第3話 砂漠の地へ

 レーナこと、知恵と勝利の女神アルレーナは今エリオスから光の勇者レイジ達が作った国であるエルド王国へと来ている。

 エルドはバンドール平野の中部にある湿地帯にある国だ。

 この地を支配していた魔獣ペルーダを退治して、水はけの良い丘の上に造られた。

 最初はレイジ達を慕って付いて来たわずかな人しかいなかったらしいが、最近では人口も増えている。

 いずれは灌漑工事をして人の住める場所を増やすようであった。

 そんな事をすれば湿地に住む蜥蜴人リザードマン蛙人トードマンが反発するだろう。

 もっとも、レイジ達の力ならば彼らがいかに反発しようが問題はない。

 簡単に鏖殺して、人の世界を広げる事ができる。

 レーナが気にする必要はないのである。


「イシュティア様、フェリア様からの頼み事はもうお済みになったのですか?」


 美と愛の女神イシュティアにレーナは尋ねた。

 彼女は今このエルドに滞在している。

 まるで、自身の国のような振る舞いをしているのだった。

 そのイシュティアは、レーナの問いかけに首を傾げた。


「え?フェリからの頼み事?なぁに、それ」


 レーナは眉を顰めながらも、フェリアが会合で出した指示を伝えた。


「ふーん、トールズを助けるために蠍神の毒が必要なのね。レーナちゃん」

「はいイシュティア様。それさえあれば解毒薬が作れるそうです。そして、ジプシールにはギルタルの妹のブルウルがいます。彼女から毒を貰って来て欲しいのです」


 レーナは頷くとイシュティア達を見る。

 イシュティアの側にはレイジがいて、彼女は彼にくっついている。


(どうやらレイジに目をつけたようね)


 レイジはレーナの兄である歌と芸術の神アルフォスに匹敵する美男子だ。

 美男子が好きなイシュティアが目を付けるのもわかる。

 しかし、レイジは一応レーナの恋人という事になっている。

 それにも関わらず手を出そうとする。

 いかにもイシュティアらしい行動であった。


(レイジを連れていきたくて、とぼけたふりをしているのね。なら、こっちも不機嫌なふりでもしておいた方が良いのかしら)


 そう考えたレーナは少し睨みながらレイジ達を見る。


「なるほどね~。わかったわ、レーナちゃん。ところでお願いがあるのだけど?良いかな?」

「何でしょうか?」

「ジプシールに行くのに私だけで行くのはつまらないから、彼を貸してくれないかな?」


 イシュティアはそう言うとレイジを流し目で見る。

 そのレイジ達の後ろにはチユキ達が本気で不機嫌そうな顔をしている。

 アルフォスの側にいれば、見慣れた光景である。


「どうぞ、好きになさって下さい」


 レーナは「ふん!」とわざとらしく言って背を向ける。

 トトナと違いレーナはイシュティアに任せておけば大丈夫だと思っている。

 だから、エリオスへ帰るのである。

 レーナはちらりと寝台へ横たわっているシロネを見る。

 シロネからは起きる気配はない。

 このまま目覚めなければ良いのにとレーナは思うのだった。






「あらら~。あれは怒っているわね~。レイジ君」


 レーナが去り、チユキはからかうようにレイジに言う。

 レイジの隣では女神イシュティアがぴたりとくっついている。


「そうかな? 私は怒っているように感じなかったけど」


 リノは首を傾げる。

 リノは他者の感情を読み取る事に長けているので、レーナが怒っているようには感じなかったのである。


「そうっすか? リノちゃんが言うのなら間違いないっすけど、少しは嫉妬をしているんじゃないっすかね~」


 ナオは意味ありげにレイジを見る。


「茶化さないでくれよ。みんな。今はシロネを助ける事を考えるべきだ」

「うっ!! 確かにそうね!!」


 正論を言われチユキは黙る。

 今はシロネを助ける事を考えるべきであった。

 蠍神の毒が必要で、それを得るためにイシュティアの力が必要なら、彼女の要望を聞くべきだろう。


「話は終わり? それじゃあ一緒に来てくれるわよね。レイジ」

「ああ、わかったよ。イシュティア。シロネを救うためだ。一緒に行こう。レーナには後から説明してわかってもらう。そういうわけだ。みんな。ちょっとジプシールに行ってくる。みんなは待っていてくれ」


 レイジが言うとチユキ達は不満そうにする。


「待ってレイジ君!! 私も行くわ!!」

「ナオも行くっす!!」

「リノも行く!! リノもシロネさんを助けたい!!」


 妊娠しているサホコといつも留守番をしているキョウカ達を除き、ナオとリノも一緒に行きたがる。


「イシュティア。皆と一緒でも良いか?」


 レイジが尋ねるとイシュティアはどうしようかと迷う。


「う~ん。あんまり多いのもどうかと思うのよね。そうね、1人なら一緒に来ても良いわ」


 そう言って、いたずらっぽく笑う。

 チユキ達は顔を見合わせる。

 誰が一緒に行くか?

 少し話をしたのち結論が出る。


「私が行くわ。イシュティア」


 チユキがそう宣言するとナオとリノも仕方がないと言う顔をする。

 サホコは妊娠して動けない。

 そして、レイジとシロネが動けない以上はその次に強いナオが残った方が良い。

 リノよりもチユキの方がこういった事に慣れている。

 そう考えるとチユキが適任であった。


「確かにチユキさんが適任っすね……」

「仕方がないか……。気を付けてね。チユキさん」

「チユキさん。レイ君の事をお願いね」


 ナオとリノとサホコがチユキに言う。


「そういうわけだから、後の事はお願いね。カヤさん」

「はい。シロネ様の事はお任せ下さい」


 これで話は決まった。


「さあ、話は決まったみたいね。さあジプシールに向かいましょうか?」


 イシュティアは少し楽しそうに言うのだった。






 クロキは魔王宮へと来る。

 目的はルーガスの書庫であった。

 書物はエリオスの方が多いが、行くのが少し手間なので、特に調べたい事がなければルーガスの書庫の本を借りる事にしている。

 このナルゴルでは娯楽が乏しい。

 そのため読書がクロキの楽しみになっている。

 ルーガスの私室を訪ね。中に入ると珍しい先客がいる。


「女神トトナ。珍しいですね、貴方がここに来ているなんて」


 クロキは先客を見て驚く。

 先客はエリオスの知識と書物の女神トトナである。

 部屋には主であるルーガスとトトナがいる。

 クロキはトトナに頭を下げる。


「久しぶり。クロキ。最近来てくれないわね」


 トトナはクロキに文句を言う。


「申し訳ありませんトトナ。どうも監視の目が厳しいようなので書庫に行けないのですよ」

「レーナの仕業ね。おそらく貴方の事が嫌いなのでしょう。だから、私と貴方が会うのを邪魔するのだわ」


 トトナは溜息を吐く。

 その言葉にクロキは首を傾げる。

 レーナから嫌われているようには感じないからだ。

 そもそも、クロキはレーナが何を考えているのかわからない。


「それにしても、どうして? 急に?」


 クロキはそう言うと部屋の主であるルーガスを見る。


「トトナはこのルーガスに相談に来たのだよ。クロキ殿。蠍神の毒に倒れた兄を救うためにね」


 ルーガスは煙管を吸いながら言う。

 煙管から甘い匂いが部屋に漂っている。

 トトナの兄といえば力と戦いの神トールズである。

 その神がどうかしたようであった。


「悪いがトトナよ。このルーガス。力にはなれぬ。ヘルカート殿が残した解毒薬の作り方以外の方法は知らぬ」

「やはり、そうですか……」


 トトナは項垂れる。

 その顔を見るとクロキは助けたくなる。


「やはり、ジプシールに行くしかないみたいですね。イシュティア様と光の勇者がうまくやってくれると良いのですが……。イシュティア様達だけでは不安です」

「光の勇者? 彼がどうしたのですか?」

「ああ、そうね。クロキ。クロキにとって彼らは敵。その動向が気になるわよね。実は彼らの仲間も蠍神の毒にやられたらしいの。情報によると彼らも一緒にジプシールに行くらしいわ」

「えっ? 仲間が? へ……、へえ……。で誰がやられたのですか?」


 クロキは驚いて答える。

 その口調は明らかに動揺していた。


「そこまではわからないわ。確か仲間の女剣士だと聞いているけど」


 そこまで言われればクロキにもわかる。


(シロネだ! シロネが倒れた!? どういう事!?)


 クロキの心の中で何かがぐるぐると回る。


「そして、レ……、光の勇者達は仲間を助けるためにジプシールに向かう?」

「そう、だけどイシュティア様だけだと、ちょっと不安だから。私も行こうと思うの。そうだわ、クロキも一緒に行ってくれない? 貴方が一緒なら心強いわ」


 トトナは名案だとばかりに言う。

 確かにそれはクロキには魅力的な提案であった。


「そうですね……。トトナには色々な本を読ませていただきました。一緒に行くのは構いませんが……。陛下の許可を頂かないと」


 クロキはしれっと答える。

 これは敵を助けるようなものだ。

 行くにしてもモデスの許可が必要である。

 それにクーナも嫌がるだろうから、クロキは何といって説得するべきか悩む。


「ほう……。クロキ殿を連れて行くのか。ならば、陛下にはこのルーガスが言っておこう」

「良いのですかルーガス殿?」

「ああ、構わぬよ。それに別にトールズを助けるためではない。卿があの地の者と会う事は悪い事ではないと思うのでな」


 そう言ってルーガスは笑う。


「そうですか、ありがとうございます。ルーガス殿」


 これでクロキもジプシールに行く事が決まったのであった。






 魔王宮の謁見の間でモデスはルーガスと会う。


「ほう、クロキをジプシールに行かせたのか? 別に構わないが、最強の暗黒騎士を行かせるとはな。弟子が可愛いようだなルーガスよ?」

「ええ陛下。あの娘は色々と役に立ってくれますからな」

「それは、お主が行っている魔術の研究か?」

「はい、陛下。トトナの創った魔術師協会はかなり役に立っております」


 魔術とは魔法をよりうまく使う術の事だ。

 魔術を駆使する事で生まれつき魔法が使えない者も魔法を使う事ができるようになり、生まれつき魔法が使える者はより強力な魔法が使えるようになる。

 そして、その魔術の基礎を生み出したのがルーガスだ。


「以前に話した通り魔力が弱い者程、魔術の研究に熱心になります。人間達が魔術の研究には中々素晴らしいものがあるのですよ」


 ルーガスは楽しそうに言う。

 相変わらずルーガスは魔術や知識の事になると性格が変わる。

 ルーガスはその基礎を誰にでも教えた。

 それはより魔術の発展を考えての事だ。

 そのおかげで魔術が世界中に広まり、様々な魔術が生まれた。

 トトナはサリアと言う人間に化けて、魔術師協会を作り人間に魔術を広めた。

 魔術を知った人間は自分達でも研究を始めて様々な魔術を生み出した。

 トトナはその研究の成果を魔術師協会に集めさせて得ているのである。

 そして、ルーガスはトトナから研究の成果を得ている。


「なるほどな……」

「もちろん、他にも理由が有ります陛下。クロキ殿はかねてから世界を見たいと言っておりました。良い機会なのでジプシールに行くのも良いと思ったのです」

「ほう。それでは、もう一つはクロキのためか?」

「はい。クロキ殿は今やナルゴルの重鎮。様々な事を知っておくのも良いでしょう」


 そう言ってルーガスは笑うのだった。





 クロキが旅立った夜。

 クーナは夢の中でレーナと会う。


「全くトトナも余計な事をしてくれるわね……。まあどのみちトールズを助ける必要はあったけど、面白く無いわね」


 レーナの言葉にクーナも頷く。

 クロキがシロネを助けに行くのは面白くない。

 また、トトナと一緒というのも面白くない。

 しかし、クロキを止めるのは難しかった。


「貴方はいかないの? クーナ?」

「行くわけがないだろう。レーナ。シロネを救う協力なんて、絶対やりたくない」


 クーナは不機嫌そうに言う。

 不満だけど見送るしかないのが歯がゆいのである。


「まあ、そうよね。貴方の性格を考えるなら。さすがに今回はどうにもできないわね。それにトトナと一緒というのも気になるけど、まあ簡単なお使いだから何もないと思うけどね……」


 レーナは溜息を吐く。


「簡単なお使い? どうもトトナの話と違うようだが」


 クーナは首を傾げる。

 レーナの言うイシュティアの話とクロキの言うトトナの話が少し違う。

 もしかするとやっかいな事になるかもしれないとの事だ。

 レーナにそう伝える。


「あら、そうなの? おかしいわね。そう聞いているのだけど……。まずいわ。そういえばイシュティア様ってかなり楽観的な方だったわ……」

「おい。大丈夫なのか? それは?」

「わからないわ。もしかすると私も動いた方が良いかもしれないけどジプシールは勝手が違うのよね」


 レーナは不安そうに言う。

 ジプシールはエリオスにとって特殊な地である。

 ナルゴルと同じようにエリオスの者達は簡単に入る事ができない。

 それを聞いてクーナも不安になり、一緒に行かなかった事を後悔する。


「クロキなら大丈夫だと思うが……。やはりクーナも行くべきだったかもしれないぞ」


 レーナを見ながら、クーナは後悔をするのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


続きです。

休みだったのでようやくまともに執筆ができました。

今回は特に変更が楽だったというのもあります。


「カクヨム」でも読んで下さると嬉しいです。

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