第6話 ケンタウロスの誇り
「ふっ、まさかこれほど美しい女がいるとはな……。気に入ったぞ。我の妻となれ」
コウキの目の前で黒いケンタウロスが笑う。
黒い筋肉質な体を持ち、他のケンタウロスよりも一回り大きい。
凶悪な雰囲気を纏い、いかにも暴力を好みそうであった。
その黒いケンタウロスの視線は側にサホコに向けられている。
コウキはサホコを守るようにサホコの前に出る。
「ほう、小さい奴よ、勇敢だな。ケンタウロスで一番強い男であるこのバサーシの進む道を阻もうというのだからな」
バサーシと名乗ったケンタウロスはコウキを見下ろし言う。
普通の人間の子ならその威圧感だけで気絶してしまうだろう。
現に周りのケンタウロス達がひそひそとこちらを見て小声で話をしている。
「おい、あの
「愚かな……。あのバサーシが子どもだからと容赦はしないぞ」
「無謀だ……」
コウキはケンタウロスの言葉からこのバサーシがかなり有名なようだと推測する。
(強そうだ。だけど、こいつよりも強そうな奴と戦ったんだ。怖くない……)
コウキはその視線を正面から受け止め睨み返す。
目の前のケンタウロスよりも蛇の王子の方がよほど強そうであった。
これぐらいで怖れるコウキではない。
バサーシはそんなコウキを見て不愉快そうにする。
「命がいらぬようだな」
バサーシはコウキに手を伸ばす。
その瞬間だった。
コウキはその手を引っ張り、相手の足を引っかけると地面に倒し、上に乗っかる。
髪を掴みそのまま地面にバサーシの顔を押し付ける。
「馬鹿なあの小さい
「どういう事だ!」
「あの強いバサーシを!」
その様子を見ていたケンタウロスから驚きの声が出る。
「クソが!」
バサーシは力任せに腕を振り、上に載っているコウキを投げる。
コウキは空中で1回転するとそのまま地面に降りる。
(人間と違うから上手く決まらなかった……。それに、かなり強い……)
コウキは手を押さえる。
いくら上手く決まらなかったとはいえ、普通の人間なら力任せに解けるような技ではない。
ケンタウロスは人間よりも腕力が強いが、コウキとてかなりの力を付けて来ている。それをほどいたのだ。
コウキはバサーシにかなりの力があるように感じた。
そのバサーシは怒りの形相でコウキを見る。
「待て! バサーシ!」
そんな時だった。
バサーシの後ろから来たケンタウロスが止める。
白い髭の壮年のケンタウロスである。
「これはサイボシ叔父上。何ですかな?」
バサーシは後ろを見て言う。
「バサーシよ。ここで争うな。協約違反だぞ」
サイボシと呼ばれたケンタウロスはそう言ってバサーシを止める。
この市場で争いをしてはならない。
そう決められているとコウキも聞いていた。
「ぐっ、だが叔父上。この者はこのバサーシの鬣を引きちぎったのだ。このままでは終わらせん」
バサーシはそう言ってコウキの手を見る。
そこには一房の髪が握られていた。
投げ飛ばされた時に引きちぎってしまったのだ。
「不可抗力だよ。それに先に手を出そうとしたのはそっちだよ」
コウキはそう言い返す。
「ううむ。我らケンタウロスの誇りたる鬣を引きちぎるとは……。だが、うん……?」
そこでサイボシはそこでサホコの顔を見る。
そして、震えだす。
「どうしたのです。叔父上」
バサーシはサイボシの様子がおかしい事に気付く。
「まさか、光の勇者殿の奥方……。バサーシよ、これはとんでもない事だぞ。まさか……。申し訳ございませぬ、甥が気付かず」
サイボシはサホコの前に出て頭を下げる。
「叔父上。なにを……」
「お前も頭を下げろ、バサーシ。お前も聞いているだろう光の勇者レイジ殿の事は……」
サイボシは真剣な顔で言う。
「光の勇者だと……、まさかあの……」
バサーシも光の勇者の事を聞いているのか驚きの目でコウキを見る。
「そうだ。あのネッソスの部族を滅ぼしたあの御仁だ。申し訳ございませぬ」
サイボシはそう言ってさらに頭を下げる。
「えっと、どうしましょう……。そちらが引いてくれるのなら私は特に……」
急に謝られたのでサホコは戸惑う。
「止めるな! 叔父上! このまま引き下がれるか! はん、光の勇者? 噂には聞いているが。たかが2本足! 怖れる必要があるものか!」
「バサーシ! 止めよ! ここでの争いはいかん! 光の勇者殿が出てきたらどうする! 我ら一族が滅ぶぞ!」
サイボシはバサーシを止める。
しかしバサーシは止まる様子はない。
コウキに負けた事がよほど悔しかったのかもしれない。
「ここでなければ良いのだろう! それに正当な勝負なら例え光の勇者といえど手は出せないはずだ! 小さい
バサーシは突然コウキに名前を聞く。
「えっと……。コウキだけど…」
勢い飲まれてコウキはつい名乗ってしまう。
「コウキよ! もうすぐ我らの神聖なる祭典が始まる! 貴様にそこでの勝負を申し込む!」
多くのケンタウロスと商人が見守る中でバサーシはそう宣言する。
コウキは何と言って良いかわからず黙るしかないのであった。
◆
ペンテレアの王宮から戻ったチユキはレイジとシロネと共に宿へと戻る。
チユキ達ならば王宮に宿泊できるだろうが、コウキもいるので一般の宿に泊まる事にしたのだ。
半裸の女性達がいるところでは教育に悪いからである。
「へえ、そんな事があったの? とりあえずそのケンタウロスは八つ裂きにしないとね」
チユキはサホコ達から市場での事を聞くと笑いながら言う。
既に夜になりコウキはサーナを寝かしつけるために別室にいる。
そのためここにはいない。
光の勇者の名の元に1つの宿を丸ごと貸し切ったのである。
部屋は広く、食事もこの地方ではかなり豪華だった。
キョウカの財力だけでなく、アマゾナの助力があっての事である。
床に敷かれた毛織の絨毯の模様は繊細で美しい。
チユキ達はその絨毯に輪になって座り話をしている最中だ。
季節が良いので窓を開けても寒くはなく、外を見ると星が綺麗である。
魔法の灯りがなくても月明りだけで良さそうであった。
「ちょ、ちょっとチユキさん。それは……、どうかと……。いくら可愛いコウキ君に喧嘩を売ったからと言って」
それを聞いたナオが止める。
チユキとしてもコウキの事は大切である。
また、サホコにちょっかいをかけた事も見過ごせない。
サホコは困ったような顔をしている。
「う~ん。八つ裂きにするかどうかはともかく。わざわざ相手の勝負に乗る事はないよね。なんだっけ? そのケンタウロスの祭典てのは?」
シロネは頷き、祭りの事を聞く。
「ナダム祭だな。シロネ。血気盛んなケンタウロスもその間は部族間の争いをやめる程の祭りだぞ、そこでは奴らが男を賭けた競技をするそうだ」
説明したのはアマゾナだ。
なぜかここに来て一緒に酒を飲んでいる。
チユキとしては別に構わないが、ほとんど裸であり、その恰好はどうにかして欲しい。
コウキがいないのが幸いであった。
「へえ、そんなお祭りがあるの? ちょっと見てみたいかも? 賞金でも出るの?」
お祭り好きのリノが聞く。
「う~ん、金は出ないな。奴らは金に興味はないからな。だが、それぞれの部族がそれぞれの宝を持ち寄って来る。それを勝者は全て貰えるそうだ」
アマゾナが説明する。
「ほう、そうか、それなら黄金馬もあるかもしれないな。どうなんだ? アマゾナ?」
レイジが聞く。
チユキも言われてみて確かにそれは気になった。
「馬か……。それはわからんな。だが、勝者はそれぞれの部族から賞賛される。黄金馬の情報を得られるかもしれんぞ」
アマゾナはそう言って笑う。
「成程、賞品にそれがなくても情報が得られやすくなるというわけですのね」
「そうですね。探しやすくなるかもしれません、お嬢様」
キョウカとカヤが頷く。
確かにその通りだろう。
ケンタウロスの協力があった方が黄金馬を探しやすくなるのは確かであった。
「正直、ケンタウロスの挑発に乗るのは嫌だ。だが、逃げたと思われるのもな。出る価値はあるな」
レイジはそう言って不敵に笑う。
「あの、レイ君。勝負するのはコウキ君なんだけど……」
サホコはそう言って心配そうな顔をする。
それはチユキも同じだ。
「そうよ、レイジ君が出るならともかく、コウキ君が心配だわ」
ケンタウロスの祭典でどのような競技が行われるかわからない。
コウキにさせても良いかわからない。
「何を言っているんだ。俺は他に用事がある。それにサーナの婿になるのなら、それぐらいには勝ってもらわないとな」
そう言うレイジの顔は意地悪そうだ。
勝負するのはコウキであり、自身ではない。
父親として娘の好きな人に思うところがあるのかもしれない。
それを聞いてチユキは溜息を吐くのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
先週は休んでもうしわけないです。
あんまり仕事は好きではないですが、やらんと飯が食えんので仕方がない;つД`)
そもそも、昔から売れっ子でもないかぎり小説だけでは食っていけないイメージがあります。
このことをエッセイにでも書こうかな(@_@)
そして、本編。
レイジの用事も後で語りたいと思います。
そして、相変わらず名前のセンスがないですね。ごめんなさい。
またAIイラストでアマゾナを作りましたが、他に出していないキャラが多いので発表は後になりそうです。
アマゾナを深堀した話もいつか書きたいですが、何時になる事やら……。
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