幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが
空色蜻蛉
プロローグ ~ある世界の終わりの日~
たとえ
たとえ絶望の星が天から降り注ごうと。
諦めの悪い誰かが努力する限り世界は終わらない。生命の営みは続いていくのだとここに
ここは我ら、天魔と呼ばれる種族が人間を支配する世界。天魔とは、人の形をしながらも、人ならざる力を持った者達の総称である。天魔の中には翼を持つ者も多くいて、かくいう私もそうだ。昔から天魔は、人間を遥か高みから見下ろす上位の種として君臨してきた。
しかし予想外の敵の侵入により、この天魔の世界は今まさに崩壊の危機に瀕している。
城の露台に立ち、私は世界の黄昏を眺めた。
かつては多くの天魔が往来した城下町は、見る影もなく炎に巻かれている。空には不穏な黒雲が渦巻き、月光を覆い隠していた。
世界の終わり。
それを目前にしながら、私は不思議と心穏やかだった。ここまで追い詰められると、逆に開き直れるものらしい。
部屋の中からカツンカツンと澄んだ足音が鳴って、背後に誰かが立った気配がした。
「何をするおつもりですか……?」
柔らかく高い女性の声が問いかけてくる。
私は振り返らないまま腕を上げて、前方を指し示した。
「見てごらん」
暗い空から降るは滅びの流星。
凄まじい速度で落下してくるそれは、目の無い暗黒の龍魚達。小屋ほどの大きさで、身体は暗い鱗に覆われている。透明な尾びれで彼等は空中を泳いだ。
空から無数に降ってくる暗黒の魚は、地上に辿り着くと次々に呆気にとられる人々を飲み込んでいく。
「あれらは外界より来たりし滅びの星。世界を襲う災厄そのもの」
彼らが世界の外からやってきた当初、この世界の者達は言葉を交わし、友好を為そうとした。寛容で穏和な気質の天魔は、異なる世界の者達でも受け入れようとしたのだ。しかし、敵は友好の手をはねのけ襲ってきた。
言葉は通じなかった。
ただ一方的な侵略が始まったのは、いつのことだっただろう。
最初は優勢だったように思う。
しかし敵は無限に沸いてくるようで、戦いはいつ終わるともしれなかった。
やがて世界と外界を隔てる最後の壁は壊され、大量の龍魚が降ってくるようになって、もう私達は打つ手を失ったのだ。
世界を守る天魔が敗北した今、龍魚は無防備な人間達を次々と喰らっている。
「気付いているかい? あの災厄は人のかたちをした者ばかりを襲っている。動物や鳥は襲われていない」
「そういえば……」
後ろに立つ彼女は、指摘されてようやく気付いたというように呟いた。
「食われる者には一定の傾向がある。子供が食われた後は親、親が食われた後は、親戚や友人が犠牲になっている。枝葉を辿って、あれらは一種の感染病のように、目に見えぬ絆の繋がりをさかのぼり、殺戮を続けているのだ。だったら……」
その繋がりを、断ってしまえばいい。
「私は世界を断ち切ろう」
この自分こそは最弱にして最後の天魔の王。
無能だ地味だと散々馬鹿にされてきた。剣のひとつもまともに振れない、魔法のひとつも放てない、お飾りの魔王。
長い間、意味もなく苦労しながら玉座を暖め続けてきた。
そんな私が最後に生き残った天魔とは、つくづく皮肉なものだ。
「我が
これは世界を滅ぼす絶縁の
本来は終焉を導く武器であるこれを今、命をつなぐために振るおう。この滅びは終わりではなく始まりを謳う。
世界は分断される。繋がりを絶たれた人間達は誰もお互いの言葉を解せなくなり、世界は混沌の淵に落ちるだろう。
歌も物語も語り継いでいく人々がいてこそ。
ゆえに、誰も自分のことは思い出さない。
魔王が世界を救った、なんて。
そんな笑い話は後世の誰も知ることはない。
「これでお別れだ。君も、私のことは忘れてしまうだろう」
「……いいえ」
しかし、最期まで付き従ってくれた側近の彼女だけは、私の考えを否定する。
「いいえ、いいえ。私は覚えています。絶対に忘れません。世界がバラバラになって、すべてが終わってしまっても、お慕い申し上げております。我が君」
別れの言葉を背中で聞きながら手にした剣を振った。
己の生命、魂の全力を剣に込める。
世界などという大それたものを断ち切るには、そのくらい全力でなくてはならない。いや、足りないくらいであろう。しかし、この魔剣と私自身の特殊な天魔の力が不可能を可能にする。
今、この視界には世界に張り巡らされた人々の絆が、青白い線となって見えている。蜘蛛の巣のように世界をおおうそれを、手にした剣で切り裂いた。
一瞬、精神を切り裂かれた無数の人々の悲鳴が聞こえた気がした。
すぐにそれは収まり、地上で人を食っていた暗黒の龍魚達の動作が止まる。
目標を失った龍魚達は夢から覚めたように跳ねて、そのまま次々と空に逆戻りしていく。
退却していく災厄を見送って、仰向けに倒れた。
意識が遠ざかっていくのを感じながら、最後に夜空を見上げる。いつの間にか闇は晴れて無数の星が漆黒の天涯に煌めいていた。
満天の星空は例えようもなく美しい。その星に吸い込まれるように、自分という存在が消えていく。
消滅の瞬間、誰かの歌う声を聴いたような気がした。
……人々の記憶から天魔という種族に関する知識は消え、歴史はリセットされる。再び天魔という言葉が聞かれるようになったのは、数百年以上も後のこと……
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