第69話 第5章 ひなた―――2017
お母さんは生きていた。
誠司くんを抱えたお母さんの頭上に倒壊した家屋すべてがのしかかってきたとき、倒れたふたりのすぐ横に立っていた木柱が一本だけ折れずに一階の
二人の圧死を免れさせたその柱は縁側に面した廊下と八畳の和室の間に立っていたもので、わたしもよくおぼえていた。視界と動線を遮る、邪魔な柱だった。
もっとも、優希の「怪我していない」という言葉はやや大げさ、あるいは希望的観測すぎた。お母さんはこめかみに大きな裂傷を負っていたし、左手の甲の骨が砕けていたし、足首の
それでもお母さんはしぶとく生きていた。その夜、わたしは少しだけお母さんと面会が許された。
「……心配した?」
ベッドに横たわったまま、お母さんはうっすらと微笑んだ。頭に包帯を巻いており、その顔は誠司くん同様血の気が薄く見えた。
「ん」
わたしは枕元で小さくうなずいた。隣で優希が子犬みたいにベッドに顔を載せ、食い入るようにお母さんを見つめている。
「ごめんね……。……誠司くんは?」
「さっき会った。ちょっとだけ話をしたよ」
「そう……。他の子たちは?」
「わからない」
床にありながらもお母さんが気にかけるのはやはり一番に子どもたちのことのようだった。そんなお母さんと話ながら、わたしは懸命にその顔の上に透子ちゃんの面影を探ろうとした。瑞々しい瞳を輝かせ、なにかあるごとにわたしにしがみついてきた六歳の女の子。だがどんなに何度ながめてもやつれ、皺の浮いたお母さんの顔からは幼いとっこちゃんの面影を見出すことはできなかった。
「どうしたの? ひな。そんなに見つめて」
お母さんが不思議そうに訊ねる。
「……ううん。なんでもない」
わたしは首を振った。
「姉さん呼んでくれる?」
「う、うん」
わたしは廊下にいる節子おばさんを呼びに行った。役所の仕事の合間に飛んできたらしく、おばさんは髪はふり乱し、激しく息を切っていた。役所も今はてんてこ舞いで、どうにか時間を見つけて駆けつけたらしい。
いかにも姉妹らしく枕元に寄りそい、密やかに言葉を交わすふたりををちらりとながめ、わたしはそっと部屋を出た。たぶんお母さんが何か頼みごとをしているのだろう。うんうんとうなずくおばさんの横顔はとても綺麗で、その妹を見つめるまなざしはまるで母親のように見えた。
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