第十七章 忠臣

 数日が過ぎて王都へ戻ってくると、旅に出たときよりも活気が溢れてかつての栄華を取り戻しつつあった。市も開かれ、人の声が飛び交う。マリアが横目で眺めて笑みを零せば、ギルが横に馬を付けきた。


「いかがなさいました」


「いや、街が元気のようでよかった」


 ギルは街をぐるりと見回したあと、いぶかしげに眉根を寄せた。様子を妙に思い問うと、笑顔を貼り付けて「なんでもございませんよ」と馬の足を速める。前を行く背を眺めて、マリアはただ首を傾げた。

 城へ着くとまっさきに国王が泣きついてきて、何度も謝るものだから理由も分からず困惑してしまう。ちょうど王妃がやってきて、引きはがすと事情を説明した。


「わたしがカルセドニー国へ国賓として、赴くということですか」


 要約すれば王がコクリとうなづいたが、本当ならば行かせたくはないようだ。目に涙をためている。逆にマリアは、嬉しさで飛び上がりそうになっていた。

 カルセドニー国へ自ら赴くことが出来るというこれ以上ない機会が巡ってきたのだ。マリアは、ぐっと無意識に拳を握りしめた。策士は困惑の表情を浮かべる。ソロモンとて、レイヴァンの手がかりが掴めるかも知れないカルセドニー国へは行きたい。あまりに危険すぎるので間者を送るか、計画を練ってから行こうと考えていたのに、これではマリアを危険にあわせかねない。この時ばかりはいい顔をしなかった。


「お言葉ですが、陛下。まだ国の平定もままならぬこの時期に、王子を他国へ向かわせるなど危のうございます」


 道中何者かに襲われる可能性もあるのだとソロモンは進言したが、決まってしまったことであるから今更行けなくなった等と言えないと王は返す。内心、舌打ちした。娘を溺愛しているわりに肝心なところで弱い王だとののしりたくなったが堪える。


「では、王子の共には誰をおつけするおつもりですか」


 あきらめて問いかける。


「ソロモンと守人達に行ってもらいたい」


 驚いてしまった。まさか自分の名があるとは。てっきり自分は王都へ残り家臣として過ごさなければいけないと思いこんでいたが、どうやら違うようでマリアの共として側に居ることが出来る。この上ない喜びを感じた。


「わたくしが城を開けてもよいものでしょうか」


 いちばんの疑問を、ソロモンは口にした。仮にも策士である自分が、城を離れてもよいものかと。


「お前の主はわたしではなく、マリアだろう」


 口が半開きのまま固まってしまう。はたして自分はそんな素振りを見せただろうか、と考えていると王妃が小悪魔な笑みをたたえる。


「あなたは気づいていないでしょうけれど、マリアのことになると、ことさら鈍くなるんですもの」


 隠していた自分が恥ずかしいが、同時に嬉しさもわき起こる。王と王妃が見抜いてくれなければ、王都へ残って側にいないマリアのことでいらぬ心配をしてしまうことだっただろう。


「おぬしがいれば、マリアとて安心だろう」


 王がちらりとマリアを見れば、主君らしい笑みを浮かべてうなづいている。青い視線が、ソロモンをうつして権力をにおわせる声色で告げた。


「頼りにしている」


 時には弱く見せ、時には尊いものだと魅せられる。どこまでも心の奥底を見透かすような青い瞳は、決して揺るがずソロモンを捕らえてはなさない。レイヴァンではないが心酔してしまう。


「ええ、もちろん。わたくしは、あなたの臣下ですから」


 いつものように不敵な笑みをソロモンが浮かべれば、マリアは無邪気に微笑んでうなづく。


「もう決まったのだし。準備をしましょう」


 マリアは王妃がスカートを翻そうとしたのを見て、慌ててビアンカのことを話した。


「どうにかビアンカを、ここに置いてはくださいませんか」


 しばらく困った表情で悩む二人であったが、何か考えが浮かんだのか。二人して頷き合うと、ビアンカに問いかけた。


「君はながいあいだ、宿の手伝いをしていたんだよね」


 ビアンカは肯定する。


「どうしてついてきたの」


「王子様に恩返しをしたいからです」


 待っていたとばかりに王は、控えていた臣下にバルビナを呼ばせる。臣下は走り去って、数分もしないうちにバルビナを連れてきた。


「ビアンカ。バルビナについて学び、マリアの元にいても申し分ないと判断されたら専属のメイドになりなさい」


 王の提案には驚いたが、反論するものもいなかった。

 ビアンカはバルビナに引き渡されて、城のどこかへと連れて行かれる。おそらく、服の新調をするのだろう。王が「さて」と切り出して、ダミアンとジュリアの方を見つめる。


「二人にも、それ相応の地位と恩賞を与えねばなるまい」


 マリアの共として行くのであれば必要のことだろう。二人に何がいいかと問いかけたが、どのような役職があるか知らないのか困惑の表情をうかべる。


「どのような任に就きたい?」


「むろん、我が主をお守りする任です」


 同じ答えであったから、王は武官にしようとした。けれども、ひとまずはマリアの近衛兵として側に置くと告げれば、ダミアンとジュリアは恭しく頭を垂れた。


「ありがたき幸せ」


 そこで話は終わり、マリア達は自らの部屋へと戻る。ダミアンとジュリアにも部屋が用意されていた。前はなかったが、今回は王の意向により用意されたらしい。守人を優遇するようにと、臣下や使用人にもいいつけられているようだ。

 ありがたく思いつつも、どこかつまらなそうにしている男が一人いる。ギルであった。“守人”という肩書きが好ましくないし、何より神聖な者のように扱われるのも嫌であったし。逆もまた然り。

 ベッドの上へ寝っ転がっていたが、じっとこうしているのもつまらないと部屋を出た。目的も無く城内を散策することにする。もしもの時のために帯刀もしているし、マリアに何かあれば“水”が教えてくれるだろう。


(それにしても、さっきから“水”が騒がしいな)


 王都へ来て感じていた違和感と関係があるのかもしれない。確かにマリアの言うとおり、王都はかつての活気を取り戻しつつあるのだろうがギルには何かが引っかかる。それが何であるか本人ですらわからないが、“守人”が七人揃ったことも何か関係があるのだろうか。

 答えの出ない考え事をしていると、廊下の反対側から悩みとは無縁そうなエイドリアンが歩いてくる。


「ギル、元気そうだな」


「エイドリアン殿も元気そうで何よりです」


「水くさいなあ、敬語なんてよしてくれよ」


 この世の不条理さも欺瞞にもあっけらかんとしているエイドリアンを見ると、考えていたことも彼方へ消えた。彼はすべてを笑い飛ばしてしまうんじゃないかとギルは思う。


「どうした」


「いいや、なんでもないです。あなたの顔を見て、少し元気になりましたよ」


 わかっていない様子であったが、「それはよかった」とエイドリアンは笑った。その器の大きさにも驚いてしまうけれど、彼のような人が城にいることも何だか不思議だ。


「それで、どうしたんだ? こんなところで」


「部屋にいても暇なので、城を散策していたところです」


 ギルが答えると口角を上げて正騎士らしからぬ、野心家の表情を浮かべた。


「なら、おれと手合わせをしないか」


 意味を理解するのに数秒かかった。小さく笑い、歯牙にもかけていない様子で紡ぐ。


「無理ですよ、正騎士様になんて勝てません」


「なあに、真剣でするわけじゃない。運動がてらやるだけだ。それに得物も公平にするために木刀でやろう。どうだ」


 ギルが承諾するとエイドリアンは、ニカリと笑い騎士の鍛錬場へと連れてくる。まだ年若い兵が汗を流しながら鍛錬に励んでいたが、正騎士殿の姿を見つけると嬉しげに集まってきた。


「おい、お前ら。これから、ギルと手合わせするんだから邪魔をするな」


 刹那に兵達の目がギルの方を向いたが、いぶかしそうな表情を浮かべており何だか居心地が悪い。こんなことなら、承諾するんじゃなかったと思ったけれど受け入れてしまった以上、手合わせするしかない。それにマリアの臣下である自分が、逃げ出すわけにもいかないだろう。

 と考えていれば、兵達は横に捌けている。前方にいたエイドリアンが木刀を寄越してくれば、6クラフタ(約10メートル)ほど間を開けるとかまえて体勢を整えた。その瞬間、雰囲気が変わりビリッと空気が張り詰める。

 息を飲んだ、刹那。木刀が迫っており、ギルはかまえると何とか受け止める。しかし、やはりというべきか正騎士の名を冠するだけあって力は強い。

 これは分が悪いとさとり後方に飛び退いたが、すぐ迫ってくる。ひらりとかわせば周りに居る兵達は、不満顔でギルに対して罵声が聞こえてくる。正々堂々戦わず、逃げているように見えるらしい。


「お前等、うるさいぞ!」


 エイドリアンの一言で若い兵達は押し黙る。兵達からの信頼はあついらしい。


「へえ、とても信頼されているんですね」


 ひらりひらりと軽い身のこなしで避けながら口跡が紡がれると、エイドリアンは口角を上げて少しだけ息を吐く。


「あんたも王子様からの信頼はとてもあつい!」


 エイドリアンは力込めて斬激したが、見事に避けられてしまう。ギルは踊る足取りで背後をとり、峰打ちをしようとしたが間一髪で避けられた。


「さすがは正騎士様」


「あんたに言われると皮肉に聞こえるな」


「まさか……」


 言葉はエイドリアンの斬撃によって阻まれた。なんてことないように、それもひらりとかわせばスッと懐に潜り込んで木刀を床へ落とそうとした。その前に、エイドリアンが体をひるがえして回避する。

 直後にギルに迫ってきたので、避けるまもなく木刀で受け止めると周りにいる兵が息を飲んで二人の“手合わせ”に魅入っていた。


「ギル?」


 マリアも来てギルの姿を見つけると、驚いた様子で小さく名を呼び魅入った。隣にソロモンまでも来て笑みを浮かべている。


「何やら女性達が騒いでいると思ったら、原因はこれか」


 気がつけば兵の他に女性の使用人達もあつまり、妙に色めき立っている。

 ギルは元より女性の扱いも慣れていることもあって女性からの人気が高かった。エイドリアンは正騎士という称号を得ているし、普段は明るい人格であるのに戦となれば強く凛々しく忠臣な姿に惚れる女性が多い。そのため、いつもは見習いの兵しかいないのに女性が集まっていたのだ。

 城にいた男性の使用人や臣下達も集まってきて、二人の様子を魅入るやいなや守人達もマリアの周りに集まってリカルダやフィーネまでもやってきた。さらには国王と王妃までも来たから、ソロモンは何だかおかしそうにする。


「陛下までも、いらっしゃるとは」


「城内が騒がしかったから、何事かと思ってな。しかし、これは良いものが見えた」


 国王は楽しげに二人へ視線を戻すと、至極色しごくいろの瞳がマリアを捕らえる。マリアが肩を振るわせれば、ギルは小さく笑って余裕など無いはずなのに、いつものように笑って見せた。

 エイドリアンは不思議げに「どうしたんだ」と問いかけてくる。


「いいや、我が主に恥をかかせるわけにはいかないなと」


「そうだな」


 エイドリアンが返した刹那、ギルが素早い動きで懐に入り込み、次の手を打たれる前に油断しているであろう足下を引っかけて体のバランスを崩させる。一瞬の隙を狙って、木刀を宙へ弾いた。実に一瞬で、周りで見ていた者達も呆然として沈黙していたが歓声に変わった。


「ありがとうございました」


 ギルがエイドリアンに手を差し伸べると、小さく笑った。


「あんた、やっぱりやるな」


「いいえ、力ではあなたにはとても敵いませんよ」


 エイドリアンは立ち上がり、ガハガハ笑うと肩を組んで「正騎士に任命したいぐらいだ」と言えばギルは「いいえ」と答えて首を横に振る。


「俺は国の全てを守りたいとは思わない。あくまで俺は“王子の臣下”ですから」


 兵達も使用人達もギルを見る目が変わって、彼もまたエイドリアンと同じ忠臣なんだと実感したのだ。不意に至極色の瞳がマリアを映せば、そこには柔らかい笑みを称える少女がいた。

 ギルは駆け寄って「どうでしたか」と問いかける。


「ギルはやっぱり、かっこいいね」


「惚れ直しましたか、王子様?」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべて返されると困ってしまい、頬を少しだけ赤らめ誤魔化すために目線をそらした。からかったつもりであったのに、まっすぐに返されると困ってしまうとは何ともかっこわるいとギルは思うとマリアに視線を戻す。


「本当に敵わないな、我が主には」


 言葉の意味がわからなくて困惑しているマリアを余所に、ギルの周りに人が集まり賑わい始める。どこか存在を遠くに感じながらマリアは、そっと離れた。中庭へ出るとレジーがあとを追ってきたらしく、後ろでただじっと様子を伺っている。辺りには、静寂と噴水の音が支配していた。


「マリア?」


 とうとうマリアに声をかけると、薄い金の髪がゆらめいて青い金剛石ブルーダイヤモンドの瞳がレジーの姿を映し出した。瞳の奧には、孤独が揺れている。


「わたしは、いつからこんなにも強欲になってしまったのだろうか」


 意図が掴めず黙っていれば、紡ぎ出された言葉は意外でレジーを驚かせた。


「ギルが皆に好ましく思われるのは嬉しいのに、どこか遠くに感じてしまった」


 “独占欲”から来ると本人は、思っているから“強欲”と自らをあざけて出たようだ。もしやマリアの独占欲は、臣下全員に対して向かっているのではないだろうかとレジーは驚いてしまう。

 臣下を思いすぎているゆえに、そんな感情を抱いているだろうけれども、心労してしまいかねない。これはソロモンが考えていた以上のことでは無かろうか。


「ギルはマリアのために勝ったんだよ」


「わたしのため?」


「マリアの臣下であることを誇りに思っていることを示すためだよ。それから、マリアの前でかっこいいところを見せたかったんだよ」


 そうかと呟いてマリアは笑みを浮かべると、嬉しそうに見上げる。思い悩んでいたことも、彼方へ消えたようだ。レジーは笑顔を浮かべながらも、心の中ではソロモンに言うべきではないかと考えていた。


「姫様、このようなところにおられたのですか」


 そこへエリスが来てマリアに駆け寄る。後ろには、ソロモンも一緒だ。


「部屋へ戻りましょう。十分に休んでおきませんとお体が持ちませんよ」


 マリアはエリスに共に部屋へ戻る。中庭に残された二人は沈黙を保っていたが、レジーが口を開いた。


「話したいことがあるのですけれど」


「俺の部屋へ来い」


 ソロモンに言われるままに部屋へ行き、そこでレジーはマリアとの会話を話した。あまりに臣下に情を持っているものだから心労してしまうのでは無いだろうか、と相談を持ちかければソロモンは腕を組んだ。


「確かに、そこまでとなると心配にもなるな。だが、姫様らしい」


 笑うソロモンにレジーは、少し困惑したような表情を浮かべる。


「むしろ、ギルが聞いたら喜びそうだな」


 ソロモンがいったとき、扉が開いてギルが姿を現した。


「なんか俺の名前が聞こえたんですけど」


「おお、いいところに来た」


 ギルにレジーから聞いたことを話せば案の定、なりふり構っていられない様子で口元を緩めニヤニヤと笑みを浮かべる。レジーは少しぞっとしたが、ソロモンは楽しげだ。


「そうですかあ。姫様が、へえ……」


 言動もおかしいギルに若干、引きつつレジーはソロモンを眺めて深い息を吐き出した。

 夜になると、三人は晩酌としゃれこんだ。普段はなかなか飲めない葡萄酒は、とても美味しいがソロモンに合わせて度数が低いらしくギルには物足りない。その酒でも酔いつぶれたレジーは相当弱いようだ。

 ソロモンでもかなり弱いと思っていたのに、さらに弱い人がいるとは驚きだ。レジーの痴態でも拝めるかとギルは期待したが、残念なことにすぐに眠ってしまったので見ることは出来なかった。

 結局ギルとソロモンも、酔いつぶれて朝を迎えることになってしまった。


 宿酔に悩まされつつ、ソロモンは窓から零れる日差しで目を覚ます。つよい陽光は夏がすぐ側までせまっていることを告げている。


「もう、そんな季節か」


 心の中で呟いてカーテンを開くと、陽光が宙を舞うほこりを照らし出した。ギルとレジーも陽光にあてられて目を覚ますと、あまりいい目覚めではない様子で頭を抑えつつ上半身を起こす。しばらくぼんやりとしていた二人であったが、目が覚めてくると部屋を後にする。口を開けてギルが欠伸をすると、ちょうどそこへマリアが駆けてきて二人の名を呼んだ。

 元気のいい声に二人は顔をしかめたが、服装を見て宿酔も彼方へと消えた。


「姫様、どうしたのですか。その服装」


「カルセドニー国はベスビアナイト国よりも暑いらしい。しかも、この季節は雨季だから通気性のある服がいいらしいんだ」


 答えるマリアの服は確かに涼しげで通気性も良さそうである。全体的に白を基調とした服で薄い青のグラデーションの色がさらに涼しさを演出している。首元に巻いたストールは日よけ対策だろうが、青い色でまた涼しそうであった。履いている靴もサンダルのようだけれど、かっちりしており、歩きやすそうである。

 ……だが夏は近づいているとはいえ、ベスビアナイト国では涼しげというよりも“寒そう”という言葉が当てはまる気がするとギルとレジーは思うのだった。


「レジーとギルの服も用意されているから、サイズを合わせるために来て欲しいとバルビナが言っていたよ」


 場所を話せば、二人してふらふらと部屋へと向かう。二人を後ろから眺めていると、ソロモンも通りがかり同じことを話せば重い足取りで部屋へと向かっていく。首を傾げていると、クレアが駆けてきてマリアに抱きついてきた。


「姫様、かわいい!」


「クレアも似合ってる。スカートなんだな」


 優しくはなして全体を見てみればマリアは王子なのでズボンをはいているが、クレアは涼しげなロングスカートであった。首にはやはりストールを巻き、つばの広い白を基調とした女の子らしい帽子を被っている。

 クレアが嬉しげにくるくると回っていると、ジュリアもマリアの元へ来る。ストールを巻き、涼しげな格好ではあるがスカートではなくズボンであった。


「ジュリアはスカートでは無いんだな」


「はい。動きやすいようにミニスカートの方がいいといったのですが、カルセドニー国では女性は肌を見せてはいけないそうなのでズボンにしました」


 なるほどとマリアが呟くと、次はエリスとクライドが来て「どうでしょうか」と問いかけてくる。二人の服を見てみれば、シャツとズボンという服装でクライドは全体的にモノトーンな色でエリスはパステルオレンジで明るめの色合いである。どちらも涼しげで動きやすそうな服だった。


「二人もいつもと服装が違うから、新鮮だね」


 今度はダミアンがやってきて、「どうだ、我が主」と問いかけてきた。全員が来るんじゃないかとマリアは思いつつ、視線を向けるとシャツとズボンといったエリス達と同じような軽めの服装であるが、華やかな赤色で裾に細かい金色の刺繍が施されておりダミアンらしい服であった。


「ダミアンも似合ってるよ」


 今度はレジーとギルが来た。二人もシャツとズボンといった軽めの服装であるが、レジーは全体的に白い服で薄い緑のストールを巻き、ギルは竜胆色りんどういろを基調としたシャツにベージュのズボンをはいている。

 さらにあとからはソロモンがマリアの元へ来れば、青白磁せいはくじのシャツを着て紺碧こんぺきのズボンを履いていた。知的な彼には、よく似合う色合いの服だ。


「こうしてみると、みんな雰囲気が変わるね」


 皆をぐるりと見回してマリアが言えば、エリスが笑みを浮かべ「姫様もよくお似合いです」と言ったのを皮切りに頷いたり似合っている旨を伝えてくれた。


「ありがとう」


 マリアが皆に答えたとき、国王と王妃もやってきて出立の準備は使用人が整えている旨を伝えられた。王妃は名残惜しげに薄い金の髪を撫でる。


「ベスビアナイト国の王子に無礼なことはしないと思うけれど、気をつけてね」


「大丈夫ですよ、母上。みんながついていてくれますから」


 そうねと呟いて王妃は髪を手放す。今度は国王が泣き出しそうな顔で手を握り締めてきた。


「向こうでいじめられたらちゃんと言うんだよ。戦争でもなんでも起こして、あの国をほろぼ――」


「それは止めてください、父上」


 間髪入れずにマリアが言えば、国王は涙を流しながら心配げな視線を注いでいた。やがて使用人が準備が出来たと教えてくれた。門まで出ると王子が国賓として向かうからか、臣下や使用人達も見送りに出てくる。本来であれば港で見送りとなるのだが、人員が割けなかった。

 マリアが馬にまたがるとならって、ソロモンや守人達もまたがる。


「それでは、行って参ります」


 馬を走らせ始めると後ろにソロモン達も続く。

 照りつける太陽の下あつい風が吹き抜けて、比較的に寒い国であるベスビアナイト国にも夏がおとずれようとしていた。

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