第21話 ボティスの毒

「馬鹿な! ヒュドラがこうも簡単に押さえ込まれるだと!?」


 巨大ヒュドラを操るゴーゴンが叫ぶ。

 ヒュドラの毒が周囲に広がらないように戦わなければならなかったので、最初シロネとクーナは苦戦した。

 しかし、次第に連携が上手く行き、ヒュドラを完全に押さえ込む。

 シロネとクーナは空を飛び、ヒュドラの首を斬り落とす。


「おのれ! ヒュドラよ毒の水泡散弾ポイズンウォータースプラッシュを放て!」


 ヒュドラから放たれた、多くの毒の水弾がシロネに向かって飛んでくる。

 しかし、その水弾はクーナが作った魔法の盾によって防がれる。

 その間に距離を詰めたシロネは炎の力を宿した剣でヒュドラの首を斬り落とす。

 巨大ヒュドラの再生力は高く、生半可な火で力ではすぐに首を生やしてしまう。

 しかし、クーナが防御するので、シロネは攻撃に集中することができる。

 そのため、次第にヒュドラは首の数を減らして行く。


「シロネ!」

「わかってる! 天翼斬魔剣!」


 クーナの呼び声に応えると、シロネは剣を肩に担ぐように持ち、体を回転させて必殺の一撃を放つ。

 必殺の一撃は5本のヒュドラの首を消しとばす。


「ぐっううう! 離れろ! ヒュドラ! 簡単にやられるわけにはいかぬ!」


 ゴーゴンはヒュドラに命じて距離をとる。

 倒す事は出来なかったが、それでもかなりのダメージであった。

 

「後、もう少し。本当に厄介な魔獣だわ。他にもいるみたいなのに。このままじゃ森が荒れちゃう」


 シロネは空中で剣を構える。

 巨大ヒュドラ程ではないが、蛇女達は他にも魔獣を連れてきている。

 目の前のヒュドラに時間を取られるわけにはいかなかった。

 時間をかければ森が荒れてしまう。

 それは何としても食い止めねばならなかった。 


「シロネ。どうやら、その心配はないようだぞ」


 シロネが悩んでいるとクーナが言う。

 クーナの視線の先には巨大な何かがいる。

 それは黄金の角を持つ、巨大な鹿であった。

 

「あれは森の鹿神! 出て来たのか!?」


 ゴーゴンが巨大な鹿を見て叫ぶ。


 森の鹿神ケリュヌンノス。


 それが巨大な鹿の名だ。

 このエリオスの大樹海に太古から住む古代神であり、普段は出てくる事はない。

 季節を司り、その角が落ちると冬が始まり、角が再び生え始めると春になると言われている。

 その大人しい鹿神が表に出てくるという事はよほど蛇の眷属に怒っているという事であった。

 ケリュヌンノスの角から沢山の光の矢が飛び、蛇達を襲う。

 蛇達は対抗することが出来ず、逃げるしか出来なかった。

 蛇の眷属達を追い払うために森に生きる者達が協力して動いているようであった。

 加勢に来た緑人グリーンマン達が緑色に輝くと風が吹き、蛇達が作る毒の霧を吹き飛ばす。

 毒の霧がなくなると、森に生きる者達が蛇達に逆襲する。

 もはや勝敗は決していた。

 

「お前の負けだ。本来中立だった者達が出て来たぞ」


 クーナは叫ぶ。

 オーク達は倒れ、ゴブリン達も逃げている。

 天上でも蛇の王子達も撤退を始めているようだ。

 これでは目の前のゴーゴンも戦い続けるのは無理だろう。


「ふふん、まだよ。残念だけどボティス様の毒は残っている! お前達は凶獣の復活を指を咥えてみていなさい!」


 そう言うとゴーゴンとヒュドラは凄い速さでシロネ達から離れていく。

 逃げるようであった。

 シロネとクーナは追わない。

 追う事で暴れ回れば、森に被害が出てしまう。

 静かに去るのなら、見送るべきであった。


「ボティスの毒って何の事だろう?」


 シロネは首を傾げる。

 

「それは、おそらくあれの事だぞ、シロネ」


 クーナはある方向に鎌を向ける。

 シロネは向けられた方を見る。

 森のある部分が光るドームみたいなので覆われている。

 あの部分はドワーフの里があったはずだ。


「何よあれ!?」

「わからん。しかし、奴らの狙いは終わっていないようだぞ」


 クーナの眉を顰めて言う。


「どういう事? 何が始まるの?」


 光るドームを見てシロネは不安を感じるのだった。


 



 ボティスが去り。

 チユキ達はカータホフの砦で合流する。

 地上のオークもゴブリンも逃げてしまった。

 天上では蛇の王子も撤退している。

 つまり、チユキ達の勝ちだ。

 そのはずなのだが、チユキは腑に落ちない何かを感じていた。


「天使さん達でも、あの結界は破れないみたいだね、チユキさん」

「そうね、リノさん。蛇の王子達の狙いはドワーフ里。エルフの都を襲ったのも、全てあの結界を張るための布石だったのね」


 チユキはリノに頷く。

 魔法の映像で天使達が結界を破ろうしているが、上手くいっていない姿が映っている。


「確かにそうっすけど、あれ意味なくないっすか? 確かに救援は難しいっすけど、敵さんだって攻め込むだけの兵を送る事は出来ないっすよ」


 ナオの言葉にその場にいる者全員が顔を見合わせる。

 確かにナオの言う通りなのである。

 蛇の王子がドワーフの里を落とせる程の兵を向かわせた様子はない。

 狼達がいるだけだ。

 ドワーフ達は多くの兵力をエルフの都に救援として送ったが、それでもまだかなりの数の戦力を残しているとチユキは聞いている。

 狼だけなら、守りきれるはずだ。

 そんな時だった。

 突然森が揺らいだような気がする。


「何? 今の?」


 先程戻って来たばかりのシロネが驚いて立ち上がる。

 

「強力な波動!? 凶獣が目覚めようとしているのか!?」


 側にいたニーアも驚いた顔をしている。

 チユキは波動と共に、狼の咆哮が聞こえたような気がした。

 結界で遮られているにもかかわらずだ。


「こ、これは不味いんじゃないっすか?」


 映像を見ていたナオが声を出す。


「うろたえるな、お前達。心配する事はないぞ」


 チユキ達が慌てている中で、ただ1人クーナだけは落ち着いている。


「えっ? どういう意味なの?」


 リノは不思議そうに聞く。


「確かに蛇共は何かをしていたのだろう。しかし、奴らも誤算だったはずだ。あの中には最強の壁がある事をな」


 クーナは笑う。

 チユキも意味がわからず首を傾げる。


「そう……。なるほどね。貴方が落ち着いている意味がわかったわ」


 そんな中でシロネはクーナを見て睨む。


「えっ? どういう事なの? シロネさん?」


 疑問に思ったチユキは聞くがシロネは何も答えない。


「ナオもわかったっすよ。良く考えたらおたくさんが1人だけで来ているはずがないっすよね。彼も来ているっすね」

「あっ!? そういう事か!? レイジ君に勝った彼があの結界の中にいるのね」

 

 チユキはようやく気付き、結界の方を見る。

 シロネの幼馴染にして、ナルゴル最強の暗黒騎士。

 その最強の壁が結界の中にいる。

 勝敗の行方は結界の中で決まるようであった。

 


 





 突然結界が出来て、クロキ達は閉じ込められてしまう。

 そして、狼人の群れがドワーフの里へと向かって来ているようであった。 

 クロキとドワーフ達は会議室に集まって相談する事にする。

 ちなみにレーナとエルフはいない。

 特に話し合うつもりはなく、コウキの自主練習に付き合っている様子であった。


「大親父様。奴らは何を考えているのでしょう? あの程度の数でここを落とすつもりなのでしょうか?」


 ドワーフ王アーベロンが首を傾げてヘイボスに聞く。

 かつてない敵の攻勢に心配になったドワーフの神ヘイボスはこの地へと降りて来ていた。

 ヘイボスは考え込むように長い髭を触る。


「わからぬ。暗黒騎士よ。お主はどう思う」


 ヘイボスに問われクロキは首を傾げる。

 アーベロンの言う通り、狼の数は多いがここを落とせる程ではない。

 ゴーレムの防衛部隊はかなりの数が残っている。

 簡単に守れるだろう。

 しかし、何かが引っかかっていた。

 これだけ、大掛かりな結界を張っておきながら、ただ救援させないようにしているだけとは思えないのである。


「わかりません。何かを仕掛けてくるのでしょうが……」


 クロキがそう言うとドワーフ達が考え込む。

 何かしてくるのは間違いない。

 何時でも暗黒騎士の姿になる用意は出来ている。

 しかし、何をしてくるかわからないのは不気味であった。


「まあ、とりあえず。狼達を撃退しなければなりませんな。ん? どうした?」


 アーベロンが撃退の指示を出そうとした時だった。

 部屋の外が騒がしくなる。

 

「どうした!? 何があった!?」


 ヘイボスが叫ぶと、一名のドワーフが入って来る。


「大変だ! ゴーレム達が突然いう事を聞かなくなった! 暴走しているぞ!」

「何だと!?」


 その場にいた者達が立ち上がると様子を見るために部屋を出て行く。

 魔法の映像で、ゴーレム達が暴れまくっている様子が映し出される。


「いかん! これでは狼達を抑えられん! 急いでゴーレム達を元に戻すんだ! それから、地下のゴーレム達を調べるんだ!」

 

 アーベロンが部屋を出て行く。

 その顔色が悪い。

 狼を迎え撃つゴーレムが使えなくなり、むしろ敵になったのだ。

 慌てるのも無理はない。 

 

「何が起こっているのだ!? まさか、奴らの中にゴーレムを操れる者がいるのか?」


 多くのドワーフが去り、ヘイボスは首を傾げる。

 するとまた誰かが入って来る。


「ゴーレムを暴走させていた者を捕えたぞ!」


 入って来た複数のドワーフ達の中に縛られた者がいる。

 奇妙なドワーフだった。

 ハサミになった義手をつけて、痩せている。

 鼻は大きく、眼が血走っている。


「お久しぶりでございます。大親父様」


 縛られたドワーフはヘイボスに頭を下げる。


「お主はリベザル!? なぜ、お主が!?」

「申し訳ございません……。ですが、このリベザルはもうどうしようもないのですよ。この腕になり、何も作れなくなりました。大好きだった物づくり、それが出来ないのなら全て壊れてしまえとね……」


 そう言ってリベザルは笑う。

 その目は狂気に染まっている。

 

「そのような理由で、ゴーレムを暴走させたのか?」

「はい。それ以外にも、このリベザルが過去に作ったゴーレムを地下へと潜り込ませました。凶獣を解き放つために。キシャシャシャシャシャ」


 リベザルは気持ち悪い笑い声を出す。


「お主は腕の良いゴーレム職人だった。優秀なノーム使いであった……」


 ヘイボスが悲しそうな顔をする。


「ああ大親父様。このリベザルは貴方が眩しかった。貴方を超える職人になりたかった……」


 リベザルは自身の義手を見る。

 どうにもならない気持ちを持て余しているようであった。 


「連れていけ、牢獄に入れるのだ」


 ヘイボスが言うとドワーフ達がリベザルを連れて行く。


「ヘイボス殿。あの者は蛇に騙されているのです。そうでなければ、蛇達と一緒にいる理由がわかりません」


 滞在している間、クロキはリベザルの事を聞いていた。

 腕の良い職人であったが、その腕をなくして気が変になってしまった哀れなドワーフ。

 そこを蛇の者達に目を付けられたのである。


「慰めてくれるのか暗黒騎士。すまんな。しかし、今はそれどころではないぞ。この状況を何とかせねばなるまい」


 ヘイボスは溜息を吐く。

 狼達が攻めてきて、防御の要のゴーレムが暴走してしまった。

 そして、凶獣の封印が解かれようとしている。


「ゴーレム達が暴走しています! どうなっているの!?」


 また、誰かが入って来る。

 今度はレーナだ。

 足元にはコウキがいて、後ろにはエルフ達もいる。


「レーナか? まずい事になっている。凶獣の封印が解けそうなのだよ」

「なっ!?」


 ヘイボスが言うとレーナは驚いた顔をする。

 

「おそらく全ての封印を解くには時間がかかるはずだ。これから、地下に入り、再び新たな封印の鎖で繋がなければいかん。このヘイボスが行かねばなるまい」

「大親父様! 危険です! あそこは危険な場所です!」


 ヘイボスがそう言うとドワーフ達が止める。

 ヘイボスが入ろうとする場所は破壊の女神ナルゴルの地下宮殿であった場所だ。

 そこには神族かそれと同等の種族しか入る事が出来ない。

 弱い生き物が入れば、闇の力で命を吸われてしまうだろう。

 だから、ドワーフ達は直接入る事はせず、命なきゴーレムに地下の管理をさせているのだ。

 それに、ナルゴルの残した強大な魔物も残っている。

 かなり、危険な場所なのである。

 止めるのも無理はなかった。


「だが、今ここで凶獣を止めねばならぬ」


 ヘイボスはリベザルがした事に責任を感じているようであった。

 それに、凶獣が噂通り危険な相手なら、ここで止めねばならないだろう。


「ヘイボス殿。自分も行きます。このために自分はいるのですから」

「すまんな……。本来ならお主はこの争いには無縁のはずなのに……」

「いえ、無縁ではありません。自分もこの世界を壊したくないのです」


 クロキは首を振って答える。

 クロキもまたこの世界の住人のつもりだ。

 無縁だとは思っていない。

 この世界を壊そうとする者達とは戦うつもりである。

 

「わかった共に行こう。お主がいてくれて良かった」


 そう言った後、ヘイボスはレーナを見る。


「わかっているわ、ヘイボス。貴方達がいない間、ゴーレムと狼は私が押えます。行ってきなさい」


 視線に気付いたレーナが頷く。

 結界のために救援は来ない。

 強力なゴーレムを押えるにはレーナの力が必要だ。

 クロキとヘイボスは会議室を出て地下へと向かう事にする。

 そして、コウキの横を通り過ぎようとしたときだった。


「クロキ先生。また剣を教えて下さいますか?」


 コウキはクロキを見上げて言う。


「うん、また機会があったらね。その間、自分が教えた事を反復して練習するんだよ」


 クロキは床に膝を付き、コウキの頭を撫でる。

 クロキにはコウキが強い剣士になれるのかどうかはわからない。

 だけど、強くなろうとするコウキに全力で応えたつもりだ。

 次に会う時はもっと強くなっていて欲しいと思う。

 クロキはコウキに微笑むと立ち上がり、凶獣が待つ地下へと向かう。

 この世界を守るために。

 

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★



更新です。

天翼斬魔剣は3章でシロネが使った技。覚えている方はいますか(>_<)?


また、いよいよクロキが動きます。


そして、ケリュヌンノスの元ネタはケルヌンノス。

ケルヌンノスは生と死を司る鹿の角を持った神。

角の生え代わりを見た人々がそこに神秘性を感じたようです。

それにしてもケルヌンノスは〇の〇け姫のシ〇ガミ様みたいですよね……。

だから、巨大化するのです。特に意味はないけど、似た神様を登場させました。

再登場はたぶんしない……。


コメントへの返信が少なく申し訳なく思います……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る