Episode30 Birth -生誕するモノ-
「魔力」とは、簡単言えば万物に宿る不可視の力のことである。
大まかにいえば「生命力」や「精神力」などと同種であり、それらよりも、より「神秘」の分野に属する力ともいえるだろう。
その内包量は種族ごとに様々であり、例えば同じ人間の中でも、個人個人でその量は千差万別である。
つまり、生まれながらにして大きな魔力を持った人間もいれば、そうでない者もいる。
それは人間以外の動物も同じであるが、俗にいう「
中でも
そして、
一方、生物(有機生命体)と異なり無機物が持つ魔力の量は、格段に落ちる。
“
しかし、
「さて、それじゃあ早速中に入ろうか~」
那津奈が呑気な声でそう誘う。
「それは構わないのだが…無防備に入っても問題はないのかい?」
ドーム全体から放たれる魔力の量に、警戒の色を隠さないアルカーナ(
実際、周囲に満ちる魔力は濃密で、アルカーナ自体も全身に言い得ぬ活力が行き渡るのを感じる。
心なしか、
「問題ありません。以前、私が来た時と比較しても、各種センサーに異常は見当たりません」
ドームを
彼女にとって、この研究所は生まれ故郷でもある。
その言葉は信じるに値するだろう。
「もっとも、以前訪れたのは、かなり前の事ではありますが…」
アルカーナはそれに頷いた。
「…そうか。だが、君がそう言うなら信じることにしよう」
そう言うと、アルカーナは改めてドームを見上げた。
高さは10mは無いだろうが、それでも巨大だ。
直径も20mくらいはありそうだ。
表面は鈍い灰色の光沢を放っている。
一見すると材質は不明だが、瞠目すべきはその構造だろう。
表面を何かで塗装しているのかも知れないが、壁面には継ぎ目一つ見当たらない。
那津奈によれば、この建造物は禁書「
そうであるなら、このドームは明らかな「
何故なら、かの禁書には「異なる次元の知識」が記されているとされるからだ。
その中には、このような代物を建造する知識も含まれているはずだ。
「入り口はこっちだよ~」
那津奈がドームの正面(?)にアーチ状に設けられた空洞へと案内する。
他にそれらしいものが無いとことを見ると、そこが出入り口になっているようである。
扉も無いところを見ると、簡単に出入りできそうだ。
そして、外からは無明の闇に見えた内部は、中では壁全体が
「…む、これは…」
中に足を踏み入れた瞬間、アルカーナは更に濃密な魔力が周囲に満ちるのを感じた。
古代ギリシャに提唱された「
「地水火風」の四元素の上層にあるとされる仮定の存在であり、天体そのものを構成するという元素とも言われている。
宗教の中では神々が存在するとされる高次元「天界」に満ちるものとされており、そうした由来から必然「神秘」に根深く関連する元素ともされていた。
永い時を存在してきたアルカーナ自身「第五元素」に触れたことは無い。
が、もしかしたらこの濃密な魔力の海は、それに値するものなのかも知れない。
「外にあれだけの魔力が放たれている理由が分かったよ。内部にこれ程の魔力が満ちているとはね」
アルカーナの言葉に、先を行く那津奈が振り返った。
「えへへ~、びっくりしたでしょ~?これはこの
「『プロメテウス』?それがこのドームの名前かい?」
「そう~。名付けたのは
メアリーとは「フランケンシュタインの怪物」が登場する原作小説「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」の著者、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーである。
よく誤解されがちだが、俗に呼ばれる「フランケンシュタイン」の名は、実は怪物の名前ではない。
怪物を創造した科学者「ヴィクター・フランケンシュタイン」を指す名前であり、怪物そのものは名前が無い。
そして「プロメテウス」とはギリシャ神話に登場する男神で、神々に取り上げられた「火」を人間の元に取り戻したとされ、同時に人間を創造したともいわれている。
このドームがフランチェスカの創造に用いられたとしたなら、その名前もそうした神話からもじったのかも知れない。
(そうか…それで、さっき那津奈が言っていた台詞に合点がいったよ)
アルカーナは歩を進めながら、内心そう呟いた。
先程…
その意味は、彼女の師であるアメルハウザーがこの
そして、アメルハウザーは実際に成功をしたのだ。
ただ、唯一異なる部分がある。
それはプロメテウスのような人類創造の
もっとも、そのどちらも「人の身には過ぎた代物」であるという点だけは同じと言えた。
「見えたよ~。あれが炉心に近い『
見れば、眼前に半透明の壁が見える。
一見すると、
「『産屋』ということは…この先がフランの…」
「そう~、フランちゃんが生まれた場所さ~」
そう言うと、那津奈は擦りガラスの壁面の前に立ち、右手を壁面に
「Nullas matrem suam(
短くそう唱えると、壁面は音も無く横へとスライドを始めた。
まるで自動ドアのようだった。
そして、開き切った先には、四角い大きな透明の水槽が鎮座していた。
中身は空だが、人間一人は余裕で横たわることが出来そうだ。
その周囲にはいくつものパイプ管が伸び、垂直にそそり立つ巨大シリンダーに接続されている。
そして、水槽の上には天井から吊るされた透明な台があった。
一方、部屋一面には見たことも無いような計器が並び、これまた用途不明なモニターや作業用と思われる機械じみたアームが設けられている。
極めつけは部屋の出入り口より対面の壁にある透明な窓だ。
分厚いガラスで仕切られたその姿は、まるで水族館にある巨大水槽の表面を思わせる。
その先は薄暗くなっていてうかがい知れないが、アルカーナはその奥から膨大な魔力の波動を感じていた。
全体的には機械じみてはいるが、どこか懐かしい感じがすることに、アルカーナは首を捻った。
「…えっ?どういうこと~っ!?」
不意に。
室内の一角に設けられた大型な操作盤に向かっていた那津奈が、素っ頓狂な声を上げる。
「何かあったのかい?」
その様子に異変を感じとったアルカーナが、那津奈に問い掛けると、那津奈は驚いた顔のまま振り返った。
「な、ななな無いの~!!」
「無い?何が?」
「『産屋』を起動させるための
その言葉に、アルカーナも目を剥いた。
「何だって!?どういう事だい!?」
「ほ、本来はここに厳重に保管されているのに~!無いのよ~!」
そう言いながら、那津奈が半泣きで操作盤の真下の床を指差す。
そこには小さな
恐らく、偽装された床自体に仕掛けがあり、その中に起動
「私と師匠以外は、この隠し場所も開錠方法も知らないはずなのに~!!」
「落ち着きたまえ、那津奈。以前、ここに来た時にどこか別の場所に移動させたんじゃないか?」
「それはないわよ~!」
那津奈が首を横に振った。
「絶対、絶対、ぜぇーーーったい、ここに戻したんだもの~!!」
「…ということは」
アルカーナは傍らのフランチェスカを見やった。
「彼女の
「実行不可能になるわ~!!」
那津奈が床に手をついて崩れ落ちる。
「さっきも言ったけど、私の研究所は電気代が未払いだから
頭を抱えながら、よく分からない悔恨をする那津奈に、アルカーナは片手で顔を覆いながら天を仰いだ。
「よく分からないが…無いものは無いで仕方がない。何か別の手段を講じるしかないだろう」
そう言いながら、アルカーナは室内を見回した。
「那津奈、君は師から
「ないわ~。師匠はとことん人を信じない人だから~」
「ふむ…さては、君の手から起動
「自信はあるけど…それには『Ωの棺』が無いとムリ~」
「では、他に起動方法は?」
そこで、那津奈はハッとなった。
「…あるかも~」
それにアルカーナは身を乗り出した。
「その方法は?」
「前に師匠から聞いた話だけど~」
那津奈は記憶を探るようにこめかみに手を当てた。
「こうしたアクシデントに備えて、起動するための
「『起動用
「それは私よ」
突然、その場にいないはずの四人目の声が響く。
アルカーナは、咄嗟に吸血鬼特有の超反応で周囲を探った。
が、周囲に満ちる濃密な魔力のせいか、声の主の位置が特定できない。
(一体どこだ!?)
「捕捉しました」
そんな中、フランチェスカが落ち着いた声で告げる。
フランチェスカを見やると、彼女は部屋の上空を見上げていた。
それを追ったアルカーナの目に、一つの人影が映る。
人影は天井から吊るされた透明な台の上に立っていた。
女性だ。
黄金の長髪に碧と紅の
均整のとれたその肢体を、漆黒のボディスーツのようなもので包んでいる。
「君は…誰だ?」
アルカーナの
「聞こえなかったの?」
長い髪を掻き上げながら、女性は続けた。
「いま貴女達が話していた『起動用
「何だって!?」
驚愕するアルカーナと那津奈に、女性は笑みの色を深くした。
「私はメアリー」
女性の右目…紅の瞳が赫光を灯す。
「メアリー・フランケンシュタイン…『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます