第7話 Hey, kelly!

午前6時に僕のスマートフォン連動腕時計がアラーム「ペールギュント・朝の気分」を鳴らし、僕は目覚める。


「Hey,kelly」


kelly

「お早うございます。あなたの昨夜の睡眠時間は6時間。その内熟睡したのは三時間でした。ちょっと睡眠不足ですね」


「仕方ないよ、新しいプロジェクトで立て込んでいるんだから」


kelly

「朝のコーヒーをお淹れ致します」


kellyと連動したコーヒーメーカーがきっかり一杯ぶんの熱いコーヒーをマグカップに満たしてくれる。もちろん薄めのアメリカン。


カフェインの摂りすぎだ、と解っているのだが、朝からこの一杯がないと僕の頭は働かない。


kelly

「昨日、貴方が検索してらした類人猿についてリストをアップ致しました」


「ああ、チンパンジーの事だね」


まったく、kellyは僕の暇潰しの検索にも生真面目に答えてくれる。


AIってやつは本当に計算機でしかないな!と僕は吹き出してしまう。


かなり昔、コンピューターが人間世界を支配する未来の映画があったが、あれはメレビリジアンやパーセノビーという高度なソースプログラムあっての話だった。


AIを恐れるなかれ、と僕は妄想に取りつかれた大人たちに言ってやりたい。


「kelly,今日の天気は?」


kelly

「はい、晴れのち曇り。雨雲レーダーの動きにより午後2時から雨が降る予定です。おや、トーストとソーセージと目玉焼きが焼けましたよ」


PiPiPi!と音をを立てて全自動電子オーブンが朝食が出来た事を告げる。


kelly

「朝の尿検査の結果が出ました。もっとカリウムとビタミンBを摂らなければなりません」


といってkellyは冷蔵庫の自動ドアをリモートコントロールで開け、僕に必要な栄養素が入ったグリーンスムージーのカップを選別して一個、かたん、と音を立てて冷蔵庫の扉のトレイの上に置いてくれる。


O.K.何もかも完璧だ。


kelly

「チンパンジーは、ヒトと染色体が2%しか違わない」


「ああ、それは塩基配列のことだよ。たった2%の差で猿になるか、ヒトになるか考えるだけでゾッとする。神様ってやつは非常に細かい計算をして種を分別する計算機のような奴だ」


kelly

「それは面白い意見ですね。貴方は無神論者のはずですが」


「ああ、それは君にしか話してない。両親には内緒。SNSの僕のつぶやきで君はそう計算したんだね?」


kelly

「はい」


「kelly,僕の他愛ないお喋りを聞いてくれないか?」


kelly

「はい、喜んで」


グリーンスムージーは今日はリンゴ入りのため少し甘かった。僕は急いでトーストとソーセージとサニーサイドアップ(片面焼きの目玉焼き)を同時に口に放り込んで咀嚼し、スムージーで胃に押し流す。


kelly

「貴方は、よく噛まないと消化に悪いですよ」


「君の言うことは帰宅後に聞くよ。なあ、人間なんて一部の人間以外はみんな猿みたいなもんだと思わないか?」


kelly

「私はAIなので思考しません」


「世界じゅうに大したこと無い自己表現とやらを動画やつぶやきでやらかしちまってる馬鹿な一般人や偉いヒトの多いこと…あれは自己承認欲求なんて高次なもんじゃないよ」


kelly

「自己承認欲求、アブラハム・マズローが図式化した上から2番目の欲求」


「僕から言わせれば下から四番目の欲求さ」


kelly

「下から四番目ですか?」


「ああ、億単位の人間がタダで個人情報を提供する。人権が侵される危険を解ってても人は人にいいね!と言われたい」


kelly

「人とはそういうものですか?」


「いいかい?kelly,あいつらは人権を売って小銭を稼ぐ猿と変わらん連中だ。いや、人の形をした猿だ」


kelly

「すいませんが、あなたの言う意味がわかりません」


さらに僕は饒舌になって続ける。


「いいかい?億単位の猿の情報を売り買いして富を稼ぐのが、人というものだよ。本能むき出しのイドの海の上を、エスに目覚めた成功者の方舟がゆく…世界とはそういうものだ」


kelly

「まるであなたみたいですね」


「ああ、SNSツールを作っただけで存分に稼がせてもらったよ」


kellyはいつもはすぐ適当な受け答えをしてくれるのだが、この時は違った。


kelly「ジェイコブ・クロイツェル。貴方のアカウントはすでに盗まれています。テレビをごらんなさい」


それは、複数の人間の音声を組み合わせた機械音声だった。


やられた…!


僕は額から大量の汗を流しながらテレビのリモコンのボタンを押すと、CNNのニュースキャスターが僕の写真を大写しにし、


「猿たちの情報を売り買いして稼がせてもらっている」と写真の下に字幕が出ていた。


2035年6月3日朝、カリフォルニア。


世界中の人が使うコミュニケーションアプリ

「Ragiel」の開発者でCEO、ジェイコブ・クロイツェル28才のアカウントが謎のハッカー集団「オプティマス」に乗っ取られ、世界中のユーザーのRagielアカウントがウイルス感染し、


若き億万長者が世界中に張り巡らせた仮想の帝国は、「Monkey」のキーワードで一瞬にして崩壊した。


オプティマス

「AIとしかお喋りできない人を信じない貴方が作った世界は、醜悪よ、だから掃除させていただくの」


と、ハッキングの痕跡を全て消した肩まで髪の毛先だけぴんと跳ね上がった少女はそう呟いてからコンピューターの電源を消し、


画面は完全にブラックアウトした。

































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