自主企画「私ならこう書く、短編リライトの会」参加作品

大地 鷲

オリジナル

試された大地

 5,000,026――

 4丁目プラザビルの大型液晶ディスプレイに、そんな数字が大映しになった。

 約五百万、という数字ではあるが、何かしらの感慨を持って見つめる目は少なかった。週末で普段以上に人出があるにもかかわらず、その大多数は、まもなく変わるはずの信号機の方に気を取られていた。

 続いて表示されたテロップが、「五百万人突破!」となっても通行人の群に然したる変化はなかった。

 いよいよ車道の信号機が黄色に変化して、ディスプレイの方に目を向ける通行人は一人もいなくなったと思われたとき、それを見上げる少数派たる一人の男が感慨深げに呟いた。

「……五百万人突破、か」

 その言葉にどんな思いが込められていたかは分からない。

 その男は被っていた帽子のつばをつまんで正すと、桜の花を模した旭日の帽章が晩秋の日差しを受けてきらりと光った。

 男は市内中心部を定時パトロール中の警官であった。

 二一XX年十一月五日、札幌市の人口は本日未明、五百万人を超えた。

 関東以北最大の都市である札幌には、実に道内の人口の約七割が集中していた。単に人口が増えただけではなく、北広島、恵庭、千歳、江別、当別などの近隣市町を併呑して、名実共に道内で最大の都市となっていたのだ。

 今や普段の広告塔に戻ったディスプレイから目を離し、警官が辺りを見渡す。信号を待つ様々な人――若い男、老婆、高校生、スーツ姿のサラリーマン、仲睦まじげに手を繋ぐカップル、子供を肩車している親子連れ……いずれもがスタートの合図を待つ走者ランナーのようだった。そして、その場の誰もが札幌市民五百万人の一人だった。

 十二基の歩行者専用信号機が一斉に青になり、『通りゃんせ』のメロディが流れるや否や、交差点に澱み溜まっていた人の波が一気に動き始める。

 少し前まで車に支配されていたスクランブル交差点が、今度は歩行者によって占拠される。灰色の路面に描かれている白い梯子が見る間に雑踏に紛れていく。

 そんないつもの光景。繰り返される毎日。流れゆく時間に普段と変わらない日常が刻み込まれていく。

 警官の瞳に映っていたものも、彼にとっての日常の風景だった。

 見渡した辺りの様子と同時に目に入ってきた肩口の通信機に、警官は思い出したようにそれに向かって告げた。

「南一条西四丁目交差点……異常なし」

 何処か安心感のこもった声だった。何事もない平和な日常を噛みしめているようにも聞こえる。

 自らの言葉に心地よさを感じながら、警官は空を見上げた。

 小春日和の陽光に少し眩しげに目を細めても、交差点と同じく十字に切り取られた空は青く、雲一つ浮かんでいなかった。

「――?」

 快晴の空を見つめる警官の目が一瞬曇ったのはそのときだった。

 いい知れぬ不安が全身に悪寒を呼び起こす。

 ほぼ同時に、横断中だった歩行者は例外無く足を止め、空を見上げた。それだけではなく、信号待ちの運転手さえも車の窓を開けて空を凝視していた。

 考えてみれば、これは既に人間からは退化して無くなってしまったと思われていた危機感知能力だったのかも知れない。

 澄み切った青い空の向こう側から何か・・が近づいてきていた。それが何であるかは分からない。しかし、誰もが圧倒的な力の前に、為す術もなく蹂躙されてしまう未来を容易に想像できた。

 時間が止まったかの如く、歩行者は誰もが呆然と立ち尽くしていた。

 時の流れを証明するように流れ続けていた『通りゃんせ』が、点滅していた信号が赤になるのと同時にぴたりと止まる。だが、スクランブル交差点から歩行者が居なくなることは無かった。渡りきれなかった訳ではない。その場から動けなくなっていたのだ。

 柔らかな陽光を湛えてる空を見つめる目はどれも光を失い、全てが恐れと脅えに凍て付いていく。

 人々はそこに、耳には聞こえない終末の旋律を聞いた。

戦慄の週末The Shiver Weekend』と呼ばれる大惨事の序曲であった。

 人々の絶望と諦観が絶頂ピークに達したそのとき――


 空が——落ちた。


 後に<大空落>と呼ばれることになる、その災害の規模が判明したのは、二日後のことであった。

 札幌への連絡が一切が取れず、一斉の連絡手段——携帯電話、固定電話は基より、インターネット、無線、衛星電話――どのような手段も全くの徒労であった。

 このため、状況を把握するためには現地まで赴かなければいけなかった。

 国交省の災害対策ヘリコプターが札幌市上空に到達したとき、乗組員は一切の連絡が閉ざされていた理由を目の当たりにした。

 彼等の眼下に広がる光景は見渡す限りの瓦礫の山だったのである。

 高熱と衝撃波でありとあらゆる建造物はその原型をとどめず、市中心部にそびえていたテレビ塔は、その基底部のみがかろうじて残された状態だった。

 そんな中で生存者の確認作業が行われたが、人はおろか、犬や猫、鼠一匹さえ発見できなかった。

 公式発表、死者5,068,295人――

 文字通り、札幌市は全滅した。

 運良く、札幌を離れていた市民も居たが、札幌を訪れていた観光客が数多く居たため、被害者の数は札幌市の人口を上回ってしまったのだ。

 だが、被害は札幌市だけではなかった。

 北海道全百六十五市町村、ほぼ全てで百人以上の死傷者があり、北海道の総人口は災害前の十分の一にまで減少してしまった。

 その原因は何だったのか――

 某国のミサイル攻撃だと言う噂も実しやかに流れたが、ミサイルが発射された記録は何処にも残されていなかった。隕石や彗星等の未確認天体が衝突した、との意見が大多数を占めたが、それを証明できる事実が何処にも無かったため、反物質やプラズマ現象、或いは超小型ブラックホールの通過……等など多種多様な仮説が飛び交った。また、一九〇八年にシベリアで発生したツングースカ大爆発と同じ状況と言う指摘も成され、全世界の学者たちは頭を抱えることとなった。

 彼等が様々な考察を述べ、頭を悩ませ、意見を戦わせても、真実は見出すにはまだ尚時間が必要だった。

 ただ、『空が落ちてきた』という事実は一瞬にして北の大地を壊滅させ、数多の生命を奪い去った。ほとんどの人々は訳も分からないままに建物の下敷きとなったか、数千度の業火に焼かれてしまったことだろう。

 残された傷跡はあまりにも深すぎた。そして、その傷の全貌は未だに見えておらず、癒す術さえままならなかった。

 誰かが言った。「北海道は『試された』のだ」と。

 運命が北海道を試している――このまま本当に為す術も無く滅んでいくのか、それとも不死鳥の如く奇跡的な回復をしていくのか――今は試練のときなのだ。

 その昔『試される大地』という言葉があった。それは北海道のイメージアップのためのキャッチフレーズだった。その当時、「試される」の意味は「自らに問う」、或いは「挑戦する」という英単語の"TRY"の意味が込められていた。

 今再び、その言葉が甦った。

 もう一度、北の大地に栄華を取り戻すために。

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