第9話 Hebana!


自分は他人より力を持つ存在である。


と勘違いしてしまうと人は、醜悪な怪物になる。


たとえそれがどんなちっぽけな力でもこの世にたった一人の弱弱しい者の「上」だとしても。


攻撃し、支配し、蹂躙するのが人間は大好きなのだ。


ね?そこのネット弁慶さん。



前半戦・マウンティングの女王


ここは世界一こじゃれた街、白金。


僕はとあるパーティーへの出張を急に教授から言い渡され(本当に前日夕方だった)、当日メンズブティックに行ってこじゃれた格好をした店員さんに


「白金のパーティーに出るようなこじゃれた格好にしてください!」

とこじゃれたスタイリングをしてもらい、ヘアサロンに行って意味もなくハットを被った美容師さんに

「白金のパーティーに出るようなこじゃれた髪型にしてください!」

とお願いしてテレビに出る爽やかイケメン俳優みたいな髪型になって、


世界的デザイナー、

キクオタケチとヨーコカマクラが主宰する

「二年後の東京オリンピックに向けて選手&ボランティアのユニフォームデザインを若手デザイナーと共に企画する会」というのは聞こえがいいが、


要は大御所デザイナーたちが若手デザイナーや文化人たちを集めてこじゃれたビュッフェパーティーを開き、互いのデザインをプレゼンする、という、


多少の税金を使ってただ飯を食いマスコミ関係者も招待して宣伝までしちまうこじゃれた催しにただ飯喰いもといフィールドワークをしに来た訳である。


僕の名前は小巻英雄、名門K大医学部に勤める精神科医であり、自称天才プロファイラーだ。


「それにして世界のファッションのモードはアグレッシブにチェンジしていくのに、都のお役人の関心の薄さは呆れ返るばかりですね」


「世界の服飾業界のの傾向は活動的に変化していくのに、都のお役人のセンス、だっせえ!予算をけケチるからあんなクソだっせえユニフォームになってまーた作り直しで税金の無駄遣いデス」


フォアグラのテリーヌをフォークの先に突き刺したままヨーコカマクラは本心をそのま音声化しやがったビスクドールのフランス人形を振り返って何とも言えぬ顔をした。


「あ、そのまま会話をお続けになって下さい」と芹沢教授は白い顎ひげを生やした紳士づらに上品な笑いを浮かべ、

「これはね、来る東京オリンピックに向けて世界中のあらゆる言語を集積して『対象に分かりやすいように』翻訳してくれるAIひとまろの実験なんです」とよく通るバリトンボイスで説明した。


ヨーコカマクラはいつもなら

「あんたね、私がイメージしているのはそんなんじゃないのよ!可愛い顔して頭は空っぽなんだから、気に入らないから出て行きなさいよ!」とパリコレデザイナーの権威をかさにきてテレビカメラの前でも容赦なく怒鳴り散らす癖に。

そう、今回のパーティーは衆人環境の中でいかにAIひとまろが能力を発揮できるか?という公開実験でもあるのだ。



「ヨーコカマクラか…鎌倉出身、小さな仕立て屋の娘に生まれ、卓越したセンスで日本のファッション界に君臨してる女王ってか。脳外科の世界的権威である芹沢教授の前では大人しいね」



こんなBBA、プロファイルに1分もかからない。「ずばり、バブル時代の栄光を引きずったまま生き残っている攻撃的なマウンティング女子」と僕がつぶやいた声をパーティー会場の雰囲気に合わせてフランス人形のボディに変えたひとまろは、


「ずばり、ヨーコカマクラは騎乗位が好きな雌猿中年女と、プロファイラー小巻は申しております」と機械音声に100%の悪意を乗せて通訳してしまったのだ!


僕が海老とアボカドのムースをグラスごと取り落してしまったのは言うまでもない…好物だったのに!


説明しよう。

マウンティングとは生物学的用語で交尾体制を取る事により自分が上位である事を示す行動で、それを女子がやるから、


雌猿の騎乗位。


極めて直訳に近いが…せめてオブラートくるんでに言ってくれひとまろ!

「おためごかしというプログラムはひとまろにはゴザイ、ま、せーん」



後半戦・意識高い系vsひとまろ


小巻英雄

「さーあ、気を取り直して息が詰まるようなパーティー会場から抜け出した僕たち『AIひとまろチーム』、別室に待機してプレゼン会議をモニタリングしてまーす。


実況は第一助手の僕、小巻英夫、解説は全言語翻訳型AI『ひとまろ』を開発なさった脳外科医、芹沢儀右衛門せりざわぎえもん教授でーす」


芹沢教授

「どうも、芹沢です。いやあーまさに『意識高い系』ばかりが集まったプレゼン会場でどんな軽佻浮薄なカタカナ用語が飛び交うか、楽しみですねえ」


津背このみ

「ちょっと私も紹介して下さいよ!どーもー、津背このみ内科医でーす。


感受性と脳が命令して発する内分泌物質(ホルモン)の研究をしていまーす。

ひとまろの感受性プログラムの中にさらに発言者の内に秘めたる『罵詈雑言感知システム』を組み込んだ天才プログラマーでぇす。さっき一流パティシエのスイーツを6個食いしてきました。甘いものは別腹ですから」


小巻

「甘いものは別腹なんて医者にあるまじきセリフですね…さあ、会場ではこじゃれたカタカナ用語が飛びかっております!」


新進気鋭デザイナー、小日向まゆ

「このトラディショナルカラーであるインディゴカラーをぉ、をプッシュアップすることによってぇ、このジャポーンのインディゴをグローバルスタンダードにするのです!」


ひとまろ

「伝統的な国色である藍色をゴリ推しすることにより、日本の藍を国境を越えて売り付けるのデス」


このみ

「わざわざ日本をジャポーンと言うことで自分はおフランス帰りと強調していますね」


グラフィックデザイナー鎌田こうき

「ミス小日向のデザインにはグラマラスさが足りないんだよねえ。もっとこれぞジャポネと強調させるプリミティブでアバンギャルドなモチーフをもう何点か作れなかったのぉ?」



ひとまろ

「小日向さんの意匠には性的な魅力が足りないんだよね。これが日本だ!ドヤ顔できるような原始的で先駆的な表現の題材を作れなかったの?と鎌田氏は言ってマス」


小巻

「わざわざジャポネというあたり、自分はミラノで修行してきたんですけど、な自慢かましてますねえ、教授」


教授

「性的で原始的で先駆的な服装…はじめ人間ギャートルズの奥さんの胸ポロリしか思い浮かばないが」


小巻&このみ

「いや、世代的にギャートルズに詳しくありませんので」


キクオタケチ

「つまりはポジティブにブレイクスルーしろってことなのお?」


ひとまろ

「つまりは前向きに既存概念を突破しろってことデスカ?」


小巻

「おおっと、ここで大御所キクオタケチが発言しました!もう一人の大御所ヨーコカマクラ動かない…何か怒っている様子にも見えます、があと何人かの若手デザイナーたちもここで書き記すまでも無いカタカナ語しゃべくってますねー」


このみ

「現在感情モニターで観察中ですが、ヨーコカマクラの感情レベルがイラつきの黄色から怒りの赤へと変わりました!何かが起こりそうな予感…」


どん!

「あんたたじ、さきたかや軽いカタカナ語ばっかり使って私サは意味が解きやねの!こいだかきやちゃきやちゃきやした今時の若いもんは仕事がいい加減、態度もいい加減、なもがもいい加減ののし!」


ひとまろ

「あんたたち、さっきから軽いカタカナ語ばっかり使って私には意味が解らないの!これだからちゃらちゃらした今時の若いもんは仕事がいい加減、態度もいい加減、何もかもいい加減なのよ!」


小巻&このみ

「マダムカマクラ、突如方言で放言です!こ、これは…」


教授

「ふうむ、津軽弁だね」


このみ

「え?経歴では鎌倉出身…ってまさかの経歴詐称!?」


なおもヨーコカマクラもといヨーコツガルの怒りの放言は続く。

「もういい!私が本気で作ってきた制服の試作三点モデルさ着せて発表すらかきや見でまれ!ちっちゃ頃かきや田畑の中で働いて働いて生きてきて、あまり文句ば言わずぢっと手こば見ら日本人の土性っ骨ば体現した『粋』の濃紺し!」


ひとまろ

「もういい!私が本気で作ってきたユニフォームの試作3点モデルに着せて発表するから見てなさい!小さい頃から田畑の中で働いて働いて生きてきて、あまり文句を言わずぢっと手を見る日本人の土性っ骨を体現した『粋』な濃紺よ!」


小柄で筋肉質の日本人モデル3人の男女が身に纏う濃紺のユニフォームは、どれも動きやすそうで通気性がよく、機能的なフォルム。


「ヨ、ヨーコさん、このデザインのモチーフはずばり作務衣だら?」とのキクオタケチの質問に「さっすが世界のタケチさん、古来の日本の働きもんの姿だし」とどや顔で答えた。どうやらキクオタケチは静岡出身のようだ。


結構なハプニングと協議の上、結局ユニフォームは賛成多数でヨーコカマクラのデザインに決まった。


「しかし今回の件でマスコミやネットは経歴詐称ばかりが独り歩きしてあなたには風当たりが強くなりそうですが」


と会場を後にするヨーコカマクラに芹沢教授が心配そうな顔して言うと、


「のーサ、叩きて奴は勝手コサ叩いてりゃいいのし。匿名でしかわの意見ば出して戦いも出来ね小人どもの声のんて気サしね私」


ひとまろ

「なーに、叩きたい奴は勝手に叩いてりゃいいのよ。匿名でしか自分の意見を出して戦いも出来ない小人しょうじんどもの声なんて気にしないわ」



「つまり、人類みな小人(取るに足らないつまらん奴)。という訳ですか」


「そうサ、あんたおもしぇ人形作ったの、気サ入った私(気に入った私)」


と迎えの車に乗り込んで窓からグッジョブ!と親指立てて芹沢教授とAIひとまろチームを見送った彼女の別れの挨拶はサイコーにカッコよかった。


「へばな!」









































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