第24話 ハルトと私の大喧嘩

「いいんじゃないですか」

「え、いいの?!」

「我々が人間を憎んでるなんて、もはや過去の遺産と言っても過言じゃないくらい古い話ですし。うちの城下町はもうすでに人間と魔王族が普通に混じって生活していますし。それに、今さら戦争だなんて、バカバカしいじゃないですか。お互い言葉がわかるんですから、話して解決すればいいんです」

「じゃあ!」

「良かったね! ラウル!」

「…一つ、提案があるのですが」


 クレマンさんの一言で、無事に始まったお茶会で、ラウルと私の考えを、皆に聞いてもらい、私たちとラウルたちが戦わない方向で話しは纏まった時、しばらく黙って聞いていた二ヴェルが、とある案を皆に出してきた。




「どうです、この茶番」

「茶番って言っちゃったよ」


 にこり、とある案を皆に提示した二ヴェルの言葉に、リアーノが律儀にツッコミをいれる。


「オレにも分かったぞ!」

「だろうな」


 にこにこと嬉しそうに笑ったジャンに、二ヴェルは若干呆れたように答える。


「で、どうなんだハルト。やるか?」

「…なんで俺に聞く」

「なんで、ってコレやるのがお前だからだろ」

「…は?」


 二ヴェルの問いかけに心底嫌そうな表情をして答えたハルトに、二ヴェルはさらに呆れた表情をしながら答え、ハルトは「無理」と短く答え、二ヴェルから視線を外す。


「ここまで来て無理とか言わないの!」

「だって意味わかんないし」

「ハルト?!」

「俺には関係ないことじゃん。俺がそこまでやる必要ないだろ。第一、戦争が起ころうが起こるまいが俺には」

「こーら」

「いった?!」


 吐き捨てるように言ったハルトに、ジャンが、べし、とハルトの頭を小突き、ハルトが叩かれた箇所を抑えながら「っなにすんだよ!」とジャンを睨みつける。


「それ以上は、言ったらダメだろ」

「……」

「戦争が関係ない人なんていないだろう。ハルト。ハルトだって分かってるだろう?」

「……」


 諭すように言うジャンの言葉に、ハルトが小さく舌打ちをし、ちらり、と私を見て「フィン?!!」と慌てた表情で私の名前を呼ぶ。


「…へ?」

「どうして泣いてっ」

「え…?」


 ぴた、と当てられたハルトの手に、じわ、と何かが広がったのを頬で感じて、顔を覗き込むハルトを見上げれば、視界がぼやけて見える。


「…あ、ごめ…っ」

「フィン…」


 涙だ、と自覚した瞬間、ボロボロと流れてきた水滴を手のひらで拭おうとした時、頬にあたっていた温もりが、グンッ、と身体をひかれる感覚とともに離れる。


「ハルト、自分の言ったことの重大さがわかるまでフィンと話すことも触ることも禁止」

「は?! なんでだよ!」


 耳元で聞こえるのは、怒ったリアーノの声で、暴れそうになるハルトは、ジャンがぐっ、と両肩から抑え込んでいるのが目に映る。


「好きな子を傷つけられて、黙っていられるほどオレっちは大人じゃないし、男でもない」

「リアーノ…」

「幼馴染だから、フィンが一番気を許してるから。そう思って見守ってきたけど、今のお前にフィンの傍にいる資格はないよ、ハルト」


「フィン、あっち行こう」


 そう言って、静かに私の手を引いて歩きだしたリアーノは、見たことがないくらい感情を抑え込んでいて、握られた手はかすかに震えていた。



「リアーノ、大丈夫?」

「…ごめん」

「ううん、私は、だいじょ」

「大丈夫じゃないだろ」


 ほんの少し歩いたところで、ぴたりと足を止めたリアーノの名前を呼べば、まるで自分が泣き出しそうな表情をしたリアーノが、私の言葉を遮る。


「アイツの、ハルトの言葉に、一番傷ついたのはフィンだろ。なのに、大丈夫なんて言うなよ」

「……リアーノ…っ」

「うん」


 きゅう、と握られた手に、ほんの少しだけ力が入る。


「ラウル達と戦うなんてやだ…戦争なんて、いやだ…っ」

「うん」

「…綺麗ごとだって、分かってるっ、でも、私、」

「大丈夫、分かってる」


 うわぁぁん、と声をあげて泣き出した私を抱きしめて、背中をとん、とん、とリアーノの手がゆっくりとリズムを刻む。


「オレっちさ。本当は両親がいないんだ」

「…え…?」

「戦争で亡くしたわけじゃないんだけどさ。村同士の争いに巻き込まれたらしくてさ」

「…そう…だったんだ…」

「まぁでも、オレっちは上手く世の中渡ってきたつもりだし? 魔王少年、えーっと、ライムだっけ? アイツには負けるけど、ほら、オレっち美少年じゃん?」


 おどけたように言うリアーノの言葉に、「ラウルだよ、リアーノ」と小さく笑いながら伝えれば、「またやっちった」とリアーノは笑いながら答える。


「生きるためなら、マジで色んな、フィンに言えないようなこともたくさんしてきたし、ぶっちゃけ犯罪だってしてきた。でもさ、オレっち、思うんだよ」

「ん?」


 ぽん、ぽん、と私の背を叩いていたリアーノの手の速度が、遅くなる。


「フィンとハルトに出会ってさ。両親に大切にされてきた人間って、こういう奴らなのかって。正直、すげー羨ましかったし、ムカつくこともあったけど。でも、オレっちみたいな奴じゃなくて、フィン達みたいな人間が、世の中に増えればいいのに、って」


 ほんの少し震えているリアーノの声に、彼の背に、恐る恐る手を回せば、びくっ、とリアーノの身体が大きく揺れる。

 きゅ、とまだ少し震えているリアーノを抱きしめれば、「…ハルトはさ」と小さな声が耳元に聞こえる。




「お前、バカなのか?」

「…うっせ」

「…そうじゃないだろう? ハルト」


 暴れまわるのかと思いきや、がくり、と肩を落としたハルトが、ジャンの腕の中で脱力した状態でかろうじて立っている。


 言ってしまった。

 言わなきゃよかった。

 言ってはダメな言葉だった。


 声には出さないものの、そんな思考がダダ漏れのハルトに、二ヴェルは本気で呆れた視線を向け、ハルトを抱えたままのジャンは、「ほら、しっかり立て」とハルトに語りかけるように声をかける。


「はは、そうしていると、まるで末弟のようだな」


 立つこともままならず、木の陰に隠れるように座ったハルトに、ジャンは上から覗き込みながら声をかける。


「……」

「だんまりなところもソックリだ」


 ドサッ、とハルトの横に腰をおろしたジャンから、少しでも離れようと身体の向きを変えるものの、「おっと、残念」という言葉とともに、二ヴェルが腰をおろしていて、ハルトは黙ったまま、二人をじい、と見やるものの、ジャンも二ヴェルも動く気配はない。


「なんなんだよ、お前らっ」


 半ばいじけているような声で立ち上がろうとしたハルトに、「ハルトさん」と、少年の小さな声がかかった。



「ハルトさんも、本当は争いごととか、嫌いですよね」

「……知ったようなこと言うな」

「知ってるんです。ボク」

「…は?」


 きょとん、とした表情を浮かべて顔をあげたハルトに、「やっと顔をあげましたね」とラウルは眉をさげながら、声をかける。


「ハルトさん、本当は色んな魔法、使えますよね」

「あ? 聞いてないぞ、ハルト」

「…マジか」


 バッ、と両サイドから向けられた視線に、ハルトは黙ったまま、思い切りジャンと二ヴェルの視線を無視している。


「それに、以前、山賊に襲われた時。あの時も、あなた達、全員が誰ひとりとして殺していない」

「…何を、見てたみたいに」

「見てましたから。ボクはずっと」


 寂しそうに、そう言って静かに笑ったラウルに、ハルトは、ただ「…ふうん」と抑揚のない声で答えた。







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