10 月夜の晩に

 リヒトは手元で器用に作業用ナイフを一回転させると、腰のベルトに装着した道具入れの横に戻した。

 勇者は倒した。

 あとは……。


「あれ? リヒトじゃないの。どうしたの、こんなところで」

「きゅうぅー」


 目を回して気絶しているレイル少年を片手で引きずって、幼馴染の少女アニスが姿を現す。

 可哀そうに、レイルは容赦なくボコられたらしい。


「ソラリアさんが死んでる?! いったい何がどうなって」

「いや生きてるって。アニス、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」


 地面に倒れた先輩勇者を見て慌てるアニスに、リヒトは声を掛けた。


「手伝ってほしいこと……?」

「うん。協力してくれるなら、後でご飯をおごるよ」


 にっこり微笑む爽やかなリヒトの笑顔は、無意識に彼に惹かれているアニスの心臓を見事に射抜いた。


「い、一緒にご飯食べてくれる?」

「もちろん」


 アニスは呆気なく誘惑に堕ちた。

 そこの君、レイル少年の苦闘はなんだったのかと思ってはいけない。彼は必要な犠牲だったのだ。

 こうして協力者を得たリヒトは、ゴブリン事件の後始末について、円満にことを進めることに成功したのであった。




 冷たくて固いものの上で寝ていたのか、身体が痛い。

 けれど何故かすっきり爽快な気分でソラリアは目覚めた。

 よく眠った日の朝のような、気持ちの整理ができた夜明けのような、奇妙な清涼感が胸の底にある。


「ここは……?」

「目が覚めたのね!」


 起き上がると森の中で、自分は地面の上にそのまま寝ていたようだった。

 直前まで戦っていたのか鎧を付けた格好で、付近にはゴブリンの死体や武器が散らばっている。

 彼女を起こしたのは勇者の後輩であるアニスという少女だった。


「さすがソラリアさん、見事、死闘のすえ、ゴブリンロードを討ち取ったんだわ!」

「なんですって」


 ソラリアの隣には、ゴブリンロードの武器である巨大なこん棒が(わざとらしく)置かれている。


「……私はゴブリンを討伐しにきた」

「そうよ!」

「戦いの途中で気絶したということですか?」

「たぶんね!」


 調子の良いアニスの受け答えは、どこか不審さがある。

 色々疑問があったが、ソラリアは一旦、街に帰って状況を整理しようと思った。


「アニス、街に戻りましょう」

「ええ!」


 二人は証拠としてゴブリンの武器を拾って、街へと帰還した。

 勇者の帰還は歓喜と共に迎えられる。

 実際これ以降、街の付近でゴブリンが出没しなくなったので、勇者が討伐したものと街の人々は喜んだのだった。





 月夜の晩、少女は純白のウェディングドレスを身に着けて、羊の背に乗った。

 世話焼きの少年が夜なべして縫ったドレスは繊細なデザインで、布製の白い花が胸元や腰の周りに飾り付けられている。即席の造花のブーケも合わせて短時間に作った割には良い仕事だった。

 羊は少女を乗せて筋骨隆々とした怪物の前にトコトコと進み出る。


「メエメエー(病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか)?」


 メリーさんの羊語は難解で、その場の誰も理解していなかったが、意図は伝わった。

 怪物は少女を傷つけないように、そっと無骨な手を伸ばした。


「ダイジニ、スル。ヤクソク」


 少女は緑がかった、傷だらけの怪物の指を愛おしそうに握る。


「うん、約束だね」


 ゴブリン達が跳ねまわって花びらを撒いた。

 少女と怪物は花びらの降る中、ゆっくり歩いた。

 羊のメリーさんが祝福するようにメエメエと鳴く。


 人間達が知らない場所、知らない時間に婚儀はひっそり行われた。全てを見守っていたのは、空に浮かぶ檸檬色れもんいろのまあるいお月様だけだった。


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