04 運命に抗って

 芋虫に案内されて移動した先には、ひときわ幹が太いキノコがあった。よく見ると、そのキノコの幹には穴が空いていて、木の扉が取り付けられている。

 キノコの中には人の居住空間があった。

 丸くくりぬかれた空間には、机やベッドなどの必要最低限の家具が並んでいる。壁がキノコだからか、部屋の中には独特の香りが充満していた。


 羊のメリーさんと一緒に寝台に座りこんで、ソラリアは項垂れる。

 彼女はリヒトのことを考えて苛々していた。

 一緒に旅をしてきたのに、あっさり自分は関係ないと去っていくなんて、身勝手にも程がある。お姉さんである自分が、面倒を見てあげていたのに。勇者である自分が、守ってあげていたのに……本当に?

 指を唇に持っていって爪を噛む。

 違う。リヒトはおそらく、自分よりずっと強い。


「メエー(大丈夫?)」

「運命と、戦う……」


 そんなことが、可能なのだろうか。

 ソラリアは鞄の中を探って、青く光る石が付いた耳飾りを取り出した。

 それは、地下の洞窟でリヒトが拾って、ソラリアにくれたものだった。

 クラーケンと戦った海で、リヒトとソラリアは装備を失って漂流したが、荷物はもともと宿屋に預けてあった。宿屋の娘のモモは、荷物を保管してくれていて、二人は荷物を取り戻すことができた。

 耳飾りを見つめていると、くぐもった男性の声がした。


「……何か、お悩みかね?」


 それはパイプをくわえた芋虫だった。


「他人に話すことで楽になることもある」


 強いキノコの香りで頭がくらくらする。

 芋虫の声は妙に優しく聞こえた。

 ソラリアの口から勝手に言葉が溢れ出す。


「……天魔を持つ者と、普通の人間は、分かりあえないのでしょうか」

「とても難しい話だ。お嬢さんはどう思ってるのかね?」

「昔は不可能だと思っていました。魔物を狩って人々を守るという役割でしか、私達は共存できないのだと」


 リヒトと出会う前まで、ソラリアはただひたすらに魔物を狩り続けていた。天魔を持たない人々と混じって暮らすことを、諦めていたのだ。


「だけど、今は信じたい。リヒトの両親は天魔を持つ者と、持たない者だったそうです。そんな二人が出会って恋をして結ばれる……理想が叶う世界もあるのだと吃驚しました」


 だからソラリアは揺れているのだ。

 今まで信じてきたものは間違いではないけれど、リヒトが示したように現実を変えられるかもしれないと気付いたから。


「そうか……苦しいのだね。つらいのだね。けれど、もう我慢する必要はない。ここは君の安住の地だ」


 芋虫の身体が段々大きくなる。

 うずくまった彼女の足元まで影が伸びる。

 物思いに耽っていたソラリアは這い寄る危機に気付いていない。

 覆い被さってくる影を、彼女は呆けた表情で見上げた。


「メエエー!(危ない)」


 羊のメリーさんが大きく鳴いて、ソラリアは我に返る。


「っ!」


 咄嗟に芋虫の突進を横に跳んで避け、部屋の出入り口に駆け寄る。

 追ってくる芋虫に椅子を投げつけながらキノコの外に出た。

 びょうびょうと夜風が吹いた。

 ソラリアは冷たい風を吸い込んで深呼吸する。周囲はキノコの森で、キノコの匂いが風に混じっていたが、先ほどの部屋の中よりかは随分マシだった。


「諦めの悪い娘だ……運命を受け入れよ」


 のっそりと芋虫がキノコから這い出てくる。

 ソラリアは腰に手をやって、聖剣を装備していないことに気付いた。聖剣はスサノオに渡したので手元にない。観光旅行をするつもりの彼女は、武器を所持していなかった。

 剣が無いなら、残る武器は天魔のスキルによる広範囲破壊攻撃だけだ。


「汚らわしい魔物が、知ったように言うな! 私は、自分の事は自分で決められる!」


 叫んで、片手を頭上に掲げる。


「地に眠る獣よ、目覚めなさい! 災厄起動カタストロフィ!」


 彼女の天魔のスキルは、その土地の力を借りて天災を起こすものだ。いつもなら大地が応える感覚と共に、ごっそり魔力を持っていかれるのだが、今回は違った。

 呼び掛けは虚しく風に吹き散らされる。


「何故……?!」

「ここ妖精の森は、私の支配下にある。お嬢さんの天魔がいかに強力であろうと、私の支配の中では効力を発揮せんだろうよ」


 芋虫は嘲笑するように、ずんぐりむっくりした身体を左右に揺らした。


「さあ、食事の時間だ」





 その頃、リヒトは妖精の森に引き返していた。

 あの芋虫が人を食う魔物だと聞いて、ソラリアが心配になったのだ。


「とは言っても、ソラリアなら地震を起こせば、一発で芋虫なんてKOできるよね」


 念のためだと自分に言い聞かせながら、暗い森を疾走する。

 夜闇の中でリヒトの瞳は妖しい蒼に輝いている。

 基本的には絆を目視するスキル、心開眼ディスクローズアイだが、蒼く染まった視界は絆の糸以外の景色も鮮明にする効果があった。今のリヒトの視界には、木々の輪郭や草むらに潜む獣の姿が見えている。

 大きなキノコが生えている地点まで来ると、リヒトは立ち止まった。


「なんだ? 昼間には見えなかったけど、うっすら壁がある……」


 カーテンのような仕切りが目の前に立ちはだかっていた。

 柔らかい仕切りは、突き抜けて中に進めそうだ。

 しかし、リヒトの勘は中に入ってはいけないと言っている。

 少し考えた後、リヒトは携帯してきた作業用ナイフを抜いた。

 リヒトは天魔のスキルで、人と人を繋ぐ目に見えない糸を断ち切ることができる。付け加えると、対象は人間限定ではない。動物や魔物からも絆の糸は伸びている。目に見えない縁を切る、という力は、意外に広範囲に有効なのだ。

 なら、試してみる価値はある。


「……このつるぎはあらゆるえにしを断ち切る、絶縁天魔のレピドライト」


 少年の持つナイフに蒼い輝きが宿る。

 リヒトはいつもの癖で手の中のナイフを一回転させた。

 不意に夜風が吹いて、周囲に立つキノコが怯えるように揺れる。

 黒雲から顔を覗かせた半月の光が射し込む。

 リヒトはカーテンを切り裂くように、蒼く光るナイフを振り下ろした。


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