VR時代の新しい空想

廃界幻夢

「Dr-1」との出会い-1 購入からセットアップまで

「世界は新しい時代へ!あなたが思い描いていた世界が眼鏡の向こうに!」

「貴方の考えた世界がすぐそこに!『Dr-1』にお任せください!」


 そんな宣伝文句を聞きながら、冴えない僕は歩いていた。「全く、何かを発明したらすぐ『世界が変わる!』って言い出すんだから…」と内心思いつつも、心は何故か惹かれていたのだった。


 店頭にあったのは黒いヘルメット型の装置。後頭部の方に出っ張りがあり、そこからUSBケーブルが伸びている。恐らくこれをPCに刺すのであろう。


 この装置の正体は脳を読み取る電極であった。昔よく、脳内の活動を読み取る装置としてよくテレビにでていたあれだ。しかし、あんなにゴテゴテとケーブルが付いているわけではない。ヘルメットについた一つだけの電極が、この機械がいかに革新的かをアピールしているかの様だった。


 この電極の最大の特徴は、「脳に付けた電極で使用者が考えている事を読み取り、それをVR眼鏡に映し出せる」ということだった。


 これまで、人々がVR眼鏡で何かを作ろうとしようにも、絵を書くスキルや、プログラムやソフトウェアの知識等が無ければ、自分の思い描いた世界を作ることは難しかった。このVR眼鏡は、そういった取っ付きにくさを出来る限り排除したものだという。


 旧来のVR眼鏡でも、誰かの語る物語や、夢などを体験するにはとてもいい媒体であったと言えるだろう。そして、この電極を使えば、その間口が広がるのだと宣伝されていた。


 僕はこの装置に強い関心を覚えた。自分が辛い時、悲しい時、勇気を出したい時…そんな人生の間で僕は決まって「夢」に助けを求めたからだ。夢はいつだって僕を励ましてくれたのだった。


 僕は昔から冴えなかったし、要領も悪く、親からも、教師からも、クラスの人々からも蔑まれてきたような生活を送っていた。そんな僕を支えてくれたのは夢であり、妄想であり、そして創作物であった。


 当時家庭に普及し始めていたVR眼鏡を装着し、その向こうに存在した世界にのめり込んだ。のんきな人、世界が窮地に陥った時に存在した人々、そしてそんな世界を救った英雄。凶悪な魔物に実は優しい魔物…誰かの語った世界は、僕の心を癒やしてくれた。


 僕の心の中に存在していた魔法使いや、剣士や、高度な技術の街。常に僕の味方でいてくれた人、僕が経営していた薬屋さん。そんな僕も古代の封印を解きに街の外れまで冒険したものだった。


 そんな、僕の中に存在していた町並みを、眼鏡の向こうにもう一度具現化させることが出来たなら、どれほど幸せなことだろう。


 このヘルメットは、そんな僕の夢を叶えてくれるのだろうか。



 家路についた。なんの変哲もない、アパートだ。

 世間からすれば、僕はうだつの上がらない一般市民なのだろうと自嘲した。


 しかし、僕の心は軽かった。そんな状況から逃げ出して、自分の世界に没頭できるような装置。そんな装置を僕は買ってしまったのだ!そう。あのヘルメットである。


 店頭での展示を見たあと、僕は予約を入れた。

 店側の狂乱とは裏腹に、人々は冷めていたらしいのだが、それも無理はないだろう。まだ、この装置の素晴らしさを気づいている人はそんなにいないのだから。

 自分がその先達になれると思うと、とても素晴らしい事のように思える。しかし、目的はあくまで、僕の思い描いていた世界を具現化させる事なのだ。


 そして、待ち望んだ日がやってきた。帰り際に店頭に行き、待ち望んでいたブツを手に入れた!なんて素晴らしいのだろう!ルンルン気分とはまさしく今の僕のような状態を指すのだろう。今日はとても素晴らしい日だ。夢の具体化を待ちわびていると、すぐ家についた。


 鍵を開けて、閉めて、手を洗って、うがいして、箱を開封する。そして、待ち望んでいたものがあるかどうかを確かめる。中には、発泡スチールとビニールで頑丈に梱包されたあのヘルメットがあった。


 一通り梱包を解き、保証書にレシートを貼り付ける。実にワクワクしていた。これまで、夢の中、頭の中でしか想像出来なかった世界が、これから自分の眼前に現れるのだと思うと、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


 説明書を読み、動作環境からセットアップの方法を確かめる。


 箱に付属していた説明書はインストールの手順しか書いていなかった。他のソフトウェアと同じように、分からない所を「こちら」のインターネットや、「向こう」のヘルプで解決しろという事だろう。


 説明書をめくり、動作環境を確認する。


 VR対応のパソコンとVR眼鏡が必要。ストレスなくプレイする環境であるとハイエンドなグラフィックボード(VRもCPUの内蔵グラフィックで事足りるようにもなったが、やはりストレス無くプレイするにはそれくらい必要だろう)と、沢山のメモリ。その環境の整ったPCにドライバーとソフトウェアをインストールすればいい。


 趣味があまり無く、ハイエンドPCを買って持て余していた。余裕でプレイできる。何度も確かめていたから、改めて確かめなくても良かったと感じた。


 付属していたUSBメモリから、インストールをし始める。PCの前に座り、ヘルメットをまるでペットの様に愛でながらインストールの状況を示すバーが伸びるのを待つ。そしてとうとうこの時がやってきた。


「インストールが完了しました」


 ついに長年の夢が叶うのだ。僕は、ヘルメットをPCにに接続し、それとVR眼鏡を装着し、夢の世界へと足を踏み入れたのだった。

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