第5話 変態メガネ 職業 : 賢者


「えっと………何、してるんですか?」

「何って、貴女に愛の告白を」

「……は?」


 意味がわからない。

 先程まで、人を嘲笑うかのようにしていた人間が何故こんなにも一瞬で態度が変わるのか。

 理解が及ばな過ぎて固まり始めた私に「んん……貴女のような人に告白するのであれば花束が必要でしたか。欲しがりですね」

 やれやれ、と妙にウキウキした様子でコチラを見上げてくる顔に思わず「うわ」と小さな声が漏れる。


「……いい!」

「はぁ?というか………邪魔なんですけど」

「おや、構って欲しいんですか?それならお願いを」

「うわ、キモい」

「……良い!やっぱり君はイイ!」

「もうイヤ!何なのこの人!」

「フィン!」

「っひゃっ?!」


 バッ、と近づいてきた新しく増えた眼鏡の変態から距離を取るように、ハルトが私を抱えて後ろへと飛び移る。


「貴様!オレの運命の人に何を!」


 私を抱えたハルトに、眼鏡の変態が悔しそうな顔を向ける。


「……お前」


 くるり、と振り向いて眼鏡の変態を見るハルトの声が、低い。

 ちらと見上げた表情は、ジャンに向けていた表情とは比べ物にならないくらいに不機嫌な顔をしている。

 極悪人か、とツッコミをしたくなるような表情に大きく溜息を吐けば、ハルトの手がピクリと動く。


「何」

「ハルト、顔超怖い」

「はっ?当たり前だろ。フィンの運命の人があいつなわけないし」


 そう言って私を見たハルトの目に不穏な色が映った時「フィン!ハルト!」と聞き覚えのあるとても元気な声が遠くから響いた。



「待って、状況の理解が出来ないんだけど」

「しなくていいんじゃないか?」

「しない訳にもいかないでしょ?!第一、ジャンが行方不明になったりするから!」

「いやぁ、アレはオレもビックリした」


 ケラケラと笑いながら言うジャンに、そもそもジャンのせいでしょ、と呆れた視線を送れば、ジャンの隣に立っていた眼鏡の変態が「フィンがワタシを見てる!」と気色の悪い勘違いをして頬を赤く染める。


「とりあえず状況の整理をするけど、この村に着いて、宿屋で一休みして、翌朝に出発をしたら、その途中でハルトがぼんやりし始めて」

「気がついたら雪山でオレは独りきりだったな!」

「ワタシはテレポーテーションされた事であの噂が本当だったのかと確信したのと同時に、あそこは寒かったので、村へ戻るための移動魔法を使いましたが」

「で、ジャンは別のとこに落ちた、と」

「何か問題でも?」

「……もうそこはどうでもいいわ。問題はそこじゃない。そこの変態眼鏡が聞いたっていう噂よ。えっと」


 名前を聞いていなかった、と変態眼鏡をチラ、と見れば「ん?」と言って合わさった切れ長の目と視線に、一瞬、心臓がドキリと音を立てる。

 黙っていればイケメンなのか、とマジマジと見る私に変態眼鏡は、にやりと口角をあげ「貴女なら、惚れてくれてもいいんですよ」と言いながら近づいてくるものの「あ、ですが出来ればツン要素多めでお願いします」などと言い始め、私の鼓動は急速に冷めていくのだった。


「名前だけでは無く身長体重生まれた時間も言いま」

「名前だけで。あと、職業。他はいりません」

「……そうですか。至極残念ですが、貴女が言うならそうしましょう。ワタシは、二ヴェルと言います。呼び名はヴェ、ヴェル、二ベルでも構いません。一応、職業は賢者ですね」

「じゃあ二ヴェルで。貴方が聞いた噂は、確か」

「神に認定された勇者が足を踏み入れた時点で、魔王のしかけた罠が勝手に発動する仕組み、でしたね」

「それ。どうやって判別するんだろ……ハルト、あれになんかされたり渡されたりしたの?」

「あ?あー、何か持たされたっけなぁ」


 ペタペタと自分の身体に手を当てながら思い出そうとするハルトに、二ヴェルが「そこのあんた。ちょっと、いいか?」と怪訝な顔をしながら声をかける。


「………何」

「お前、勇者なのか?」

「あ?そうだけど」

「マジかよ」


 変態だが、賢者としての才能はありそうだし、頭も切れそうだし、仲間になってもらえないだろうか、と少し期待をしていた私は、二ヴェルの先程と同様に心底嫌そうな表情に胸が少しざわつく。


「二ヴェル、あの、私たち」

「おい勇者。名前は確か、ハルトだったな」

「……だったら何だ」

「いいねぇ。これだよコレ」

「……は?」


 ニヤリと笑う二ヴェルの口元は盛大に歪んでいる。


「フィンはまだハルトのものではない。けれどハルトはフィンを好いている」

「好いてって、言い方古いな。おっさんか?」

「うるせぇ。とにかくフィンが好きなんだろ?お前」

「好きっつーか愛してる。フィンは誰にも渡さねぇ」

「オレもフィンが好きだぞ!」

「あ?そうなのか?じゃ、ライバルは二人ってことだな」

「ライバルか!いいなそれ!仲間でライバル!熱いな!オレは好きだぞ!そういうの!」

「いいなじゃねぇし、暑苦しいのは俺は無理。ジャンは馬鹿なのか?」

「あー、多分オレは馬鹿だと思うぞ!」

「知ってた……!知ってたけど……!」


 ケロッと自分を馬鹿だと認めたジャンに、ハルトが「くっ……」と言いながら壁を叩く。

 その後もワイワイと私のここが良いだの何だのと話始めた野郎3人に、何の話をしてるんだコイツラ、と冷たい視線を投げつけるものの、3人は話が盛り上がってるらしく私の視線に気づく様子はない。


「勇者の女に手を出す自分も、勇者と女を巡って選ばれる自分もどちらも捨てがたい……!イイ…!あ、でも、彼女に捨てられるのも捨てがたい……!」


 一人勝手な想像をしているのが丸わかりな二ヴェルが時々何やら「あっ」とか小さな声を出しながら悦に入った表情を浮かべており、私は割と本気で「うわ……」と引いた声を溢す。


「フィンに振られる前提じゃ無いのがすごいな!」


 ジャンのその無邪気な言葉に「ちっ」とハルトが密かに舌打ちしたことに気づき、私は小さくため息を吐いた。


「で、魔王の予言は他はなんて?」

「予言通りでいくのなら、ワタシ達のパーティーにはあと一人加入する者がいますね」

「そう………」


 次こそ常識人が来てほしい……いや、むしろ常識人じゃなくてもいい、変態じゃなければもう何でもいい……!とさっきからずっと人の髪を触ったままのハルトに肘うちをお見舞いしながら本気で考える。


「本当……なんで変態ばっかなの、私の周りって」


 今にして思えば、町に居た人たちも変な人ばかりだったなぁとぼんやりと思い出す。

 大きなため息をつきながら歩いていた私の後ろから「あ、なぁ、アレ」とハルトの声が聞こえ、ハルトの指差す方向を見ればスライム状のモンスターが、ポーン、ポーン、と軽やかにジャンプをしながら進んでいる。


「何あれ」

「あぁ、あれは確か、そんなに美味くないぞ!」

「ジャン、そこじゃない。美味しいかどうかじゃ」


 なくて、と言葉を続けようとした私は、段々と近づいてくるスライムが徐々に大きくなっていき、その大きさに比例するように徐々に地面が揺れ始めたことに「……え?」と小さな驚きの声を漏らす。


「あー、あれはギガントスライムですね」

「……ちょ、大きくない?!」

「フィンは初めて見るのか?あれは中くらいだな。デカイやつはもっとデカイぞー?」

「へぇ、あれがスライムってやつか」

「ハルトも初めて見るのか?」

「フィンが見たことなければ俺も無い」

「そうなのか!幼馴染ってやつだな!」

「ジャン、それ今、関係ないよね?!ちょっ、段々こっちに来てるし?!」

「スライムの中には薬草とかの匂いを好むやつもいますね」

「オレには心当たりが無いが……誰か持ってるのか?」


 そう言って首を傾げたジャンに二ヴェルが「あぁ、あるとすれば…」と自分の持っていた荷物を探り始める。


「多分、これだな」


 パサ、と荷から出してきたのは、ピンク色の花をつけた葉の長い植物で、私には無臭のように思える。


「これのどこに…」


 呟きながら花びらに触れた時、ドスン、と大きな揺れが伝わってくる。


 スライムを見たことのある二ヴェルとジャンはのんびりと構えているものの、私は揺れる地面と、このままだと私達の背丈以上のサイズがあることが確実なスライムという未知の生き物に、思わず杖を握りしめたまま後方にいる二ヴェルとジャンを振り返る。


「ねぇ!このままだと潰されるんじゃないの?!私、あんなヌルヌルしてるのに潰されるの嫌なんだけど?!」


 ハルトはというと「ぬちゃぬちゃしてそうだし、そういうプレイもいいな……」とか意味不明なことをぬかしてニヤニヤするだけで危機感が全くない。


「ハルト、あいつはヌルヌルというより、ベタベタだぞ?例えるなら、とけた飴を触るみたいな」

「マジか。それは頂けないやつだな」

「だろう?」

「ワタシもあのベタベタになるのは嫌ですよ。フィン、貴女は炎系が得意でしたね?」

「……多分」

「では、ワタシが立てる作戦通りに、攻撃してもらいましょう」



 ニヤリと笑った二ヴェルは「まずは」とギガントスライムを指差しながら、口を開いた。

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