第5話 海王の神殿
「ようこそアトランティアへ。私がトライデンだ、光の勇者レイジ殿。歓迎しよう」
トライデンは両手を広げレイジを歓迎する。
海王トライデン。
海と船乗りの神であり、エリオス十二神の一柱だ。
普段はエリオスにおらず、このセアードの内海にある珊瑚の都アトランティアに住んでいる。
壮年の姿をした男性であり、口髭を生やしている。
いかにも神話に出てくる神といった姿であった。
「ふふ、初めまして勇者レイジ殿。私はメローラ。お会いできて光栄です」
トライデンの隣にいたマーメイドも挨拶をする。
チユキはメローラと名乗ったマーメイドを見る。
人魚の女王メローラ。
マーメイドの女王であり、海の女神の一柱である。
エリオスの神々とは認められていないが、トライデンの信徒は彼女も同時に崇める事が多い。
マーメイドに助けられた船乗りの話はとても多い。
そのマーメイドの女王メローラは下半身が珊瑚色の鱗を生やした魚であり、上半身は真珠の肌をした人間の女性に近く美しい。
珊瑚と真珠で自身を飾り、薄い緑色の長い髪を高く結っていて、上品な感じがする。
トライデントメローラが並ぶととても絵になる。
チユキはそんな彼女達に見惚れる。
「ああ、初めましてだ、海王トライデンに女王メローラ。俺がレイジだ。そして、後ろにいるのは俺の大切な仲間達だ」
レイジは挨拶をする。
以前に比べて礼儀正しくなったとチユキは思う。
レイジに紹介されてチユキ達は頭を下げる。
「皆様も良く来て下さいました。娘達よ。出てきなさい。勇者殿達に挨拶をするのです」
「「「「は~い! 御母様!」」」」
メローラが言うとトライデンの後ろにいたマーメイド達が前へと出てくる。
その数は7、全員がメローラに似て美しい娘だ。
「初めまして、勇者レイジ様。私は長女マイアラと申します。ようこそアトランティアへ」
「私は次女のエレクラよ。レイジ様。噂通り素敵な御方。歓迎いたしますわ」
「三女のタユラです。ふふ、よろしくお願いしますね」
「へへ、四女のアルキラだよ。よろしくね」
「えーと、私はケーラ。五女です。勇者様」
「ろ、六女のア、アステロペーです。ゆ、勇者様。初めまして」
「七女のメローペなの。トル君のすぐ上のお姉ちゃんなの」
マーメイドの王女達は次々と挨拶をする。
しかし、相手はレイジだけでチユキ達は完全無視であった。
「なんだか、リノ達完全無視されているような……」
「それはいつもの事っすよ。相変わらずモテるっすね」
リノが不平を言うとナオが苦笑する。
これもいつもの光景だ。
チユキも苦笑いを浮かべる。
それに対してシロネとキョウカとカヤは興味なさそうであった。
「まあ、良いわ。あの。海王トライデン殿。私達を呼んだ理由を聞かせてもらえませんか?」
チユキは少し不機嫌そうな表情で言う。
レイジの力を借りたいのならチユキ達を無視する事はできない。
そのため、こういう表情をする事で交渉を有利に運ぶつもりなのである。
「おお、すまない! 娘達よ、レイジ殿から離れるのだ! 後でゆっくり話をしなさい!」
「ええ~」
「うう、仕方ないですわ」
「後でね。レイジ様」
「またなの~」
トライデンは娘を窘めるとマーメイドの姫達は離れていく。
騒がしい娘だと思う。
話からするに彼女達はトルキッソスの姉のようであった。
「さて、それでは勇者レイジ殿。そなたに来ていただいたのは他でもない。我らと敵対しているダラウゴンの事だ。トルキッソスが話をしているとは思うが?」
トライデンが聞くとレイジは頷く。
「ああ、争っていると聞いている。だが、急に呼ばれた理由はわからないな。手を借りたいなら、もっと早く呼んでいるはずだ」
「それなのだが、セアードの額環という魔法の品を聞いた事がないかな?」
「いや、知らないな。チユキ、知っているかい?」
レイジは振り返りチユキに聞く。
「ごめんなさい。知らないです。教えていただけますか?」
チユキは首を振る。
「そうか。セアードの海に住む者でないのなら仕方がない。セアードの額環は強力な魔法の力を持っている魔法の装身具でね、元はメローラが所持をしていた。しかし、争いでダラウゴンの手に落ちてしまったのだ。額環は強力な魔力を持っている。その力を使われたら、我々は滅ぶだろう。しかし、その力を得る事が出来るのは女性だけだ。ほぼ男ばかりしかいないダラウゴン達が持っていても意味のないもののはずだった。少なくともこれまでは……」
トライデンはそう言ってレイジ達を見る。
「これまではという事は何かあったの?」
リノが首を傾げて聞くとトライデンはメローラを見る。
「はい、実はダラウゴンには娘がいたのです。あまり表に出てこないので……、気にもしてもいませんでした。ただ、ダラウゴンはその額環を娘に渡すらしいのです。ダラウゴンの娘が額環の力を得ると私達は大変な事になります。それにあの額環は私のもの。取り返してもらいたいのです」
メローラは涙を浮かべながらトライデンに続いて説明する。
その涙を見てレイジ達は顔を見合わせる。
「あの~。ちょっと待って下さい。海神ダラウゴンと戦う事になると思うのですが……、その私達、あんまり海の中での戦いになれていないんですが」
チユキは懸念を表明する。
そもそも、レイジやチユキに他の仲間達も陸の上で生きる者だ。
海の中では実力を充分に発揮できないだろう。
相手が弱ければ良いが、ダラウゴンの実力は未知数だ。
過去に相手の領域で戦って苦戦した事もある。
慎重になるのも当然であった。
「それならば問題はない。奴らは常に海の中にいるとは限らないからだ。出て来た時を狙えば勝てる可能性が高い」
トライデンは笑って言う。
「海から出る? 相手は海の中から出なくても生きていられるのに? どう言う事なの? もしかして、誘い出す方法があるのかしら?」
「いや誘い出す方法もあるかもしれないが、そうではないのだ。実はダラウゴンを信仰する人間達がいて、その者達が住む地にダラウゴンをはじめムルミルの者が立ち寄る事があるのだ。かなり、頻繁に立ち寄る事があるらしいので、遠くから監視をしている最中だ」
チユキが疑問を口にするとトライデンは首を振って答える。
ダラウゴンを崇める秘密教団が陸上にあり、その者達が作った街がある。
トライデンは密かにその街を監視しているようであった。
「そのような場所があるのですの? 海神ダラウゴンは怖ろしい容貌の邪悪な者だと聞きますわ。どうして、信仰するのかしら」
「確かにわからないな、キョウカ。しかし、なぜそんな者達の住処を放置しているんだ?」
レイジは疑問を口にする。
「それは潰しても、新たな場所を作られるからだ。次はもっと巧妙に隠れられたら面倒な事になる。ダラウゴンを倒す事ができたら、もはやそのような場所を作られる事もないかもしれないが……。私ではダラウゴンには勝てないのだよ」
トライデンは首を振って答える。
トライデンは続けて説明する。
海の中でのダラウゴンは強く、トライデンはメローラの支援魔法でなんとか互角である。
陸の上でもかなり強く、また陸の上ではメローラの支援を受ける事ができないので、やはり勝てないのである。
「アルフォスの力を借りる事が出来れば良いが、奴も色々と忙しいらしく、中々手を借りる事が出来ずにいる。そなた達の事は聞いていたが、レーナに遠慮して今まで声を掛ける事ができなかった。しかし、そうも言っていられなくなった」
トライデンはそう言ってレイジを見る。
その瞳には何か思う所があるようであった。
「どうだ。光の勇者レイジよ。私の元に来るつもりはないか。もし来てくれるのなら娘達を嫁にやろう」
トライデンがそう言った時だった。
マーメイドの姫達が嬉しそうな声を出す。
「申し訳ないが、それは受ける事ができない。俺はレーナの勇者だからな。しかし、美しい姫君達のために力を貸そう」
レイジは首を振る。
マーメイドの姫達は先程とは違い不満そうな顔をする。
もっとも美しい姫と呼ばれたのでその不満は小さそうであった。
「まあ、当然よね。エルドにはサホコさんもいるのだから」
チユキは小声で呟く。
「そうですね。当然です。しかし、ただ働きはいけません。後で報酬を要求しましょう」
カヤはそう言って不敵な笑みを浮かべる。
そのカヤの言葉を聞いてチユキはじめとした女性陣は苦笑いを浮かべるのであった。
◆
話がまとまり、レイジ達のための宴がアトランティアで始まる。
レイジにはマーメイドの姫達が取り囲み、チユキ達女性陣にはトリトンの若者達が接待してくれる。
「まあ、いつもの事よね……」
「そうだね。本当にいつもの事だね」
「そうっすね」
チユキが複雑な視線でレイジとマーメイドの姫を見るとリノとナオが頷く。
「まあ、レイジ君は人気があるから、それにしても鯛や鮃が舞い踊るなんてね」
シロネは魚達が躍る光景を見て微笑む。
鯛や鮃だけでなく、色とりどりの魚達が躍るように泳いる。
チユキ達はそれを見て楽しむ。
「ふふ、竜宮城にいる感じがしますわね」
お酒の入った杯を持ったキョウカが楽しそうに答える。
少し酔っているみたいだ。
海の中だというのに杯の中のお酒はこぼれる事なく収まっている。
全く不思議な飲み物であった。
「皆様。楽しんでいますでしょうか?」
チユキ達が話をしているとトルキッソスがやってくる。
トルキッソスはチユキ達女性陣の接待役代表であり、飽きさせないように色々と差配してくれている。
「ええ、楽しんでおりますトルキッソスさん。でも報酬は別に要求しますよ」
カヤは少し意地悪な表情を浮かべる。
例えどのような相手にもきちんと筋を通す。
チユキはそんなカヤをさすがだと思う。
「もちろん、そのような事は申しません。僕が不甲斐ないばかりに……。皆様の大切な方をその……」
トルキッソスはレイジと姉の様子を見て言いにくそうにする。
見た目通りトルキッソスは戦いに向いていない。
トライデンがレイジを婿に迎えたいと思っているのはトルキッソスでは不安だからだろう。
自身の大切の人が他の異性に言い寄られて良い気分になるはずがない。
その事に気付いているトルキッソスはチユキ達に謝っているのだ。
「別に良いわよ、トルキッソス君。まあ、いつもの事だしね。それよりも別に海神ダラウゴンを倒さなくても良いんだよね?」
チユキはそう言って話題を変える。
そもそも、今回呼ばれた理由はダラウゴンの娘であるトヨティマがセアードの額環の持ち主になるのを止めるためだ。
だとすれば戦わずに済ませる方法もあるはずであった。
「はい、セアードの額環に新たな持ち主が現れなければ問題ありません」
トルキッソスは頷く。
「新たな持ち主。つまりは海神の娘っすね。どんな姿なんすかね」
ナオがトルキッソスに聞く
「恐ろしい姿をした女神です。その姿を見せましょう」
トルキッソスはそう言うと魔法を使う。
トルキッソスの掌の海水が揺らぎ、何かを映し出す。
「うっ、これはかなり個性的な外見だね……」
リノは映し出されたトヨティマの姿を見て言う。
鮫のようなギザギザの歯が生えた魚の顔の女性。
トヨティマは大きくぶよぶよとしてとても醜い姿であった。
「滅多に表に出てきませんが、恐ろしい性格をした女神だと言われています。彼女の姿を見た人間の船乗りは恐怖で立ち直れなくなるそうです」
トルキッソスは首を振って答える。
説明によるとトヨティマによって多くの人間が犠牲になっているようであった。
なぜトヨティマがそんな事をするのかはわからない。
しかし、そんな彼女がセアードの額環を手に入れたらさらに被害が拡大する恐れがある。
船乗りの守護者と呼ばれるトルキッソスとしては何とか阻止したいようであった。
「額環を取り返さないとセアードの内海で生活する人達が困ることになるんだね。何とかしないと」
「そうですわ。困っている方達を見捨ててはおけませんわ」
シロネとキョウカが口々に言う。
「そうね。でも無理は禁物よ。相手の実力もわからないのだから、慎重に行きましょう」
チユキはそう言って話をまとめるのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
先週は休んでごめんなさい。おかげで書類の作成ができました。
次回はダラウゴン秘密教団の街のお話です。
それにしても、登場人物多すぎですね。
マーメイドの姫は全部覚える必要はないです。
饗宴ももっと情景を事細やかに書きたいのですが、実力が足りませんでした。
また前回加筆しようかと思いましたが、上手くいかないです(´-ω-`)
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