第3話 魔術師の悩み

 魔術師ミツアミは魔術都市サリアで生まれた女性である。

 本名はマディアであり、母が結ってくれた三つ編みを気に入り、いつも髪型をそうしているのでミツアミと呼ばれるようになった。

 そんなミツアミの両親は魔術師協会の導師であり、彼女は生まれた時から魔術師達に囲まれて育った。

 魔術師は独自の社会を形成しており、それは特殊である。

 魔力と魔術の技で全てが評価され、それで社会の地位が決まる。

 家柄で判断されないのは良い事だが、魔術師として生まれた子は幼い頃から魔術の勉強を強いられるのが一般的だ。

 ミツアミもそうであり、幼い頃から魔術の勉強ばかりしていた。

 それなりに優秀であったので、導師達の覚えも良かった。

 そして、今日世界中の賢者が集まる賢人会議の開催の手伝いをすることになったのである。

 魔術師として名高き賢者と触れ合える事は栄誉であり、ミツアミは喜んだのであった。


「やはり雰囲気が違いますわね」


 前を歩くキョウカが周囲を見ながら言う。

 魔術都市サリアは他の人間の住む都市と違い、魔術に関係する建物が多く独特である。

 知識を集積する図書館。錬金術の工房。星を見るための天文台。魔法薬を作成するための研究所。

 他にも様々な施設がある。

 特に中心部にある、魔力を高めるための賢者の尖塔はサリアの象徴である。

 キョウカがそう言うとミツアミは誇らしくなる。

 サリアは特別な場所であり。他の凡百の都市と一緒にされては困るのである。

 

「はい、サリアは魔術師の街です。他所から初めて来られた方には驚きでしょう」


 ミツアミはそう言って、周囲の建物の説明をする。

 そのたびにキョウカは感心したような顔をする。

 その顔は前にこの国に来た貴族の令嬢と同じに見えた。

 サリアは他の国と違い、食料を生産していないので輸入に頼らなければならない。

 つまり、周辺の国との付き合いが大事なのである。

 ミツアミは師に頼まれ何度か彼女は訪問した周辺国の王族貴族の案内をしたのであった。

 キョウカは今まで出会った令嬢の中でもっとも美しい。

 通りを歩く者達がキョウカに目を奪われている。

 しかし、魔術の崇高さを理解しない者と同じに見えた。

 そもそも魔術師に必要なのは外見ではない、その知識である。

 ただ、一部の魔術師の女性はそう思わないらしく、外見を飾ろうとしている。

 その事を思うとミツアミは頭が痛くなる。

 そんな女性達は賢神トトナの地にふさわしくない。

 むしろ、頭の悪い美の女神イシュティアの信徒がいる場所の方がふさわしいだろう。

 

(まあ、勇者様の妹だからといって、魔術の技がすごいとは限らないわよね。あまり、本を読む感じには見えないし、図書館を行ってどうするの?)


 ミツアミはキョウカを見てそう判断する。

 そして、ある意味、その予測は当たっていた。

 キョウカは長い文章を読むと眠ってしまうのだ。

 見た目の通り図書館とは縁のない生活をしている。 

 そして、キョウカとミツアミはやがて図書館へと辿り着く。


「ここが図書館です。キョウカ様」

「へえ、そうなのね? エルドの図書館よりもすごく大きいですわ」


 キョウカは図書館を見上げて言う。

 ミツアミとしては比べるなよと言いたいところである。

 サリアの図書館は人間の世界で最大だ。

 それは大きいのは当たり前の事である。


「それではどうぞ、キョウカ様」


 ミツアミはキョウカを中へと案内する。

 そして、中に入ると受付で3人の男性が話している。


「あっ、ミツアミさん」


 ミツアミ達が入って来たのに気付いた男達が一斉にこちらを見る。

 その全員の顔に見覚えがあった。


「何を話しているの? カタカケさん。来館者が来たのだから応対しないとダメじゃない」


 ミツアミは話しをしていた3人のうちの1人を注意する。

 カタカケは三つ編みと同じく図書館の職員である。

 真面目であるが、あまり優秀とはいえない。

 魔術師でも底辺に位置する。

 何よりあのタラボスの派閥に属していたのだ。

 崇高なる魔術師協会にていて良い者ではない。


「後チヂレゲさん。貴方も特に本を読むのでなければ、来ないで欲しいわ」


 次にミツアミはチヂレゲを見る。

 チヂレゲはカタカケが無害なのに対して、どちらかと言えば有害である。

 素行は良くなく、サリアから出ては近くの国で遊んでいるらしい。

 魔力も弱くタラボスにお金を渡して魔術師の称号を得たのではないかと疑っている。

 タラボスは自身の派閥を強化するために魔術師としての能力に乏しい者にもその称号を与えていたらしい。

 そのため導師の中にはタラボスに属していた魔術師の称号を取り上げるべきだと主張する者もいる。

 しかし、結論は出ず、問題は棚上げとなった。

 ミツアミとしては歯がゆい思いである。

 そして、ミツアミは最後に残った男性を見る。

 

(えーと、名前は何だったかな? 確かマギウス様から図書館の利用を許された者のはずよね。しかも、禁書庫の……)


 カタカケ、チヂレゲと話をしていた最後の男は魔術師ではない。

 知識は魔術師だけで独占するべきではないとの大賢者マギウスの方針から、特別に認められた者なら魔術師でない者でも図書館の利用ができる。

 彼もその1人である。

 しかも、マギウスから禁書庫の利用までも認められた。

 その事についてミツアミや他の図書館職員は困惑した。

 彼は協会会員ではなく、魔術師ですらない。

 なぜ認められたのか、わからなかった。

 これが高名な魔術師ならそれ相応の対応をしただろう。

 しかし、彼は見るからに顔立ちは良いかもしれないが普通の人だ。

 そのため、対応に困った館長とその他の職員は一番下のカタカケに彼の世話を任せ、特に関与しなかったのである。

 その彼は驚いた表情でミツアミ達を見ている。

 よく見るとその視線は隣のキョウカに向けられているようだ。

 ミツアミはキョウカを見る。

 彼女も驚いた表情をしている。


「まあ! クロキさん! ここで会えるなんて! 奇遇ですわ!」

 

 突然キョウカは駆け寄ると名前を忘れた彼の腕に抱き着くのだった。




 チユキはゴトクに誘われてとある店へと向かう。

 他の国でもそうだが、竈のない部屋に住む者も多く、食料の生産を行わないサリアでは特にその傾向が強い。

 そのため、魔術師の多くは食事を外ですませる。

 特に魔術師は食事に無頓着であり、高い地位にある導師やお金のない見習いも外食をする。

 向かっている場所は人気の店だそうだ。

 今は食事時ではなく、空いているだろうからそこで話でもしようと持ち掛けたのである。

 チユキとゴトクの後ろにはゴトクの弟子である魔術師達が付いて来る。

 少し前のチユキなら面倒くさいと思っていただろう。

 しかし、最近は他者とも出来るだけ話すようにしている。

 こうして通りを歩いている時だった。

 チユキは歩く先に人だかりが出来ている事に気付く。

 その人だかりの中心にいるのは2人の老人だ。

 どちらも魔術師の格好だが1人は身なりが良く、いかにも高名な魔術師のような感じである。

 もう1人は旅支度の薄汚い恰好だ。

 長く旅をしていたのか魔術師のローブはボロボロで元の色がわからないぐらい灰色になっている。

 チユキはその2名の老人の事を知っていた。


「おお、これはチユキ殿。もう来られていたのですな」


 身なりの良い老人がチユキに声をかける。

 

「はいマギウス殿。お久しぶりです。それとガドフェス殿も」


 チユキは身なりの良い老人に答えると横にいるみすぼらしい老人を見る。

 身なりの良い老人は大賢者マギウスだ。

 そして、そのとなりにいるには汚れたローブの老人はマギウスと同じ賢者と呼ばれる者である。


 放浪の賢者ガドフェス。


 それがこの老人の名だ。

 マギウスと共に魔術師協会の創設に関わった人物で、数百年以上生きている。

 ほとんどの時間をサリアで過ごすマギウスと違い、ガドフェスは世界中を周り、一ヶ所に留まる事はない。

 そのため放浪の賢者と呼ばれるのである。

 ガドフェスは各地で才能のある者を弟子にしてサリアへと送っている。

 ある意味、魔術師のスカウトのような事をしているのだ。

 そんなガドフェスは過去にエルドにも訪れた事がある。

 その時にチユキと出会ったのである。


「ああ、久しぶりじゃな。チユキ殿。会うのは2度目かのう」


 つばの広い旅帽子を指でつまみ上げ、顔を良く見せガドフェスは笑う。

 

「はい、お久しぶりです。マギウス殿とガドフェス殿はどちらに?」

「ふむ、久しぶりにガドフェスの奴が帰って来たので一緒に茶でもどうかと思うてな、そして、周りにいるのはぜひ一緒にと付いて来た者達じゃよ」


 マギウスは長い髭を触って言うと周囲を見る。

 周囲にはマギウスとガドフェスの話を聞きたいと願う若い魔術師達がいる

 彼らは高名な魔術師である2人の老人の話に興味があるようだ。


「おお、そうなのですか! それならばマギウス様達も一緒にどうでしょうか!?」


 ゴトクがそう言うと周囲の若い魔術師達が騒がしくなる。

 普段チユキやガドフェスはサリアにいない。

 マギウスも滅多に自室から出ないらしいので3名の賢者の会談は若い魔術師達には話を聞ける貴重な経験だろう。


「まあ、そうじゃな。良いかのチユキ殿」

「ええ、構いません」

 

 チユキは快諾する。

 チユキとしては願ったりである。

 色々と疑問に思っている事をマギウスに聞きたかったのだ。

 それにガドフェスにも疑問を聞いてもらえる。

 むしろ、こちらからお願いしたいところだ。

 こうして、チユキ達はマギウス達と行動を共にする。

 やがて、店に辿り着き、中に入る。

 店は広く、大勢の者が入る事が出来るようであった。

 しかし、今は利用者が少なく奥に数名の者がいるだけである。 


「あらあら、賢者が3名も揃ってやって来るなんて、珍しい事もあるものね」


 先に利用していた者がそう言ってこちらへと来る。

 その顔を見てチユキは眉を顰める。

 過去に一度会った事がある者だ。

 こちらへと来る者は一見若い女性である。

 チユキと同年代、もしくは少し上ぐらいに見えるだろう。

 しかし、それは外見だけである。


 妖艶の賢者サビーナ。


 チユキや星見の賢者ヤーガと同じ女性の賢者である。

 彼女が賢者になったのは200年以上前、その時から今の姿と変わらない。

 美しくかつては妖艶の魔女と呼ばれていて、各地で悪さをしていたらしい。

 しかし、ある日討伐されそうになり、魔術師協会へと逃げ込んだのだ。

 その時にマギウスとどのようなやり取りがあったのかチユキは知らない。

 おそらく、優れた魔術の腕前を持つ彼女をこのまま討伐させるには惜しいと思い協会に迎え入れたのだろう。

 協会に入った彼女は魔術師の育成のために多くの弟子を取った。

 太古の魔女の秘術を使う彼女の下から多くの優秀な魔術師が生まれた。

 ただ、その中には邪悪なる魔術師となる者も多かった。

 そして、タラボスもまた彼女の弟子の1人であったのである。

 そのサビーナは自身の弟子と共にお茶をしていたようだ。

 美容の魔法を使うサビーナの弟子には女性が多く、魔術師にしてはお洒落である。

 サビーナと一緒にいたのはそんな弟子達だろう。

 彼女達は師と共にこちらに来る。

 どの女性も若く見え、魔術師にしては綺麗であった。


「お久しぶりです。サビーナ殿」

「ええ、久しぶりね、黒髪の賢者チユキ殿。貴方とはもっと話をしてみたいわ」


 そう言って妖艶の賢者サビーナは笑うのだった。

 


 

 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 また更新遅れました。

 特に用事が入ったわけではありません。

 ただ、昨日の夜21時頃、執筆をしていたら右後頭部に鋭い痛みが走り、そのままズキズキと痛みが治まらず。これは不味いと思い。全ての作業を止めて横になりました。

 今日朝起きると痛みが治まっていたので、執筆再開。そして、今に至ります。

 執筆には思ったより脳を使うので、それが原因なのか? 

 もっとも。最近夜が寒くなったので風邪をひいただけかもしれません(;´・ω・)

 10月に健康診断を受けるので、頭痛が度々起こるのなら聞いてみようと思います。


 また、最近ある方のエッセイを読んで思うところがあるので、エッセイを作成中だったりします。

 出さないかもしれませんが……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る