第22話 蛇の王子ダハーク

 スノビヘ王国の小道をノッポスは歩く。

 舗装されていない道は所々穴が開いていて歩きにくい。

 周囲の建物も空き家が多く、長く放置されていたため半ば朽ちている。

 人間があまり住みたい国ではないが、今この国を支配している蛇達には問題はないのだろう。

 元々スノビヘ王国はあまり大きな国ではなかった。

 人間の国であった頃も市民の数は少なかった。

 その市民達は永遠の命と若さを欲しがった女王により贄とされ今はもう残っていない。

 さすがに自身の夫と親は殺す事ができず、幽閉された。

 その部屋は今、巫女達が閉じ込められている部屋である。

 蛇の国となってから、この国は旅人を寄せ付けないようになり、やがて他国の人々から忘れられた。

 今この国に住んでいるのは少数のラミアにゴーゴン、そして彼女達の下僕である蛇人の男と蛇の女王の信徒である人間の男だ。

 拝蛇教団は女性上位であり、男は下僕扱いである。

 そんな教団にノッポスが入ったのは入る利益があり、入らない不利益があったからである。

 ノッポスもかつては騎士を目指して入団した。

 しかし、騎士になるのは難しく、従騎士のままでこの年齢になってしまった。

 退団しても、自由戦士になるだけなので、従騎士を続けている。

 そんな時だった。

 蛇の信徒から勧誘を受けたのは。

 最初は蛇の信徒だとは思わなかった。

 多額の金と引き換えに騎士団がやっている事を教えるだけの、関係であった。

 裏切るつもりはなかった。

 差しさわりのない事を教えても騎士団の不利益にはならないと思ったのだ。

 しかし、やがて関係は深まっていき、いつの間にか蛇の信徒になっていた。 

 それが今のノッポスなのである。

 少し後悔しているが、今更どうしようもない。


「死ぬだろうな。隊長達」


 ノッポスはかつての仲間達の事を考える。

 この蛇の巣に入った時に彼らの運命は決まっていた。

 運が良ければ蛇女達の奴隷にしてもらえるだろうが、その期待は薄い。

 もっと悲惨な運命なのは巫女とその御付きの女達だろう。

 敵対する女神の巫女達は蛇女がもっとも嫌う存在であり、凄惨な拷問を受ける事は間違いなかった。

 だがそれもノッポスにはどうでも良い事だ。

 

「うん、何だ……。今光っている蝶が飛んだような……」


 ノッポスが歩いている時だった。

 目の前を急に青白く輝く蝶らしきものが飛んだのである。

 蝶は目の前を横切るとすぐに消える。

 まるで幻を見ているようであった。


「おい、お前」


 突然ノッポスは後ろから声を掛けられる。

 振り返った時だった。

 ノッポスは思わず驚きの声を出す。

 そこにはとんでもない美女が立っていたからだ。 

 銀色の髪に白い肌、美しい瞳がノッポスを見ている。

 最初ラミアが人に化けているのかと思ったが、彼女のように美しい存在がいたら嫌でも記憶に残る。

 彼女はこの場にいない存在に間違いなかった。


「ええと……」

「クロキからお願いされているんだ。ここに掴まった愚か者達を脱出させてくれとな。だから手伝え裏切者」


 銀髪の美女はそう言って不機嫌そうな顔をすると手を動かす。

  

「ぐっ! 何だ……。これは……」


 銀髪の美女が手を動かした時だった、ノッポスは急に体が痒くなるのを感じる。

 ふと自身の身体を見ると虫が体を這っている。

 払いのけようにも体が動かない。 


「他にもいくらか下僕にした。そいつらを率いてうまくやれ」


 銀髪の美女はそう言うと背を向けて歩き出す。

 

「あが……。やめて助けて……」


 虫が口の中に入って来るのを感じノッポスは助けを求める。

 しかし、誰も答えない。

 夜の闇の中、新たな下僕が誕生するのであった。

 

 




「やるじゃねえか。お前の勝ちだ」


 テリオンはコウキを見てニヤリと笑う。


「そっちこそ……。本気じゃなかったよね」


 コウキはテリオンを見て言う。

 テリオンは魔法を使わなかった。

 ただ、純粋に剣だけでコウキに勝とうとしていたのである。

 もし、ギルフォスの時と同じように雪狼を出して来たらどうなっていたのかわからない。


「さあな。お前とは剣で勝負をしてみたかった。それにしてもお前からは強者の匂いがする。それもとんでもないな。何もんだ?」


 テリオンは剣を取るとコウキを見る。

 

「何者と言われても……。何と答えて良いか、わからないよ」


 コウキは何と言い返すか迷う。

 コウキは女神レーナを母親として育った。

 だが本当の子なのかどうかはわからない。

 伝説で女神レーナに育てられた勇者は沢山いるからだ。

 そのため、自分もその1人なのかもと思う事があるのだ。

 本当の事を聞いてみたいと思う時もあったりする。


「そうか、まあ良いか……。今はそれどころじゃねえからな……」 

 


 そう言うとテリオンはこの部屋の入口を見る。

 コウキも同じように入口を見た時だった。

 凶悪な気配を感じる。

 これまで一度も感じた事のない気配であった。

 

(何か来る。体が震える……。暗黒騎士と出会った時だってこんな感じはしなかったのに)


 コウキは暗黒騎士の事を考える。

 噂の暗黒騎士と出会った時、怖くなかった。

 だが、今回は違う。少しだが体が震えていた。

 そして、何者かが入って来る。

 白髪に赤い肌の男だ。

 赤い肌の男の上半身は裸で刺青が入っている。

 その手には長い槍を持ち、ただならぬ気配を漂わせている。

 赤い肌の男がコウキ達を見る。

 かなり離れているがその瞳ははっきりと見えた。

 金色の蛇の目だ。

 赤い肌の男に睨まれた時、コウキは体が痺れる。


 魔法の視線。


 おそらく男は意図して使っていないだろう。

 明らかに強者の感じである。


「ふん、噂に聞く凶獣の血を引く者だと言うから、どれほどの力を持っているか見定めようと思ったが……。そのような人間ヤーフの子に負けるとはな」

 

 男は蔑むような視線をテリオンに向ける。


「ふん、おめえだな。俺に嫌な視線を向けていやがったのはよう。ここに誘ったのもお前だな!」


 テリオンは剣を向けて言う。


「ふん、その通りだ。だが、無駄だったな。見るべきものは特になかったぞ」


 赤肌の男は槍を向ける。

 全身から殺気を出しており飲まれてしまいそうだ。


「ひいいい! 獣神子様あ~。こいつはヤバいですよう~。刺激しちゃ不味いですう~。逃げるべきでしゅ」


 突然ハヤが飛び出して来てテリオンに言う。

 その目からは涙が流れている

 逃げ出したい気持ちはコウキにもわかる。

 狼人達もどこか腰が引けている。

 ただ、その中でもっとも大きな狼人だけは戦えそうだ。


「くそ、何だ? 赤い肌の男は? 見ただけで震えがとまらねえ」


 後ろにいるヒュロスが呟くのが聞こえる。

 コウキは仲間達を見る。

 白鳥の騎士は魔物から人間を守るために存在するため、何が来ても怖れないように厳しい訓練も行っている。

 その白鳥の騎士達の顔が恐怖に染まっている。

 あの紅い肌の男はそれだけの存在なのだ。


「ふ~ん。ダハ君。殺すの? それが良いかもね。凶獣の血を引く者なんて殺しておいた方が良いもの、手を貸しましょうか?」


 突然赤い霧状の何かが現れるとそれが収束して人型になる。

 出て来たのは鮮やかな赤い衣を着た女であった。。 

 その女からも嫌な気配を感じる。

 それだけではない。

 入り口から複数の者が入って来る。

 全員が仮面を被り顔が見えない。

 その者達からも殺気を感じる。


 

「くそ、またとんでもないのが現れやがった! おい巫女よ! こうなった以上は戦うしかねえ! 逃げるのは無理だ!」

 

 テリオンはそう言って剣を構える。

 確かにその通りであった。

 赤い肌をした男と赤い衣の女。

 この男女は間違いなく強い。

 だが、どうにかしない限りこの場を逃げる事はできないだろう。

 戦うしかなかった。


「その通りだ。戦うしかない……」


 コウキも剣を構える。


「そうこなくっちゃな。おいコウキ! 手を貸せ。さすがに俺様だけじゃ厳しそうだ!」


 そう言ってテリオンはコウキを見る。


「わかった。一緒に戦うよ……。それしかないみたいだ……」


 コウキも剣を構える。


「ふん、良い度胸だ。おいザファラーダ。お前は手を出すな。俺だけでやる。見ていろ。凶獣の子よ。このダハークが殺してやる」


 赤い肌の男はコウキとテリオンを見てニヤリと笑う

 コウキとテリオンの共闘が始まるのであった。


 


★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 次回は蛇の王子と対決と書いておきながら、伸ばしてしまいました。

 展開が遅いですね。

 今度こそ次は蛇の王子ダハークと対決です。



 AIイラストは時折モデルがバージョンアップして過去のが使えなくなる場合があるので、今後絵柄が変わるかもしれません。

 とりあえずそろそろイシュティア以外の他の女神も作成しようと思います。

 男キャラは結構難しかったりします。


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