Episode30 Birth -生誕するモノ-

 「魔力」とは、簡単言えば万物に宿る不可視の力のことである。

 大まかにいえば「生命力」や「精神力」などと同種であり、それらよりも、より「神秘」の分野に属する力ともいえるだろう。

 その内包量は種族ごとに様々であり、例えば同じ人間の中でも、個人個人でその量は千差万別である。

 つまり、生まれながらにして大きな魔力を持った人間もいれば、そうでない者もいる。

 それは人間以外の動物も同じであるが、俗にいう「怪物モンスター」といった「神秘」に属するものは、人間や動物よりも多くの魔力を有する。

 中でもふるき種族であるドラゴンや、聖別された幻獣…一角獣ユニコーンなどは人を遙かに凌駕した魔力を有する。

 そして、天使エンジェル族や悪魔デーモン族などの高次の存在は、この世界に実体化する際に膨大な魔力を必要とするため、更に次元が異なる魔力量を持っているとされた。

 一方、生物(有機生命体)と異なり無機物が持つ魔力の量は、格段に落ちる。

 神合金オリハルコン真銀ミスリル日緋色金ヒヒイロカネといった「神秘」に属する希少金属や、生成時から魔力を蓄えてきた神話・伝説に登場する武具などを除けば、その量は微々たるものだ。

 “魔動人形ゴーレム”など、稼働に魔力を必要とする無機物生命体を除き、無機物自体が魔力を発することはほぼないと言える。

 しかし、那津奈なづな錬金術師アルケミスト)に案内された「狂乱のアメルハウザー」の研究所ラボにある謎のドームは、それを覆していた。


「さて、それじゃあ早速中に入ろうか~」


 那津奈が呑気な声でそう誘う。


「それは構わないのだが…無防備に入っても問題はないのかい?」


 ドーム全体から放たれる魔力の量に、警戒の色を隠さないアルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)。

 実際、周囲に満ちる魔力は濃密で、アルカーナ自体も全身に言い得ぬ活力が行き渡るのを感じる。

 心なしか、一角獣ユニコーンに負わされた足の傷もうずきが薄れたようにも思える。


「問題ありません。以前、私が来た時と比較しても、各種センサーに異常は見当たりません」


 ドームを走査サーチしつつ、そう答えたのはフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)だ。

 彼女にとって、この研究所は生まれ故郷でもある。

 その言葉は信じるに値するだろう。


「もっとも、以前訪れたのは、かなり前の事ではありますが…」


 アルカーナはそれに頷いた。


「…そうか。だが、君がそう言うなら信じることにしよう」


 そう言うと、アルカーナは改めてドームを見上げた。

 高さは10mは無いだろうが、それでも巨大だ。

 直径も20mくらいはありそうだ。

 表面は鈍い灰色の光沢を放っている。

 一見すると材質は不明だが、瞠目すべきはその構造だろう。

 表面を何かで塗装しているのかも知れないが、壁面には継ぎ目一つ見当たらない。

 那津奈によれば、この建造物は禁書「Ωオメガひつぎ」の記された技術の一端が利用されているらしい。

 そうであるなら、このドームは明らかな「存在し得ないものオーパーツ」だろう。

 何故なら、かの禁書には「異なる次元の知識」が記されているとされるからだ。

 その中には、このような代物を建造する知識も含まれているはずだ。


「入り口はこっちだよ~」


 那津奈がドームの正面(?)にアーチ状に設けられた空洞へと案内する。

 他にそれらしいものが無いとことを見ると、そこが出入り口になっているようである。

 扉も無いところを見ると、簡単に出入りできそうだ。

 そして、外からは無明の闇に見えた内部は、中では壁全体がほのかに発光しており、明るかった。


「…む、これは…」


 中に足を踏み入れた瞬間、アルカーナは更に濃密な魔力が周囲に満ちるのを感じた。

 古代ギリシャに提唱された「第五元素エーテル」というものがある。

「地水火風」の四元素の上層にあるとされる仮定の存在であり、天体そのものを構成するという元素とも言われている。

 宗教の中では神々が存在するとされる高次元「天界」に満ちるものとされており、そうした由来から必然「神秘」に根深く関連する元素ともされていた。

 永い時を存在してきたアルカーナ自身「第五元素」に触れたことは無い。

 が、もしかしたらこの濃密な魔力の海は、それに値するものなのかも知れない。


「外にあれだけの魔力が放たれている理由が分かったよ。内部にこれ程の魔力が満ちているとはね」


 アルカーナの言葉に、先を行く那津奈が振り返った。


「えへへ~、びっくりしたでしょ~?これはこの調整器レギュレーター『プロメテウス』の炉心から漏れているのさ~」


「『プロメテウス』?それがこのドームの名前かい?」


「そう~。名付けたのはアメルハウザー師匠だけど、たぶんメアリーの小説に引っ掛けているのかな~」


 メアリーとは「フランケンシュタインの怪物」が登場する原作小説「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」の著者、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーである。

 英国イギリスの女流作家であり「SFの創始者」とも評される人物だ。

 よく誤解されがちだが、俗に呼ばれる「フランケンシュタイン」の名は、実は怪物の名前ではない。

 怪物を創造した科学者「ヴィクター・フランケンシュタイン」を指す名前であり、怪物そのものは名前が無い。

 そして「プロメテウス」とはギリシャ神話に登場する男神で、神々に取り上げられた「火」を人間の元に取り戻したとされ、同時に人間を創造したともいわれている。

 このドームがフランチェスカの創造に用いられたとしたなら、その名前もそうした神話からもじったのかも知れない。


(そうか…それで、さっき那津奈が言っていた台詞に合点がいったよ)


 アルカーナは歩を進めながら、内心そう呟いた。

 先程…一角獣ユニコーンに遭遇する前に那津奈が口にした「師匠マスターは、神様になることを目指していた」という言葉。

 その意味は、彼女の師であるアメルハウザーがこの調整器レギュレーター「プロメテウス」を用い「人間フランチェスカ」を創造することを目指していたということ指してのことだろう。

 そして、アメルハウザーは実際に成功をしたのだ。

 ただ、唯一異なる部分がある。

 それはプロメテウスのような人類創造の御業みわざの代用として、禁断の書を使用したという点だ。

 もっとも、そのどちらも「人の身には過ぎた代物」であるという点だけは同じと言えた。


「見えたよ~。あれが炉心に近い『産屋うぶや』さ~。あそこなら総身点検メンテナンスを万全の状態コンディションで行うことが出来るよ~」


 見れば、眼前に半透明の壁が見える。

 一見すると、りガラスでできた壁のように見えた。


「『産屋』ということは…この先がフランの…」


「そう~、フランちゃんが生まれた場所さ~」


 そう言うと、那津奈は擦りガラスの壁面の前に立ち、右手を壁面にかざした。


「Nullas matrem suam(なんじ、母無き者なり)」


 短くそう唱えると、壁面は音も無く横へとスライドを始めた。

 まるで自動ドアのようだった。

 そして、開き切った先には、四角い大きな透明の水槽が鎮座していた。

 中身は空だが、人間一人は余裕で横たわることが出来そうだ。

 その周囲にはいくつものパイプ管が伸び、垂直にそそり立つ巨大シリンダーに接続されている。

 そして、水槽の上には天井から吊るされた透明な台があった。

 一方、部屋一面には見たことも無いような計器が並び、これまた用途不明なモニターや作業用と思われる機械じみたアームが設けられている。

 極めつけは部屋の出入り口より対面の壁にある透明な窓だ。

 分厚いガラスで仕切られたその姿は、まるで水族館にある巨大水槽の表面を思わせる。

 その先は薄暗くなっていてうかがい知れないが、アルカーナはその奥から膨大な魔力の波動を感じていた。

 全体的には機械じみてはいるが、どこか懐かしい感じがすることに、アルカーナは首を捻った。


「…えっ?どういうこと~っ!?」


 不意に。

 室内の一角に設けられた大型な操作盤に向かっていた那津奈が、素っ頓狂な声を上げる。


「何かあったのかい?」


 その様子に異変を感じとったアルカーナが、那津奈に問い掛けると、那津奈は驚いた顔のまま振り返った。


「な、ななな無いの~!!」


「無い?何が?」


「『産屋』を起動させるためのキーが~!!」


 その言葉に、アルカーナも目を剥いた。


「何だって!?どういう事だい!?」


「ほ、本来はここに厳重に保管されているのに~!無いのよ~!」


 そう言いながら、那津奈が半泣きで操作盤の真下の床を指差す。

 そこには小さなくぼみが認められたが、中には何も無かった。

 恐らく、偽装された床自体に仕掛けがあり、その中に起動キーとやらが秘匿されていたのだろう。


「私と師匠以外は、この隠し場所も開錠方法も知らないはずなのに~!!」


「落ち着きたまえ、那津奈。以前、ここに来た時にどこか別の場所に移動させたんじゃないか?」


「それはないわよ~!」


 那津奈が首を横に振った。


「絶対、絶対、ぜぇーーーったい、ここに戻したんだもの~!!」


「…ということは」


 アルカーナは傍らのフランチェスカを見やった。


「彼女の総身点検メンテナンスはどうなる!?」


「実行不可能になるわ~!!」


 那津奈が床に手をついて崩れ落ちる。


「さっきも言ったけど、私の研究所は電気代が未払いだから総身点検メンテナンス中に電気を止められたら大事になっちゃし~!私のバカバカ~!こんなことなら奮発して霊子観測用特殊端末『視れるンです』の違法改造用パーツなんか買うんじゃなかった~!!」


 頭を抱えながら、よく分からない悔恨をする那津奈に、アルカーナは片手で顔を覆いながら天を仰いだ。


「よく分からないが…無いものは無いで仕方がない。何か別の手段を講じるしかないだろう」


 そう言いながら、アルカーナは室内を見回した。


「那津奈、君は師から予備鍵スペアキーとか預かっていないのかい?」


「ないわ~。師匠はとことん人を信じない人だから~」


「ふむ…さては、君の手から起動キーが盗まれる可能性も想定していたか…では、キーを再度鋳造できないだろうか?」


「自信はあるけど…それには『Ωの棺』が無いとムリ~」


「では、他に起動方法は?」


 そこで、那津奈はハッとなった。


「…あるかも~」


 それにアルカーナは身を乗り出した。


「その方法は?」


「前に師匠から聞いた話だけど~」


 那津奈は記憶を探るようにこめかみに手を当てた。


「こうしたアクシデントに備えて、起動するためのキーに自律機能を持たせた『起動用素体ユニット』を製造したって~」


「『起動用素体ユニット』?それは一体どんなものだい?」


「それは私よ」


 突然、その場にいないはずの四人目の声が響く。

 アルカーナは、咄嗟に吸血鬼特有の超反応で周囲を探った。

 が、周囲に満ちる濃密な魔力のせいか、声の主の位置が特定できない。


(一体どこだ!?)


「捕捉しました」


 そんな中、フランチェスカが落ち着いた声で告げる。

 フランチェスカを見やると、彼女は部屋の上空を見上げていた。

 それを追ったアルカーナの目に、一つの人影が映る。

 人影は天井から吊るされた透明な台の上に立っていた。

 女性だ。

 黄金の長髪に碧と紅の異色瞳オッドアイ

 均整のとれたその肢体を、漆黒のボディスーツのようなもので包んでいる。


「君は…誰だ?」


 アルカーナの誰何すいかに、女性は薄く笑った。


「聞こえなかったの?」


 長い髪を掻き上げながら、女性は続けた。


「いま貴女達が話していた『起動用素体ユニット』が、この私よ」


「何だって!?」


 驚愕するアルカーナと那津奈に、女性は笑みの色を深くした。


「私はメアリー」


 女性の右目…紅の瞳が赫光を灯す。


「メアリー・フランケンシュタイン…『怪物を殺すモノアナザーフランケンシュタイン』よ」

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