第21話 サンショス村

 朝になると大人達が朝食を持って来る。

 食事を持って来た大人達は目の部分だけ穴の開いた、白い布で顔を隠している。

 ウェンディはここに来てから、白い布で顔を隠した大人達の顔を一度も見た事がない。

 もちろん、見たいとも思わない。


「ウェンディ。全員を集めろ。それから、いつもよりも多く食べて良い」


 大人達はウェンディ達の食事をいつもより多く持って来ている。

 その中にはいつもはない御菓子も見える。

 それを見た小さい子達が喜びの声を出す。

 喜ばないのはウェンディより少し年下のリリだけだ。


「ウェンディ……。どうして、いつもより多いの? また、誰かいなくなるの?」


 リリは不安そうな声を出す。

 食事の量が増える時はこの家から誰かがいなくなる時だ。

 ナナがいなくなる時も食事の量が増えた。

 リリはその事を思い出したようだ。

 リリはこの村の生まれで、両親は外から連れて来られた。

 しかし、今はおらず、ウェンディ達と暮らしている。

 リリにとって誰か親しい人がいなくなるのは何よりも怖い事である。


「わからない。リリ。でももし私がいなくなったら、後はお願いね」


 ウェンディは声が震えそうになるのをなんとか抑える。


「そんな、ウェンディ……」


 代わりにリリが泣きそうになる。


「大丈……痛っ!」


 大丈夫と言おうとして突然ウェンディは耳を引っ張られる。


「どうしたの、ウェンディ?」

「ううん。何でもないよ。それよりもリリ。私の代わりに食事を配って、ちょっと気になる事があるから」


 ウェンディはそう言ってその場を離れる。

 背中からリリの不思議そうな視線を感じる。

 だけど、言えない事があった。


「どうしたの? ティベルちゃん」


 ウェンディは物陰に隠れて小声で喋る。

 目の前には蝶の羽を持つ小さな人間が飛んでいる。

 今朝、出会ったばかりの闇小妖精ダークフェアリーのティベルである。

 ウェンディの耳を引っ張ったのは彼女だ。

 ティベルは魔法で姿が見えなくなっているらしく、側にリリがいたのに気づかれなかった。

 しかし、特定の人や、魔力が高い人は見る事ができる。

 ウェンディも特別に見えるようにしているのである。


「人間! クロキ様の食事の用意をするのです~。言う事を聞かないと魔法で酷い目に会わせるですよ~」


 ティベルはそう言ってウェンディに手を突き出す。

 だけど、元がすごく可愛いので怖くなく、酷い目に会わせると言われても、微笑ましい感じしかしなかった。


「うん。わかっているよ。ティベルちゃん。後でクロキさんのところに食事を持って行くね。ティベルちゃんは何が良い?」

「う~ん。あの甘そうな御菓子が良いです~」


 食卓の上にあった御菓子を思い出しているのかティベルは嬉しそうに笑う。

 その様子は本当に可愛らしく、ウェンディは笑ってしまいそうになる。


「わかったよ、ティベルちゃん。後でちゃんと持って行くからね」

「ちゃんと持って来るのですよ。人間」


 ウェンディは食堂へと戻る。

 先程まで暗い気持ちが少しだけなくなっていた。

 ティベルと話をした事で少しだけ元気が出たのであった。






 クロキは花咲く廃屋で食事を食べる。

 食事は雑穀のパンやタマネギに豆やカブのスープに甘い果実の入った焼き菓子。

 これらはサンショスの村に住む、ウェンディが用意してくれたものだ。


「クロキ様。美味しいです~。人間にしてはやるです~」


 ティベルが焼き菓子を食べながら喋る。

 クロキはこの世界の人間の暮らしを見て来たが、普通この村の規模では御菓子は簡単に手に入らない。

 それを、ティベルが満足するだけ分けてくれる。

 この村の子ども達は、かなり良い食生活をしている事になる。

 その理由をクロキは察するが何も言えなかった。


「ねえ、ティベル。そういえば、ウェンディは子ども達だけで生活しているのだよね?」

「そですねえ~。あの人間ヤーフのメスは迷子の家とか言っていたですう」


 ティベルは首を傾げながら言う。

 ティベルには人間の大人と子どもの違いははっきりとわからない。

 だけど、ウェンディよりも大きな人間は一緒に暮らしているようではないと言っていた。

 ウェンディは迷子の家でお母さんの役をしているらしい。

 この村には大人達がいるにもかかわらずだ。

 クロキはウェンディが呟いた大人になりたくないという言葉を思い出す。


「はあ、この村はそういう事か……」


 クロキは空を見上げ溜息を吐く。

 サンショスの村の子ども達は吸血鬼達の家畜である。

 ウェンディ達は成長すれば、やがて吸血鬼の餌になるのだろう。

 だから、大人になりたくないと言うのだ。

 この世界では珍しい話ではなかった。

 ゴブリンは人間を奴隷にする事もあるし、中央大陸西部のオーガの支配領域に住む人間も家畜扱いされている。

 そもそも、人間だってゴブリンを奴隷にする事もある。だから、どちらかが悪というわけではない。

 互いに普通に生きているだけだ。

 それでもウェンディの境遇を考えてクロキが嫌な気持ちになるのは、姿が同じだからである。

 もし、自身が羊の姿であれば、羊を食べる人間に敵意を抱いていただろう。

 クロキはその事を何よりも理解していた。


(だけど、食事をくれたのだから、できれば助けてあげたいな……。でも、今は自分の事を考えるべきか)


 クロキは溜息を吐く。

 今のクロキは本来の力を出せないので、救援を待つしかない。

 ティベルの様子から、この村は安全なようなので、しばらくこの村で大人しくすべきであった。 

 クロキはクーナの事を考える。

 クーナは救援を呼ぶために、村を離れた。

 もし、戦闘になれば今のクロキは足手まといだ。

 そのため、クーナだけで動いているのである。

 道化がうまく立ち回っているようなので、うまく行けばヘルカートと合流できるだろう。

 クロキは心配だったが、今のクロキよりもクーナの方が強い。

 むしろ危ないのは残されるクロキなのである。

 クロキは外の気配を探る。

 廃屋の外では、村人らしき者達が働いているようであった。

 当然だが、子ども以外の村人もいる。

 クロキは村人の事が少し気になる。


「ティベル。この村の中にはウェンディよりも大きな人間がいるんだよね。どんな感じだった?」

「特に何もないです~。クロキ様。姿も見えてなかったようです~」

「そう」


 ティベルは透明インビジブルの魔法を使っていた。

 魔力の高い者、もしくは破幻の力を持つ者か、与えられた者にしか見えない。

 そして、大人達はティベルが見えなかったのなら、魔力が高い者はいなかったと言う事になる。


「あれぐらいならティベルの魔法でポイできます~」


 ティベルは楽しそうに空を飛ぶ。

 実はティベルは人間よりもある意味強い。

 さすがに腕力や耐久力は人間よりも低いが、魔力は人間の数倍はある。

 そもそも、小妖精フェアリーは見た目の可愛さに反して、人間にとって恐ろしい存在なのである。

 強力な風魔法と精神魔法を使う事ができ、人間の中には魔法をかけられて、永遠に同じ場所をぐるぐる回ったあげくに衰弱死した者もいる。

 つまり、見た目に騙されてはいけないのだ。

 その小妖精フェアリーの中でもティベルはかなり強い存在らしい。

 そして、ティベルは人間を下等な種族だと思っている。

 クロキはティベルがウェンディに付いて行った時はちょっと不安だった。

 だけど、食事を持って来てくれた時のウェンディは普通のようであり、魔法で特に何もされていないようなので安心する。


「だけど、ティベル。油断は禁物だよ。何か特殊な能力を持っている可能性もあるからね。もし、奴らに近づく時は気を付けて」

「はい。わかりましたです~」


 ティベルはどうでも良さそうに答える。

 はっきり言って人間達を甘く見ている。

 しかし、ティベルの危険察知能力は高い。

 大人達はそこまで危険ではないようであった。

 だとすれば警戒すべきなのはこの村の領主である吸血鬼と言う事になる。

 その吸血鬼はこの村の近くの城に住んでいるはずである。

 この廃屋からでもその城を見る事はできる。

 クロキは廃屋の窓から、外を見る。

 小高い丘の上に作られた不気味な城で、いかにも幽霊が住んでいそうであった。


「あれ? あれは? 確か……」


 クロキが窓から領主の城を見ている時だった。

 その領主の城に巨大な空船が近づいて来る。

 その空船は霧がかかっているみたいに、おぼろげである。

 前に見た幽霊空船ゴーストスカイシップに間違いなかった。


「クロキ様~。あれは前に見た船です。でも、前よりもすごく危険に感じるですう。すごく怖いですう」


 ティベルは震えた声を出す。

 その声にクロキは頷くと幽霊空船ゴーストスカイシップを注意深く眺めるのだった。






 ジュシオ達は幽霊空船ゴーストスカイシップでカルンスタイン城へと戻る。

 ザファラーダも一緒であり、カルンスタイン城を拠点に暗黒騎士の捜索をするつもりだ。

 同行しているのはジュシオ以外ではザシャとお付の騎士と侍女である。


「この城に来るのも久しぶりね。ジュシオ。貴方に任せた村で育てている人間は中々良い味だわ。褒めてあげる」


 城主が座る椅子に腰かけるとザファラーダはジュシオを褒める。

 この城の近くにあるサンショス村は人間を養殖するための場の一つだ。

 血を吸うには若すぎる子どもを攫い育て、年頃になるとザファラーダへと献上される。

 多くの子どもは血を吸われ死ぬが、中には侍女や吸血鬼にしてもらえる幸運な者もいる。

 かくいうジュシオもこの村で育てられた。


(あの廃屋の花は今でも咲いているだろうか?)


 ジュシオはあの村で咲く花の事を思い出す。

 花はジュシオが植えたものだ。

 本来なら瘴気に強い花を探し、あの廃屋に植えたのである。

 たまに見に行くが、村の誰かが世話をしているのか、この季節は綺麗に咲く。

 ジュシオは後で見に行こうと思う。


「いえ、姫様。これもザシャ公子様が派遣して下さった者達が優秀だからです。私の力ではありません」


 ジュシオはザファラーダの横に立つザシャを見る。

 ザシャが部下として派遣してくれた者達は優秀で、子ども達の飼育に役立っている。

 彼らがいるおかげで、ジュシオはほとんど何もしなくて良かった。


「そう。それなら、貴方も褒めなければいけないわね、ザシャ。それに貴方が用意してくれた、この腕もすっかり馴染んだわ」


 姫様が左手を上げてザシャ公子様を見て微笑む。


「いえ、姉上の役に立てたのならなによりです。用意した魔獣の左腕。存分にお使い下さい」


 ザシャは頭を下げる。

 その時だった、吸血鬼の侍女が謁見の間へと入って来る。


「申し上げます。姫様。ブラグ殿と村の者共が姫様に挨拶に見えられました」


 侍女は頭を下げて報告する。

 人面ネズミのブラグはこの城の兵を率いて、逃げた暗黒騎士の捜索に行っていた。

 もちろん、この領地の警備は薄くなるが、元々警備は厚かった。

 ブラグが兵を引き連れても僅かの穴しかないだろう。

 その穴を偶然すり抜けてこの領地に入る可能性は低い。

 だから、この地に暗黒騎士が入って来る可能性は低い。


「良いわ。通してちょうだい」


 ザファラーダが言うと、しばらくして人面ネズミと白い頭巾で顔を隠した者達が入ってくる。

 ブラグはザファラーダが来ると聞いて急いで戻って来たようであった。

 少し疲れた顔をしている。

 そして、村の者はザシャが派遣した者達だ。

 ザシャが来たので挨拶に来たみたいである。

 ジュシオは彼等にはザファラーダが来る事を伝え、念のために子ども達に食事を多く与えるように命令した。

 できるだけ、多くの血を取るためだ。

 その事を考えるとジュシオの胸がちくりと痛む。

 しかし、自身の主が望むのなら、献上しなければならない。


「ザファラーダ姫様! お久しぶりでございます! 忠義の臣! ブラグ! ただ今戻ってまいりました!」


 先頭のブラグが後ろ足で直立するとお辞儀をする。


「そう。久しぶりね、ブラグ。捜索に行っていたみたいだけど暗黒騎士は見つかったのかしら?」


 ザファラーダが尋ねるとブラグは首を縦に振る。


「はい! 姫様! この地に潜入していた者達で怪しい男を片っ端から捕えました! その数は7! 全員豚顔の者でございます! 必ずやその中に暗黒騎士がいるでしょう!」


 ブラグは嬉しそうに報告する。

 そして、何かを期待するように姫様を見る。

 ブラグは吸血鬼になる事を望んでいる。

 その願いがかなうならなんでもするつもりなのである。


「そう。そんなに捕えたの。でもブラグ。念のために引き続き豚顔の男を捕えなさい。暗黒騎士が含まれていたのなら褒美を上げるわ」

「ははーーーっつ!!」


 ブラグは平伏するとそのまま謁見の間を出て行く。

 後には白い頭巾の男達が残される。


「さて、貴方達はザシャが作った者達だったわね」

「はい。姉上。お前達。頭巾を取り姉上に挨拶しろ」


 ザシャが言うと白い頭巾の者達は顔を見せる。

 その顔はツギハギだらけであった。

 全員がザシャにより、改造された人間である。

 改造された人間はアンデッドと違い瘴気を出さず、僅かの水だけで生きていける。

 そのため、子ども達は病気にならず、費用も少なくてすむ。

 おかげで飼育が助かっているのだ。


「偉大なる死の御子様方。このダリング。皆を代表してご挨拶申し上げます」


 ダリングと名乗ったツギハギ男パッチワークマンが頭を下げる。

 ダリングは偉大なる死の君主を崇拝する教団の司祭である。

 その働きを公子様に認められてツギハギ男パッチワークマンにしてもらった。今では実質的な村の長である。

 ダリングが頭を下げると他のツギハギ男パッチワークマン達も頭を下げる。

 ツギハギ男パッチワークマンは他にもいるが、まともな知性を持っているのは、この場にいる者達だけだ。

 他のツギハギ男パッチワークマンは死の知性を奪われた、ただの労働力である。


「なるほど、これが貴方の作ったツギハギ男パッチワークマンなのね? ザシャ? 見た目を除けば普通の人間と変わらないけど、他に何か特徴はあるのかしら?」

「申し訳ありません。姉上。この者達は特に特徴はありません。ただ、他にも戦闘用に改造した者もあります。お見せしましょうか?」


 よっぽど見せたいのか、ザシャは嬉しそうに言う。


「ごめんなさいねザシャ。それはまた今度にさせてもらうわ」


 しかし、ザファラーダは興味がなさそうに首を振る。


「そうですか……」

「それよりも、暗黒騎士よ。ブラグが捕えた中に私を傷つけた者がいれば良いのだけど、いないのならもっと探す必要があるわ。しばらくこの領地を拠点にします。ザシャ。貴方もザルビュートと同じように動きなさい。そして、捕えた者をこの地に連れて来るのよ」

「はい姉上」


 そう言ってザシャは退出する。


「さて、捕えた者共を見に行きましょうか。この左腕で引き裂いてやりたいけど、お父様から殺すなと命じられているから我慢するしかないわね」


 そう言ってザファラーダは獰猛な笑みを浮かべるのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


今日で連休も終わりです。

あんまり進みませんでした( ;∀;)


誤字等があったら報告して下さると嬉しいです。

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