第8話 ウマ男ダンディダービー

 ペンテレア王国から北西、その場所に多くのケンタウロスウマ男が集まっている。

 ケンタウロス達が集まっている中心には少し高い丘があり、その丘の上に大きな岩がある。

 この岩は信仰対象であり、ケンタウロスの神々に祈りを捧げる場所でもあった。

 争っている各部族もこの場での殺し合いは禁止される。

 朝になり、祭りが始まる場所へとチユキ達は来ているのであった。



(かなり集まっているわね。天幕も多いわ)


 チユキはあちこちにある天幕を見る。

 ケンタウロスの部族は実はケンタウロスだけで構成されるわけではない。

 ケンタウロスは部族の中には普通の馬や人間もいるのだ。

 人間はほとんどが女性だけでありケンタウロスの妻である。また男性がいたとしても奴隷だったりする。

 ケンタウロスは男性だけの種族であり、好色だ。

 他種族の男にめちゃくちゃ厳しかったりする。

 そして、天幕はそんな彼らの妻が暮らすために用意された物だ。

 天幕の近くには着飾った女性達が天幕の周りを歩いている。

 かなり着飾っているのは他の部族のケンタウロスに見せるためだろう。

 要するに見栄を張っているのだ。

 女性達は綺麗な衣装を着て自身の部族の天幕の周囲から動く事はしない。

 ケンタウロスは他部族であれば同種属であるケンタウロスから略奪しても基本的に罪に問われる事はない。

 略奪対象は物や家畜だけでなく、相手の妻だったりすることもあるのだ。

 さすがに祭の最中に行為に及べば非難の対象になるが、万が一という事もある。

 そのため、それぞれの天幕は部族ごとに離されて作られ、女性達は他の天幕に近づく事はない

 女性達は自身の部族のケンタウロスを眺めている。

 表情は笑っている者がほとんどだが、中には心配そうな表情の者もいる。

 心配そうなのは当然だろう。

 この祭りは1月続く。

 最大の目玉はこのキソニアを横断するレースである。

 この地からスタートして、キソニアの西端で用意されている証拠も持って帰る。

 一番早く戻って来た者は英雄とされ、その者が所属する部族はキソニアでもっとも大きな縄張りを得る事ができ、またそれぞれの部族から1つ宝物を得る事を要求できる。

 縄張り等の争いばかりで互いに被害が大きかったケンタウロス達が互いに出し合った知恵である。

 これで小さな争いはともかく大きな争いはなくなった。

 ケンタウロスの部族はそれぞれ神に誓い、この祭りの間に争いをすることをやめるようになったのだ。

 それがこのナダム祭である。


「いや~。壮観っすね。チユキさん。ケンタウロスがこんなにあつまるなって」


 一緒に歩いているナオがケンタウロス達を見て言う。

 ここにいるのはチユキとサホコとナオとリノ、そしてコウキとサーナである。

 レイジとシロネはレーナが来るらしく、そちらに会うためにここにはいない。

 キョウカとカヤは人間の商人達と会談をするらしく、今はいない。

 チユキとしては正直に言うとキョウカが来なくて良かったと思っている。

 なぜなら、美人のキョウカが来ていたら好色なケンタウロス達が騒いでいただろう。

 もしかするとそれがわかっているからカヤがキョウカを遠ざけたのかもしれない。

 もっとも、過去にチユキ達と戦った事を覚えているケンタウロスはこちらにちょっかいをかける者はまずいないだろう。


  

「そうね、特にそれぞれの部族の中でも腕自慢の者達が集まっているからより壮観だわ」


 チユキもまたケンタウロス達を見て言う。

 ここに集まっているケンタウロス達はキソニアにいる全てのケンタウロスではない。

 全てのケンタウロスがあつまっているわけではない。

 さすがに自身の遠くの地の部族は代表を送っているだけだ。

 だが、その代表はその部族の勇者であり、かなり体躯が大きい。

 そんなケンタウロス達が集まっているのだ。

 壮観であった。


「うん、壮観だね。だけどさあ……」


 ケンタウロスを見ながらリノは困ったように頬を掻く。


「どうしたの、リノさん?」

「いや、あのね。よく考えたら、ケンタウロスさん達って全裸だよね。何かぷらぷらしているモノがあちこちで見えるのだけど……」


 リノはそう言ってケンタウロス達のお尻を見る。

 尻尾が動いて時々、ぷらぷらしたモノが見えている。

 それもそうだろう、ケンタウロスは装飾品を身に着けても服は着ない。

 鎧すら身に着けないのだ。

 当然下半身も丸出しである。

 たまに見えてはいけないものが見えるのは当然だった。


「ちょっと! リノさん! 何を言っているのよ! サーナちゃんもいるのよ!」

「ちょ、痛い! 痛いよ! チユキさん!」


 チユキはリノの頭をヘッドロックしながら言う。


「大丈夫、コウのはもっと大きいから……。これぐらいどうってことない」


 サーナは無表情で言う。

 その一言でチユキとナオの表情が青ざめる。


「コウキ君……、まさか……」


 チユキはコウキを見る。


「えっ、えっと……。街にいる時に水浴びをしてて、その……、その時に見られて」

「うん、その時に見た」


 コウキは何か責められているような気がしてしどろもどろに言う。

 サーナに変わりはない。

 2人の様子から特に変な事はしていないようだ。


(それにしても、あの時からさらに成長したというの!? こんな大人しそうな顔をして!?)


 チユキは安心するとコウキの下半身を見てしまう。

 女の子に見える程可愛いのにまさか凶悪なモノをぶらさげているとは誰が思うだろう。


「チユキさん……。コウキ君が怖がっているっす。それに鼻血が出てるっすよ」


 ナオが呆れた声で後ろから言うとチユキは慌てて鼻を押さえる。

 思わず興奮してしまったようだ。

 そして、どこかコウキが怯えているような気がする。

 チユキは小さく咳をすると自身を落ち着かせる。


「あのね、サーナ。あんまりコウキ君を困らせちゃダメよ。もう少し大きくなったら一緒に水浴びしても良いから」

「はい」


 サホコがやんわりと窘めるとサーナは頷く。

 聞いていたチユキとナオは「大きくなったら良いの?」と心の中でツッコミを入れる。

 そんな時だった、周囲のケンタウロス達が騒がしくなる。


「ありゃ、来たみたいっすね」


 ナオが遠くを見て言う。

 その視線の先には黒く大きなケンタウロスの姿が見える。

 彼が出てくると天幕の周りにいた色鮮やかな衣装を着た女性が歓声を上げる。


「バサーシ……」


 コウキは背伸びをするとケンタウロスを見て呟く。


 ケンタウロスの英雄バサーシ。


 チユキが調べたところによるとかなり者のようだ。

 前回のこの祭りの優勝者であり、彼のおかげでバーニクの部族はこのキソニアで上位の部族となったのだ。

 注目されるのも当然だろう。

 そして、かなりの好色であり、沢山の妻を持っている。

 強い男は沢山の妻を持つ事が許され、彼の長い髪に付けられた多くの装飾はその妻の数を表しているらしい。

 バサーシは周囲を見るとこちらに気付き、近づいて来る。

 バサーシは近づくとコウキを見下ろす。


「来たか、コウキ。勝負を受ける気になったようだな」

「勝負、それはこの祭りで行われる催しの競争の事なの?」


 コウキは真っすぐにその視線を受け止めて言う。


「そうだ」

「人間でも、参加できるの?」

「普通は無理だが、我が言えば特別に参加は許されるだろう」

「そう、でも自分はどこの部族にだって所属していない。サホコ様は勇者様の妻であり、自分がどうこうはできない。自分の物は身に着けているものだけだ。自分に勝っても何の得もないだけど、それでも良いの?」


 コウキははっきりと言う。

 たとえ負けてもサホコは渡す事はできないと暗に言っているのだ。

 

「構わん! お前は俺の誇りを傷つけた! その報いを受けさせてやる!」


 バサーシは昨日コウキに引きちぎられた髪があった場所を触って言う。


(そういえばケンタウロスは髪を大事にするんだったわね……。自身の馬の鬣を大事にする騎士と同じ感覚かしら?)


 チユキはバサーシの様子を見て思い出す。

 髪を引きちぎる行為はかなり無礼な行為のようだ。

 普通なら殺し合いになるだろう。

 だが、殺し合いになれば勇者が出てくる可能性がある。

 そのため、殺し合いではなく祭りで行われるレースでの勝負を挑んできたのである。

 多くの視線がコウキに集まっている。 


「わかった。その勝負受けるよ」


 コウキはバサーシを見返すとそう言う。

 こうして、コウキはウマ男達の一大レースに参加するのであった。

 

 

 

 

 

 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 今月最初の更新です。

 限定公開ノートによる外伝も更新しているので余裕のある方は見に来てくれると嬉しいです。


 今回のサブタイトル。

 問題がありそうなら変更します。

 元ネタで競馬に興味を持った方も多そうです。 

 アメリカにもマイリトルポニーというアニメがありますが、馬の女の子を題材にしているのにかなり違いますね。

 

 そして、ケンタウロス部族か氏族に迷ったあげく部族にしました。

 血縁以外も仲間に入れる時もあるという事で……。

 

 色々とあって執筆時間が削れています。

 誤字脱字だけでなく、描写が書き足りない所があったら教えて下さると嬉しいです。


  


 

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