第32話 真犯人
事件があったのは昨日、チユキ達が砦に行っている時だった。
現場はエルドのオーディス神殿の地下である。
そこには犯罪者を捕らえるための牢屋がある。
一般的に犯罪者は治安を維持するための戦士団「黄金の夜明け」の詰所の牢屋が使われる。
しかし、特に重要な犯罪者はオーディス神殿が預かる事が多い。
大貴族の御家騒動になるかもしれず、また他家との争いの火種になりかねないので公明正大かつ中立を守るオーディス神殿が預かるのである。
だが、オーディス神殿が中立というのには疑問がある。
そもそも、一部を除き聖職者になるのは貴族の子弟が多い。
それは自身の一族を神殿や教団に入れる事で影響力を得ようとするのが目的である。
そんな貴族の子弟は一族の擁護者になり、不正に関与する事もあるのだ。
もちろん、一族の不正に関与しない者もいるが、むしろそれは少数だ。
そして、貴族の子弟と共に一族の家人が神殿の職員として入る場合もある。
今回事件は大畑の一族の者の手引きによって引き起こされた。
神殿を預かるソガスはよりにもよってその者に留守を任せてしまったのだ。
神殿に捕らわれたハムレにはチユキ達と神殿の関係者以外は会う事は出来ないはずであった。
しかし、大畑と関係がある職員はそれを破って通してしまったのである。
「まさか、直接手を下そうとするなんてね……。私が甘かったわ」
チユキは溜息を吐く。
大畑は自ら甥を殺そうとして、道連れにされたのである。
その殺害の前後をチユキは過去視の魔法で見た。
前後を見ただけで殺害の瞬間を見なかったのはあまりにも凄惨そうだったからだ。
ハムレの体内に仕込まれた強烈な酸を発生させる虫の爆発。
それを浴びた大畑達は溶けてしまっていた。
地下の牢屋に入ってからかなり時間が経過して心配になった職員が見に行った時にはほぼ骨だったようである。
あまりにも肉体の損傷が激しく、また魔法的な封印がされていたのでサホコでも蘇生は難しかった。
つまり大畑は復活する事が出来ないままである。
復活出来なかったのは当主の大畑だけではない。次の当主とその嫡男までも死んだのである。
突然の当主と後継ぎが死に大畑家は今大変な事になっている。
チユキは自身の考えの甘さを痛感する。
ハムレは捕らえられ当主の座を狙うのはほぼ不可能である。
だから、わざわざハムレを殺す必要はないはずであった。しかし、その考えは甘く最悪の結果になってしまった。
この事件を引き起こした犯人は大畑の行動を読んでいたに違いない。
チユキはオズの事を考える。
祖父と父と兄を亡くしたのだ。かなり気落ちしているかもしれない。
そんな中でチユキはソガスを待つ。
ソガスは自身の預かる神殿の後始末で忙しいらしい。
そして、今日の夕方頃に報告しにくると連絡して来た。
大畑家の事や他の貴族との根回し等で忙しくしていたチユキはソガスに会うためにエルドの宮殿へと戻ったのである。
「チユキ様。ソガス司祭がお見えになられました」
取次の秘書が頭を伝えに来る。
秘書である彼は元身分の低い生まれである。
顔は平凡だが、優秀だったので市民権を与え、側に置く事にしたのである。
「そう、通して」
「はい」
秘書は下がると扉を閉める。
その数秒後に扉が開かれソガスが入ってくる。
「忙しいなか、ご苦労様です。ソガス司祭」
「いえいえ、報告する事は大事です。どんなに忙しくても必要ならば駆けつけますぞ、ガハハハハ」
ソガスはそう言って笑う。
「そうですか、ありがとう、ソガス司祭。そんなソガス司祭に私からの贈り物です」
そう言ってチユキは立ち上がるとあるものをソガスに渡す。
「これは?」
ソガスは渡されたものを見る。
それは陶器製の酒瓶である。
急に渡されたのでソガスは驚く。
「ヴェロスの果実酒です。お好きなのでしょう?」
チユキはそう言って笑う。
「はは、確かに好物です。よくご存じですな、チユキ様」
ソガスは笑う。
だが、その笑顔はどこか引きつっている。
ソガスがヴェロスの果実酒が好きなのは特に有名な事ではない。
そもそも、このバンドール平野では遥か北の国で作られる果実酒は簡単に手に入らないのである。
決して裕福ではないソガスが飲むのは難しいだろう。
ソガスはなぜ知っているのか不思議に思っているはずであった。
「いえいえ、では本題に入りましょう。神殿での聞き取りはどうでしたか?」
チユキは本題に入る。
ソガスは事件の現場の片づけと規則を破った職員の聞き取りを行っていた。
「はい、あの者は直接事件に関わってはいないようです。縁故のあるあの者の頼みを断れなかったようです。まあ、立場を考えれば仕方がないかもしれませんが……。規則は規則です。厳罰に処すしかないでしょうな」
ソガスはそう言って首を振る。
「成程、そうでしょうね。実はもう一つ聞きたい事があるのですが。よろしいですかソガス司祭?」
「おや、何でしょう?」
「ブイル殿の事です。彼はコウキ君達の話によると化け物に変貌して襲いかかって来たそうです。彼を連れて来たのはソガス司祭、貴方ですよね。あれは何者なのですか?」
チユキはそう言ってソガスに厳しい視線を向ける。
「ああ、その件ですか……。実はこちらも戸惑っているのですよ……。ブイル殿は遠い神聖ドーナ法国からこの国に来ました。同じオーディス様を信仰する者として、宿と食事を用意しておりましたが……。現場を見たわけではないですし、まさか、そんな……」
ソガスは信じられないと首を振る。
確かにブイルが化け物に変わった姿を見たのはコウキ達少年3名だけだ。
子どもの戯言だと思われても仕方がない。
「なるほど、確かに……。私もその場面を見たわけではないですからね、子どもの言う事ですから間違いかもしれません」
チユキは思ってもいない事を言うと笑う。
「はは、まあそうでしょう」
ソガスは分かりやすく安心した表情を浮かべる。
「では話を変えましょう。ソガス司祭。この一連の事件をどう思いますか?」
チユキは話題を変えてソガスに問う。
「そうですな。やはり、魔術師であるゴシション殿とハムレ殿の共犯による殺害事件とみるべきではないでしょうか」
「そうつまり、ゴシション先生とハムレ殿が犯人だと?」
「ええ、ゴシション殿なら何らかの方法で毒殺する事もでき、大畑殿の屋敷の者と繋がりがあるハムレ殿が手伝えばより可能でしょう。両名とも死んでしまいましたがね……」
そう言ってソガスは首を振る。
ゴシションの遺体はその後の調査で発見された。
砦の崩壊もあったせいかかなり損壊が激しく、来ている服等で判別するのがやっとであった。
「なるほど、それだと犯人は既に死んでいるという事になり、事件は終わりという事でしょうか?」
チユキはそう言って首を傾げる。
「はい。そう思っておりますが……。チユキ様は違うと思っているのでしょうか?」
ソガスは探るような目つきでチユキを見る。
「ええ、違うと思っています。ソガス司祭。ゴシション先生もハムレ殿も関わっていましたが、犯人はまだいます」
チユキは断言するとソガスの表情を見る。
特に驚く様子はない。
おそらくわかっているのだろう。
「なぜ、そう思うのですか? チユキ様?」
「理由はゴシション先生の遺体です。復活できないように魔法の呪いがかけられていました。念入りにね。捕らえられていたハムレ殿には不可能です。つまり、ゴシション先生は砦の崩壊で死んだわけではありません。殺した犯人がいます」
「……」
ソガスは何も答えない。
いや、答えられない。
「その犯人は件の首飾りを送り、ハムレ殿に虫を仕込み大畑殿を殺害。また私達と共に砦に入り、共犯であるゴシション先生を殺害しました」
チユキは何も言わないソガスを無視して再び話始める。
ゴシションは共犯であり、犯人はまだ他にいるのである。
「な、なんと、それは誰ですかな」
ソガスは驚いたような表情でチユキに聞く。
明らかに作られた表情であり、内心では覚悟しているのかもしれなかった。
チユキは一息吐くとソガスに告げる。
「犯人はあなたです。ソガス司祭」
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
ちなみに元ネタ
ソガス…曽我兄弟
ハムレ…ハムレット
ゴシション…伍子胥
岩中…モンテクリスト伯
この章もあと2,3回で終わりです。
来週は年末であれこれと忙しいので、更新出来るかわかりません。
出来ない時はTwitterでお知らせします。
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