第13話 激おこ女神の降臨

 知恵と勝利の女神アルレーナは天界エリオスでもっとも美しいと言われている。

 通称レーナと呼ばれる女神は光り輝く髪に、深い青色に星が見える瞳を持ち、見る者を魅了する。

 神妃フェリアや愛と美の女神イシュティアも美しいが、瑞々しさという点ではレーナの方が上である。

 そのレーナにルウシエンが出会ったのは100年以上も前だ。

 ハイエルフは天上の神々に仕えるためにエリオスに昇る者がいる。

 姫であるルウシエンも仕えるためにエリオスへと昇った。

 一つ一つの雲が虹の橋で結ばれて、その上に広がる空中庭園には輝く白磁の宮が立ち並ぶ、美しい場所で、その美しさはエルフの都アルセイディアを超える。

 その場所で、ルウシエンはレーナに仕える事になった。

 凛として美しく、数多の戦乙女を従えるレーナは正に天上の美姫と呼ばれるにふさわしい。

 天界の男神達だけでなく、天上にいる若い女神や女性天使達もレーナに憧れる。

 それはルウシエンも同じである。

 側に仕えている時はその一挙一動に目を奪われた。

 アルセイディアに戻った後も、ルウシエンはレーナを時々思い出していた。

 そして、そのレーナがルウシエンの後ろに立っている。


「久しぶりね、ルウシエン」


 レーナはゴミを見るような目でルウシエンを見る。


(ええと? 何でここにレーナ様が?)


 ルウシエンは訳が分からず、混乱する。

 だけど、ここにいる事以上に訳が分からない事があった。

 久しぶりに会ったレーナはかなり怒っている。

 ルウシエンはその理由がわからない。

 美しい眉の左右が吊り上がり、青い瞳は冷たく、見られているだけでルウシエンは背筋が凍りそうだった。


(ええと、何でそんな目で私を見るの? 私が何をしたの?)


 憧れていたレーナが、ルウシエンをゴミのような目で見る。

 その事にルウシエンの心は張り裂けそうだった。


「ああ、ああ」


 ルウシエンが泣きそうになった時だった、近くにいるコウキが泣き声を出す。

 ルウシエンは顔を戻す。

 コウキは目に涙をいっぱい浮かべてレーナを見ている。


「か、母様!!」


 コウキは叫ぶとレーナの元に一直線に向かう。

 レーナは身を屈めコウキを受け止める。

 コウキはレーナの胸にしがみつき泣きじゃくる。


「母様! 母様あ!」

「もう、コウキったら、強い子は泣いてはいけません。それに、母はいつでも貴方を見守っているのです。ですから寂しくないはずですよ」


 レーナがそう言うとコウキは離れる。


「は、はい。御免なさい母様……。もう泣きません。絶対に強い子になります。父様のような強い騎士になります」

「ふふ、良い子ね、コウキ。貴方なら、きっと立派な騎士になれるわ」


 コウキの頬に手を当てるとレーナは優しそうに微笑む。

 完全にルウシエンは蚊帳の外だ。


「あ、あのレーナ様。その~、コウキの事を知っているのですか? それに母様って……」


 ルウシエンは気になった事を聞く。


(レーナ様はコウキの事を知っていた。それに母様とはどういう事だろう? はっ!? まさか、コウキはレーナ様の子?)


 ルウシエンはコウキを見る。見比べるとどことなくレーナに似ている。


(間違いない!? でも、いつの間に! 相手は誰なのっ!!? まさか勇者レイジ!?)


 ルウシエンは思考を巡らす。

 コウキの父親で一番可能性が高いのは光の勇者レイジである。

 レーナに言い寄る男は多いが、噂になったのはレイジだけなので、そう考えるのが自然である。


(しかし、まさかレーナ様を孕ませていたなんて……。だから、コウキをあの国に……)


 ルウシエンは驚愕の事実に愕然とする。


「さて、コウキ。ちょっと眠っていてね。このドぐされエルフに仕置きをしなくてはいけないから」


 レーナがそう言うとコウキは突然力が抜けたように倒れそうになる。

 レーナはコウキを優しく受け止めると近くの長椅子に寝かせる。

 そして、レーナは冷たい目でルウシエンを見る。

 ルウシエンは身の危険を感じ後ろに下がる。


「ルウシエン。貴方は私のコウキをたぶらかし、秘密を知ってしまったわけだけど……。さて、どうしてくれましようか?」

「ひいいい」


 レーナが近付くとルウシエンは悲鳴を上げる。



(怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 殺されるっ!)


 ルウシエンは知ってはならない秘密を知ってしまった事を知る。

 誰もが憧れる天上の美姫に子どもがいると知られたなら、男神達が騒ぎ出すだろう。

 その後孕ませた勇者と争いになるのは間違いないので、秘密にするのも当然であった。


「言いません! 言いません! レーナ様が勇者との間に……、あれ?」


 そこまで言いかけた時だった、ルウシエンはおかしな事に気付く。

 コウキは父親がナルゴルにいると言っていた。

 だとするとコウキの父親は勇者でない事になる。


「何でそこでレイジが出てくるのかしら? 彼がコウキの父親のはずないでしょう」

「え、それじゃあ……。コウキの父親は……」


 ルウシエンは首を傾げる。


「ええ、教えてあげるわ。もっとも、その事を誰にも言えないでしょうけどね」


 レーナの右手が光る。

 ルウシエンはその手から強大な魔力を感じる。

 レーナはエリオスの女神の中でも上位の魔力を誇る。

 ハイエルフといえども抵抗する事が難しい。

 レーナはルウシエンの頭を掴み持ち上げる。


「ひいいいいい!」


 ルウシエンは豚のように悲鳴を上げるのであった。






 エルフの都アルセイディアの中心にある琥珀の宮はエルフの女王が住む場所である。

 来客用の館はドワーフ達に最上の部屋を使われたので、チユキ達は琥珀の宮の一室をあてがわれた。

 夜になり、そこでチユキ達はもてなしを受ける。

 窓の外を見ると星明り中、巨大な黄金の樹が輝きアルセイディアを照らす。

 街の中も夜光花が輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す。

 アルセイディアが夢幻の都と呼ばれるのも夜景の美しさによるものだ。

 目の前では多くの美童達が歌い踊っている。

 面食いのエルフ達が集めただけあって、全員顔が整っている。

 将来はかなりの美男子になるに違いなかった。


「偉大なる黄金樹の麓にて、

 小妖精フェアリー達は喜び踊る。

 美しき乙女達の甘い歌声が奏でられ、

 花が綺麗に咲き誇る。

 そこは夢幻の都アルセイディア。

 麗しき女王が守る地に、

 天上の神々の祝福あれ」


 チユキは少年達のボーイソプラノを聞く。

 彼らの衣装は白く丈の短い。

 しかも、下に何も履いていないらしく、可愛らしいものがぴょこぴょこ見えている。

 前のチユキなら赤面してまともに見る事ができなかっただろう。

 しかし、ブルルルンを見た今のチユキはあの程度では動じない。

 むしろ、「おい少年! もっと足を上げたまえ!」と口笛を吹きたいぐらいである。

 

(私も成長したなあ)


 チユキは「ふふん」と笑いながら、少年の股間を眺める。


「なんか……、おっさんぽくなったすねチユキさん」


 チユキの様子を見ていたナオが失礼な事を言う。


「ちょ、ちょっと!? どういう意味よ、ナオさん?」

「いや何でもないっすよ、チユキさん。それにしても中々珍しい食事っすね」 

「何だか話をごまかされた気がするけど、深く聞きたくないから良いわ……。確かにそうね、ナオさん、エルフの国なだけあって珍しい物が並んでいるわね」


 ナオの言う通りチユキ達の目の前にはエルフの食事が並んでいる。

 どれも、珍しい物ばかりだ。

 チユキはパンの樹から取れたパンの実を取る。

 パンノキという植物はチユキ達がいた元の世界にもあるが、それとは全く違う植物だ。

 何故なら文字通りパンが樹に出来るからだ。

 形も丸パンで、味もパンそのものだ。

 次にバロメッツの羊の焼肉である。

 バロメッツの羊は草木から生まれる羊だ。

 羊毛は衣服の素材になり、肉は食用になる。

 その肉を食べると、味は少し蟹に似ているが美味しかった。

 このアルセイディアは農業が盛んであり、珍しい食べ物がいっぱいある。

 チユキは次に黄金樹から取れた果実から作られたお酒を飲む。

 この黄金酒は神々でも飲む事が難しいらしいが、特別にチユキ達に振る舞われた。

 かなりのもてなしと言えるだろう。

 他にもエルフ達はチユキ達にお土産を用意した。

 例えば小妖精の絹フェアリーシルク等がある。

 小妖精フェアリーの幼体は芋虫のような醜い外見だが、美しい糸を吐き出す事で知られている。

 その糸から作られたのが小妖精の絹フェアリーシルクであり、この世界で最高級の布地だ。

 布地は淡く光り、手触りが良く、服を作ったら素敵なものが出来る。

 この絹を貰った時のリノの喜びようをチユキは思い出す。

 チユキはリノの方を見る。

 リノは何か納得いかない顔で横を見ている。


「うう、何か納得いかないのだけど……」


 リノは横を見て言う。

 そこには白銀の髪の美少女がいる。

 もちろん白銀の魔女クーナである。

 彼女もチユキ達と同じようにもてなしを受けている。

 何故ならニーアがそうするようにエルフの女王に言ったからだ。

 そのためクーナもここにいる。

 ただ、クーナがここにいるだけなら、リノも文句を言わない。

 彼女の周りにいる美少年達が問題なのだ。

 チユキ達をもてなすために20名の美少年が給仕している。

 その半数が白銀の魔女をもてなし、半数がチユキ達の側にいる。

 リノはその人数差が納得できないのだ。

 別にニーアやエルフの女王がそうするように言ったわけではない。

 何故かそうなった。

 先程のように精神魔法を使っているわけではない。

 彼らはまるで綺麗な花に群がる蝶のように彼女に引き付けられているのだ。

 また、半数は仕方なくチユキ達の相手をしているように見える。

 普段多くの男性から崇められているリノとしては面白くないのだろう。

 そのクーナはさも当然のように美少年達を側に侍らせている。


「むう~。クロキも普段あんな風に扱われているんじゃ……」


 シロネも複雑な気持ちでクーナを見ている。

 シロネとしては幼馴染が彼女に対してお姫様を扱うみたいにしていたら面白くないので当然であった。

 その幼馴染の彼はここにはいない。

 何をしているのか聞きたいが、クーナはそれだけは絶対に答えなかった。

 シロネがヤキモキした気持ちになっても仕方がない。 

チユキはクーナを見る。

 

(それにしてもあの腰の細さで、あの胸の大きさは反則よね)


 チユキは溜息を吐く。

 クーナはまるでレーナのように美しく、少年達が引き寄せられるのも当然であった。

 少年達は彼女の気を引こうと必死だ。

 もっとも、当の本人はつまらなそうにしている。

 チユキは彼女からもっと詳しい話を聞きたいが答えてくれなさそうである。


「リノさん。シロネさん。今回彼女は私達の味方をしてくれるらしいから、今は攻撃したりしないでね」


 チユキはシロネを止める。

 クーナは今回味方らしい。

 エリオスの神々の敵は魔王だけではない。

 チユキはその事をニーアから聞かされた。

 薄々おかしいとチユキは感じていたが、やはりそうであった。

 人間の伝承では魔王は全ての魔物を支配下においているかのように書かれていたが、そうではなかった。

 チユキは改めて調べなければならないと思う。

 そして、今回はエリオスの神々と魔王の共通の敵が森に攻めてきている。

 敵の狙いはこの森に封印されている凶獣フェリオン。

 魔王側もフェリオンが復活するのはまずいらしく、クーナは隠れて様子を見に来たのだ。

 緑人達と約束したので、今は彼女と争いたくない。

 むしろ、事情が変わったので、魔王との争いを休止すべきかもしれなかった。


(魔王の事をもっと調べる方法はないかしら)


 チユキは考えを巡らせるのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


バロメッツは木綿の事を知らなかった当時のヨーロッパ人が想像した植物。

ですので、バロメッツの羊があるこの世界では木綿は存在しません。


そらからパンノキですが、実在します。

実際にパンのような食感だそうです。

今回登場したのはさらにパンっぽい設定にしました。



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