ステータスとの対面


ダンジョンを出た後即行で『装備品ギルド』に行ったが、ナージェと別れて冒険者ギルドに向かおうとすると、開店準備に追われる人達や、仕事に向かう人達、夜勤帰りの人達で混雑しているため、普通に歩くことすら大変だ。あちらこちらの家からは、空腹を加速させるような朝食の香りが漂ってきて、それに伴い俺の腹がぐぅぅと、音を鳴らして不満を伝えてきた。


そんな都市特有の喧騒を掻き分けるように、俺はギルドへと進むため歩みを速めていく。


早朝は、昨日から貼り出されている残り物クエストを一新する。そのため、朝早くのギルド内は冒険者達でごった返しており、この現象はクエストラッシュと呼ばれている。


今日も例に違わずクエストラッシュが起きているギルドは、様々な人で賑わっていた。


クエストボードの前に立ち、複数のクエストを見比べている者、即席のパーティーを組むために、他の冒険者を勧誘する者、既に酒場で酔い潰れている者。ギルド内を少し見渡すだけでも、沢山の人がいる。その中でも、顔馴染みの冒険者にだけ簡単な挨拶をしながら、俺はマリアさんが担当する受付の最後尾に並んだ。


十数分間待ち、ようやく俺の順番が回ってくる。


「フェイルさんがこんな朝早くからギルドに来るなんて、随分と珍しいですね?」


――――珍しい。


確かにそうだろうな。つい最近までは、自分の実力やクエストの難易度を思慮分別することなく、来る日も来る日も常時開放クエストを受けていたんだから。


「眠たすぎて、今にも死んじゃいそうですよ」


「はいはい。冗談でも、死ぬなんて言わないで下さい。不謹慎ですからね。それで、今日はどんなクエストを受けに来たんですか?」


マリアさんは手元に置かれた書類に目を通しながら、その片手間で見終わった書類に、判子を押していく。


どうしよう?既に忙殺されそうな勢いだが、これ以上仕事を増やすような事を言って良いのだろうか?でも、言って見なければ何も進まないのも、また事実。


「いや、今日はクエストは受けません。その代わり、ダンジョンの到達階層と、ステータスの更新をお願いしに来たんですけど、今は無理ですよね?」


たん!たん!と小気味良いリズムで判子を押し続けるマリアさんは、忙しそうに身体を動かしながら、目だけをこちらに向けてきた。


「今は出来ませんね。この書類を片付けるのにあと―――五時間は掛かりそうですから。もし良ければ、お昼過ぎにもう一度来てください。」


「分かりました。じゃあ、その時間になったらまた来ます。」


時間の確認を終え、俺は踵を返して宿に帰ろうとした。


が、その時だ。マリアさんが手元を狂わせて、判子を押そうとした紙を落としてしまったのは。


面一杯に空気の抵抗を受けてゆっくりと降下する紙は、バサリッと俺の足元に落ちた。


わざわざマリアさんが、受付を回ってきて取るとこは無いだろう。そう思った俺は、落ちた紙を拾って内容を見ないようにして、マリアさんに渡した。


マリアさんがその紙に判子を押したのを確認して、俺は今度こそギルドを後にした。


「さっきの紙は、何だったんだろう?勇〇〇なんとか、みたいな感じに見えたけど。まあいいか。」









朝が早いというのは、それだけで辛いことだ。ギルドを出てから数分歩いただけだというのに、頭がクラクラし始めてきた。


手足の先から力が抜けていくのを感じながらも、俺は大通りの一角にある、飲食店に入ることにした。宿に戻ろうとすれば、道の途中で寝てしまいそうだから、席だけとって仮眠することにしたのだ。


[龍のとまり木]と書かれた看板の前を通り、店の扉を押し開く。


飲食店特有の油や調味料が入り交じった臭いを感じる。


外装こそ素朴で飾りっ気の無いものだったが、内装はそうでもないようだ。木造の建物ということもあって、その構造はシンプルなものだ。しかし、床には油一つ無く綺麗に拭かれたタイルが敷き詰められており、壁には様々なインテリアが、ところ狭しと飾られている。きっと、内装の飾り付けをした人のセンスが良いのだろう。見るもの一つ一つがとても新鮮なその光景は、飽きるという言葉を忘れてしまいそうだ。


先程までの睡魔など、どこえやら。眠気も忘れてそれらに見入っていると、声を掛けられた。


「注文もせずに店内をじっと見ている人なんて、開店してからも始めてよ。ふふ。余程私の飾り付けが気に入ったの?」


聞く耳を癒すような、綺麗な声に誘われるように後ろを向くと―――――女神がいた。


背中まで伸ばした銀色に瞬く髪、透き通る海のような、どこまでも青い碧眼。その体は豊満とは言えないが、しかしそれでも出るところはしっかりと出ている。


「あ、えーと。凄くお洒落だなぁ、と思ってつい。」


「それもうれしいけど、ここはお店だから注文も忘れないでね?」


やさしく、そして柔らかく微笑む女神様に、思わず見惚れてしまう。


『あるじ?タノマナイナラカエロウヨ?』


ラーシェが念話で話し掛けてきた。何故だか棘を感じさせるその口調に、思わず背筋を伸ばしてしまう。


「そ・・・それじゃあ店主さんのおすすめでお願いします!あ!値段は銅貨10枚までで!」


緊張してたどたどしくなってしまう俺の言葉に対しても、女神様は慣れたように微笑んでくれる。癒しだなぁ。


十分程店内を観賞していると、女神様が料理を運んできた。


何だろう、あ。これあれだ。


「銅貨10枚でおすすめのものです。うちは金額高めだから、考えるのに苦労したんですよ?」


そう言って女神様がテーブルの上に置いたのは、カレーライスだ。


艶のあるお米に、スパイスの効いたルー。とても美味しそうだ。美味しそうだけど、熱そう。







はい。いただきました。食べ物の描写がかけなくて、ごめんなさい。


それよりも、凄く食べにくかった。味は良かったんだけど、女神様が同じテーブルについて、俺が食べる様子をじっと見てくるのだ。つらい。


何で見てくるのか?と尋ねたら、「うちはこの時間帯だと、客が少ないから珍しくてね?」と返ってきた。まあいいや。この人はいい女神様だから、きっと有機物にちがいない。


「ありがとうございましたー!」


そう言って店を出ると、女神様は「また来てねー。」と朗らかに笑って手を振った。








宿で睡眠をとったあと、昼過ぎに目が覚めた。


何故かセラが目を合わせてくれない。部屋を出て厨房に向かっても、セラは乱暴にシチューを置いたら、スタスタと何処かへといってしまった。顔を真っ赤にして怒っているらしい。


結局その後セラと顔をあわせることなく、ギルドに向かった。


「マリアさーん。約束通り、来ましたよ!」


本日二度目のギルドだが、その様子は早朝とは大分違っていた。


クエストラッシュが過ぎて、ほとんどの冒険者はそれぞれのクエストを受けている。そのため、誰もいないということはないが、ギルドの中は閑散としていた。


早速受付に向かうと、マリアさんは手持ちぶさたになってしまった受付で、昼食のパンを食べているようだ。


「あ。そのパンって、最近有名なやつですよね?俺も知ってますよ。」


「ほーはんへふは?(そうなんですか?)」


片手で口もとを隠しているけど、指の間から見えるほっぺたについたケチャップが、可愛い。


「確か、去年の夏ごろに何かの賞を受賞してから、毎日行列が出来てるって話ですよ。よく買えましたね。」


「ひがい・・・・・・違いますよ。これは買ったものではなくて、貰ったものです。昔の友達がこの間ここに来たとき、手土産にくれたんですよ。」


その後、パンをモキュモキュと頬張っているマリアさんと、他愛の無い会話をしながら、マリアさんが食べ終わるのを待った。


最後の一口を飲み込んだマリアさんは、受付の引き出しの鍵を開けた。その中から手ごろなサイズの水晶を取りだし、それを懐に入れると、おもむろに立ち上がる。


「到達階層と、ステータスの更新ですよね。ギルドマスターから許可は貰いましたから、今から地下に向かいましょう。迷うことは無いと思いますが、一応私の傍を離れないでくださいね?」


「分かりましたけど、迷子になるほど子供じゃありませんよ。」


受付を立ったマリアさんの後に続いて扉を抜け、ギルドの裏側――――職員エリアへと移動した。物珍しい光景に思わず周囲を見渡していると、マリアさんに視線で注意された。はい。ごめんなさい。


幾つかの扉を開いて進んでいくと、やがて地下に進む階段がある部屋に着いた。階段を下り始めると、俺を取り巻く空気の感覚が一変した。しっかりと換気されていた一階は、新鮮で心地よいものだったが、階段よりも下に行くと、じめじめしていてカビ臭さすら感じてしまう。


肌にまとわりつくような空気の中で、薄暗い階段を照らす松明だけを頼りにして、階段を下りていくとようやく終わりが見えてきた。


目の前には鎖でがんじがらめにされた古めかしい扉があり、マリアさんはそれに付けられた南京錠に、一つの鍵を差し込んで右に捻った。


すると、がしゃん!という音と共に鍵が外れ、何もせずとも自然に扉が開いた。


開かれた扉から中の様子を窺うと、一辺十メートル程の正方形の空間が広がっており、薄暗い部屋の四隅には、唯一の光源である松明が設置されている。そのため、部屋の中央の光量は他よりもやや心許なく、それがまたある種の神秘性を帯びていた。


俺は部屋の中央に移動し、マリアさんに渡された水晶を手の平に乗せた。


「彼方への調べを綴るは、万物を見通す千里の瞳。


放浪者に刻まれし根源は、大地へと回帰する原初の足跡。


数多の戦場を駆け行くその体は、いつしか在るべき存在かたちへと映り変わる。


一対の天翼てんよくと成った者は、身命においてその身を大地に縛り付けた。


腕かいなに宿すは、あまねく敵を虚実の狭間へと乖離する、一振りの剣。


恐怖を知らぬ無垢なる心には、勇気と一握りの信念を。


其が求むは、既知に相反する未知なる愉悦であり、神秘に満ちゆく箱庭に快楽を求める者達はいずれ、こう呼ばれる。




――――それすなわち、冒険者であると。


『水晶よ。真の理を我が身に示せ。』」


定められた詠唱に反応した水晶が、眩いばかりの青白い光を放った。そして、その輝きはまるで意思を持つかのように複雑に空を走り―――――俺のステータスを書き記した。




Lv.9


HP436/436


MP214/214


ATK392/392


DEF263/263


AGI521/521


INT197/197


MA187/187


MD125/125


スキル:魔物使い【スライム】 到達階層:2


Bランク冒険者のステータスは、平均して350程とされている。そういう風に考えれば、ATKやAGIが優れているだろう。ヒットアンドトアウェイ戦法を極めれば、それなりに通用する自信がある。だが、俺の弱点となるステータスが無視できない。


そう。魔法に関するステータスが、低い―――低すぎるのだ。


ダンジョンの初層でエッチラホッチラしてる分には、十分に高いと言える。しかし、ダンジョンの奥深くにいるような魔物の、強力な魔法攻撃を食らったら、俺は即死してしまうだろう。


「微妙だなぁ。」


思うようにはいかないと分かってはいても、ばらつきが酷いステータスに思わずげんなりしてしまう。


「フェイルさん?あなたは一体何をしていたのですか?」


震える身体を無理矢理押さえ付けるように、両手で自らの身体を抱いているマリアさんは、畏怖を込めた声色で俺に質問をした。


「何って、それはダンジョンに行って――――」


その言葉を遮って、マリアさんは尚も質問を重ねる。


「そ・・・・・・そんな訳が無いでしょう?フェイルさんは、自分のステータスがどうなっているのか、分かっているのですか?」


「分かって・・・ません。どうなってるんですか?」


何が大変なのかを理解していない俺を見かねたマリアさんは、頭に手をやってはぁ、とため息を一つついてから、説明を始めた。


「Lv.が9なので、きりがいいLv.10の話をしましょう。まず、Lv.10での平均的なステータスの上限値は、300程です。フェイルさんのステータスの中には、それを大幅に抜いているものがありますが、他と見比べてみればまあ、普通な数値と言えるでしょう。しかし、それを上限値限界まで押し上げたとなると、話は変わってくるんです。フェイルさんと同じBランク冒険者が、ステータスの現在値を300代に上げるまで、何年間、何十年間努力してると思っているのですか?そのLvだって、70は越えているんですよ!それなのに、一体どれだけの無茶を重ねれば、それだけの数字を叩き出せるんですか?!」


言葉の上で説明をされても、今一よく分からない。てかそれくらいは常識として、流石に知っている内容だ。


「だから、何を言いたいのかが分かりませんよ。」


「フェイルさん。体は一つしか無いんです。壊れる前に、大切にしてください。そうでなければ、いつか死んでしまいますよ。」


そんなわけ無いでしょう?


そう言って笑い飛ばしたかったが、そうは出来なかった。


マリアさんが、今にも泣いてしまいそうなのだ。何か大事な物を失ってしまったような、そんな表情を浮かべている。


―――――今の俺を通して、別の何かを見ているような瞳で。


「大丈夫ですよ。」


水晶をマリアさんに返しながら、俺は曖昧な返事をした。


本当に、死なずに済むのだろうか?

賢龍だけじゃない。そこに辿り着くまでに、俺はどれだけ死んでしまうのだろう?

ダンジョンの四十層まで、幾つの命があれば良いのだろう?


改めて、その難しさの現実に直面した。

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