KKKがバズってる 其の二
ドアの向こうにいたのは大勢の黒服などではなかったことに、まずは安心のため息を小さく吐いた。
深々と被った灰色の帽子に、胸の辺りに主張が激しい肉の塊を抱えた作業服の女性の姿が一つ。
今回で三回目の配達をしてくれた彼女の姿は、シルエットだけでも十分なほどにわかりやすい。
「よかったぁ、配達員の人みたいだ」
後ろにいた二人にそれだけ伝え、ドアの鍵とチェーンをゆっくり外しドアを開く。
そして今回も彼女は顔を見せず、ただ口元だけ小さく動かした。
「宅配です。受領印を」
いつも通りサインを書き、小包を受け取り部屋に戻る。
一回目は差出人もわからずただ受け取り、二回目は異世界からの配達だと期待に胸を膨らませ受け取った。
そして今回の三回目はもやもやした感情のまま受け取った。
この小包は開けてはいけないパンドラの箱のようで、もし開けてしまえば本当に戻れないようなそんな気がした。
しかしこの状況を切り開く活路がある可能性があるのもまた、この片手で簡単に持てる軽い小包にしかないような気がしたのだ。
「ふぅ……開けるぞ」
小包を開ける用に買ってきたカッターナイフを取り出し、小包のテープを切ってフタを開ける。
「封筒……だけだな。これなら郵便で届ければいいのに」
毎回小包に入っているものは箱の割にスカスカなのだ。
まぁ、今回そんな些細なことはどうでもいい。大事なのはこの封筒の中身なのだから。
封筒を開け、中を覗くと三つ折りにされた紙が一枚だけ。
この一枚の紙でこの状況がどうにかなるのか不安に思いつつ、願うような面持ちで紙を取り出す。
「読むぞ……えー、御機嫌よう愛しき人間の子らよ。初めに言っておく、私は今、大変怒っている。とはいえ私も神だ、前回のことは目を瞑り寛大な心で許してやらないこともない。そして今お前達が置かれている状況も理解しておる。だがしかし、お前達が案ずることは何もないのだ。こちら側の世界に来たら詳しいことを教えてやろう、来るよな?ちゃんと来いよ。もう待たされるのはごめんだ。by神。だとさ」
「言ってることが理解不能だな。情緒不安定なのかこの自称神(笑い)は」
「なかつの言いたいことは最もだ。なんか勝手に怒ってるし、いつ俺達が待たせたっていうんだよ。自分がどこにいるのかも教えないくせにな。でもまぁ、行かなきゃ教えてくれなそうだし、行ったら神様の加護とやらでいい感じに護ってくれるんでねぇの?」
「本当にこの手紙の主が神様ならな」
なかつの言いたいことはわかるが、俺達に選択権がないのもまた事実。
それを見越してこんな詳細のない手紙のをしたためたのであれば、なかなかいい性格をした神に違いない、と皮肉を言いたくなるものだが。
「まぁ、アポロンとかいう神に会った時も、若干胡散臭い感じあったけどさ。他の神も神様って感じとは違ったけど多分本物だろ。それに異世界と行き来出来るのもその神のお陰って考えたら、ワンチャン本物だと思うぜ」
既に手紙の主についての胡散臭いポイントや愚痴などは散々吐いていたため、ここではこれ以上の議論は起きなかった。
それに本物の神かどうか疑うという時期はとうに過ぎている。今は本物であることを確認するべき時期にきているのだ。
だからなんのためらいもなく立ち上がり机の上の物を掴む。
異世界を行き来するための通行証である赤い石、冒険者組合の組合証、冒険者のランクを示す首飾り、異世界に行く時に必需品となる異世界三点セット(なかつ命名)である。
他にはカメラマンのなかつはビデオカメラだったり、おたがカンペで使うスケッチブック、あとはメントスなどを少々。
それぞれ準備を済ませ、俺達は玄関を開けた。
コンクリートではなく舗装された土の地面、築四十年過ぎたであろう日本式家屋ではなく、ヨーロッパのどの国でもなくどの年代とも違うRPG風の家屋。
既に見慣れつつあるこの風景こそ、この異世界の標準である。
異世界から家に帰ったら知らない人がいたり、部屋を荒らされているかもしれないという不安やら恐怖やらはある。
しかし異世界に来てカメラが回った瞬間、俺はそれら感情を一切捨て払いYouTuberへと変貌する。
カチッ、心の中でスイッチの切り替わった音がした。
「はいっ、というわけで今日も異世界でバッチリ動画撮っていきたいと思います。多分今回のタイトルは異世界で神様に会ってみた(仮)ってところですかね。そういえば昨日あげた動画えらいことになってまして、十二時間で九十万再生、チャンネル登録者も二人から四万人くらいになってました。マジヤバイっす、世界中で俺らKKKが超バズってます」
歩く俺の横顔をなかつが撮り、おたはその後ろを歩く。
目的地は指定されていないので、今回もとりあえず冒険者組合に行って話を聞くつもりだ。
「えー、見えてきました冒険者組合。とりあえず自称神様どこにいるか探すとこから始めるっていう。しかもたぶんわざとじゃなく、自分がどこにいるか書き忘れてるんじゃないかと僕は踏んでるんですけどね。じゃあ中に入ります。ちなみにここの受付嬢、ツェーレさんって言うんすけど、超美人っすよね」
そんなことを言っていたら、受付カウンターにいたツェーレが俺達を見つけるや否やこちらに向かって走り出した。
「ケン様ケン様ケン様!」
「えっ、ちょっ、どうしたのそんなに慌てて」
「依頼です。大至急お願いします。場所は組合を出て右に真っ直ぐ、突き当たりを左、少し行った右手に赤いレンガのオシャレなお店があります。依頼主の御方がお待ちしておりますので、急いで行ってもらえますか」
胸の前で握り締めた二つの拳を僅かに震わせており、よほど緊急な内容であると察した。
それにこのタイミングでの依頼、まず間違いなく相手は俺達の探し人だと俺の勘がそう告げている。
「わかった、行ってくる。なかつ、聞いた道は覚えてるな」
「あぁ」
ちなみに俺はさっき聞いた道程を既に忘れている。
記憶力が悪いんじゃない、単に聞いたけど右から左に受け流してしまっただけなのだ。
なかつの指示に従い、道を進んだ。
組合を出て右へ真っ直ぐ、突き当りを左、少し歩くと右側に赤レンガの建物が建っていた。
ツェーレは店と言っていたし、入り口に看板が立っているのと、中から僅かに香る香ばしい香りが喫茶店だと告げていた。
もちろん営業中の店なので、遠慮なく上がらせてもらうこととした。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいですか?」
「はい、三人で」
髪には白髪が幾分混じったダンディな店主がカウンターから顔を覗かせる。
テーブル席は埋まっているにも関わらず、何故かカウンターだけが空いていた。
チラリと視線を動かし店内を見回すも、テーブル席は既に満席。
カウンターに通せばいいのに、と思ったが店主は少し気まずげな表情を浮かべたところで、カウンター席に座っていた唯一の人物が何やら店主へと話しかけたのである。
「なるほど、彼らが待ち人でしたか。どうぞお三方こちらのカウンター席へ」
もちろんなんの遠慮もなくカウンター席へ向かい、唯一カウンターに座る客の隣にドカリと腰を下ろす。
「どうも始めまして。あんたが俺達を|異世界(こっち)に呼んだ神様かい?」
座った状態だと床に髪が届きそうなほど長く、しかしその長さでも不潔感のかけらもなく美しいウェーブのかかった少し色素の薄い茶髪。
ただ白いなんてものじゃなく、キメの細かさも尋常ではないと一目でわかる顔には、それぞれ整いに整った目鼻口が黄金比率で並んでいる。
はっきり言って、尋常ではない美しさ。
はっきり言わずとも尋常ではない美しさ。
しかしなんとも言えないこの既視感。
どこかで見たような、胸のボリュームと口元に浮かんだ微笑。
思い出そうと必死に頭をひねっていると、何故か微笑が消えていった。
というか僅かに釣り上がっていただけの唇がみるみるうちに釣り上がり、口元からは日本の八重歯が煌めいた。
ヤバい、そう思った時には、もう既に全て手遅れだった。。。
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