2-1【ピカピカの一年生 7:~危険な幼稚園~】



 俺達の昼からの授業は、全て補習だ。

 ”特別科目”と”専門科目”の枠が全て補習に当てられているからだが、ザーリャ先生に貰った予定表のかなりの部分が”補習”という言葉で埋められているのは、少し壮観だった。


「近くでよかったね」


 モニカが今日の補習が行われる場所を地図で確認しながら、そんな感想を呟いた。

  

『まあ、中心部の施設はこういった補助的な使い方を想定してるからだろうな』


 今は事務局での確認のあと、簡単な昼食を済ませて移動をしている最中だ。


 ちなみにロメオの使用許可は普通に降りた。 

 近くの厩を使用してくれという事で、それに関する注意事項なども聞いている。

 それと授業の一覧も貰った。

 最初はチラ見して覚えようかとも思ったのだが、一覧を書いた冊子自体を結構あっさり貰えてしまったのだ。

 あとでモニカと一緒に、どんな授業があるのか確認するのが今から楽しみである。


「ここだよね?」


 モニカが俺に確認を取るようにそう呟いた。

 その表情は若干の困惑を含んでいる。

 

『ここで間違いない・・・筈だ』


 一応俺も確認してみるが、すべての資料がこの建物が目的地である事を示していた。

 

 その建物はアクリラの中でもかなり古びた建物で、一目で歴史ある施設だということが理解できる。

 モニカが、建物の玄関の上にかけられた看板を見つめると、そこには”幼年院第4宿舎”と記されていた。

 

 ”幼年院”、それは”幼年部”の生徒専用の寮である。

 人間ならば6歳以下の子供がそれに該当し、彼等は初等部以上の生徒と異なり、大部屋で共同生活を行っているらしい。

 恐らくはその生活施設がこの建物だろう。


 その証拠に、俺達のいるこの場所まで子供たちの元気な笑い声が聞こえてきた。

 例えるならば巨大な幼稚園か?

 間違いなく、本来俺達のような中等部の生徒が来るところではない。


『でも入るしかないだろ?』


 俺がそう言うとモニカがコクリと頷いて、その建物の中に足を踏み入れた。

 

 やたら重々しい扉を開いて中に入ると、すぐにここが”普通”の施設ではないことが伝わってきた。

 重厚な石造りの外観は、古風な市庁舎と言っても通じそうな立派なものなのに、玄関の扉を一枚中に入ると、まず巨大な ”クッション” が目に入ってきたのだ。

 それも1つや2つではない。

 壁の端や曲がり角などに、必ず設置されていた。


 さらに床は石でも木材でもなく、毛の長いフカフカな絨毯が敷き詰められている。

 そして、それらはどれも”使用感”が半端ではなく、どのクッションも歴戦の古強者の様な趣きを湛え、それでも間に合わなかったのか壁や床の一部が凹んでいた。

 間違いなく元気の塊みたいな子供がそこら中を駆けずり回り、体や頭を壁や床にぶつける事が前提の施設だ。

 

 モニカが無言でその内様を見渡すと、俺の中に薄っすらと”嫌な予感”が充満した。

 あ、いや、これはモニカから流れてきた感情だ。

 

 どうやらモニカはこの光景から、あまり嬉しくない未来を予感したらしい。


 そしてその予感は的中する。

 誰かいないかと廊下を歩いていると、曲がり角の1つで高速で接近する”物体”と鉢合わせた。


 元々、大量の子どもたちが蠢いている建物とあって、ギリギリまで気配の察知が間に合わなかったのだ。

 だがそれでもモニカは持ち前の反射神経でもって、なんとかその”物体”を受け止めることには成功する。

 ただ、その”物体”が直撃した俺達の腕には、恐ろしいまでに重たい感触が伝わっていた。

 まるで重さ数十kgの砲弾が直撃したかのようだ。

 正直なところ・・・かなり痛い。


 腕の痛みにモニカが僅かに顔を顰めながら、その”物体”を見つめると、


「わあああ!!!!」


 という叫び声と共に、その”物体”がモニカの手の中で急加速して顔面に向かって突っ込んできた。

 その突然の出来事に俺達は反応できず、無防備な顔面に強烈な一撃が直撃する。

 

「ふぶへっ!?」


 いってええ!?


 突如顔面に発生した鈍くて強烈な痛みにモニカが仰け反り、視界の中に星が飛んだ。

 一方、高速でぶつかったその”物体”はそのまま俺達の手の中から逃れると、曲がり角の向こうに走り去ってしまった。


「ま、待って、うぐぇ!?」


 モニカが走り去った影を呼び止めようとすると、今度は脇腹に強烈な衝撃が。

 見れば先程とは別の”物体”が突入してきていた。

 流石に二度目ともなれば、俺達もそれが何なのか認識する余裕はある。


 そこには本当に小さな男の子がくっついていた。

 制服を着ているところを見るに、アクリラの生徒で間違いないが、街中では見かけないデザインだ。

 おそらく幼年部の生徒だろう。

 くりっとした小動物の様な目が、好奇心旺盛な様子でこちらを見つめていた。


「か・・・」


 かわい・・・ぐへえ!?


 衝動的に飛び出しかけたその感想が、別の角度から突っ込んできた幼女によって吹き飛ばされる。

 モニカがなんとかその場で踏みとどまるも、その踏ん張った足に先程の子と思われる別の男の子がタックルを噛まし、俺達は後ろのクッションに叩きつけられた。

 

 そしてそのままクッションの弾力で弾き返され、フカフカの絨毯の上に顔面から倒れ込むと、子供たちの誰かが背中を踏み越えて走り去った。


「「「わはははははははは!! わあああああ!!」」」


 3人の子供達の笑い声が、廊下に木霊しながらすごい勢いで遠ざかっていく。


「う・・・」

『悪ガキ共め・・・』


 モニカが理不尽な痛みに呻き、俺が悪態をつく。

 だがこれでこのクッションと絨毯の役割を身をもって学んだ。

 こりゃ確かに、こうでもしないと危なくてかなわない。


 まさか魔法の幼稚園児がこんな危険生物だとは思いもしなかった。

 なまじ魔力に秀でてるせいか、もはや生きている砲弾だ。

 全身から溢れる力を、めいいっぱい使って遊んでやがる。


 モニカが、膝に手をついて立ち上がると、子供たちの消えた廊下を睨む。


『こりゃ、早いとこ誰か見つけないと身が持たないな』


 というか本当にこんな所で補習なんてやるのか?

 すると先程遠ざかっていった子供達の叫び声が、再びこちらに向かって近づいてきた。


「わあああああ!!!!」

「まてええええ!!こらあああああ!!」


 見れば先程の悪ガキ3人組の1人がこちらに向かって走り、その後ろから残りの2人を抱えた大人の男性が猛スピードで追走している。

 どうやら悪ガキ共も観念する時が来たようだ。


 だが既に2人の子供を抱えているせいか、明らかに先頭の男の子の方が動きの方が速い。

 それに男性は両手が塞がっているので追いついても捕まえられないだろう。

 なので、


「捕まえて!!」

「え!?」


 それが必然とばかりに、こちらにお鉢が回ってきた。


「ちょ、ちょっ・・・」

「うあああああ!!!」


 こちらが敵に回ったと見るや男の子の表情が変わり、大砲で撃ち出されたかのように急加速して、俺達に向かって飛び蹴りを敢行してきた。

 恐ろしいのは、こんな小さな男の子の破れかぶれのキックでも正確に俺達の顔面を射抜いている事と、直撃すれば間違いなく只では済まない威力があることだ。


 だが今度はこちらも待ち構えることができた。

 モニカは一瞬焦っていたが、俺の方は子供の気配が戻ってきたあたりから準備はしていたのだ。

 視界の中の男の子が突然、急減速する。

 俺が思考加速系のスキルを発動したためである。

 砲弾のような速度は今では目で見て追えるレベルまで落ちており、さらに筋力強化で加速されたモニカの腕が、男の子の足を掴んでゆっくり速度を殺しながらその小さな体を腕の中に抱き留めた。


 いっちょ、あがり。


 これでモニカが一仕事終えたとばかりに僅かにドヤ顔を湛えながら、腕の中の男の子の様子を見ようと顔を下に向ける。

 だがその瞬間、俺達の鼻面に小さな拳がめり込んだ。


 痛い。


「はなせえええババア!! このブス!!」

 

 なんだと!? この糞ガキが!!


 だが俺が男の子の物言いに憤慨している間も、モニカは必死に腕に力を入れて抑えるが、腕の中で男の子が大きく暴れ、その度に体のそこかしこに銃撃のような勢いで腕や足が叩きつけられる。

 この小さな体のどこにそんな力があるのか?

 それでもその強烈な痛みになんとか耐えていると、腕の中の男の子が暴れる勢いは段々と勢いを失っていった。


 俺達のそばに男の子の後ろから追っていた、大人の男性がやってくる。


「捕まえてくれて、ありがとう」

「いえ・・・あ! こら!」


 突然、腕の中で男の子が暴れる勢いが強まる。

 どうやら大人しくなったのはブラフで、俺達の一瞬の隙を見て脱出するつもりだったようだ。

 だがその小賢しい試みは、すんでの所でモニカによって阻止される。


「あああ!!! はなせよ!!! この誘拐犯!!」


 俺達の抱える男の子が叫びながら暴れ、それにつられて男性の抱えていた2人も叫びながら暴れだす。

 一瞬、この男が本当に誘拐犯かもと疑ったが、子供たちのこの男性に対する距離感から、すぐにこの男が別に誘拐犯とかではないことが伝わってきた。

 おそらく彼も教師とかだと思う。


「ははは、元気だろ?」

「ちょっと・・・元気すぎませんか?」


 男性の空笑いにモニカが答えると、男性が表情を疲れたような苦笑いへ変えた。

 

「ここの子はみんな魔力が強いからね、慣れるまでは大変だよ・・・」

「あはは・・・」


 暴れる子供を両脇に抱えたその男性はそう言って肩を竦めると、苦笑いがこちらにまで伝染してきた。


「ところで、君はモニカ君で間違いないかい?」


 男性が不意に話題をこちらの事について切り替えてきた。


「あ、はい、モニカです」

「あ、よかった、君を見つけるのも私の仕事なんだよ」


 名前を知ってることからみて、話は行っているのだろう。

 だがそうなると、本当にここが俺達の補習会場で間違いなさそうだ。

 正直な所、こんな危険なところはさっさとおさらばしたいのだけど。


 すると俺達が抱えていた男の子が、突然モニカの胸を叩いてそこで手が止まった。


「モニカ姉ちゃん、おっぱい無いな!」


 その男の子の言葉に、この場が凍りつく音が聞こえたような気がした。





 俺達はその男性教師と一緒に、危険極まりない悪ガキ3人を小脇に抱えて建物の中庭のような場所にやってきた。

 入ってみて分かったが、この建物は外から見るよりかなり巨大で、沢山の子供たちが授業や活動に興じていた。

 そしてその中庭も建物に負けず劣らず巨大で、普通に学校の校庭と言って差し支えないレベルの広さを誇っていた。


 だが、今その場所は随分と奇妙な空気が漂っている。


「おや、ルイス、モニカを連れてきてくれたのか」


 そしてその中心で、その奇妙の根源みたいな”女性”がこちらに向かってそう言った。

 ルイスってのはこの男性教師のことだろうか。


「ついでに、この子達も連れてきました」


 ルイスと呼ばれた男性教師が両脇の子供たちを掲げると、2人はこれみよがしにその場で暴れた。


「おやおや、悪い子だ」


 その女性がそう言ってニコリと笑うと、その瞬間、サーッと音がするような恐怖が流れ、暴れていた子供たちも大人しくなってしまった。

 おそらく彼等も、”本能的”に力の差を察したのだろう。


 そこに居たのは、このアクリラの3人の管理者の内の1人。

 見上げるほど高い位置に陣取る、蜘蛛の半身を持つ美しい女性だった。


「スリード先生?」


 モニカがその女性の名前を呟くと、蜘蛛の上の美女は妖艶に微笑んだ。


「そう、私が君の補習を担当することになった、スリードだ」


 こりゃまた、随分と”大物”が出てきたものだ。

 かなり特殊な事情と体を持つ俺達の補習を担当するからには、実際に試験に参加した教師の中から選ばれるとは思っていた。

 だが、まさかこの巨大学園の校長と同格の彼女が出てくるとは思わなかった。

 そして今日の彼女は、試験の時に見た姿よりも・・・幾分奇妙なことになっていた。

 

「なんで・・・・裸?」


 モニカが幾つかある奇妙な点の中で、とりあえず目についたものを問う。

 だが、俺にしてはそれは比較的どうでもいい・・・いや、良くない!

 なんでこの”人”、裸なんだ!?


 俺達の目の前の蜘蛛の上についている美女は、文字通り何も纏っていなかった。

 下着すら身に着けていない。

 そりゃもう”丸出し”である。

 スリード先生は相当な美女なので、正直この姿は目に毒だが、あまり嬉しくないのは何故だろうか?


 あまりにも堂々としている上に、下半身が巨大な蜘蛛なので違和感が薄いのだろう。

 だが冷静に考えれば幼稚園で素っ裸の女なんて、不審者以外の何物だというのか?


「動きにくいからな!」

「あ、・・・」


 スリード先生が、さも当然だとばかりにその格好の理由を述べると、モニカが何かを察したかのように声を漏らす。

 どうやら今の返答で納得しなければいけないことをモニカなりに理解したらしい。

 おそらく、それ以上の返答はないのだろうから。

 隣のルイス先生も何かを諦めたかの様に目をそらすだけだ。


 そしてモニカは次に、スリード先生の蜘蛛の足の大量にぶら下がる”物体”に視線が移る。

 この奇妙な光景に比べれば、彼女の格好など些細な問題だ。


 そしてそんな俺達の視線を尻目にその”物体”の”1人”が足を登りきり、スリード先生の人間の上半身に抱きついた。


「せんせー のぼれた!」


 幼い女の子が嬉しそうにスリード先生にそう言うと、巨大な魔獣は、その異様からは考えられないほど優しそうな顔でその女の子を抱きとめながら、その子の頭を撫でる。

 その表情は慈愛に満ちた聖母のようだ。


 だが次の瞬間、驚いたことにスリード先生がその女の子をその場で手放した。


「あ!?」


 女の子は4mほどの高さから地面に向かって落ちていき、その光景にモニカが息を呑んで慌てて駆け寄ろうとする。

 だがその心配はいらなかった。


「きゃはははは!!」


 地面に落下した幼女の何処にも怪我はなく、むしろ落下の浮遊感を楽しんでいるかのように一際笑ったのだ。

 するとその楽しそうな姿を見たせいか、スリード先生の全身にぶら下がる他の”物体”達の上るスピードが増加する。

 スリード先生の細長い蜘蛛の体の至る所に、幼年部の小さな子供たちが張り付いて上の方に向かって登っていたのだ。

 まるで変な形の”ジャングルジム”だ。

 そして地面に落ちた幼女も、すぐに起き上がると再び目の前の蜘蛛の足に飛びついた。


 どうやらこれはスリード先生の蜘蛛の体をよじ登り、一番上までたどり着くと下に落とされるという遊びのようだ。


「君もやってみるかい?」


 スリード先生がモニカにそう言って問いかけると、モニカが困惑した様な表情になる。


「えっと・・・それは、補習と関係有るんですか?」


 モニカが質問すると、蜘蛛の上の美女は微笑みながら首肯した。


「もちろん、あるとも」


 そして意味深に一拍、間を置いてからその先を続ける。


「ようこそ、私の”身体強化”の授業へ」


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