03 地下に眠る過去

 リヒトは夢の中で、少し前の出来事を思いだしていた。

 あれは、パン屋の娘リリィがゴブリンロードの元に嫁に行ってしまった後のこと。

 街に残ったリリィの母親に、リヒトは娘は死んだと嘘の報告をした。詰られるのは覚悟の上だった。うちの娘をどこへやったんだ、お前がなぜ生きていると激怒されると思っていた。


「……そう」


 しかし、返ってきたのは気の抜けるような一言だった。


「そんな思い詰めた顔をしなくていいよ、リヒト君。リリィは行ってしまったのね。さんざん止めても無駄だったから、いつか、こうなると思ってたわ」


 リリィの母親は疲れた顔をしていたが、絶望に沈んでいる、という表情ではなかった。彼女は怒らなかった。リヒトを責めなかった。


「主人も旅に出たまま帰ってこないし、私も旅に出ようかしら」

「旅……ですか?」

「1人でパン屋をしていたってつまらないもの」


 予想外の反応に呆然としているリヒトの額を、リリィの母親は軽く指ではじいて笑った。


「出会いがあれば別れもある。人生ってそういうものよ、若者。君も色々な場所に行って色々な経験をしてみてごらんなさい」





 旅に出る、か。

 それもいいかもしれない。

 故郷の村は焼けてしまった。あれは幻影かもしれないが、ソラリアが地震で追撃したので、結局同じことだ。確認はしていないがリヒトの家も壊れてしまっているだろう。

 生まれ育った家に残した物がない訳ではないが、大事な思い出はこの胸の中にある。大丈夫、きっとやっていける。


「ここは……」

「目が覚めましたか?」


 気が付くとソラリアが地面に倒れたリヒトをのぞきこんでいた。

 彼女の肩にはカラスが一羽とまっていて、カラスがくわえた木の枝に咲く花が光っている。その淡い光がリヒトの周囲を照らし出していた。

 空が見えない真っ暗闇で、そこにいるのはソラリアとリヒトだけだ。


「地下に空洞があったようですね。落ちてしまったようです」


 あっけらかんと言うソラリアに、リヒトは半ば呆れながら身を起こした。


「村には天然の地下道が通ってたんですよ。夏場は作物を貯蔵したりして、便利に使ってました」

「そうだったんですか」


 それは村人だけが知っている秘密だった。

 大きな街と違い身を守る防壁を持たない村人の、いざという時の避難所も兼ねていたからだ。


「ソラリアさん」

「ソラリア」

「?」

「呼び捨てて下さい。さっき戦闘中に私を呼び捨てていたでしょう」


 スキルの発動を止めようとして声を掛けたのを覚えていたらしい。

 リヒトは諦めて彼女の望むようにした。


「出口を探そう、ソラリア。非常用の出口が山の中腹まで続いていたはず」

「案内してください」


 立ち上がって砂ぼこりを払ったリヒトは、打ち身で痛む身体を無視して暗い地下道を目印を探して歩き始めた。


「そういえばさっき、歌を歌ってなかった?」


 地割れに呑まれる瞬間に聞いた歌声を思い出して、リヒトは彼女に聞いた。


「ああ、私、ピンチになるとつい癖で鼻歌を歌ってしまうんです」

「機嫌が良い時じゃなくて?」

「はい。実は私、ハーピーという魔物に育てられたんですよ。ハーピーは歌で会話をするので」


 そう言ったソラリアは、反応を伺うようにリヒトを見た。

 ちなみにハーピーとは別名ハルピュイアといって、人間の頭と胴体に鳥の翼と手足を持つ魔物だ。


「ふーん」

「驚かないんですね」

「驚いてるよ」

「いえいえ、魔物に育てられたと聞くと皆さん拒否反応があるので。リヒト、あなたは変わっていますね」

「……」


 実は先日の戦いで彼女の過去を盗み見していたリヒトは、彼女が魔物に育てられた事を知っていた。少し考えて、後ろめたさを解消する方法を思い付く。


「ここだけの話、実は僕の両親は駆け落ちして山奥に逃げてきたんだよ」

「え?!」

「母さんが天魔を持ってるってことで、結婚が認められなかったらしい」


 天魔を持つ者は良くも悪くも特別視される。

 国や地方によっては、天魔を持つ者と結婚したり関わりを持つ事は禁忌とされることもあった。

 リヒトが自分の天魔の扱いを心得ているのも、母親の教育による。


「胸焼けするほど熱い夫婦だったよ……ともかく、僕は両親が死んでから羊さんと」


 会話の途中で、リヒトは不安定な足場につまづいた。


「うわっ」


 がらがらと岩が落ちる音がした。

 足元が崩れて、リヒトは咄嗟に壁の突起に捕まって姿勢を維持する。

 額の汗をぬぐって顔を上げる。ソラリアの使い魔のカラスがくわえた明かりの下に、見覚えのない広い空間が浮かび上がった。


「なんだこれ? 僕はこんな場所は知らないぞ!」


 リヒトの疑問が地下空間に反響する。

 明かりに照らし出されたのは、広間のような空間だった。

 地面のあちこちが地下水に水没しており、水面は神秘的なエメラルドブルーに光っている。水に侵食された乳白色の石の柱が、天井と地面を結んで複数本立っていた。

 暗い天井には子供の落書きのような絵が描かれている。

 光ゴケが線に沿って生えているからか、天井に描かれた絵は緑色に発光していた。

 雰囲気からして絵は相当に古い時代のものらしい。絵に添えられている文字はリヒトには読めなかった。


「世界の終わり……天魔、滅び、死……誰も逃げられない」


 壁画を見上げたソラリアが絵の下の文字を見ながら呟く。

 簡易な線で描かれた表情の無い人々は、空に向かって祈りをささげている。しかしその祈りを裏切るように、空からは謎の魚の形をした生き物が牙の生えた口を開けて人々に襲いかかろうとしていた。


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