第28話 魔界の姫VS鮮血の姫

 クーナとポレンはグロリアスに乗り空を飛び、ザファラーダと対峙する。

 グゥノ達はそれぞれワイバーンに乗り、死の軍団と向かい合っている。

 幽鬼や吸血鬼達はアンデッドの中で最強の部類に属するが、デイモンに比べれば弱い。

 さらにヘルカートの眷属であるエンプーサの女戦士もいるので、任せても大丈夫だろう。

 だから、クーナとポレンが相手をすべき相手は目の前の赤い女だ。


 鮮血の姫ザファラーダ。


 死の御子の中で最強と呼ばれる女神。

 道化の話ではその強さはクーナを超える。

 しかし、クロキに近づけるわけにはいかない。

 クーナはグロリアスの背で鎌を構える。


「うう~、師匠。何だかあの方、強そうですよ」


 クーナの背中にいるポレンが泣き言を言う。

 その言葉を聞くと、クーナはポレンを連れてきた意味がなかったかもと思う。

 豚でも魔王の娘だ。少しは役に立つと思っていたのである。


「泣き言を言うなポレン。ザファラーダが来るぞ」


 クーナの前にいるザファラーダの周りに黒い影が集まっている。

 そのザファラーダの7つの目は鋭くクーナ達を捕らえている。

 確実に殺すつもりのようであった。


悪霊ラルヴァよ! 寄り集い! 嘆き叫べ!」


 ザファラーダの声と共に嘆きの声を発しながら、数千もの悪霊ラルヴァが集まり、数百の悪霊群体レギオンとなる。

 悪霊群体レギオンの叫びは、死霊魔術の効果を高める。

 だから、クーナは邪魔をする。


「出てこい金光甲蟲! 光を作れ!」


 クーナが呼ぶと数百匹の黄金に輝くスカラベが姿を現す。

 黄金のスカラベが後ろ足を激しく動かすと、光が集まり、複数の光の玉が出来る。

 光の玉は拳程しかないが、死霊魔術を弱めるには十分だ。


「こしゃくな! そんな虫けら共は吹き飛ばしてやるうううう! 黒死風ブラックデスウィンドおおお!」


 ザファラーダの蝙蝠の羽から黒い風が吹いてくる。

 風の力が強い、金光甲蟲は死霊魔術に耐えられても、風には耐えられないだろう。


「魔法盾!」


 瞬時に魔法盾を発現させて、風を防ぐ。


「防ぐか! ならば、これならどうだ! 紅閃!」


 ザファラーダの赤い目から赤い光が放たれる。

 赤い光が作った魔法盾を消滅させる。


「何!? 魔法盾を簡単に破るだと!?」


 クーナは驚愕した表情でザファラーダを見る。

 これ程簡単に破られるとは思わなかったのだ。

 クーナは再度魔法盾を展開する。


「まだ! まだあ!」


 ザファラーダが立て続けに紅閃を放つ。

 クーナは何度も魔法盾を作りそれを防ぐ。


「これで終わりよ!」


 ザファラーダは紅閃を放ちながら、鉤爪を掲げて迫る。

 蝶を呼び出して、逃げるべきだが、魔法盾を作り続けないといけないので呼び出せない。

 ザファラーダが迫り、全ての魔法盾が消し飛ばされる。


「危ない! 師匠!」


 そんな時だった、大鎚を持つポレンが飛び出し、ザファラーダに向かう。

 しかし、ザファラーダは後ろへと大きく下がり、あっさりと躱す。


「あれえええええええええええ!」


 盛大に空振りしたポレンはそのまま地面へと落ちていく。


「何あれ? 勝手に自滅したわよ?」


 ザファラーダはキョトンとした表情で落下したポレンを見る。

 

(何をやっている豚! 役立た……、うん?)


 クーナはそこで気付き、ザファラーダの左腕を見る。


「さて、殺してあげるわ。蝶で逃げても無駄よ。周囲に張った上位の悪霊ラルヴァが貴方を逃さない……、うん?」


 言いかけてザファラーダは自身の左腕を見る。

 そこにあるはずの獣の腕がない。

 肘から先がなくなっているのだ。

 腕は元々、ザファラーダの物ではなかったのか痛みはないようである。

 そのため、ザファラーダは腕をなくした事に気付かなかったようだ。


「う、嘘っ!? ちょっとかすっただけだったのよ!?」


 ザファラーダは驚き腕を押さえる。

 ポレンの大鎚はザファラーダの腕をかすっていたのだ。

 しかし、驚くべきはその威力である。

 ザファラーダの腕はかなりの強度のはずだった。

 その腕をかすっただけで消し飛ばしたのだから。

 もし、当たっていたらザファラーダは四散していただろう。


「今だ! 出てこい! 爆砕蟲!」


 ザファラーダが怯んでいると判断したクーナは火種を持つ虫を複数召喚して放つ。

 人差し指程の大きさしかないが、爆砕蟲が寄り集まればかなりの衝撃になるはずだ。


「そんなもの! 影よ私を守りなさい!」


 しかし、死を帯びた影がザファラーダの周りに集まり、爆砕蟲を防ぐ。

 爆砕蟲達は死影の壁に当たると弾けて爆発する。


「クーナの呼び声に応えろ! 黄金甲虫戦士ゴールデンビートルウォーリア!」


 すかさず、クーナは昆虫戦士インセンクトウォーリアを複数召喚する。

 盾を増やさないと危険であった。


「ふん、そんな虫けらを増やしたからといって、私に勝てると思っているのかしらあああああ!」


 ザファラーダはいら立つ声を出す。

 黄金甲虫戦士ゴールデンビートルウォーリア昆虫戦士インセンクトウォーリアの中で最強だが、ザファラーダが相手ではどれほど持ちこたえてくれるかわからない。


魔血霧イビルブラッドミスト!」


 ザファラーダの体から赤い霧が広がる。

 先頭にいた黄金甲虫戦士ゴールデンビートルウォーリア3体が一瞬で溶けてしまう。


「馬鹿な! 黄金甲虫戦士ゴールデンビートルウォーリアが一瞬だと!?」


 これ程強いとは思わなかったのでクーナは驚く。 

 ザファラーダはそんなクーナを見て、ニタニタと笑いながら長い舌を動かす。


「先程は驚かされたけど、いい表情だわ。でも泣いても許してあげないからねええ」

「ふん! 許さないのはこっちだぞ!」


 まだ、奥の手を残しているのでクーナはまだ戦える。

 しかし、確実に勝てる気はしなかった。

 クーナは思考を巡らせる。


「師匠おおお~!」


 そんな時だった地面からポレンの声がする。

 クーナが少し目をそらして見ると背中からは伸びているのは竜の翼を生やしたポレンがこちらへと来ているのが見える。


「うう、私。空飛ぶの苦手なのに~」


 ポレンは空中で揺れながら、泣き言を言う。

 ポレンが使っているのは竜翼の魔法ドラゴンウイングである。

 特に適正がある者にしか使えず、上手く使えば飛翔の魔法よりも早く飛ぶことができる。

 しかし、ポレンは苦手なのか、ふらふらしている。


「何よ! また出て来たの!? 豚風情が! よくも、私の腕を! これでも喰らいなさい!」


 ザファラーダの体が赤く光ると紅閃をポレンに飛ばす。


「ぎゃふん!」


 直撃を受けたポレンは空中でクルクルと回り、飛ばされる。

 クーナは急ぎグロリアスを向かわせると、ポレンを受け止める。


「ポレン! 大丈夫か!?」

「うう~。師匠~。痛いです~」


 ポレンは直撃を受けた部分をさする。

 血が出ているが、自己治癒能力ですでに治っている。

 

「え、嘘!? 直撃を受けたはずよね!?」


 ザファラーダはポレンの様子を見て驚く。

 クーナの魔法盾ですら全てを防げなかった紅閃をポレンは受けて軽傷で済んでいる。

 とんでもない耐久力であった。


「ポレン! さすがだぞ! お前ならザファラーダに勝てるぞ! 行け!」

「ええ~、師匠~。 あの紅い光に当たると痛いんですけど~」


 痛いのが嫌なポレンは行くのを嫌がる。

 

「何を言っている、ポレン。きっとクロキが褒めてくれるぞ」

「うっ! クロキ先生が! わかりました! 行きます!」


 ポレンは竜の翼を羽ばたかせザファラーダに向かう。


「えっ! ちょっと来ないでよ!」


 ザファラーダは近寄らせまいと紅閃を放つ。


「何の!」


 しかし、ポレンは先程とは違い、身構えて紅閃を絶える。


「うう、痛いけど、我慢すれば何とか耐えられる……」


 ザファラーダはそれを見て再び驚く。

 特にポレンが魔法を使った様子はない。

 ただ、身構えただけだ。

 それだけで、紅閃を受けきったのだ。

 耐えたポレンがザファラーダに迫る。

 ザファラーダは紅閃を放ちながら逃げる。


「痛い! 痛い! でも、我慢! 我慢! でや!」


 ザファラーダに近づいたポレンは大鎚を振るう。

 しかし、ザファラーダは先程よりも素早く逃げる。

 ほんの少しかすっただけでも、とんでもない威力である。

 直撃を受ければただではすまない。


「ちょっと! 逃げないで! 当たらない!」


 ポレンは大鎚を振るうがザファラーダは逃げるだけだ。


「逃げるに決まっているでしょ! 相手にしてられないわよ!」


 ザファラーダは言い放つ。

 当然であった。

 ザファラーダの攻撃はポレンに軽傷を負わせるのがやっとだが、ポレンの一撃はザファラーダを消滅させるだろう。

 ザファラーダは確かに強いが、同じ邪神であるダハークやラヴュリュスに比べて火力に乏しい。

 そのため、ポレンが向かって来るのを止める事ができず、逃げるだけだ。

 明らかにポレンの方が優勢であった。

 しかし、長期戦になればポレンが不利である。

 飛ぶのが苦手なポレンの顔に疲労が浮かぶ。

 それを見てザファラーダは笑う。

 このまま、逃げ続ければ勝てるはずであった。

 クーナが加勢しようにもポレンの大鎚の範囲に入る事はできず。

 ザファラーダもクーナを意識しながら逃げるので、動きを止める事ができない。


「ザファラーダ!」


 そんな時だった。

 突然横からザファラーダに何かがぶつかる。

 それは剣を持つ吸血鬼ヴァンパイアだ。

 吸血鬼ヴァンパイアが突然割り込んでくるとザファラーダに剣を突き刺したのである。


「ぐっ! う、嘘? ジュシオ? 消滅しなかったというの? 離れなさい!」


 ザファラーダが信じられないという表情でジュシオを見て、突き飛ばす。

 ザファラーダの一撃を受けたジュシオはそのまま地面へと落下する。


「でやあああああ!」


 ジュシオによって、足止めされたザファラーダにポレンの大鎚が迫る。


「ちょっとおおおお! 死の影よ! 私を守りなさい!」


 ザファラーダは急ぎ魔法の防御壁を作る。

 ポレンはよろけながら、何とか大鎚を振るう。

 その次の瞬間、衝撃波がその空域に広がる。

 

「ぎゃあああああああ!」


 大鎚の威力を防ぎきれなかったザファラーダの悲鳴。

 ザファラーダは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 その場の者達全員が驚いた表情で地面を見る。

 巨大な穴が開いていて、そこにザファラーダが倒れている。

 それは驚きの光景であった。

 感情の乏しい幽鬼ですらも手を止めている。


「良くやったぞ、ポレン!」


 クーナはグロリアスと共にポレンの元へと行く。


「あううう、痛いし疲れました~。お腹も空きました~」


 ポレンはふらふらと飛び、グロリアスの上に降りると寝転ぶ。

 そして、盛大にお腹を鳴らす。


「ふふふ、休んでよいぞ、ポレン。後はクーナがやる」


 クーナはザファラーダが落ちた場所を見る。

 ザファラーダは起き上がり蝙蝠の羽を広げると浮かんでくる。

 死んではいないようだが、かなりの重症だろう。

 今なら簡単に首を取れる。


「ザファラーダ! 覚悟しろ! 何っ!?」


 クーナがザファラーダに向かおうとした時だった。

 突然、ザファラーダの体が白い何かで覆われる。


「赤光乱懐符!」


 その叫びと共に、クーナに赤く光る紙が飛んでくる。

 すかさず、クーナは魔法の盾を作り防ぐ。

 そして、符が飛んで来た方向を見る。

 そこには黒い雲に乗った法衣の者が立っている。

 黒い雲に見えるのは集合した蝿だ。法衣の者はその上に立っている。

 法衣の者の顔を見る。顔の部分にあるのは巨大な単眼。

 蛆蝿の法主ザルビュートであった。

 そのザルビュートの背後には新たなる死の軍勢。

 新たに増援が来たようであった。


「姉上。ご無事ですかな? 今助けますぞ」

「くっ、ザルビュートか。助かったわ……。しばらく休む。後は任せたわよ」

「はい、姉上。後は拙僧がやりましょう」


 ザファラーダが下がり、ザルビュートは錫杖をクーナに向ける。


「ふん、次はお前が相手か。面倒臭いな」


 クーナはザルビュートに鎌を向ける。


「お待ち白銀。ゲロゲロゲロ」


 突然クーナの後ろから声を掛けられる。

 振り向くと雲に乗ったヘルカートがすぐ傍まで来ていた。


「ヘルカート? クロキは大丈夫なのか?」

「必要な措置は済ませたよ。後は回復するのを待つだけさね。それよりもお前さんは下がりな。黒い嵐が心配なんだろ? 側にいてやりな。このババが少し手伝ってやるさね。ゲロゲロゲロ」


 そう言ってヘルカートは笑う。


「そうか。なら任せるぞ。ヘルカート。ザルキシスがいつ来るかわからない状況だ。クーナは下がるぞ」


 クーナはそう言って下がる。

 ヘルカートも接近戦は苦手だが、あの魔王ですら一目おく魔力を持っている。

 魔女の大母の力を存分に見せてもらおうとも思う。

 ヘルカートが呼び出したのだろうか、蛙人の歌姫トードマンシンガープリンセスの歌声が聞こえる。

 歌姫達が歌うと、やがて雨が降り出す。

 そんな雨空の下で魔法戦が繰り広げられようとしていた。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 ポレン初の戦闘シーン。

 ポレンは命中は低いですが、硬くて攻撃力もあるので、正面から戦うとかなり強いです。

 次回は予定通りヘルカートとザルビュートだったりします。

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