第26話 銀閃の風
城の窓の外、そこに浮かぶ
その船首を伝い赤い衣装を纏った女性が降りて来る。
鮮血の姫ザファラーダ。死神ザルキシスの娘にして、
ザファラーダはクロキ達を見て楽しそうに笑う。
「クロキ様……。まずいですう……。ここは人間共をおとりにして逃げるべきですぅ……」
耳元でティベルが小声で囁く。
しかし、その言葉にクロキは首を横に振る。
フルティン達は人間の中ではかなり強い方なのだろう。
だけど、ザファラーダが相手では一瞬で引き裂かれてしまうに違いない。
「それは出来ないよ、ティベル。ここは自分が残る」
「そんなあ……。危険ですぅ……」
ティベルは不安そうに言う。
ティベルの言う通り危険だ。
クロキは体がまだ本調子ではないが、足止めが出来る者は他にいない。
だから、クロキが戦うしかない。
「大丈夫だよ、ティベル。死ぬ気はない。ほんの僅かだけ時間を稼げれば良いんだ……。だからティベルも後ろに下がっていて」
そう言ってクロキはそっと指輪を触る。
勝機はある。
だけど、そのためには時間を稼がなければいけないだろう。
それぐらいできなくてどうすると言うのだ。
「うう……。わかりましたですう」
ティベルはしぶしぶと了承すると後ろに下がる。
「フルティン殿! 自分が残り、足止めをします! 子ども達を頼みます!」
クロキはザファラーダから目を離さずにフルティンに言う。
「何を言われる! クロキ殿! ここは私が!」
「駄目です! 貴方達では足止めにもならない! それよりも子ども達をよろしくお願いします!」
代わりに残ろうとするフルティンとマルダス達をクロキは大声で止める。
すると、何かを察したのか、フルティン達が後退する気配を感じる。
「わかりましたぞ、クロキ殿! 子ども達は私が安全な場所へと送りましょう! ご無事を祈りますぞ! マルダス殿! 行きましょう!」
「わかったぜ! クロキ殿! 無事に帰って来たら! 俺のケツを貸してやるぜ!」
「俺のも貸してやる!」
「俺もだ!」
「もちろん俺もだ!」
フルティン達の気遣う声。
しかし、ケツはいらない、本当にいらないとクロキは思う。
「ティベルちゃん! また会えるよね!」
「さっさと行くですう! お前が生きていないと会えないですよ!」
ウェンディは泣きながら言うと、ティベルはそっけなく返す。
「わかった! 私! 絶対に生きるから! また絶対に会おうね! ティベルちゃん!」
そう言ってウェンディ達が去って行く。
「全く。クロキ様が折角温情をかけてやったのですから、さっさと行けば良いのですよ」
そのティベルの言葉を聞いてクロキは笑う。
本当に不機嫌そうだ。
クロキが足止めをするのを良く思っていないようだ。
後でティベルには謝ろう。
「ふん。逃げられると思っているのかしら、追いなさい」
ザファラーダがお付の5名の
光の魔法が使えるフルティンでも相手をするのは厳しいだろう。
だから、ここで止めなければならない。
思いっきり息を吸い込む。
「止まれ!」
そして、魔法を込めた咆哮を放つ。
クロキを避けてフルティン達を追おうとした
それが、先程使った技だ。
竜の咆哮は魔法の咆哮だ。その咆哮を聞いた者は恐怖を誘発させる。
そして、竜王級にもなれば死者の魂も凍てつかせる。
クロキの咆哮も竜王級はあるため、
ただ、この技は遥かに弱い者にしか効かない。
現にザファラーダには効いていない。
「まさか、私の側近を止めるなんて。どうやったのかわからないけど、やるじゃない。顔を見せなさい」
ザファラーダはクロキを見る。
ねっとりと視線がクロキの顔に絡みつく。
「う~ん。造りは良いけど地味だわ。悪くないけど、あんまり好みじゃないわねえ。光の勇者ぐらい美男子なら良かったのだけど、騎士には出来ないわ」
しばし、クロキの顔を眺めた後、ザファラーダは残念そうに言う。
(うう、どうせ地味ですよ……)
クロキは心の中で呟く。
別に騎士になりたいわけではないが、なんとなく傷つく。
そもそも、クロキも願い下げである。
ザファラーダよりもクーナの方がずっと可愛いのだから。
「でも強いから、下僕にしてあげる。光栄に思いなさい。本当なら貴方のような冴えない男は私の側にはいられないのだから」
ザファラーダはクロキに近づく。
これはチャンスであった。
クロキは神経を研ぎ澄ませる。
ザファラーダはクロキの正体をわかっていない様子だ。
少し特殊な普通の人間だと思っている。
そこが勝機だ。
「お待ちください! 姫様! この者は普通ではありません!
ザファラーダの近くにいた
クロキはその騎士に見覚えがあった。
かなり動きが良かった事を思い出す。
その
他の
「確かにそうね。ジュシオ。貴方のように特殊な力があるのでしょうね。でも、たかが人間。どんなに強くてもしれているわ」
ザファラーダは何を言っているのかと手を振る。
ジュシオと呼んだ騎士の言う事を聞くつもりはないようであった。
「ならば姉上。その者を捕えるのは僕に任せてもらえませんか?」
死の公子ザシャだ。
「ザシャ? 何をするつもりなの?」
「折角なので、僕の作品をぶつけてみたいと思います。出て来い
ザシャがそう言うと
上半身が裸の者達は白頭巾と同じくツギハギだらけだ。
ただし、大きく違う所がある。
出て来た者達全員に頭が無かったのである。
どうして、動いているのかクロキは疑問に思うが、良く考えたら、似たような奴に前に会っていた。
それは
彼等も首を奪われていたにもかかわらず動いていた。
どうやっているのかは知らないが、おそらく同じ原理で動いているのだろう。
「さて、君は何か特別な精神攻撃が出来るみたいだけど、彼らに効くかな?」
ザシャが笑う。
確かに首がない
「行け
ザシャの号令と共に
ツギハギ男にしては動きが速い。
しかし、これぐらいでは、クロキを捕える事はできない。
クロキは
倒さず時間を稼ぐ。
「何をしている速く捕えろ!」
ザシャが
3体の
「そんなんじゃ、やられないよ」
クロキは前から来た
前から来た
「何をしている! 早く起き上がり捕えろ! 姉上が見ているのだぞ!」
ザシャの悲鳴にも似た声。
3体の
この程度なら、もう少しだけ遊んでも良いだろう。
「もう良いわ」
しかし、クロキの思惑通りには行かないのが世の常。
ザファラーダの声と共に、目の前で3体の
クロキが振り向くとザファラーダが近づくのが見える。
左手の鉤爪を口元に当てて、こちらを見ている。
「全くザシャのガラクタは役に立たないわね、面倒くさいったらありゃしない」
ザファラーダがそう言うと、後ろでザシャが落ち込む姿が見える。
「全く最初から私が優しく抱きしめてあげれば問題無かったわ」
ザファラーダは両手を広げる。
それを見てクロキは身構える。
今の状態ではまともに戦ったら勝てない。
だから、隙を狙う。
相手は女性だけど、そうは言っていられない。
ザルキシス達、死の一族は世界を滅ぼすために動いている。
恨みはない。憎くもない。だけど、戦わねばならない。
(後少しだ)
クロキはザファラーダが近づくのを待ち構える。
ザファラーダさえ倒せば後はどうにかなるはずであった。
「どうしたの? 逃げないのかしら?」
ザファラーダは首を傾げる。
先程まで逃げ回っていた者が逃げずに待ち構えているのだから、疑問に思うのも当然だろう。
しかし、もはや遅い。
「はあっ!」
クロキは掛け声と共に魔剣を呼び出すと、ザファラーダに斬りかかる。
(取った!!)
クロキがそう思った時だった。
「姫様!」
邪魔が入る。
あの動きが良いジュシオと呼ばれた
魔剣はジュシオを斬り裂く。
彼が盾になり、体が万全でなかったために一歩届かなかった。
魔剣はジュシオの後ろのザファラーダをかすっただけだ。
ザファラーダは後ろへと逃げる。
「その剣は? まさか、暗黒騎士!?」
ジュシオには目もくれず、ザファラーダは驚いた表情でクロキを見る。
ジュシオは倒れたまま「姉さん……。姉さん……」と呟きながら天井を見上げている。
クロキは彼が何を思っているのかわからない。
しかし、今はそれどころではない。
ザファラーダは完全にクロキを警戒している。
もはや奇襲は不可能。
こうなったら全力でいくしかない。
クロキは鎧を呼び出し、暗黒騎士の姿へと変わる。
「ザシャ。ザルビュートを呼びなさい。他の奴らはどうなっても良いわ。だって、暗黒騎士はここにいるのだから」
ザファラーダはそう言うと背中から巨大な蝙蝠の羽を出す。
それを見たクロキは背中から再び冷や汗が流れる。
今の状態では本気のザファラーダに勝てる気がしなかった。
「暗黒騎士。私の下僕になりなさい。あんな醜い魔王に比べれば私の方がましよね?」
ザファラーダの問いに、かつてのレーナとのやり取りを思い出す。
レーナもクロキを誘っていた。その時は下僕ではなく騎士だった。
「あ、いえ。お断りします。もっと綺麗な人から誘われていますので」
クロキは深くお辞儀をして断る。
そもそも、クロキは以前にザファラーダよりも美しいレーナの誘いを断った。
そんなクロキがザファラーダの誘いに乗るわけがないのである。
「そう、ならじわじわと痛ぶってあげる。手勢を呼んだわ、逃げられるとは思わない事ね」
クロキとしては丁寧に断ったつもりだが、ザファラーダの顔が怒りに染まる。鉤爪をこちらに向けている。
だけど、それも遅い。
何とか間に合ったみたいであった。
「いや、逃げます。あなた達は少し時間をかけすぎた!」
クロキがそう言った時だった。
ザファラーダの後ろの
ザシャが甲板から投げ出され、落下していくのが見える。
そのすぐ後、半壊した
「嘘!?
ザファラーダの叫び声。
竜はグロリアスである。
助けに来てくれたようであった。
そのグロリアスの背から、小さな人影が窓から飛び入って来る。
その人影の銀色の髪が躍動的に動く。
それはまさに銀閃の風。
その人影は空中で一回転するとクロキの前で着地する。
「助けに来たぞ、クロキ!」
そう言ってクーナはクロキを見て笑うのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新しました。
あまり変更点がありません。早く8章を終わらせたいので変更点を少なくしました。
だから、更新が早いです。
そして、お知らせ。
海外の方がこの小説のwikiを作ってくれたようです。
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