猫)を見慣れている私にとっては、目を疑うほどの綺麗で可愛らしい猫。それがボニョだった。
ボニョの名付け親は真崎ちゃんだ。ボニョは全身ふわふわだったが、特に長い尻尾がリスを思わせるほどフサフサのふわふわだった。その尻尾が特にお気に入りだった真崎ちゃんが、「尻尾がボニョボニョしてるから『ボニョ』」と名付けたのだ。「ふさふさ」とかじゃないんだ。と真崎ちゃんの言語センスに戸惑いつつも、私も他のミーとは別にボニョと呼ぶようになった。
おそらく家猫出身のボニョだったが、すぐにうちのミー達と打ち解けて、ご飯時になるとミー達と一緒ににゃうにゃうと祖母の盛ったご飯へと殺到するようになった。野性味あふれるミー達とのごはん争奪戦は分が悪いようだったが、たびたび真崎ちゃんが訪ねてきてキャットフードやおやつをあげていたので、すくすく育って、ころころのふわふわになった。
心配していた中学生による誘拐も起きなかった。ボニョが異質すぎて貰っていくのが躊躇われたのだと思う。それと、小さい頃は真崎ちゃんが首輪代わりにゴムのヘアバンドをつけていたので、「準・飼い猫」と認定されていたのかもしれない。ちなみに、ヘアバンドはすぐにキツそうになったので外されました。
それ以来、真崎ちゃんとは、今でも続いているほどの親しい友人関係になったのだけれども、真崎ちゃんがうちに来る頻度はだんだん減っていった。よく一緒に遊びはするのだが、だんだんとボニョ抜きになり、そのうち、真崎ちゃんから「ボニョ元気?」と聞かれ、私が「元気だよー」と答えるくらいの状態になった。
その間もボニョは、うちのミー達と一緒ににゃうにゃうとご飯を食べたり、日向ぼっこをしたり、私が洗ってる靴の匂いを確認しに来たりしていた。他のミーたちと少し違うのは、ふさふさの毛並みもそうだが、元・家猫の血がそうさせるのか、しきりに家の中に入りたがる事だった。
私が窓を網戸にしてTVを見ていると、ボニョがやってきて窓際でニャーニャー鳴く。そこで網戸を開けてあげると、するりと家に入って来て、そのあたりの匂いを一通り確認した後、私の傍にごろりと寝転んで一緒にTVを見出す。時にはプラスチックの定規や祖父の孫の手等を即席の猫じゃらしにしてちょちょって遊んだりした。
しかし、そのうち問題が発生した。私と兄がカーペットのある部屋でボニョと遊ぶようになってしばらくすると、なにかがピンとカーペットから跳ねるようになった。そう、ノミだ。半野良のボニョにはノミ取り薬や首輪などは着けていなかったので、家の中に移ってしまったのだ。いつもの蚊の刺され跡やかゆみとは違う刺し傷が増えた私たちの足を見て事情を察した母により、部屋は徹底的に掃除され、ボニョは屋内立ち入り禁止になった。
事情を知らないボニョは、窓辺に来てはニャーニャー鳴く。ごめんね、家には入れられないんだと言ってもわかるはずもない。ある時、ボニョは網戸にがしっと飛びつくと、スパイダーマンさながら網戸を登り始めた。私がびっくりして見ていると、するすると器用に上の方まで登り、入口を探しているようだった。そして、足を踏み外して落ちた。
猫好きの方であれば、「猫は高い所から落ちてもクルっと反転して着地するので大丈夫」という話を聞いた事があるだろう。実際、私もミー達が高い所から飛び降りて平然としているのを見ていた。ボニョが落下した時もびっくりはしたのだけれども、自分で登っておいて落ちるという姿を笑ったりしていた。猫でも落ちるんだ。どんくさー、と思いながら。
しかし、落下したボニョの様子はおかしかった。反転しきれなかったのか、頭を打ったらしく、ニャーニャーといつもの声で鳴いているのだけど、どうにも足元がおぼつかないのだ。よく、お笑い芸人がコントで酔っ払いの千鳥足を真似るが、まさにあんな感じでフラフラしていた。
笑っていた私だったが、これは変だと気が付いて慌てて外に出てボニョを抱き上げて撫でたりさすったりした。しばらくするといつものボニョに戻り、立たせてみると、ちゃんとまっすぐ歩く。どうやら一時的な脳震盪のような状態だったらしい。それ以来、ボニョは網戸に登らなくなったし、私もボニョが窓際に来ると、自分が庭に出るようになった。
その後もボニョは、我が家の唯一の「ミーではない猫」として一緒に暮らしていたのだが、2年くらい経ったあたりで、ふっつりいなくなった。相変わらずの美猫だったために、中学生に貰われていったのかもしれない。それとも、あの甘えたでどんくさい仔猫だったボニョが、一人のオス猫として一念発起して旅立ったのかもしれない。
今でも長毛種の猫を見かけたときや、真崎ちゃんとお茶をしている時、それと、網戸を見かけた時に、たまにボニョを思い出す。ボニョはどこにいったのだろうか。良い猫生を送っていたらいいな。他のミー達とはちょっと違う思い出の猫。それがふさふさ尻尾のボニョなのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます