第7話 魔法の香

 妖艶の賢者サビーナの館は魔術都市サリアの端にある。

 賢者の称号を持つ者だけに館はかなり大きい。

 今館にいる者達はサビーナの弟子であり生徒と使用人達だ。

 生徒のほとんどは魔術師で使用人は非魔術師の者達がほとんどである。

 館にいるサビーナの生徒達が魔法の香を調合している。

 クロキはそんなサビーナの生徒を眺める。

 生徒達の調合する魔法の香は大魔女ヘルカートの館のものと似ている。


(ヘルカートの弟子もこんな匂いを漂わせていたな。それにしてもサビーナは何を企んでいるんだ?)


 クロキはこの場にいないサビーナの事を考える。

 サビーナはクロキ達の案内役を申し出てきた。

 狙いはキョウカに近づくためである。

 キョウカは最初渋ったがサビーナがクロキに聞こえないように耳打ちすると、突然変わってサビーナの申し出を受け入れたのである。

 サビーナが何を言ったのか聞き取ろうかと思ったが、クロキは結局しなかった。

 キョウカに関する事だろうし、聞くのも悪いと思ったからだ。

 こうしてクロキ達はサビーナ達とサリアの街を歩く事になる。

 サビーナの案内と話術は素晴らしく、キョウカはとても楽しそうであった。

 ただ、歩いている最中サビーナの弟子達がクロキを見て、こそこそ言っているのは気になった。

 そして、特に可哀想なのはミツアミである。

 彼女はサビーナの弟子達とは折り合いが悪いみたいで居心地が悪そうであった。

 それでも同行したのはキョウカの案内を師から頼まれたからだろう。

 魔術師の師匠と弟子の関係は主従関係に近く、弟子は師に仕え、その命令に服するのが普通だ。

 サビーナの弟子たちも師匠の行動に従うしかなく、大所帯でサリアを歩き、最後にサビーナの館へと来たのである。

 サビーナは館に着くとキョウカを誘い何処かの部屋へと入った。

 クロキとミツアミはその部屋に入る事が出来ず違う部屋で待たされている最中だ。

 キョウカを単独にすることに不安はあるが、サビーナの様子だと害を与える事はしなさそうなので見送った。

 もちろん、戻ってきたキョウカにおかしな所があったら、ただでは済まさないつもりだ。

 クロキはミツアミを見る。

 魔法の香を警戒しているのかミツアミは口元を押さえている。

 実際にクロキ達のいる部屋には良い香りが漂っている。

 魔法の香には眠りを誘うものや麻痺させるものがあるので、特に親しくない相手の館なら警戒するのも頷ける。

 もっとも、漂っているのは眠りや麻痺の香ではないようである。

 しかし、クロキにはもっと気になっている事があった。


(問題は何かを隠す香だよね……)


 魔法の香には眠りや麻痺以外の種類もある。

 例えばクロキが死都モードガルで使った下級霊から身を隠す香等がそうだ。

 その逆で瘴気を隠したり、ある程度消す事ができる香等もあったりする。

 主に使うのは死霊術師だ。

 アンデッドは活動すると瘴気を周囲にばら撒く、瘴気を生物が浴びれば病気になったり最悪死んだりする事もある。

 そのため魔法の香を使い、周囲に影響を出さず、また周囲に悟られないようにするのだ。

 他にも様々な魔法の力を隠すものもある。

 調香師として未熟なら、ともかく賢者であるサビーナの実力はかなり高いようにクロキは思える。

 鼻の利く者なら魔法の香で隠されたものが何かを嗅ぎ分けられるかもしれないが、クロキには無理だ。

 サビーナの出方を待つしかなさそうである。

 そんな時だった突然扉が開く。


「お待たせしましたわ! クロキさん!」

「!?」


 突然入って来たのはキョウカである。

 しかし、その恰好はここに来た時のものとは違っていた。

 サビーナの着ている服と同じく黒を基調にした布面積が少ない服。

 おそらくサビーナから借りたのだろう。

 サビーナに連れていかれてからしばらく時間があったが、どうやら着替えていたようだ。

 問題はキョウカの方がサビーナよりも凹凸がはっきりしているので、大きく開いた胸元から双丘が零れ落ちそうである。

 ミツアミも驚いた顔をして何も言えずにいる。

 着替えたキョウカはまさに真なる妖艶の魔女という恰好だ。


「どうかしら? クロキさん?」

「えっ、ああ、うん」


 キョウカの魅惑的な姿にクロキは言葉が上手く発せられなくなり、目を離せなくなる。

 

「ふふ、どうキョウカ殿。これでどんな意中の殿方も貴方のものになるでしょう」


 後ろにいたサビーナが面白そうに言う。


(何してんのーー!!)


 クロキは心の中で叫ぶが言葉に出ない。


「あら、そんな言葉じゃわかりませんわ。どうかしらクロキさん」


 そう言ってキョウカはクロキの膝に座る。

 柔らかいお尻の感触が服を通して伝わってくる。


(これは! やばい! 下半身に血がー!)


 クロキは慌てる。

 キョウカはそんな様子のクロキを見て楽しそうに笑う。


「どうしたのですの? クロキさん? か、顔が赤いですわ?」


 キョウカが顔を近づけてくる。

 その顔が赤い。どうやらキョウカも照れているようだ。

 もしかするとサビーナに何か吹き込まれたのかもしれない。

 そう考え、キョウカを良く見ると少し体が震えている。どうやら、緊張しているようである。

 クロキがそんな事を考えている時だった。


「ちょっと何をやってんのよ!!?」


 突然部屋に誰かが侵入してくる。

 キョウカが影になりクロキは入って来た者を見る事ができない。

 しかし、その声は知っている。


「えっ? チユキさん? どうしてここに?」


 キョウカが振り向いて言う。

 入って来たのはチユキである。


「どうしてじゃないわよ! ここって探知魔法を阻害しているから、探すのに苦労したわ! 本当に! なにをやっているのよっ!!」


 チユキは大股で力強い足取りでキョウカに近づき詰め寄る。


「え、ええと。それはクロキさんを誘惑しようと……」


 キョウカはチユキの剣幕にたじろぐ。


「それで、そんな恰好を?」

「はい、そちらの方がこうした方が良いと……」


 キョウカはサビーナの方を見る。

 壁際にいたサビーナは面白そうに笑っている。


「ちょっと! サビーナ殿! うちの仲間に変な事を吹き込まないで下さい!」


 チユキはサビーナに文句を言う。


「あら、私はキョウカ殿の望みを手伝っただけよ。殿方に好かれる方法を教えただけだわ」


 サビーナがそう言うとチユキは唸る。


「うう、何となーく、キョウカさんの彼に対する印象を聞くとそんな感じはしていたんだけど……。ええと、彼はやめとくべきよ! とんでもないブルルルンなんだから、体が壊れるに決まっているわ! 良いから行くわよ! キョウカさん!」


 チユキはキョウカの手を取るとクロキから引き離し連れて行く。


「えっ? それはどういう意味ですの? ええと、クロキさん。またお会いしましょう!」


 キョウカはなごり惜しそうに手を振り、チユキに引っ張られていく。


「あの! 私も!」


 ミツアミも慌てて後に続く。

 クロキはそのまま残されそうになる。


「そ、それじゃあ自分も」

「えっ、貴方も? ゆっくりしていけば良いのに」


 クロキもミツアミの後に続く。

 こうして、部屋に残ったのはサビーナだけだ。



「ふふ、勇者の隠された仲間ねえ。手玉に取れそうだけど、どうしようかしら? 彼を捕らえてみたいけど。この館の中ではダメね……」


 サビーナは全員が出て行った扉を見ると怪しく笑うのだった。



 

 クロキはサビーナの館を出る。

 既に周囲は暗くなっている。

 サビーナの館は外れにあり、夕刻になると近くの通りを歩く者は少ない。

 クロキは宿へと向かう。

 サリアは食料やその他必需品の生産をあまり行っておらず、外部からの輸入に頼っている。

 そんな交易商人が宿泊する宿がサリアの正門の近くにあり、クロキもそこに宿を取っていた。

 距離はかなりあり、宿まで歩きながら先程の事を考える。

 

「はあ、何だったんだ……。うう、歩きにくい」


 クロキは溜息を吐く。

 キョウカのあの恰好が脳裏から離れず股間が大変な事になっているのでがに股で歩かなければならなかった。

 チユキが乱入してくれた事で間違いが起きなくて良かった。

 キョウカは魅力的だが、レイジの妹でもあり、心理的に引っかかる。

 それにクーナの事もあるので間違いを起こしてはならない。 


「あんまり、親しくしすぎるのも問題だし、もう戻ろうかな……」


 クロキはそう言って空を見上げると星が瞬き初めている。

 元の世界では女性は星の数ほどいても、手は届かない存在だった。

 そして、キョウカは元の世界の星である。

 その女性から好意を向けられて嬉しくないはずがない。しかもかなりの高値の花だ。

 元の世界にいた時は考えられない事である。

 そのため好意を無下にするのに躊躇いがあった。


「うん?」


 そして、歩いている時だった。

 クロキは暗くなり始めた空に鳥の群れらしきものが飛んでいる事に気付く。

 その鳥は真っすぐにクロキの方に近づいて来る。

 周囲には誰もおらず、クロキが1人になるのを待っているかのようであった。


(あれは鳥じゃない! 蝙蝠だ!)


 クロキは身構える。

 蝙蝠はクロキの眼前へと降りて来る。

 その蝙蝠の体は大きく人と同じぐらいある。

 巨大蝙蝠はクロキを見ると目を光らせる。


麻痺パラライズの魔法! 攻撃してきた!?)


 クロキは麻痺パラライズの魔法に抵抗して打ち消す。

 巨大蝙蝠は1匹ではなく、クロキを取り囲むように降りてくる。

 そして、蝙蝠達は口を開けると何かの魔法を放ってくる。

 クロキの身体を魔法の枷が纏わりつく。

 今度は束縛の魔法のようであった。

 麻痺は生物にしか効かないが、束縛は無生物にも効き、より高度である。

 どちらも巨大蝙蝠ジャイアントバットに使える魔法ではない。


(今度は束縛! この程度で!)


 クロキは魔法の枷を無理やり弾き飛ばす。

 その衝撃波で巨大蝙蝠ジャイアントバットは弾き飛ばされる。

 弾き飛ばされた巨大蝙蝠ジャイアントバットは壁や地面に叩きつけられ動かなくなる。


「えっ? 灰になった?」


 クロキは動かなくなった巨大蝙蝠ジャイアントバットを見て驚く。

 動かなくなった巨大蝙蝠ジャイアントバット達が次々と灰になったのだ。

 クロキは灰へと変わった巨大蝙蝠ジャイアントバットに近づく。

 そこで巨大蝙蝠ジャイアントバットの残骸である灰から瘴気を感じる。


(瘴気にそれに魔法の香? 巨大蝙蝠ジャイアントバットではなくて、巨大な吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバット? どちらにせよ誰かに使役されているな……)


 クロキはそう判断する。

 吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバットは魔法の香で発する瘴気を消していた。

 だから最初はアンデッドだとは気付かなかったのである。

 また吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバット吸血鬼ヴァンパイア死霊術師ネクロマンシーに使役される事が多い。

 襲って来た吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバットも誰かに使役され、行動不能になると自主的に灰になるようにされていたのだろう。

 

(自分を殺そうとしたのではなく、捕らえようとしていた。どういう事なんだろう?)


 吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバットはクロキを殺すつもりはなく、捕らえようとしていた。

 何者かの意図を感じる。


(何者だろう? 気になる。もう少しサリアに残ろうか……)


 クロキはキョウカと距離を取るためにサリアを離れるつもりだった。

 しかし、襲われた事でもう少し残る事にする。

 空には星が瞬き、夜が始まろうとしていた。




「馬鹿な! 全滅だと! うう、女神様になんて言い訳すれば良いんだ? 折角いただいた吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバットを全て失うなんて」



 サリアの郊外でチヂレゲは唸る。

 吸血鬼蝙蝠ヴァンパイアバットは彼の敬愛する女神から送られたものだ。

 それを使いクロキを襲ったのである。

 クロキを捕らえ洗脳し、禁書庫の書物を手に入れる。

 その予定であった。

 しかし、相手が予想以上に強かったので計画は失敗である。


「どうすれば良い。だめだ正直に言うしかない……」


 チヂレゲは女神の事を考える。

 女神は嘘を見抜き、怒らせると怖い。

 正直に言う方が許してもらえる可能性が高い。

 特に力のない自分を拾い、ここまで生きて来れたのは女神のおかげである。


「ああ、女神様。どうか俺を導いて下さい……」


 チヂレゲは夜の星々を見上げて祈るのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


ごめんなさい。10月中に間に合いませんでした。

10月は本当に忙しかったです;つД`)

リアルで色々とあって精神崩壊しかけました。

小説だけが心のオアシスだったりします。



またカクヨムでロイヤルティプログラム第2弾が発表されました。

それについてエッセイ又は近況報告で書きたいと思います<(_ _)>

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