0-3【オアシスの精霊7:~サイカリウス~】

 痛い・・・


 痛い・・・


 全身が無茶苦茶痛い・・・・


「・・・・・いっ、!!?」


 主も呻いているが、当然俺にも同じ痛みが来ている。

 

 超巨大デカリスから逃げる時に無理をした俺達は、その結果発生した筋肉痛で動けなくなっていた。

 今はコルディアーノの巨大な手の中で丸まっている。


 まるで掴み上げられた魚のようなその姿は、この上ないほど情けないものだったが動けないのでは仕方ない。

 なにせコルディアーノの堅い手から伝わってくる振動で発生する痛みだけで、悶絶するほどなのだ。

 運ばれる以外に家まで移動する手段はない。


 そのコルディアーノだが戦いの直後ということもあってか、全身から薄っすらと熱を発している。

 特に肩付近の排熱が凄い。

 

 胴体にはコルディアーノの攻撃で浴びた返り血がベッタリと付着しており、金属の体の表面を今もゆっくりと流れ落ちていっている。

 また戦いの前には見られなかった傷がいくつか見られ、そこに超巨大デカリスの攻撃力の高さが伺えた。

 

 しばらくそのまま、掌の中で揺られていく時間が経過した。

 少々振動が痛いが、それでもこの程度で済んでいるのはコルディアーノがとても主の体を気にしてゆっくりと歩いているからだ。


 この状態でデカリス戦で見せた俊敏な動きをされてしまえば、例え万全な状態であっても悲惨なことになるのは間違いない。

 そう考えると彼の普段からの気遣いの大きさを改めて認識させられた。

 

 手の中から進行方向に黒い卵型の家が見えてきた。

 家の前にはクーディが立っていて、この奇妙な状態を見て固まっている。

 流石の彼も主が手で持たれている光景にどう対処して良いのか判断に困ったのだろう。

 

 だがすぐに行動を再開しコルディアーノの足元に駆け寄ってくると、ゆっくり膝をついて主を差し出すコルディアーノから主を丁寧に受け取る。

 その時主が恥ずかしさのあまり少々暴れたが、クーディは問答無用にお姫様抱っこの形で抱えると、そのまま家の中まで入りベッドまで運んでくれた。


 そして動けない主に代わり夕食を用意すると、甲斐甲斐しく食べ物を口まで運んでくれる。 

 その要介護者扱いに主は不満たらたらだったが、痛みで腕も上がらないので逃れようもなく。

 ただ口の中に突っ込まれていく食べ物を咀嚼することしかできないでいたのだった。


 

 惨めな食事を終えると急速に眠気が襲ってきてベッドに倒れ込むと、すぐに視界が暗くなる。

 どうやら一安心して疲労を自覚した主がそのまま死んだように眠り始めたらしい。


 もちろん俺が眠ることはないが、気のせいかいつもよりも感覚や思考が鈍い気がする。


 これまでも激しく疲れた時の睡眠はその傾向があったので、おそらく主の体力に連動しているのだろう。

 この分だと俺の存在自体が主の思考領域の中に間借りしている存在、という最近芽生え始めた仮説の信憑性はかなり高くなりそうだ。


※※※※※※※※


 一夜明けても筋肉痛は治まるどころかむしろ悪化していた。

 なんとかベッドから這い出そうとしてみるも、痛みでそれ以上動けずもぞもぞと芋虫のようにのたうつのが精一杯で起き上がるどころではない。

何度か這い上がろうと挑戦してみたが、そのたびに意識が飛びそうになるほどの激痛が走る。

 これもう筋肉痛じゃなくて、筋肉切れてないか?


 そういや、俺が魔力を足に流し込んだ時に変な音していたな、ブチブチと・・・


 もしかしてこれって俺のせい?


 って、いてえええ!?

 

 虚を突かれた形で発生した痛みに一気に思考が吹き飛ばされそうになってしまった。

 今度は一体何をしたんだ?

 

 ログを見てみるとなんと、動けないことに業を煮やした主が筋力強化魔法だけで動こうとしたらしい。

 筋肉が切れまくった状態でそんなことをするなんて、どういう思考回路してるんだ!?

 

 その主は今絶賛うずくまって痛みに悶ている・・・その動きで発生した痛みでさらに酷い目に遭う。

 流石の主もこれは悪手だと判断したようで、またしようとはしなかった。


「野菜どうしよう・・・・」


 その主のつぶやきに、そういえばあの野菜を乗せたソリは結局持ってくることができなかったことを思い出した。

 元々カチコチに凍っているのでこれ以上ダメになることはないと思うが、それでも雪に埋もれてしまう恐れはあるのでできるだけ早く回収したい。


 だがほとんど匍匐前進の現状では外に出ることは不可能だろう。




 主も流石にこれでは動けないと悟ったのか、外に向かうことを諦めたようだった。

 その代わりとばかりに匍って移動したのが本棚。

 他にやることがないのでとりあえず読書ということか、ただいつもとは違う所を見ている。

 なにやら凄く分厚い本が並んでいるところを物色しているな。

 

 その中でも図鑑のようなものを引っ張り出そうとするが、痛みでうまく取り出せないようだ。

 見かねたクーディが図鑑を取り出して渡すと、そのまま主ごと抱き上げるとベッドに戻す。

 

 お前は寝ていろとばかりの態度に主が膨れるが、クーディはどこ吹く風といった様子でまた家事に戻っていった。

 

 これ以上は仕方ないと判断したのか主は手元の図鑑に目を落とす。

 図鑑は寒冷限界生物図鑑というタイトルだった。

 図鑑の前文によると寒冷限界生物とはこの近辺の様な、寒すぎて生物が通常生きていけないような土地に住む生き物のことを指すようだ。


 図鑑には様々な生き物が載っていたが、皆一様に毛が長く、それがサイズ感を狂わせていると感じた。


 また殆どが体長5mを超える大型生物ばかりで、犬より小さな生き物は見当たらない。

 体が小さいと寒すぎて体温が維持できないようだ。 


 そして主は目当てのページを見つける。

 そこには4ページにわたって”サイカリウス”という生き物が紹介されていた。

 

 4足歩行を主体とするも二足歩行もなんなくこなせる巨大な後ろ足、少し縦長な顔、本体よりも巨大な尻尾。

 そこには俺がデカリスと呼んでいた怪物が載っていた。

 

 サイカリウス


 名前の由来は”殺戮するもの”


 非常に強力な顎を持っておりかなり硬いものでもバリバリと砕いて食べてしまう。

 特徴は巨大な尻尾で、熱い毛皮と脂肪に覆われた中に大量の血液を高温で保存して体温の管理に利用しており、戦闘時はその血液を全身に回すことで活発に動く事ができる。


 寒冷限界域の中で食物連鎖の頂点に立つ生き物で小さな個体でも体長が8m以上、最大で15mに達する大型肉食獣だ。

 だがそれはおかしい。


 俺が見た個体は小さい方でも20mはあったし大きい方に至っては30mを超えていた。

 最大で15mでは計算が合わない。


 別にメートルの基準がおかしいとかでは無い、この世界の長さの基準はいくつかあってどれも主が読んでいた本の中のどれかで基準が説明されていたし、原基が付録されているものもあったので、俺の中で使用しているmにはかなり正確に変換している。

 それに俺の挙げた数字は同基準で図られたものなので、相対的なズレは生じないはずだ。

 

 ではあいつらのあのサイズはいったい何事か?


 だが読み込んでみるとそれに関連すると思われる記述がある。


 サイカリウス:魔獣状態・・・


 この魔獣状態とはどういうことだろうか?

 残念ながら今見ている範囲に魔獣の詳細などは記載されていないので詳しくは分からないが、この魔獣状態とやらの個体は大きさが20m以上と通常よりも遥かに大きい。

 筋力の増加も大きいらしく挿絵の雰囲気もかなり筋肉質な印象だ。


 さらに通常のサイカリウスよりも長生きな個体が多いらしく、全体的に知能が高いらしい。

 その為、中には自分よりも小さな個体を引き連れて群れで狩りをするものもいるらしく、体の大きさと強度も相まって脅威度は通常状態の比ではない。

 図鑑の説明によると過去に存在した最大個体は全長100mと怪獣映画の中でも巨大な部類に入るサイズだそうだ。

  

 なんでも討伐に軍隊が動員されたらしい、それも5回は軍隊側が負けているとか。

 最後は最上位”スキル”保有者を含む国の最高戦力がダースで出てきて圧殺したそうだ。

 どんな光景だったのだろうか? 

 

 しかし”スキル”か・・・・

 この書き方だとまるで兵器かなんかだな・・・

 そんなものがこんな小さな主にあるとは思え・・・・そういえば、砲撃魔法だけで既に兵器並みだったな。


 ということはもしかしてあれが”スキル”なのか?


 たしかにあの火力なら普通の存在にとっては十分に恐ろしい威力だ。

 誰も意思を持った連射可能の大砲など近寄りたくもないだろう。


 いやでもあの魔法、巨大サイカリウス相手だとほとんどダメージが入っていなかったぞ?

 そんなレベルのものをあの”炎の精霊”が怖がるとは思えない。


 実際に両者を見てみての直感だが、あの精霊の存在感は巨大サイカリウスと比べてもはっきりと分かるくらい格上だった。

 本人曰く見せかけだけのものだというが、あれほど強固に守られている存在が恐怖するようなレベルだとはどうしても思えなかった。

 それに主にはスキルの自覚がないと言っていたので、砲撃魔法ではないのだろう。


 もしそうであれば、そのスキルの正体について今一度思考を巡らせるべきかもしれない。

 少なくとも砲撃魔法がそれほど有効でない相手がうろついている世界なのだ、より上位者が恐れるほどのモノであれば頼もしいことこの上ないからな。


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