2-9【アクリラ大祭 1:~見送りの朝~】



 12の月の中頃、1年で最も日照時間が短くなる時期。

 この時期、アクリラの街は大きくその様相を変化させる。


 ミルス・アクリラーレ・・・・通称”アクリラ大祭”と呼ばれる期間に入るのだ。


 現在、学術的に採用されている暦の年の節目までは一週間ほど早い時期ではあるが、この祭りは他の冬至の祭りと同様、一年の区切りを祝い、その期間は10日にも及ぶ。

 この10日間は宗教的には旧年と新年のどちらにも属さぬ特殊な期間であり、街の住人たちはその期間の間に、自らを振り返りながら前年の出来事を整理し、新たな”モノ”を取り込んで翌年に備えるのだ。


 その規模はなにかの”催し”や、儀式の枠を超え街全体・・・いやその郊外に至るまで全てが祭りの中に沈む。

 このため、この10日の間、アクリラの街はいつにも増してその混沌の度合いを深め、その様相は知らぬ者が見れば”狂気”に見えるという。


 だが世界最先端の交易都市であるこの街の大規模な祭りとあってか、その知名度と注目度は広く、特に研究、魔法などの分野では世界的な関心事だ。

 そのため祭りの始まる数日前から初日にかけては、この祭りのために集まってくる人々を載せた大量の駅馬車で、馬車乗り場は埋め尽くされてしまう。

 通常であれば都市間用の大型の馬車は、市街地最外縁部の巨大馬車ターミナルで、市内駅馬車網に乗り換えるのだが、

 この時ばかりはそこでは受け入れきれないために市内各所の馬車乗り場を始め、一般的な広場や競技場までもが馬車乗り場として開放される。

 そのせいで最初の2日と最後の2日はそう言った施設での催しは殆ど無いが、だからといってこの祭りの華やかさが損なわれることはまったくなく、むしろ無数にある細々とした催し達がその本領を発揮する。

 また高速馬車などの巨大な馬車が市内を闊歩するため、小さな細道などもいつもより迫力満点で、背の小さい住民などは踏み潰されないように背の高い者によじ登ってそれを見送る有様だ。


 だが殆どの馬車乗り場が到着した乗客で溢れかえっている中、極稀ではあるが街を出ようとする者たちもいる。


「ルシエラ! ケント6つ、こっちに持ってきて!」

「はいはい! 先輩、今行きます!」

「ルシエラ! タグの確認お願い!」

「はいはい! 先輩、こっちの馬車に積む分ですか!?」

「ルシエラ! それそっちには積まないで!!」


 馬車乗り場の中に上級生の怒声が飛び回り、比較的下級生な上級生がその指示に従ってうろちょろとそこら中を動き回る。

 今回のメンバーは全員高等部以上であるらしく、俺達の姉貴分であるルシエラですら下級生雑用なので、その額には汗が浮かんでいる。

 それにしても”絶対的強者”であるはずのルシエラが、あんな血の気の薄いヒョロヒョロの上級生に顎で使われているのはかなり”新鮮”な光景だ。

 もちろんこれは”アカデミック”な集まりなので、その力関係は強さなど全く考慮されないのだろうが・・・ 

 ただ、理不尽なまでの矢継ぎ早の声に答えて走り回るルシエラの姿は、大変そうではあったがなんだか楽しそうだ。

 そのことからも研究者になりたいという彼女の言葉は嘘ではなく、これから始まる”楽しい時間調査旅行”に胸を躍らせているのが分かるので、見送りに来た俺達とベスもなにも言うことはなかった。


 しかしこんな珍しいルシエラの姿が見られると知れば、ガブリエラなんかは何をおいても(邪魔しに)来そうなものだが、さすがにこれほどの人混みの中に降りてくることはないか・・・

 でも案外どこから見ていたりするかもしれないな。

 ・・・なーんてことを考えていると、本当に無駄にやたら高度な【望遠視】スキルの反応を検知したではないか・・・

 見なかったことにしよう・・・


 さて、そんな俺のことなど文字通り眼中にないルシエラの研究所の面々は、次々に巨大な荷物を仕分けして馬車の中や”次元収納”の中に収めていく。

 個人的には全部異次元に保管すればいいと思うのだが、それをあえてしていないことからして外に出しておく何らかの理由があるのだろう。

 ルシエラたちの乗る馬車は貨物用が3両と旅客用が1両。

 どちらも都市間輸送用の大型のものだ。

 ”この時期”に出発するメリットとして、大型の馬車が簡単に貸し切れるという事が挙げられる。

 普段なら貸し切りというのはなかなか難しいが、今なら掃いて捨てるほど余っている。

 それに皆ここまで大量の乗客や荷物を載せてきたはいいが、リターンラッシュは最低でも1週間後。

 その間街の中においておくことも出来ないし、アクリラを出る客など殆ど捕まえられないので営業も難しい。

 なので多少法外な割安価格であっても空荷よりはマシとばかりに請け負ってくれるのだ。


 積み込みは最後に完全に力役であるルシエラがしっかりと荷物を固定するワイヤーを締め、その固定具合を研究者の1人が確認し、ちゃんと固定されている事を告げた。

 するとその瞬間、堰を切ったように全員の体から力が抜ける。

 先程までルシエラを怒鳴りつけていた先輩方などは、今は大人しそうな表情で小声で後輩達を労っていた。


『おんなじ人?』

『こう見ると完全に”インドア派”だな、研究の事になると性格が変わるのかも』


 そんな風に俺達がその”豹変っぷり”に驚いていると、軽く何かを打ち合わせた後に、ルシエラ達がこちらに駆け寄ってくる。

 ルシエラだけでなく他のメンバーも同様だ。

 この馬車乗り場には俺達を含め、見送りに来ている者が何人かいた。

 準備が一通り済んだということで、見送りに来た者たちに挨拶しておこうということらしい。

 その足取りに迷いはない。

 多くは友人や同室の先輩後輩なのだろう。

 当然ルシエラの見送りは俺達だ。

 そして当のルシエラは明るい顔でこちらに駆け寄ると、そのまま口を開く。


「みんな、ゴメンね。 今”荷積み”終わったから。 だけど精密機械はたいへ・・・」


 だがその言葉は、途中で途切れてしまう。

 驚いた事に普段お淑やかで大人しいベスが、いきなりルシエラの腰にタックルするように抱き着いたのだ。


「早く帰ってきてください」


 そしてその顔をルシエラの服に埋めながらそう言った。

 今、ルシエラが着ているのは制服ではなく、青一色の魔法士服。

 普段街の中では制服が義務付けられてる生徒の”私服”は、これから街を出ることの証拠であり、また制服をカッチリと着込んだベスとのコントラストが、これが別れの場面であることを強調していた。


「大丈夫だって・・・1ヶ月半で帰ってくるから」


 ルシエラがそう言ってベスの頭を撫でる。

 だがベスはそれでは収まらない。


「前は”3ヶ月はかからない”って言いました」

「うぐっ・・・」


 ベスの”指摘”にルシエラが苦い顔を作る。

 実際、ルシエラの”前回の外出”は、途中で色々とあったせいで半年近くにまで膨らんだのだ。


『うぐっ・・・』


 その”原因”となったモニカが俺にだけ聞こえる声で、ルシエラと同じように呻く。

 そしてルシエラと顔を向けると、ちょうど苦い顔をした彼女と目があった。


 ”どうしよっか・・・”


 すると、この中で最も”精神年齢”が高いフクロウのサティが、彼の飼い主であるベスの肩に留まり直し、その羽根でベスの頭をそっと撫でる。

 一方の2人の”姉”はルシエラにしがみつく”妹”に対してどの様な対応を取っていいか分からず、オロオロとその様子を見守るしか出来ない。

 だが、ベスはそんな情けない姉たちとは”デキ”が違った。

 服に埋もれた顔を大きく動かして、まるでマーキングのように力強く鼻水と涙をルシエラの服に擦り付けると、一息に顔を上げ、


「ルシエラ姉さま、良い成果が得られることをお祈りしています」


 と言い切ったのだ。

 その顔は涙と鼻水を拭った証拠として赤く腫れていたが、スッキリとした表情だ。

 そしてそのまま掴んでいた腕を離すと、3歩後退って丁寧に頭を下げる。


『なんて出来た妹分・・・』

『うん・・・』


 その様子に俺達が感銘を受ける。

 本当は寂しいはずだろうに、彼女はそれをちゃんと飲み込んだのだ。

 これが8歳か・・・


『これが8歳か・・・』


 どうやらモニカも同意見のようだ。


 だがそんな”決意の籠もった鼻水”を服にベッタリとつけられたルシエラは、空気的にそれを拭うことも出来ず、どうしたもんかと微妙な表情を浮かべている。

 そして諦めたように放置することを決めると、その視線を動かして俺達を見つめた。


「ゴメンねモニカ・・・こんな時期に出かけちゃって・・・」


 そう言ってバツの悪い表情を浮かべる。

 先月俺達が暴走したことは彼女も知っており、その前からモニカが悩んでたことも含めて心配してくれているのだ。

 だがこの”調査旅行”はその前から決まっていたこと。

 時期のめぐり合わせの悪さで彼女を責めることは出来ない。 


「私は大丈夫。 もう心の整理は付いたから」


 モニカが軽い声でそう答える。

 それは嘘ではなかったが、ルシエラを心配させまいと空元気が多分に含まれていた。


「まあ、お祭りの最中に事が大きく進むことはないでしょうけど・・・」


 ルシエラは心配そうにモニカを見つめ、一呼吸入れると勢いよく”注意”を飛ばしてきた。


「いい? 絶対にマグヌスの”軍事系ブース”には近寄っちゃだめよ!」

「うん、分かってる」


 別にそこら中にあるもんでもないし興味もない。


「それと、絶対自分を売るような真似をしちゃだめだからね!」

「分かってる」


 モニカが改めて自分に言い聞かせるようにそう答える。


「あと、ガブリエラになんかされたら言いなさい! なんなら校長先生に頼んで魔力通信送ってもいいからね? ユリウスですぐに帰ってきてぶっ飛ばしてやるから!」

「う、うん・・・」

「あ! あと、格好に気をつけること、アクリラは暖かいからって油断してると風邪引くわよ、今一応冬なんだから!」

「あ・・・はい」


 なんか注意事項多くない?

 ベスには何もなかったというのに、俺達はそれから暫くの間、(比較的どうでもいいような内容の)注意の連打に乾いた返事を繰り返した。

 どうやらルシエラの中でのモニカの”精神年齢”はベスよりも下らしい。

 まあ事実だし、甘んじて受け入れる他ないだろう。


 そしてルシエラは、腰に手を当て一通りモニカへの注意を済ませたことを認識すると、そのまま抱きつくように俺達の頭に手をかけ、自分の顔をその横につけ、囁くように言葉を発する。


「モニカとベスをよろしくね。 ・・・あと1人で抱え込まないこと」

「わかった、ありがとう。 それと行ってらっしゃい・・・・姉ちゃん」


 俺が髪留めフロウのスピーカーを指向性にしてさらに小声でそう答えると、ルシエラが驚きと照れと若干の気持ち悪さを含んだような表情で顔を起こした。

 おい! その気持ち悪そうな感情は何だ!?

 ・・・おっさん声で姉ちゃん呼ばわりはきつかったかな・・・


「それじゃ2人とも、”お姉さま方”にはよろしくね」

「「はい」」


 ルシエラが明日に予定されている木苺の館の”OG卒業生訪問”について、念を押すようにそう言うと、俺達の返事を見て若干申し訳なさそうに苦笑う。

 この祭りの期間中は卒業生もよくやって来るらしく、俺達の部屋も毎年何人かの来訪があるそうなのだが、ちょうどそれと入れ違いになる形で出ていくルシエラにしてみれば、若干心残りのある案件なのだろう。


「あと、あまり屋台には近寄らないこと! 2人なら無いとは思うけど、毎年結構な子が破産するんだから!」


 最後にルシエラが脅すように俺達にそう告げ、それを見たモニカが身を縮め、ベスの表情が真面目寄りに大きく動く。

 その情報は風の噂で聞いていたが、こうして面と向かって言われると俺も少し身構えてしまう。

 曰く、世界中から美味珍味が集まるこの祭りの屋台の魔力は凄まじく、その味に翻弄された生徒が有り金を消し飛ばすまで食い歩くというのだ。

 ベスは大丈夫だが、若干食い意地に不安の残るモニカは怪しい。

 特に肉料理には気をつけねばと、俺は心の中で気合を入れた。


 さて、俺達に対して別れの挨拶を終えたルシエラは、目線を別の方向に動かして”他の見送り”に注目を向ける。

 すると”その存在”を思い出した俺達が僅かに姿勢を正し、ベスの顔に若干の怯えの色が混じる。

 だがルシエラはさすがというか、そんな存在に対しても飄々ひょうひょうとしたものだ。


「別に、見送りに来なくても良かったのに、すいませんね。 アドリア先輩」


 ルシエラがそう言ってヘラヘラと笑う。

 彼女が親しいながらも、俺達やベスよりは距離を感じる者に向ける、あの何ともいえない軽い感じのやつだ。

 そしてその事を知っているというか、目の前で見せつけられたその”小さな少女”は若干の不機嫌さを持って鼻を鳴らした。


「フン、嫌味を言いに来たのよ。 まったく”こんな時期”にアクリラを離れなくても・・・」


 ”小さな少女”こと、アドリア・タイグリス先輩はそう言うなり、その小さな体から凄まじい存在感を撒き散らし、それにベスが小さく声にならない悲鳴を上げる。

 その名前を見ればわかる通り、彼女は”タイグリス6姉妹”の一人であり、俺達の同級生のアレジナ・タイグリスの姉だ。

 そして以前の”青の同盟騒動”で黒幕候補に名前が上がると、ルシエラが”大物過ぎてない”と言ったほどの実力者。

 最上級生で総合3位、戦闘に限定しても4位の実力者である彼女の迫力は、言っちゃ悪いが妹のアレジナとは桁違い。

 成長中のドワーフの例に漏れず殺人的なまでに可愛いが、それだけでない神秘的なオーラが漂っていた。

 

 だがルシエラはそんなものは気にしない。


「ざーんねんでした! 3ヶ月前には全部の申請終わって、校長の認証貰ってまーす!」

「くそう! 1ヶ月前から招集がかかることを読まれてやがった!」


 ルシエラの品のない煽りに、アドリア先輩が軽いノリで憤慨する。


「へへーん! 伊達に毎年”代理”やってませんよーだ!」


 なんでもアドリア先輩は、祭りの大きな出し物にルシエラを動員する気でいたが、それを嫌がったルシエラが先回りして今回の旅行を組み込んだらしい。

 調査対象の時期的な問題とはいえ、祭りをすっぽかすなんて何やらせてたんだろう・・・


「ということで、ルシエラ・サンテェス今年は”お勤め”外させていただきます!」


 そう言い切ったルシエラの笑顔は一切の悔いがないといったものだ。

 そしてそれを見たアドリア先輩が諦めたように肩を落とす。


「まあ、今年は仕方ないわね・・・気をつけていってらっしゃいな」


 そう言って渋々ながら見送りの言葉を言ってくれたのだ。

 ルシエラもそれを笑顔で受け取る。

 その様子から俺達は、2人の間に流れる謎の信頼感のようなものを感じ取った。

 お互い、青の傾向の頂点にいる者として意識するものがあったのか、それとも本当に仲が良かったのかまでは読み取れないが、アドリア先輩がルシエラの研究者になりたいという”夢”を理解しているのは間違いないだろう。

 そのまま2人は軽く握手を交わした。


『なんかいいね』

『ああ、なんかいいな』


 だが俺達がそんな風にいい感じの感想を言い合っていると、当のアドリア先輩がとんでもない”爆弾”を残していった。


「あ、来年からあんた”強制出場”だから」

「え?」

「あったりまえでしょ。 ”高1”ならギリギリ許されても、高等部2年以上の1位生徒出さなかったらアクリラの沽券に関わるわ。

 最後に生徒会長の名前で4年後まで登録しておいたから」

「あ・・・あの・・・アドリア先輩?」

「いやあ、私も”最終学年”だからねー 顔潰されたまま終われないっていうか」


 アドリア先輩が良い笑顔でそう言う。

 だが目は笑ってない。

 そういやこの人、少なくとも生徒としては最後の祭りなんだよな・・・・

 俺はそのとてつもなく可愛いはずの先輩の顔に、恐ろしいものを見たような気がした。





『あっさり行っちゃったな』

『うん』


 曲がり角に消えていく馬車を見送りながら、俺達はそんな感想を漏らした。

 手を振る隙すらない。

 もっと話していたかったが、流石に混雑激しい馬車ターミナルを占拠し続けるわけにもいかず、ルシエラ含め”出立組”はターミナルの怖いおっちゃんの怒声に急かされて、慌ただしく馬車に乗り込んだのだ。

 そして彼らが乗り込んだ”高速馬車”という乗り物は、馬車のクセにバス並みに風情がなく、あっという間に視界から消えてしまった。


『まあ、1ヶ月半で帰ってくるんだ、そんな辛気臭い顔するなよ』


 と俺がモニカを元気づける。

 ただ、なんだかんだで”世間”に出てから一番長く接してきた存在なのだ。

 それが僅かな期間とはいえ、いなくなるとなんだか心にポッカリと穴が空いたような気分になる。

 だがこれにも慣れないと。

 ”前回”が”アレ”だったのでルシエラは今までアクリラにずっといたが、高等部の生徒というのは人によっては1年の大半を世界中を飛び回って過ごす者もいるのだ。

 それに今は気落ちなんてしてられない理由がある。


 モニカは視線を横に抜けると、そこには馬車の消えた曲がり角をじっと見つめるベスの姿が。

 その手は無意識にモニカのスカートの裾を掴んでいた。

 1ヶ月半、俺達だけが彼女の”姉”になる。

 しっかりしないと。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 モニカがベスに声を掛ける。

 ちょうど入れ替わりに入ってきた馬車から大量の観光客が降りてきた。

 流石にこの状態で、いつまでも馬車乗り場の中にいる訳にはいかない。


「あ、はい。 ”開会式”見たいんでしたよね?」

「うん」


 この後俺達は、街の中央広場で行われる祭りの開会式に行くことになっていた。

 ただ開会式と行っても形式的なものらしく観光客だらけなので、街の住人や生徒の間ではあまり行かないらしい。

 露店とか普通に開いてるしね。

 それでもモニカは初めてだし、一番最初の催しであることと、次に行く予定の場所も近いということもあって行ってみることにしたのだ。


「それじゃ、よいしょっと」


 モニカがベスの腰のあたりを両手で抱えて持ち上げ、そのまま後ろの方で呑気に伏せていたロメオの背中に乗せる。

 なんだかベスが荷物みたいだが、2人で乗っても平気だしロメオも祭りの空気を楽しみたいだろうから足として連れてきたのだ。

 ロメオはいつものようにボーッとした表情でいるが、よく見ればしっぽは元気よく揺れているので、こいつなりに街の熱気を感じているのか。

 興奮して暴れなきゃいいけど。

 そうなっても普通に抑えられるが、ちょっとめんどくさい。


『だいじょうぶだよ、ロメオはいい子だから』

『おや、俺の考えが漏れてたか』


 気をつけないと。

 もともとモニカの感情が薄っすら流れてくることがあったが、最近モニカの声が聞こえるようになって俺の感情がますますモニカの方に流れるようになっていた。

 そのうち簡単なイメージとか送れるようになるのかな?


 そして、そのままモニカはロメオに積んである荷物の状態を簡単に確認し、その背に自分も乗り込もうと足を上げた・・・・


 その時だった。


「おいおい、挨拶もなしに、どこに行こうとしてるんだい?」

 

 と、襟元をガシッと掴まれて後ろに引っ張られたのだ。


 突然の後ろ向きの力に引っ張られたモニカは、片足を上げていたこともありバランスを崩して後ろ向きに倒れる。

 だがその直後、大木のような硬い感触に受け止められた。


「あ、アドリア先輩!?」


 モニカが自らを抱きとめるように後ろに立つその先輩の名を呼ぶ。

 遠くから見れば可愛らしい小さな女の子だが、こうして間近でその顔を見ると年上独特の余裕と、そこから来る思わぬ美しさにドキッとさせられてしまう。

 そしてそんな風にあっけにとられた俺達の隙を突き、アドリア先輩はそのドワーフ特有の少し太い腕をこちらの首にがっしりと掛けてきた。


『うわ、にげられない!?』


 咄嗟にモニカが全身に魔力と力を込めて脱出しようと藻掻くが、あまりの力にビクともしない。


『何だこの力!? 単純なパワーじゃ説明つかないぞ!?』


 俺は体にかかった力から算出したアドリア先輩の筋力に瞠目する。

 どうなってんだこれ!?

 アドリア先輩の背は低くモニカとほぼ同じだが、まるで巨人が伸し掛かっているかのような巨大な圧力が上から掛かっていた。


「君、モニカちゃんだっけ?」


 するとアドリア先輩が可愛らしいながらも、ねっとりとした迫力のある声で囁き、それを本能的に”危険”と判断したモニカの顔に冷や汗が浮かぶ。


「え、えっと・・・なんですか? もうルシエラは行っちゃいましたよ?」

「”この私”が祭りの初日の朝に、単なる見送りにやってきたと、本気で思ってるの?」


 そう言ってドワーフの少女は目を怪しげに細める。


『そ、そういやこの人、”生徒会長”なんだっけ・・・』


 様々な催しの案内などでその名前を見かけた俺が、モニカにそう伝える。

 もちろん本物の生徒会ではないが、彼女は事実上の生徒の代表として様々な行事で中心的な役割を果たしていた。

 当然アクリラ大祭に関わっていないわけもなく・・・


「ええっと・・・なんで生徒会長さんがこんなところへ? い、忙しいんでしょ?」


 モニカがダラダラと冷や汗を流しながらそう聞く。

 たとえそれが”罠”だと気づいていても、もう逃げられないのだ。


「仕事よ」

「し、しごと・・・ですか・・・」


 何の仕事だろう・・・

 するとガッチリと俺達の首をホールドしたままアドリア先輩の顔が上に上がり、ベスに向かって声をかけた。


「ちょっとお姉ちゃん借りてくね♪」

「あ・・・はい」


 どうやら俺達に拒否権はないらしい。

 そのままアドリア先輩はモニカの返事も聞かずに、凄まじい力でズルズルと引きずり始めた。

 あ、靴底が、靴底がすり減っちゃう・・・

 俺が足元で発生した摩擦熱に反応していると、モニカがなんとかベスに向けて連絡を伝えた。


「さ、先に広場に行ってて! わたしは直接行くから!」

「ははは、すぐに帰れると思ってるなんて、なんて楽観主義♪」


 そのまま俺達は、何故か上機嫌のアドリア先輩に引きずられて、馬車乗り場の近くにある建物へと連れて行かれた。



 一方、残されたベスとロメオとサティの1人と1頭と1羽は、その様子をなんとも言えない表情で見送るしかない。

 この街において、トップクラスの最上級生に捕まれば、絶対に逃げられないことを知っているからだ。


「モニカ姉さま・・・大丈夫でしょうか・・・」

「きゅるる」

「ホウ!」


「そうですね。 とりあえず先に行って待ってるしか無いですよね」

「ホホウ」


「分かりました。 それじゃロメオさん、よろしくおねがいします」


 ベスはそう言ってロメオの背中を軽く撫でると、ロメオは何の感慨もなくあっさりと目線を己の主人から外し、アクリラ中央広場へ向けて歩み始めた。


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