第31話 黒薔薇の庭園

 多くの死骸でできた巨大なアンデッドがクロキの目の前にいる。

 このアンデッドの巨体の前ではクロキ達の乗っている空船がとても小さく見える。

 まともにぶつかったら終わりだろう。


「どうだ! 暗黒騎士よ! モードガルの力を見せてやるぞ!」


 ザルキシスが叫ぶと、モードガルが咆哮する。

 すると、その全身から強力な瘴気の風を発生させる。

 その風を受けて空船が揺れる。

 生命力が弱い生き物が浴びればすぐに死ぬだろう。

 そのモードガルが歩くと瘴気を含んだ体液が流れ出し、大地を汚す。

 モードガルの体の表面には様々な生き物の顔が浮かび、苦痛のうめき声を出す。

 まさに動く地獄そのものであった。


「喰らえ! モードガルの千列の腐敗酸毒水泡散弾アシッドウォータースプラッシュ!」


 ザルキシスが叫ぶとモードガルの体から無数の毒々しい色をした水弾が飛んでくる。

 

「盾よ!」


 クーナが魔法の盾を展開する。

 液体は魔法の性質を持っているのか当たるたびに魔法の盾を溶かしている。

 クーナは其の度に魔力を送り、盾を補強する。


「ほう! やるな! ならばこれならどうだ! 死壊千鞭触手!」


 モードガルが複数の触手が同時に襲って来る。

 クーナの魔法盾は水弾を防ぐのに手いっぱいだ。

 だから、ここはクロキが動かねばならない。


「何の!!」


 クロキは黒い炎を出して、纏うと空船を飛び出す。

 腐敗酸毒水泡散弾が黒い炎を突き抜け漆黒の鎧を掠めていく、防ぎきれない瘴気が鎧の隙間から入り体を焼く。

 クロキは痛みを感じるが耐えてモードガルへと向かう。


「黒炎の刃よ!」


 クロキは剣から黒い炎の刃が伸びると全ての触手を斬り裂く。

 そして、剣を背中に剣を背負うように構えると、黒い炎を収束させて上段から剣を振るう。

 黒い炎が伸びてモードガルを切り裂く。黒い爆裂魔法と斬撃の合わせ技だ。

 しかし、モードガルが揺らいだだけで、倒れない。

 クロキは船へと戻る。

 倒すことは出来なかったが水弾は止んでいる。

 その隙に距離を取る。

 死の軍勢が追いかけてくるだろうが、少しは休む暇が出来ただろう。


「クロキ! 大丈夫か!?」


 クーナが駆け寄る。

 その顔は心配そうだ。結構痛い、だけど心配をかけるわけにはいかない。


「大丈夫。それよりもダメージは与えられたかな?」


 クロキは顔を上げてモードガルを見る。

 そこで信じられないものを見る。モードガルの傷が回復していく。


「無駄だよ~。モードガルはね~。この地に貯め込んだ瘴気がある限り無限に回復していくんだよ~」


 道化が楽しそうに言う。


「そのとおり! 何者か知らぬが良く知っているな! このモードガルは無敵よ! 喰らえ超魔極大真霊腐瘡蒼閃!」


 人型になったモードガルの首の箇所には首に頭は無い。その代わりにあるのは巨大な口だ。

 そのモードガルの巨大な口が大きく開く。

 中に見えるのは青白い悪霊ラルヴァの塊。ザルキシスの腹の口と同じだ。


「まずい! 闇炎壁!」

「九重魔法盾!」

「ゲロ! 虹の守り!」


 クロキとクーナとヘルカートが同時に防御魔法を唱える。

 その直後、モードガルの巨大な口から悪霊の奔流が放たれる。


「くっ! これはっ!」

「ぐううう!」

「ゲロッ!」


 クロキ達の叫び声。

 魔法の防御壁では防ぎきれない。

 空船に強い衝撃がぶつかると、そのまま吹き飛ばされる。


「グロリアス!」


 クーナを抱えて飛ぶとグロリアスに飛び移る。

 そして、吹き飛ぶ空船に先回りする。


「何の!」


 両手を上げてグロリアスと共に支える。

 おかげで、空船は地面に激突するのを免れゆっくりと落ちる。


「助かったよ……暗黒騎士。これはきついね」


 ヘルカートがふらふらになりながら降りる。

 さすがの魔女も焦っているようだ。

 そして、地に降りた空船は壊れたのか浮かび上がらない。


「急いで修理を!」


 クロキは船に乗っている者に声をかける。

 メンテナンスが出来る者も乗り込んでいるはずだ。

 急いで修理をしなければならない。


「いえ! 閣下! ここは空船を置いて逃げるべきです! 竜に乗れる閣下と飛竜に乗れる私達だけなら逃げられます! 殿下もいるのです! ここは逃げるべきです!」


 グゥノが進言する。

 確かにクロキ達なら逃げられるだろう。グロリアスにならヘルカートと数名は乗れる。

 しかし、全員は逃げられない。

 だけど、ポレンだけでも逃げるべきかもしれない。


「全員は逃げるのは無理だ。自分は残るよ。でも、確かに殿下は離れた方が良いだろうね……」

「待って下さい先生! もぐもぐ!」


 クロキがそう言った時だった。

 焼菓子を食べているポレンが奥から出て来る。


「私だけ逃げたくないです! ゴクン! 私も戦います! うぐっ! ゲホゲホ!」

「殿下……。蜂蜜水なのさ」

「ありがとう、ぷーちゃん」


 ポレンはプチナから蜂蜜が入った水を飲むとクロキを見る。


「とにかく私は逃げません!」

「殿下……」


 クロキはそのポレンの目から真剣だとわかる。

 ただ、御菓子が口の大量に周りに付いているので、いまいち緊張感がないのが残念ではある。


「クロキ。ポレンは本気みたいだぞ。腹を括るしかない」

「そうだね、クーナ。やるしかないか……」

 

 クロキは頷く。


「ゲロゲロゲロ。では、どうするんだい? 暗黒騎士? 戦うのは危険だよ。先ほどはモードガルだけが相手だったけど。次はザルキシス達も攻撃してくるかもしれないよ」


 側にいるヘルカートが言う。

 その通りであった。

 先ほどは見ているだけだが、次はザルキシスや死の眷属も来るだろう。

 それに、この地にいる死の眷属達が集まり始めている。

 グロリアスで逃げても、足止めされるだろう。逃げ場はない。

 だから、クロキは奥の手を使う事にする。


「ヘルカート殿、大丈夫です。あれを使います」

「ゲロッ? あれ?」

「はい。まだ奥の手があります。良いね、クーナ。あれを使うよ」


 クロキが言うとクーナが頷く。


「わかったぞ、クロキ。だが、あれは未完成だ。それにかなりの魔力も使うはずだぞ?」

「それは大丈夫だよ。クーナ。これを使う。これを使えば大丈夫だと思う」


 そう言ってクロキは冥魂の宝珠ソウルオーブを手に取る。


「ゲロゲロ。冥魂の宝珠ソウルオーブを使ってどうするつもりだい? 暗黒騎士?」

「これからクーナと共に開発した魔法を使います。ヘルカート殿。手伝っていただけますか?」


 クロキはヘルカートの方を向いて言う。

 前にアルフォスと戦った時に感じたのだ。

 強くなれる方法が別にあるのではないかと。

 そして、クーナと共に試行錯誤を重ねた。

 それを今使うべきだとクロキは決断する。

 まだ、未完成だが魂の宝珠ソウルオーブを使えば何とかなるかもしれなかった。


「ゲロ? 何だかわからないけど。わかったよ。お前さんに賭けるよ」

「先生! 私も手伝います!」

「ありがとう。殿下、ヘルカート殿」


 クロキは冥魂の宝珠を握る。

 これで条件はそろった。

 うまくいくかどうかわからない。

 だけど、やるしかなかった。





 ザルキシスは巨神と化したモードガルで暗黒騎士達を追う。

 この地の眷属達にザルキシスは集合をかけている。

 暗黒騎士には敵わないが足止めをさせるつもりであった。


「うう……。お父様。お願いしたい事がございます」


 配下である2名の吸血鬼騎士に支えられたザファラーダが自身の幽霊空船ゴーストスカイシップからザルキシスの元に来る。

 ザファラーダは自らを美しく着飾るのが好きなザファラーダにしては珍しくボロボロである。

 それだけ、受けた傷が深いようであった。

 

「どうした? ザファラーダ?」

「もし、暗黒騎士を倒したら、その遺骸は私にいただけませんか? うまくいけば私の眷属にできるかもしれません。イヒヒヒヒ」


 ザファラーダが笑う。

 あの暗黒騎士がザファラーダの眷属にできるとは思えない。

 しかし、死骸の欠片ぐらいならやってもよいだろう。


「そ、それならお父様。あの白銀の娘は僕にいただけませんか? 出来れば生きたままで。僕の妻にしたいと思います」


 一緒に付いてきたザシャが言うと、ザファラーダが冷たい視線を向ける。


「ザ〜シャ〜。あ〜んな女の何処が良いのかしら? あんな蟲女。ザルビュートの蛆に食わせてしまうべきだわ」

「ええっと、姉上……。しかし、あれ程の美しさ。ザルビュート兄上の蛆に食わせるのはもったいないというか……」


 ザファラーダに睨まれてザシャはしどろもどろになる。

 ザルキシスは額を押さえる。


(全く我が子ながら、何を考えている? これではディアドナに付き従っている男神(バカ)共と同じではないか)


 ザルキシスが知る限り、ディアドナはエリオスを滅ぼした暁には、その女神共を奴隷として従っている男神に分け与える事を約束している。

 しかし、それは愚かな事であった。

 ディアドナはミナの血を引く女神達を生かしておくはずがなく、その約束は反故にされるだろう。

 もっとも、あの白銀の娘は何者かわからぬがエリオスの女神ではないはずであった。

 ならば、どうでも良いとザルキシスは考える。

 そもそも、最後は全て死である。

 それまでの間までなら、好きにさせても良かった。


「良いだろう。ザシャ。あの娘はお前の好きにしても良い」

「本当ですかお父様! やったあ!」

「お父様!」


 当然ザシャが喜び、ザファラーダが怒る。


「ふん。あんな娘。暗黒騎士に比べればどうでも良い。それよりも奴を叩くぞ」


 ザルキシスは前を見る。

 暗黒騎士はまだ健在である。

 油断は出来ない。

 モードガルの超魔極大真霊腐瘡蒼閃を受けて、暗黒騎士の空船は地に落ちた。

 竜に乗って逃げるかと思ったが、そのつもりはないようである。

 もっとも、逃がすつもりはない。

 ザルキシスはモードガルを向かわせる。

 動かすには魔力をかなり使うが、数時間は大丈夫のはずである。


(冥魂の宝珠の力があればもっと簡単に動かせるのだが、まあ良い。もうすぐ取り戻せる)


 宝珠を取り戻すべくザルキシス達は進む。

 その時だった。

 先行するザルビュートが止まる。


「どうした? なぜ止まる?」


 気になったザルキシスはザルビュートの目の前を見る。

 そこには白銀の髪の女と共に竜に乗った暗黒騎士が空にいる。

 その周りには飛竜に乗った女デイモン達がいる。

 どうやら迎え撃つつもりらしかった。

 ザルキシスは笑うと、モードガルで捻りつぶしてやろうと思う。


「進め! モードガルよ! 奴を捻りつぶすのだ!」


 ザルキシスはモードガルを進ませる。

 しかし、もう少しというところでその歩みが止まる。


「何だ!? なぜ止まるモードガル!?」


 モードガルは進もうとしているみたいだが、何かに足を取られ動けなくなっているみたい出会った。


「お父様!? モードガルの足にイバラが!?」


 ザルキシスはザファラーダの声でモードガルの足元を見る。

 そこには黒いイバラが生えていてモードガルの足に絡みついている。


「馬鹿な!? なぜ枯れぬ!? このモードガルに触れた草花は枯れる定めのはずだ!?」


 モードガルは負の存在だ。

 触れた弱き者は腐り死ぬ。しかし、モードガルに絡みついた黒いイバラは枯れる気配はない。

 それどころか成長して、地面からモードガルへと絡まり這い上がっていく。

 みると黒いイバラの所々に花が咲いていて、その花の中に女の姿が見える。


「それは妖花乙女アルラウネだよ! ザルキシス! モードガルは瘴気を吸って成長する彼女達の糧になってもらう!」


 空を飛ぶ暗黒騎士が叫ぶ。

 その手には冥魂の宝珠ソウルオーブがあり、魔力の輝きを放っている。


「馬鹿な!? たかが妖花乙女アルラウネごときで、モードガルが止まるはずがない!? 何をした暗黒騎士!?」


 はるか昔に処刑された男神の血から生まれたとされる妖花乙女アルラウネは瘴気を吸って成長する。

 しかし、たかが草花ごときに負けるモードガルではない。より濃密な瘴気で枯らす事ができるはずだ。


「気付かないのかザルキシス! 自分とクーナで作った魔道結界に入った事に!」

「何!?」


 ザルキシスはそこで気付く。

 確かに言われてみれば周囲の気配が変だ。

 この地はこのザルキシスにとって優位。魔道結界を作るために必要な魔力を得る事はできないはずであった。

 そこまで考えてザルキシスは気付く。


「まさか貴様!? 冥魂の宝珠ソウルオーブの魔力を!?」

「その通りだよ、ザルキシス。これは過去にアルフォスと戦った時に自分でも魔道結界を作れないかと思って、開発したんだ。まだ、未完成だけど冥魂の宝珠ソウルオーブのおかげで何とか出来たよ」


 暗黒騎士がそう言うとモードガルの足元以外の地面から黒いイバラが生えてくる。

 甘い芳香が空間に充満する。

 数秒後にはこのあたり一帯に花園が出来る。

 その花園には妖花乙女アルラウネが歌い、小妖精の群れに甲虫の戦士や雌蟷螂エンプーサ蛙人トードマン達が踊っている。

 踊っている者達の顔には精気が満ちている。花園に虫達を活性化させる効果があるようであった。

 それに対してザルキシスの眷属達は苦しそうにしている。


「ぬう! まさかこんな手を残しているとは!」


 ザルキシスは口惜しそうに暗黒騎士を見る。

 暗黒騎士がザルキシスに魔剣を向ける。


「ザルキシス! モードガルには悪いけどこの黒薔薇の花園で眠ってもらうよ!」



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 相変わらず中二病全開の技が繰り出されています……。

 後2話で8章は終わりです。今月中に9章に入れそうです。

 9章は変更点が少ないので早く進めたいと思います。


 誤字報告等があったら教えて下さると嬉しいです。

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