第3話 剣士はちょっとおバカな人でした


「え、何、それで、一文無しなの?!!」

「ああ!支払い額を言われてもよく分からなかったからな!袋ごと渡したら返ってきたのはコレだけだったぞ!」

「……………」


 そう言ってジャンが、ガサゴソと見せてきた腰に下がっていた袋の中を見て、私とハルトは言葉を失った。


「なぁ、フィン。本当に腹減った」

「ん?何だハルト!お前も飯食ってないのか!」

「…………フィン」

「ハルト、ジャンに呼ばれてるわよ」

「………………。」

「…………はぁぁぁ。とりあえず、宿のおばさんが言ってたご飯屋にでも行きますかー」

「お!いいね!飯ーー!!」


 ジャンをパーティメンバーに迎え入れて約半日が過ぎ、倒したモンスターの、お金に変えらる部分を収穫して、今晩の宿のために最寄りの村まで辿り着いた私達だが、ジャンがパーティメンバーに加わった時以降、ハルトはジャンと一切話そうとしない。

 確実に聞こえているはずのジャンの言葉をあえて無視して私に話しかけ続けるハルトの様子に、ジャンは怒る素振りを全く見せず、むしろそんなハルトの様子すら楽しんでいるようにすら受け取れる。

 随分と懐の広い剣士なんだなぁ、と関心しつつも、そんなジャンの様子に、昔から人付き合いの苦手なハルトもジャンなら大丈夫かな、などと考え始めた時、「なぁ!フィン!」と口いっぱいに食べ物を詰めたジャンに名前を呼ばれる。


「何?喋るなら飲み込んでからにして」

「わふぁっふぁ!」

「…………ジャン?」


 言ったそばから話し始めたジャンに、冷たい微笑みを向ければ、ジャンがハムスターのように膨らんでいた大量の食材をゴクンッ、と飲み込んで口を開く。


「すげー今さら何だが、こんなに頼んで大丈夫なのか?」


 ジャンはそう言いながら、テーブルと私達を交互に見やるものの、食べる手を止める気は無いらしい。


「あら、だって、さっきのモンスターの角とか爪とか、換金したら結構良い金額になったじゃない」


 ジャラ、と私が指でつつき音を立てるのはこの村に着いてすぐ手に入れた、来る途中で倒したモンスターの対価が入った私達のお財布。

 もともと私の食べる量は標準で、ハルトは成長期の男子なだけあってそれなりに食べてはいたものの、山育ちの私達は道中に食べられるものをつまんだりしながら進んでいたし。

 旅を始めてから今日まで、採取したものを売ったりしてきていたから、予算に困ったことは無かった。

 今日のモンスターの素材はこの辺では価値が高いものだったようで、毎日豪遊できる程では無いけれど、今日、大食い男子が満腹になるくらい食べても支払いに困らない程の収入にはなった。

 トントン、とその予算が追加されたお財布を軽く指で突付きながら言えば、「なるほど!」とジャンが何かに納得したような表情を浮かべて何度も頷いている。


「そうか、アレが大金ってやつか!」

「…………は?」

「あ、ハルトが喋った!」

「…………ジャン、今なんて言ったのかしら?」

「ん?だから、アレが大金ってやつか!オレには良く分からなかったからな!何だ二人とも。オレの言葉聞こえなかったのか!もう眠たいのか?」


 ガブッ、と次の肉に齧りつきながら言うジャンの言葉に、私とハルトの動きが止まる。


「ハルト、何だか嫌な予感がする」


 コソ、と隣の席のハルトに耳打ちをすれば、「ああ」とハルトも苦い顔をしながら頷いている。


「…………おい、ジャン、お前、出身は?まさか貴族とかか?」


 訝しげな表情をしながら話しかけたハルトを見て、ジャンは「んん?」と首を傾げながら咀嚼を続けている。


「いや?オレは農家出身だぞ!小麦が有名な地区だ!」


 えっへん、と大きく胸を張りながら言ったジャンの言葉に、ハルトはふぅんと興味無さそうな言葉を返す。


「じゃぁ、ジャン、もう1つ質問」

「お、何だ?フィン」


 コトリ、と飲み物を置いた私を、ジャンは嬉しそうな表情を浮かべながら見つめる。


「これはいくら?」


 そう言ってジャンに見せたのは、財布から適当に取り出した硬貨の数々。

 チラリ、と見てもすぐに計算出来るような金額ではあるけれど。


「ん?そうだなぁ」


 ふむふむ、と言いながら私の手のひらの硬貨を眺める様子に、私とハルトの嫌な予感は外れだったのだろう、と小さく安堵の息を吐いた瞬間。


「分からん!」


 ニッカー!と良い笑顔を浮かべながら、私達を見たジャンの言葉に、ハルトは食べかけていたパンをポロリと落とした。



「……………えぇっと?ん?ジャン?もう一回言って貰ってもいいかしら?これ、いくら?」

「いやぁ、だから分からんって!こんな額数えたことないぞ!」

「……………お前」

「ん?何だ?」

「お前、バカだろ」

「んー、頭はあまり使った事ないな!そういえば!」


 ゲラゲラと笑うジャンに、私は頭を抱え、ハルトは、肺の底の空気を全て出し切るような、深い溜め息をついた。


「思ったよりも前途多難な気がする」

「そうか?俺はフィンが居るなら」

「そんな言葉聞きたいんじゃないわよ」


 ベッドに腰かけながら、悠々と眠りについている新しい仲間の間抜けな寝顔を眺めながら大きく溜息をつきながら言えば、風呂上がりのハルトが頭から水滴を垂らしながら自分に充てがわれたベッドに腰掛ける。

 ハァ、と思わず漏れた私にハルトが「フィン」と昔から聞き慣れた口調で私の名を呼ぶ。

 その声に「ん?」と顔をあげれば、風呂上がりのハルトが本当に嬉しそうな顔をしながら、少し暗い部屋の中で嬉しそうに微笑んでいる。

(また、そんな顔をして)

 ふいに、ドクン、と胸が大きな音を立てる。


「俺はフィンが居るなら、フィンのためならいつでも死ねるぞ」

「また物騒なことを…………」

「俺はいつだって本気だけど」


 ニヤリ、と嗤う表情は、まるで何かに取り憑かれているみたいで。

(さっきは普通だったのに)

 この幼馴染みを格好良いと思う瞬間と、それと同時に向けられる得体の知れない感情に、背中が何かに撫でられたかのようにゾワリとした感覚が走る。

 ぶる、と小さな身震いをしたフィンは、彼女の様子を頬杖をついたまま満足そうな笑みを浮かべたまま、ハルトがじっと見つめていたことに知る由もなかった。


 ーー 本当に連れて行くのか

 ーー なにも彼女でなくても良いだろう

 ーー お前たちの小さな頃から見ているがなぁ

 ーー あの子に拘る必要も無いだろう?


 ーー 旅の途中で見つければ良いじゃない


 ーー 第一、神託には彼女の存在は…


 何処までも暗い闇の中

 何処からか聞こえてくるのは

 聞き覚えのある声


 そうだ。

 これは、町を出るきっかけになったあの日だ。

 フィンは神託に入っていないのだから連れて行く必要などないと、町の爺さん達は散々に言っていたが。


 小さい頃から見てる?

 あの子に拘る必要がない?


 ………俺の何を見てそんなことを言ってるんだ。



「………ルト、ハルト?」

「……何?」

「良かったぁ!目を開けなかったらどうしようかと思ったじゃない!勇者のあんた置いて先に進めないし」

「…………何の話?」


 ん?と首を傾げた俺を見て、フィンがはぁぁ、と大きな溜息を吐く。


「ハルト、今の状況、分かってる?」


 ぐにー、と俺の眉間に遠慮なく指をのばしてくるこの手を無しに、俺が歩を進められるわけがない。


「フィン」

「なに?」


 伸ばされた手をぐい、と引っ張って抱きしめるこの身体は、俺と比べて細くて、柔らかくて、何処となく甘い匂いがする。

 スンと匂いを嗅げば、「ち、ちょっと?!」とジタバタと腕の中でフィンが暴れる。


「離せ変態!」

「やだ」

「ちょ、変なとこ触んないでよ!」

「フィンに変なとこなんて無いけど?」

「そーゆーこと言ってるんじゃないーー!」


 ーー あの子に拘る必要も無い


 違う


 俺には、


 フィンしか、居ない。

 フィン以外、有り得ない。


「ぶっちゃけ本当、世界なんてどうでもいいし」

「………ハルト?」


 ギュ、と彼女が抜け出さぬよう腕に力をこめるものの、先程まで暴れていたフィンは俺の呟いた小さな声に気づき、少しだけ首を傾げて、暴れる手を止めた。

 ぎゅーっとフィンを抱きしめる俺の背を、腕の中から抜け出すのを諦めたフィンが、ぽんぽん、数回規則正しく叩く。

 その振動と温かさに、深く沈みかけていた思考が、徐々に戻ってくる。


 そして、気がつく。


 何やら、背中が寒い。

 いや、背中だけでなく、

 全身が、寒い。


「…………宿屋にいたはずじゃ…?」

「此処が宿屋に見えるなら、あとで薬屋に行ったほうがいいかもね」

「…………?」


 はぁぁ、と呆れた声を出す目の前にいる想い人を見やれば、最後に見た彼女の服装とはほんの少しだけ違っている。


 それに


 すぐ傍にあった宿屋の壁や、柔らかな布団など、昨晩自分を取り囲んでいたある筈のものは無く、今、自分達を取り囲んでいるのは、白く輝く、ひやりとしたものたち。


「…………ここ、どこ?」

「あたしが聞きたい!!」


 フィンの吐く息が白い。

 フィンだけでなく、俺の吐く息も白い。

 どこからか流れて来る風が、十分に冷やされたここの空気を露出している肌の温度を奪っていく。

 ふる、と腕の中で震えたフィンの身体をしっかり抱きしめれば、俺が知っているフィンの体温よりも遥かに低く、いつもなら振り払われる俺の腕も、今の彼女には少しでも暖になるらしい。

 青白くなり始めたフィンの頬を見て、自分の首に巻いていたマフラーを大慌てでフィンの首に巻きつけた。




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