0-3【オアシスの精霊1:~野菜を求めて~】




 弁当よし、ナイフよし、なんかよくわからない物、よし!


 ハンカチとティッシュは持った?

 今日は寒いからホッカイロも持っていきなさい。



 だが俺のその冗談は、当然のように無視される。

 なにせ聞こえないのだ、仕方ない。


 主は今バッグの中に様々な物品を入れてその内容をチェックしている。

 

 俺達はこれから旅に出る。

 

 俺が主をサポートできるようになって2週間くらいした頃ある問題が浮上した。

 食糧庫の野菜類の備蓄が少なくなって来たのである。

 天然の冷凍庫により品質は良くない代わりにいくらでも保存できるのだが、それでも補給しなければ無くなっていく。


 特にクーディが料理を作ると野菜類を結構使用するので早く無くなりがちだ。


 放っておけばクーディが勝手に作るが主的には好みじゃないらしく、できるだけ自分で用意しようとするところがあったのだが、主が俺のサポートがどの辺まで使えるのかを確認することに結構な時間を割いたため自分で作る事が少なくなっているのも一因だろう。


 とにかく、これから主はどこかに野菜を取りに行くのだ。

 しかし、この極寒の世界の何処にそんなものが生えているのだろうか?


 いつも使っている野菜類は、見た感じから受ける印象だと畑などで作られているような印象は薄い。

 恐らくどこかに自生していて、それを採っているのだろうがこの氷の世界にそのような場所があるとはとても思えない。


 少なくとも1日2日程度で着くような場所ではないと思うのだが。


 だが、意外にも主の荷物はそれほど多くない。

 これでは保って5日程度しか活動できないと思うのだが。


 主が最後の食料の容器の蓋を締めた。

 ストレス対策なのだろう血液マシマシの内臓特盛りだ、これだと主のストレスは解消できても俺のストレスは一気に溜まってしまいそうだ。


 そして一通りの準備を整えると、最後にクーディが狩り用に白く塗られた棒を渡してくれた。


 そういえば、結局この棒の名前はいまだに分からない状態だな。

 てっきり魔法が当たり前のようなこの世界では一般的に利用されているものだと思っていたが、どうやらそうではないようでこのような棒を使用している例は基本的に本の中には見当たらなかった。 

 最初は比較的一般的に使われていた杖の一種なのかとも思ったが、よくよく使われている描写を見てみると結構違和感がある。

 

 少なくともこの棒のように道具そのものに、自分の体の内部と同じような感覚で魔力を流せるなんてものが、本の中で描かれたところを俺はまだ見ていない。


 強いていうなら同じような棒を持っている姿が表紙に描かれていた”マルクスの冒険”の内容が気になるが、主はあの本の続きをまだ読もうとはしていなかった。


 

 

 俺達が家の外に出るとすぐそこにコルディアーノがいた。


 今日は久々に綺麗な状態だ。

 彼は時々姿を消してしばらく居なくなる事がある、そして戻ってきたときは高確率で汚れたり返り血を浴びたりしている。

 何かと戦っているのだろうが、本当に一体何なんだろうか?


 そして、ボディーに付けられている傷の量もだんだんと増えてきている。

 クーディが時々、コルディアーノの応急的な修復を試みている様子があるが、どうもうまくいっていない。


 傷の量は日増しに増えていき、今は右足の動きが少しぎこちない。


 それで遅れを取ったのだろう、この前は大きな傷を付けられていた。

 

 主が気遣うようにその傷を眺めるが、コルディアーノ自身は特に反応を返さない。

 彼を見ていて最近気づいたのだが、彼は主がそばにいるときはあまり動かない。

 おそらく、不意の動作に巻き込むのを防ぐためなのだろうが、表情まであまり変化がないのは気のせいだろうか?


 主が家の裏手の方へ回った。

 そして、今まで入ったことがない食糧庫の隣の、それなりに大きい小屋の扉を開ける。


 中には意外なものが入っていた。


 ソリだ。


 大きな動物の骨を骨格に使用したと思われる作りの、簡素なソリが小屋の中においてあったのだ。

 ただ人が乗れるようなものではなさそうで、ソリの上には冷蔵庫一杯分くらいの大きさの箱が乗っており、恐らく引っ張るために付いているのであろうロープが前から伸びていた。


 主はそのロープを掴み、ソリを小屋から引っ張り出す。


 いくらソリ自体が滑るといっても、結構な重さがあるので主は筋力強化を使用している。

 そして引っ張り出したソリの後ろに、ロープがまだ続いておりどうやらもう一台同じ形のソリを引っ張るようだ。

 今回はこれを引っ張っていくことになるのか、前回のデカリスといい、この世界の生活は物を引っ張ることによって成り立っているようだ。


 だが小屋の外まで引っ張り出すと、コルディアーノがつまむようにしてロープを取り上げてしまった。


「あ、また!」


 主はそのことが不本意らしい、そしてそれもいつものことの様だ。

 ただ、傷を負っているコルディアーノに対する気遣い的なものなのだろうが、当のコルディアーノとしてはそんな主の気遣いなどお構いなしだ。

 むしろその巨大な背中は『そんなちんちくりんで、いっちょ前に気を使うな』と言っているかのようですらある。

 まあそれは俺の想像だけど。


 主はちょっとふてくされ気味だが、流石に長い付き合いの中で彼に文句を言ってもどうしようもないことを学んでいるのだろう。

 結局そのまま歩き出した。

 

 そして前と同じように後ろからコルディアーノが主に合わせて付いて来た。


 こうして見ると結構大きいはずのソリも、さすがのコルディアーノのサイズが相手だとまるでおもちゃの様にしか見えないから面白い。

 デカリスの時も奇妙な感じだったし、きっと彼は何を持っても違和感が出てしまう運命にあるのだろう。

 大きいことは決して万能ではないのだ。


  

 雪の中を、トコトコ歩く少女と巨大なロボット   +ソリ2台。


 植物が生えるような暖かい場所に向かうと思っていた俺は、単純に南の方角へ向かうのだとばかり思っていたが、意外にも主は北西の方角に向かって歩いていた。

 まあ、主の足でたどり着けるくらいの距離を、南へ向かったとしても対して気候は変わらないか。


 となると、これよりもっと寒くなるであろう北の方に植物が生えるような土地があるというのか?

 北に?


 主は何か確実なアテがあって進んでいるみたいだし、これまでもそこから野菜類を得ていたのだろうから、大丈夫なんだろうけど。


 

 家を出てから一時間ほど経った頃、主の足が急に止まり、そして後ろを振り向った。


 一体何事だろうか?


 すると、それまでソリを引いていたコルディアーノが膝をついて屈むと、手をこちらに向かって伸ばし持っていたロープをこちらに差し出す。

 主は少しの躊躇いを見せるもそれを受け取った。

 だが俺は、ロープを握る主の手が微妙に震えていることを見逃さなかった。


 コルディアーノがなぜ、ここでこのようなことをしたのか。

 実は俺には思い当たることがあったのだ。


 主が立ち止まったこの場所、実はほんの少し先とこちら側では大きく異る。


 何が違うのかと問われるならおそらく魔力的なものだと思うのだが、とにかく”こちら”と”あちら”では何かが異なるのだ。

 そしてその2つの境界を以前通った時・・・つまり主が家に戻った時のこと。

 あのとき、コルディアーノはかなり遠くからこちらを認識していたはずだ。


 ロボットの性格というのも変な話だが、とにかく彼の性格だったなら本来すぐに駆け寄ってくるはずだと俺は考えている。

 だが彼はその時いた場所・・・つまり家側の領域から出てくることはなかった。


 恐らく彼はこの領域の外に出ることが出来ない、たぶんクーディもだ。

 

 この領域を構成する、何か・・・それに縛られているのではないか?

 現にロープを受け取った主が、歩きだしてもコルディアーノが動き出す気配がない。

 

 そして主は顔に一瞬不安の色を浮かべるもののすぐに表情を引き締め、領域の外に小さな少女のものとは思えないほどしっかりとした一歩を踏み出した。

 その途端、全身を何とも言えない不快感が包み込む。


 いや、これまでの領域にあった謎の安心感がなくなったことで、逆に環境が悪くなったと錯覚したのだろう。


 


 外の領域に踏み出した主の顔から、年相応の柔らかさがすっと消えた。


 今主の目に浮かんでいるのは、本物の警戒。

 頭の中では恐らく経験に基づいた冷静な状況分析が行われ。

 全身から無駄な力が抜けているものの、いつでも対応できるように筋肉に僅かな緊張を残しておく。

 

 そこにいるのは、1人の屈強な狩人。


 俺はふと、彼女の助けになれるのだろうかという不安を感じた。

 このたくましい人間を助けられるほど、自分がよく出来た存在にはとても思えない。


 いや、・・・・忘れてくれ。


 どうやら不意に主が放った覇気に、俺まで当てられてしまったようだ。

 そもそも彼女は1流の狩人なのだ、それに付いていくには生半可な覚悟では足りない。

 そんなことは分かっていた。


 ここから先は、コルディアーノもクーディも助けてはくれない。


 俺は自分の心の中で改めて気合を入れ直すことにした。



  

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