第19話 魔鳥の少女

 コウキは走る。

 ヒポグリフの野は広く、超えた頃には夕方へとなろうとしていた。

 ヒポグリフの野を超えたらいよいよ中央山脈が近くなる。

 中央山脈は鷲獅子グリフォン大鷲グレートイーグル等の翼ある魔物が多く住み、このキソニアまで飛来する。

 キソニアの西部はそんな魔鳥の狩場であり、西に住むケンタウロスの部族達から恐れられている。

 反対側のミノン平野にはなぜか魔鳥は飛来せず、キソニアばかりに来るのは不思議であった。

 そんな中央山脈を目指してコウキは走る。

 空は日の光が弱くなり、星が見え始めていた。

 

(水の匂い? 近くに水があるの?)


 少し休憩をすべきかもしれなかった。

 まだ手持ちの食料と水はあるが、補給ができるのならしておくべきである。

 そう思ったコウキは水がある方へと走る。 

 そして、小さな泉を遠くに見つけた時だった。

 その泉にいた鳥の群れがコウキに向かってくる。


「えっ!? 何!?」


 コウキは身構える。

 向かってくる鳥から敵意を感じたからだ。

 鳥は翼を広げると羽を飛ばしてくる。 

 危険を感じ、コウキは剣を抜くと羽を叩き落す。

 羽は固く金属のような音を立てて地面に落ちる。

 

(何これ? 羽が鋭くて固い?)


 鳥から飛ばされた羽は固く地面に突き刺さっている。

 鳥の羽は鋭利でかなり固いようだ。


(どうしよう。遠くから羽を飛ばしてくるので戦いにくい)


 鳥は空から翼を広げて羽を飛ばしてくる。

 飛んでいるため剣が届かないのだ。

 

「ガアアアアアア!!」


 突然コウキの頭の上にいるラシャが吠えると空を飛ぶ。

 

「えっ!? ラシャ?」


 コウキは急に飛び出したラシャを見る。

 ラシャは飛び上がると咆哮する。

 ただ咆哮しただけではない。

 その口から電光が見える。

 

 電光の息吹ブレス


 白竜が放つ息吹である。

 星空を斬り裂くように走った電光は鳥達を貫くように広がる。

 まだ、小さい子竜の息吹ブレスでは鳥達を焼き殺す事はできないが、地面に落とす事はできる。


「ありがとう、ラシャ!!」


 コウキは落ちた鳥達に向かう。

 かなり大きな鳥だ。

 元に戻ったコウキと同じくらいの大きさがある。

 鳥は翼を広げると嘴を突き出して応戦しようとする。

 コウキはその嘴を剣で弾くとそのまま首を斬る。

 

(なんて、固い嘴なんだ)


 コウキは鳥の嘴を弾いた時にそう思う。

 金属のような羽毛に金属のような嘴。

 その羽矢は鉄の鎧すら貫けるかもしれない。

 鳥の数は七羽。

 回復して再び飛ぶ前にコウキは全てを斬り裂く。

 

「何とか、倒した。ラシャ。ありがとう」

 

 コウキは空を見上げて言う。

 

「きゅうう」


 ラシャはコウキの頭へと降りてくると可愛く鳴く。


「さあ、行こうか」


 ラシャを頭に乗せると再びコウキは駆ける。

 やがて泉へと到着する。

 泉の周りには木が茂り、休むにはちょうど良さそうであった。


「何これ!? ひどい匂い!?」


 コウキは思わず鼻を押さえる。

 泉からは酷い匂いがする。

 鳥の糞があたりに落ちていてそれがひどい悪臭を放っているようだ。

 ただ、その悪臭は植物には影響がないらしく。

 特に木が枯れている様子はない。


「はあ、これじゃあ……。水は飲めないよ……。ラシャ、違う所に行こうか? うん、どうしたの、ラシャ?」


 コウキはラシャを見る。

 何かを警戒しているのか唸っている。


「ふうん、白い竜を連れたケンタウロスの子どもか……。ステュムパリデス鳥を倒したところといい中々やるわね~」


 ラシャが唸っている方向から突然声がする。

 声がした時だった。

 甘い匂いが泉に漂う。

 そして、その匂いの中に微かな瘴気を感じ取る。

 

(全く気付かなかった……。ラシャがいなかったら危ないところだったかも……)


 コウキの背に冷たい汗が流れる。

 声と共に青白い光が浮かび上がり、形を作る。

 それは1人の人間の少女であった。

 長い黒い髪に青白い顔。

 一見普通の人間だが、そうでないことはすぐにわかる。

 また、1人だけではない。

 その周囲には同じ年頃の少女達が泉の周囲を飛んでいる。


「誰なの? 何者なの?」


 コウキは警戒して聞く。


「ああ、名前ね。私はシュウシュトゥ。周りにいるこの子達はムー・シュウウよ。ふふ、ちょっとモードガルからキソニアまで遊びに来たかいがあったわ」


 シュウシュトゥは怪しく笑う。

 彼女が笑うと周りのムー・シュウウ達も笑う。

 

「そう、それは良かったね……」


 コウキは後ろに下がりながら言う。

 最初はなかった危険を感じる。


「ええ良かったわ。ねえ、貴方私と一緒に来ない。眷属にしてあげるわ」

 

 シュウシュトゥはコウキに手を差し伸べる。


「悪いけどそれはできないよ……」


 コウキは目を凝らす。

 シュウシュトゥの足元に頭のないケンタウロスの死体を見たのだ。

 周りにいるムー・シュウウ達の足元にも死体らしき影がある。

 彼女達は生者を食べるのかもしれない。

 生者を食べるだけなら狼やグリフォンも同じだが、彼女達からは瘴気を感じる。

 アンデッド、もしくは死の眷属かもしれない。


「そう、それは残念ね。なら、この子達の餌になってもらいたいけど……、ちょっと無理かな。まあ良いかどれくらい見ましょうか。行きなさい、貴方達」


 シュウシュトゥがそう言うとムー・シュウウ達の姿が変わっていく。

 口元が嘴のようになり、腕が翼へと変わる。

 これが、少女達の本性なのだろう。

 見た目で惑わし、獲物を誘う。

 甘い匂いも瘴気を隠すためのものかもしれない。

 コウキは剣を構える。

 ムー・シュウウがコウキに向かってくる。 

 素早い動きである。

 だが、それ以上の強敵と戦ってきたコウキが対処できない速さではない。

 コウキは素早く剣を振るい、最初に来たムー・シュウウを斬り裂く。

 頭のラシャも電光の息吹を吐いて、ムー・シュウウを牽制する。

 瞬く間に3匹を倒すと、敵わないと思った残りのムー・シュウウ達が後ろに下がる。


「やっぱり、強い。何匹かケンタウロスを殺したけど、比べ物にならないわね。どうしよう? 私が戦うべきかしら?」


 シュウシュトゥは悩む様子を見せる。

 コウキはシュウシュトゥを見る。

 かなり強そうに見える。

 だけど、蛇の王子程の圧力は感じない。

 まだ、本気を出していないだけかもしれないが、判断はできない。


「う~ん。やっぱりやめた。今は大事な時だもの、戦っても御父様のためにもならない。うふふ、下がってあげるわ、可愛い仔馬さん。でも覚えておいてね。私は死の翼ザシュススの娘シュウシュトゥ。いつか私のものにしてあげるわ」


 そう言うとシュウシュトゥの長い髪が翼へと変形していく。

 シュウシュトゥは翼を広げて星空へと飛ぶ。

 すると、瘴気を含んだ風が吹き抜ける。

 シュウシュトゥが飛ぶとムー・シュウウ達も後に続く。

 彼女達はそのまま飛んで行くと姿を消す。

 

「なんだったんだ……」

 

 コウキは星空を見上げて言う。

 嫌な感じがする少女だった。

 だけど、あれ以上戦わなくて良かったと思う。

 戦えば負ける可能性もあった。

 頭のラシャも大人しくなっている。

 これ以上の危険はないようだ。

 足元を見ると先ほどの斬ったムー・シュウウの死骸がある。

 鳥の姿ではなく、人間の少女の死体に見える。

 人間の少女が鳥の魔物に変わったのか、それともそういう種族なのかわからない。

 だけど、あまり良い気分ではなかった。


「行こうか、ラシャ。ここで休むのはやめよう……」


 コウキは先に進む事にする。

 星空が少年と竜の子を照らすのだった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 日曜日中にできませんでした。

 さて、出したかった魔物の紹介です。

 ちなみにシュウシュトゥは死の御子ではなかったりします。


●ステュムパリデス

ステュムパリデスの鳥ともいう。青銅の嘴と羽毛を持ち、翼を広げて羽を矢のように飛ばす。

糞には毒があり悪臭を放つ。

原典はギリシャ神話。


●ムー・シュウウ

別名でモーショボーと呼ばれる。原典はモンゴルの鳥型の魔物。

若くして死んだ女性が変化すると伝えられている。

少女の姿で男を誘い。

誘いこむと正体を現し、嘴で男の頭に穴を開けて脳髄をすすります。

アンデッドとして採用。


 近況ノートにキャライラストを上げているのでまだ見ていない方はどうぞ。

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