1-4【シリバ村のぬくもり 1:~シリバの壁~】



「あれがシリバの壁だ」


 そう言ってリコがある一点を指差した。

 見れば崖のようになっている川岸の上に木製の壁が並んでいた。


 壁にはところどころ物見櫓のようなものが作られており、土地自体が盛り上がっていることもあって城のような印象を受ける。


「ほー、」


 モニカが感心したように声を上げた。


「ボロっちい村だが勘弁してやってくれ」

「そんなことない、かっこいいよ」


 モニカがキラキラとした目でシリバの壁を見つめる。

 彼女としては初めて見かける人里だ。


「中の連中にそう言ってやってくれ、よろこぶだろうさ」

「本当に?」

「嬢ちゃん覚えておけ、故郷を褒められて喜ばないやつはそういない」


 昨夜のことがあってから気のせいかリコと随分と打ち解けられたように思う。

 最初はどうも妙な距離があったが、今はあまりそれを感じられない。


「モニカ!」


 モニカが軽く憤慨したような声を上げる。 


「何だ嬢ちゃん?」

「ちゃんと名前で呼んでよ」 

「だったら、ちゃんと一人で寝れるようになるんだな、一人前になるまでは嬢ちゃんで十分だ」


 こうやって歩きながら自然に会話できている。

 

 あたりの風景は既に森林地帯ではない。

 今朝早く森の一角の開けたエリアに出たのだ。


 忌々しい木々が無くなってくれてよかった。

 これくらい開けていれば昨日のような失態は犯さないで済む。

 ただ問題もある。


 今俺達の後ろでズガガガガと大きな音を立てて引きずられているソリ達だ。


「なあ、嬢ちゃん?」

「それ大丈夫か?」


 モニカが後ろを振り向き探るようにソリの各部を注視していく。


「どう思う?」


 俺だけに聞こえる声で聞いてきた。


『強度としてはまだまだ問題はない、ただもうソリでは厳しいだろう』


 まだまだそこらじゅうに雪は残っているが、もう既に道は半分以上土が露出している。

 これではソリの滑りが悪くなってしまう。


 モニカの体力的には、筋力強化に回せる魔力は空を飛ぶのに比べれば遥かにローコストで、この状態でも回復量のほうが勝っているくらいなので余裕はあるが。

 だが抵抗の大きさは即ちダメージの大きさに直結している。

 この調子だと壊れるまでそう時間はかからないだろう。


『今後は土の道が増えていくと思うから、このソリはこの村までが限界だと思う』

「わかった」


 そう言うモニカの表情はどこか寂しげだ。

 無理もない、ここまでずっと俺たちの旅を支えてきてくれたのだ。

 俺だって愛着がある。


「で、どうだ嬢ちゃん?」


 リコがソリの様子を聞いてきた。

 それに対してモニカが俺が説明した内容をリコに話す。



「それじゃ、何か代わりのものがないか掛け合ってみるよ、こんな村でも簡単な荷車くらいは見繕えるだろう」

「いいの?」

「それくらいはしてやれる」

「ありがと」


『全く、リコには頭が上がらないな』

「そうだね」


 たけど善意だけでそこまでするだろうか?

 それともこれくらいは普通なのだろうか?


 いや、こんな可愛い女の子が困っているんだ、それくらいは助けたうちに入らん。


 そういうことにしておこう。



 俺達は最後にこのソリを引くことになるシリバまでの道のりをいつもより注意深く踏みしめていた。

 こうして意識してみると腰にかかるロープの力が妙に心を落ち着かせているような気になる。


 ところで、


『モニカ・・・』

「どうしたの」

『なんで胸揉んでんだ?』


 実は先程からモニカが時折こうして自分の胸を触ったり揉んだりすることがあるのだ。

 それもリコがこちらを意識していない時に限って。

 最初は俺の勘違いかと思っていたが、明らかにそうではなさそうだ。

 今もまるで何かを確かめるように揉んでいる。

 何か俺には感じられない胸の痛みでもあるのだろうか?

 

「ねえ、ロン?」

『どうした』


 俺としては本当に何かの不調を心配していたのだが


「ロンはわたしの胸を揉むとうれしい?」

『ちょ、おま、なにいって!?』


「ロンと一緒だった時、胸を触ったでしょ?あの時ちょっと嬉しかったの、でも今揉んでも全然嬉しくないんだ・・・」

『も、モニカ・・・』

「だからひょっとしたらロンは胸を触ると喜ぶのかなって」


『喜ばないから!全然喜ばないから!というか胸揉むのやめて!』


 危うく俺の尊厳が地に落ちるところだった。

 それよりも意識してしまうとちょっと気持ち良・・・・・・・くない!

 いいか俺、これはモニカの胸だが俺の胸でもあるんだ!

 何が悲しくてこんな薄っぺらい自分の胸を揉んで喜ばなくちゃならないんだ!


「・・・・なるほど、ロンは喜ばないんだ・・・」

『ところでモニカさん?なんでまだ触っているの?』

「なんとなく気持ちいいから」


『・・・・・なあ、モニカ今度ゆっくり話そう』

「今じゃ駄目なの?」

『これはな、とっても、とっても微妙なお話なんだ・・・だからその時までは胸を触るのはやめような?』


「うーん・・・わかった」


 モニカはそう言ってようやく胸から手を離してくれた。


 全くあのスキルめ・・・


 原因はわかってる、思考同調中にモニカの胸を触ってしまったのが原因だ。

 それがこんなことになるなんて、つくづく危険なスキルもあったもんだ。


 そんなこんなで俺がどうにかスキルに責任を全てなすりつけている間に、シリバの村の姿がどんどんと大きくなってきていた。


 今は村へ向かう細い上り道に差し掛かったところだ。

 感心することに、道は村の横にある大きな岩をくり抜いて作られており、天井が低く左右も狭い。


 これなら通常のアントラムならともかく魔獣化した連中は通ることが出来ない。

 そうやってこの村は危険から守っているのだろう。


 モニカが恐る恐る岩の道の中を覗き込む。

 意外なことにトンネル状になっているのは最初の数十mくらいで、それ以降は天井がなく上から光が差し込んでいた。

 本当に魔獣よけ程度にしか考えていないのだろう事が容易にうかがえる。


 そして予想通りリコが中に入っていった。

 俺達もその後に続く。


 心配していたソリについてだが意外にも十分に通るスペースが確保されていた。

 恐らく普段から荷物の搬入などで使っているからだろう。

 ここを通る通常の獣についてはどうにかして個別に処理するものと思われた。



「何人くらい、いるの?」

 

 その道すがらモニカがリコに問う。

 この村は大きな壁に囲まれているが、大きさ自体は300m四方程度しかない。

 そうなるとそこまで住人はいないだろう。


「今は50人くらいじゃないか?」

「50!」


 少な!?


 おっと危ない、思わずモニカに聞こえる声で喋りそうになった。

 危うくモニカの夢をぶち壊すところだった。

 彼女には50人でも未知の数字なのだ。


「こんなゴミみたいな村で驚いていたら、街を見たら腰を抜かすぞ」


「ゴミはないだろ、ゴミは」


 不意に上から声を掛けられる。

 驚いて見上げてみれば、岩の道の天井付近に弓を構えた男が二人隠れていた。

 その後ろには物騒なことに大量の樽や石が置いてある。


 緊急時にはアレを落として対処するのだろう。


「よう、今日はお前らか」


 リコがその二人に気さくに声を掛けた。


「その子供はどうした?」


 二人いる男のうちのこちらから見て左側が聞いてきた。

 どちらも顔をフードで覆っているので判別はつかないが、声から先程リコの言葉に反応したほうだと思われる。


「アルバの森から北の果てに抜ける道で拾った、この辺の村の子かどうかはわからねえが、どっちにしろ村長の指示を仰ぎたい」


 そういえば結局リコには俺達がどこから来たのかを話していなかったな。


「了解した、手配しよう、それにしてもそんなところまで行く子供が居るとはな」

「なあに、こんなんでもお前らよりもずっと強い」


 俺は流石にそう言っても信じる人なんていないと思っていたのだが、


「なるほど、魔女か・・」


 モニカの目を見ながら男がそう言った。

 驚いたことにそこには何の驚きも感じられない。


 モニカがその視線を嫌がるかのように手で目蓋をこする。


 しかしそれだけで納得するなんて、いったいこの世界の魔女と呼ばれる連中というのはどういうやつなんだ?


「正確には魔女のヒヨッコだがな」


 そのリコの補足にモニカの頬が少し膨らむ。

 どうやらヒヨッコがお気に召さないようだ。


「ふむ、確かに可愛らしいヒヨッコだな、それで他に何かあるか?」

「ついでというかこっちがメインになるが村長に伝えてほしい・・・・」


 リコがフッと大きく息を吸い込んだ。


「グルドが死んだ」


 その瞬間、上にいた二人の様子が一変する。


「分かった、すぐに村長に伝える、お前達は村に入ったところで待っていろ、すぐに迎えが来ると思う」


 そう言い終わると同時にもう片方の男が後ろに走っていった。

 おそらく村長に伝えに行ったのだろう。

 そして残った方の男が何やら壁を叩いて合図をする。


ギギギギギギ


 すると道の奥の方にある大きな扉がゆっくりと開き出した。

 どうやらちゃんと村に入れてくれるようだ。


 正直俺達だけ門前払いされる恐れもあったのだ。

 会ったのはまだこの三人だけだが、どうもこの世界では”魔女”というものに対して妙に距離感を感じている気がするので、それを原因に追い払われる可能性だってあったのだ。

 それでなくても、リコだけ入れてもらって中で俺達が入る許可をもらうという手続きくらいは覚悟していたので、今は正直拍子抜けしている。


 それほどこの村ではリコは信頼があるということか、それとも”グルド”が死んだという情報がそれほど緊急を要するものなのかはわからないが。


「さあ、行くぞ嬢ちゃん」


 門が開ききったところでリコが声を掛けてきた。

 ところでさっきから微妙に感じていたことなのだが。


「おい、どうした?」


 リコがモニカの異変を感じ取って声を掛けてきた。


 だがモニカにそれに反応する余裕がない。


『落ち着け』




 門の向こうにいる人々の姿を見てモニカがガチガチに緊張していた。




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