第3話 ビュルサ女王国

 ビュルサ女王国は西大陸の北東、セアードの内海に突き出している半島の先端にある。

 セアードの内海の南に接している地域なだけに周辺は砂漠地帯であり、ジプシール同様、雨が降りにくく乾燥している。

 ビュルサ女王国はそんな砂漠にある国であり、西大陸で最大の人間の国家だ。

 そもそも、西大陸は人間の国が少なく、それも北部沿岸地域にしか存在しない。

 南に向かい砂漠を超えた地域には蜥蜴人やその他獣人の集落があり、人間が入れば生きて帰れるかわからない。

 ビュルサ女王国の市民は約5万。非市民を含めると10万を超えるだろう。

 その非市民の多くは船乗りである。

 そもそも、ビュルサ女王国はセアードの内海の海上交易で栄えた国で、セアードの内海の沿岸諸国の船が立ち寄る。

 そんなビュルサ女王国を治めるのはディドラという名の女性であり、代々同じ名前を襲名する。

 初代ディドラは流浪の王女で、兄から祖国を追われた後、付き従う者と共にこの地に王国を築いた。

 建国の時にトライデンの助けもあった事から、この国ではトライデンを信仰する者が多い。

 海王トライデンは海と船乗りの神であり、ビュルサ女王国は海との関係が深いのである。

 そんなビュルサ女王国に光の勇者レイジとその仲間達は来ていた。



 風を感じチユキは窓を見ると窓から陽光と共に潮風が入ってくる。

 時刻は昼であり、多くの人々が休みを取っているだろう。

 砂漠の地においては日中の暑い時間は陰で休みを取るのが一般的で、窓から見える港の人影もまばらである。

 チユキが滞在している館は丘の上にあり、ビュルサ女王国の港が一望できる。

 港の様子はチユキ達がいた世界とほとんど変わらないだろう。

 しかし、決定的に違うところがある。

 港と住宅街の間には城壁があるのだ。

 この世界では侵略者は船に乗って来るとは限らない。

 海の中に住む魔物達を警戒しなければならない。


「ジプシールとはやっぱり違うわね」


 チユキは窓から外を見て呟く。

 ビュルサ女王国はジプシールにある国々と違い人間だけの国だ。

 ごくわずかに海エルフのネレイドが住むことがあるらしいが、それは本当に例外であり、人間以外はいないと考えた方が良いだろう。

 

「確かにな。まあ、獣人がいないのだから当たり前か。それにしてもサホコも一緒に来る事が出来たら良かったのだけどな」


 側に来たレイジが言う。

 サホコは最近留守番が多い、サーナが成長したら色々な所に連れて行ってあげようと思う。

 

「仕方ないよ。サホコさんにはサーナちゃんがいるんだし、後で映像を見せてあげようよ。人魚さん達の王国か楽しみだな〜」


 リノは楽しそうに踊りながら言う。

 そもそもチユキ達がこの国にいるのはセアードの内海に住むマーメイド達から助けて欲しいと連絡が来たからだ。

 チユキはその時の事を思い出す。

 ある日トリトン族の青年が来て時の事を、その彼の案内でこの国へと来たのだ。


「確かに楽しみっすね。噂通り綺麗だと良いんすけど」


 ナオは心配そうに言う。

 人魚は美しい種族との噂だが、あくまで噂だ。

 実際はどうなのかわからない。

 そのためナオは心配する。


「それについては大丈夫かもしれません。使者に来られた方の容姿を見る限り、安心して良いと思われます」


 そう答えたのはカヤだ。

 使者は美男子だったのである。 

 しかも、面食いのカヤが唸るほどだ。

 表情に出ていないがカヤも楽しみなのかもしれなかった。


「御伽噺に出てくる人魚さんに会えるのは楽しみだけど……。少し心配なところもあるな。だって、遊びに来たわけじゃないだもの。私の剣が通じるかなあ。海の中だと勝手が違うし」


 剣の素振りをしながらシロネは心配そうに言う。

 シロネの言う通り遊びに来たわけではない。

 セアードの内海ではマーマンとマーメイド達が争っている。

 そのマーメイド達を助けるために来たのだ。

 つまり、高い確率で海の中で戦うことになる。


「確かにそうですわね。折角爆裂魔法が上手く使えるようになったのですのに」


 キョウカは残念そうに言う。

 魔法が上手く使えなかったキョウカは練習の結果上手く使えるようになった。 

 しかし、海の中では爆裂魔法が上手く発動できるかわからない。

 練習しようにも、場所がない。

 水の中で使えば生態系を破壊するかもしれなかった。


「悩んでも仕方がないさ。向こうが勝手に呼んだんだ。勝手に失望されても気にする必要はない。俺達は海の中を楽しもうじゃないか」


 レイジは気楽に言う。

 ポジティブな考え持つレイジは相手が自身をどう思おうが気にしない。

 チユキは過去、レイジのその性格に助けられた事がある。

 周囲から期待をされて、その重圧に押し潰されそうになった事のあるチユキにとってその性格は羨ましいことであった。


「まあ、それもそうね。気にしても仕方がないか。それにしてもいつまでここで待っていれば良いのかしら?」


 チユキは館を見る。

 この館は使者としてきたトリトン族の青年が用意したものだ。

 館は広く、館の使用人達が世話をしてくれるので、生活には困らない。

 しかし、いつまでここにいれば良いのかわからないので不安になる。

 そんな時だった。

 扉が叩かれ館の使用人が使者の来訪を告げる。


「お待たせいたしました。光の勇者レイジ様」

 

 扉が開かれ誰かが入ってくる。

 入ってきたのは1名の美人だ。

 エメラルドのように輝く緑色の髪に虹色に輝く瞳、肌は白く、見る者の目を引く。

 入ってきた者の名はトルキッソス。

 美少女と言っても良い容姿だが、彼は男性である。

 海王トライデンと人魚の女王メローラとの間に生まれた海の王子であった。

 トリトンはトライデンの子という意味があるので、彼こそが真のトリトンと言える。

 

「もう、遅いよ、トルキッソス君。待ちくたびれちゃった」


 リノが可愛らしく文句を言う。

 もちろん本気で怒っているわけではない。

 美しく可愛らしいトルキッソスを前にして本気で怒れるわけがない。


「えっ、あっ申し訳ございません。リノ様。船の用意が少し遅れてしまったのです」


 トルキッソスは頭を下げて謝る。

 彼は見た目通り気が弱い。

 良くこんな可愛い子を遥か遠い東の地まで使者として送ったものだとチユキは思う。

 実際に何度も男性に襲われそうになったらしい。

 その度に幻惑の魔法で逃げていたそうだ。

 チユキ達のいるエルドに来た時には可哀想なくらいやつれていた。

 

「リノ様、そのような言い方は…。トルキッソスさん。お待ちしていましたよ」


 男には厳しいカヤが珍しく優しい声で言う。

 もっとも、美少女顔のトルキッソスには何となく優しくしてしまいそうになる。

 言われてリノはごめんねと可愛らしく手を合わせる。


「ああ、待ったぜ。船と言う事は、ここから船に乗って行くのかい」

「は、はい。勇者様。僕達の住む都は西セアードの真ん中にありますので、途中まで船で行きます。ただ、そのために用意した船がマーマンに襲われまして、代わりの船を探していたんです」


 トルキッソスは謝る。

 この世界には海賊は存在しない。

 代わりに脅威となるのがマーマン達、海の民だ。

 彼らは人間の男性を敵視しているので船を見ると襲って来るのだ。

 通常の人間では海の上でマーマンに敵う者はいない。

 素早く港から港へと移動してマーマンに出会わないようにするしかないのである。

 船を出さないという手もあるが、海上貿易は多くの利益をもたらすので、命知らずな船乗りは絶えない。

 ある意味彼らは真の冒険者と言えるだろう。


「なるほどね、まあ良いわ。それじゃあ行きましょう。西方の食事も充分に楽しんだし、もう良いわよね、みんな」


 チユキが言うと仲間達は頷く。

 西方の食事は少し辛めの味付けが多く、東方の食事に慣れたチユキ達にとって新鮮だった。

 それを楽しんだので、未練はない。

 それにまた来れば良いのである。


「それでは皆様をご案内します。僕らの都。珊瑚の庭園に囲まれた麗しの都アトランティアへ」



 

 海の中を人魚の女王メローラは移動する。

 向かうのはセアードの内海の中央部にある祠である。

 祠は西セアードにあるアトランティアと東セアードにあるムルミルの中間、サイクロプス島のすぐ近くにある。

 

「女王様、危険です。すぐに戻るべきです。ムルミルの者達に見つかってしまいます」


 側近のマーメイドが戻るように言う。

 セアードの内海ではマーマンとマーメイドが争っている。

 戦況はマーマンの方が優勢である。

 そもそも、マーメイドには戦う力がない。

 そのため、実際の戦闘ではトリトン達が戦う。

 トリトンとはトライデンの息子という意味で、人魚と交わる事で海の中で活動する力を得た陸に住む男性達の事だ。

 その大部分は人間で、マーメイドを守る海の騎士となっている。

 しかし、元々陸に住む種族だったので海の民であるマーマンと水中戦では後れを取る。

 海の中ではマーメイドの魔法の歌で支援してようやく互角である。

 そのためかセアードの内海ではメローラの拠点であるアトランティア周辺以外ではマーマン達が優勢である。

 メローラとしては何とかしたい所であった。

 ここに来たのはそのためである。


「危険なのはわかっています。でも、そうは言っていられないわ。貴方達はここで待ちなさい」


 メローラはそう言うと祠の中へと入っていく。

 

「おや、また来たのかい? そんなにこられても困るんだけどね……」


 祠の中にいた者がメローラを見て言う。

 その者の上半身は人間の老婆のようだが、下半身がタコのようになっていて、髪はイソギンチャクの触手のようにうごめいている。

 その顔はとても醜く、見る者に恐怖をさせる。


 老婆の名はカリュケラ。


 数多くいる海の女神の1柱だ。

 深海の魔女と呼ばれ、スキュラ達が崇める神でもある。

 そのカリュケラはかつて闇の大母神ナルゴルに仕えていて、海の賢神アンモンの妻だ。

 メローラの魔法の師だ。普段はアンモンとも離れここに住んでいる。



「急な来訪を許して下さい、先生。前に聞いたお返事を聞きたくて」


 メローラは頭を下げる。


「駄目だね。わたしゃ、ダラウゴンの敵に回るつもりはないよ……。はあ、全くどうしてこうなっちまったんかねえ。トライデンを助けたらこうなるって忠告したはずだよ」


 カリュケラは溜息を吐く。

 トライデンとメローラが出会ったのは昔の事だ。

 ナルゴルとの戦いでトライデンは傷つきセアードの内海へと落ちた。

 そのトライデンを助けたのがたまたま近くを泳いでいたメローラである。

 運命ともいえる偶然出会った。

 普段海の中でしか生活しておらず、男といえば醜いダラウゴンしか知らなかったメローラにとって衝撃だったのである。

 メローラは恋してしまい、死にそうなトライデンに自らの命の半分を与えて、助けたこれによりトライデンは海の力を得たのである。

 これはダラウゴンに対する裏切りであった。

 しかし、メローラにとってはどうしようもなかったのである。

 命が助かったトライデンはその後エリオスに戻ったが、度々セアードの内海へと戻り、メローラと密会を続けた。

 やがて、その事はダラウゴンの知る所となり、メローラは逃げたのである。

 そして、トライデンとメローラが逃げるのを助けたのがカリュケラであった。

 カリュケラとしてはダラウゴンとも親交があり、ダラウゴンを裏切る真似をしたくはなかったのである。

 しかし、弟子であるメローラを見捨てる事ができずダラウゴンに隠れて助けてしまった。

 

「お願いです。私達の味方をして下さい。もし、セアードの額環の新たな持ち主が現れたのなら、私達は滅ぼされるかもしれません」

 

 メローラはお願いする。

 セアードの額環はただの美しい装身具ではない。身に付けた者に強い水の力を与える魔法の道具だ。

 ダラウゴンの娘がセアードの額環を得たら、マーメイド達はさらに窮地に陥るかもしれなかった。

 メローラとしては何とかそれは阻止したい所である。

 女性のみが身に着ける事ができ、ほとんどが男性であるダラウゴン達が持っていても意味のない道具なのでメローラは安心していた。しかし、トヨティマが生まれた事で状況は変わったのである。


「そうは言ってもね。私はトヨティマの養母でもあるんだよ……。全く光の勇者の事を教えるんじゃなかったよ」


 カリュケラはジプシールの神とも親交があり、そこで光の勇者の事を知り、メローラに伝えた。

 そして、メローラは勇者を呼んでしまった。

 またもダラウゴンを裏切る事になり、中立でいたいカリュケラとしてはこれ以上の肩入れはできない。


「そうですか……。今日の所は帰ります、先生。でも、私は諦めません」


 そう言うとメローラは去る。


「はあ、どうしたもんかね……」


 背中からカリュケラの溜息が聞こえてくるのだった。





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 メローラとトライデンは人魚姫がモチーフ。

 この題材は他で使われまくっているので、使いどころに迷います。


 ビュルサ女王国の元ネタはカルタゴ。

 設定も結構作ったのに生かせていないです。


 後出来るだけ週一更新をしたいと思いますが、無理な時もあります。

 その時は予告なく休む事になると思いますのでごめんなさい。

 現状日曜しか書く時間がなく、折角の休みがつぶれてしまっている現状。

 書くのは楽しいから良いのですが……。別の事もしたくなります。

 

 普通に仕事をしているのでしたら、すごい才能です。

 毎日更新の人はすごいですね(´-ω-`)

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