第29話 デイモンとの契約者

「ちょっとノヴィス! デキウス様に代わって貴方が運びなさい!!」


 地下水路の来た道を戻りながら。シズフェはノヴィスに言う。

 デキウスよりもノヴィスの方が力がある。 だから、ネズミ人ラットマンから人間に戻った男性を運ぶのはノヴィスがやるべきだとシズフェは思ったのである。


「ええ、何でだよシズフェ。可愛い女の子ならともかく野郎なんか運びたくないぜ」


 ノヴィスが嫌そうな顔をして言う。


「良いのですよシズフェ殿。ノヴィス殿の方が私よりも強いのです。戻る途中で魔物に遭遇するかもしれませんし。ですからノヴィス殿の体力を消耗させるべきではないでしょう」


 デキウスがそう言うとノヴィスは勝ち誇った顔をする。


「ほうら見ろ! シズフェ! デキウスの旦那もそう言ってるぜ!!」

「む――!! 何よそれ!!」

「2人とも喧嘩はやめて下さい。まだ油断はできませんよ」


 レイリアが呆れた声を出す。


「ふん、何の痴話喧嘩しているんだい? いい加減私を解放しな!!」


 アイノエがシズフェ達を見て不機嫌な声を出す。


「悪いなアイノエさんよお。あんたを逃がすわけにはいかないぜ」


 アイノエを縛った縄を引きながらケイナが言う。


「そんな事を言っても良いのかしら。私を解放した方が身のためだと思うけど」


 そう言うとアイノエは不敵な笑みを浮かべる。


「止まるんだみんな!!」


 ノーラが突然叫ぶ。


「どうしたのノーラさん?」


 シズフェは聞くが、ノーラは何も答えずにそのまま前方を注意深く見ている。

 明かりはマディの杖の先に灯った魔法の照明しかない。

 これはチユキが戻る時に必要だろうと点けてくれたものだ。

 しかし、この魔法の照明は光条の魔法と違い周囲しか明るくしない。

 そのため奥に何がいるのかわからなかった。


「俺に気付くとは、さすがエルフだな」


 野太い声が聞こえると、暗がりから人影が姿を現す。

 影だけなら人間に見える。

 しかし、現れた者の頭部は人では無い。

 筋肉質で人間よりも1回り大きな体の首から上にあるのは大きな黒い山羊の頭である。

 故にそれは人ではなく”それ”と言わねばならないだろう。


「嘘……。レッサーデイモン」


 マディが信じられないと首を振る。

 現れたのは黒山羊の頭を持つ魔物で、一般にレッサーデイモンよばれるものであった。

 レッサーデイモンは下位とはいえデイモンだ。人間よりもはるかに強い存在である。

 それがシズフェ達の帰り道を阻むように立っていた。


「アイノエちゃんの気配がするから来てみれば……。アイノエちゃんを離せ。そうすりゃ女だけは生かしてやる」


 レッサーデイモンは大きな鉈のような剣をこちらに向ける。


「どうするシズフェ?」


 ケイナは不安そうに聞く。


「戦うわ。それしか無いわ」


 シズフェは剣を抜く。そうするしかなかった。

 女性の命は取らないと言っても何をされるのかわからないのに降伏なんかできるわけがないのである。


「確かにそれしかありません。悪魔に降伏なんかできません。偉大なる天使スルシャ様! 私に力をお与えください! 悪しき者に裁きの鉄槌を!」


 デキウスは担いでいた男性を降ろすと壁を背にして座らせた後でメイスを取ると、魔法を唱える。

 裁きの鉄槌のオーディスの信徒が使う魔法で、メイスの打撃の力を増す効果がある。

 魔法を唱えたデキウスはメイスをデイモンに向け、盾を構える。


「待ちなデイモン! この女の命がどうなっても知らねえぞ!!」


 ケイナは槍の穂先をアイノエに向けて前に出る。

 卑怯な手だ。

 しかし、そんな事は言ってられない。


「ゼアル様、助けに来てくれると信じておりました。はあ!!」


 突然アイノエさんを縛っていた縄が地面に落ちる。そして、ケイナは横に跳ぶ。


「うう……」


 ケイナは槍を落として手を押さえる。


「ケイナ姉!!」


 シズフェはケイナの側に行く。ケイナの腕から血が出ている。

 アイノエさんの手には剣身がぐにゃぐにゃの剣がある。


「この剣は帯状剣と言ってね。腰に巻き付けて携帯する事が出来るのさ。これからは良く身体検査をするんだね」


 アイノエは笑いながらレッサーデイモンの横に立つ。


「これで人質はいなくなったな。さあどうする人間どもよ」


 レッサーデイモンが笑う。


「シズフェ! 後ろからも来るぞ!!」


 振り向くと武器を持ったネズミ人ラットマンが沢山出てくる。

 挟み撃ちにされてしまった。

 彼らはすぐには攻撃する気が無いのか動かない。

 おそらく私達を生け捕りにするつもりなのだろう。

 見るとレッサーデイモンの後ろからもネズミ人ラットマンが複数出て来る。


「シズフェ。俺が突破口を開く。その隙に何とか逃げろ」


 ノヴィスが愛用の大剣を構えて言う。


「ちょっとノヴィス。あれを使う気なの?」

「当たり前だ。ここで獣の霊感を使わなくてどうする?」


 ノヴィスは真剣な顔で言う。

 ノヴィスは力と戦いの神であるトールズを信仰する獣戦士だ。

「汝、獣となるべし」、それがトールズの教えだ。

 トールズを信仰する戦士達は城壁の中で暮らす事を良しとせずに、魔物の多い野外で生活することを良しとする。

 戦士達は鎧を身に付けずに魔獣や野獣の毛皮を纏い戦う。

 そこから獣戦士と名乗るのである。

 トールズの信徒は野外で獣の司祭を中心に教団を作り、魔物の多い場所を求めて移動しながら生活する。

 魔物の被害が多い国にとって、そんな獣戦士達は大変ありがたい存在である。

 そんな獣戦士達だけが使う秘術に獣の霊感がある。

 凶悪な魔獣の血を元に作った染料を刺青として体に描く。すると、その魔獣の力を得る事できるようになる。それが獣の霊感だ。

 この獣の霊感を得る事は難しく、刺青をした結果死んでしまう事もある。

 そのため、体をならしながら少しずつ刺青をいれる。ただし、才能がある者は短期間で全ての刺青を入れたりもする。

 獣の霊感にはいくつか種類があり、熊の霊感だったり、狼だったり、獅子だったりする。

 そして、獣の霊感を最大化する獣化の能力を使えば力は数倍になり、強力な戦士となる。

 しかし、問題として獣化を使い続ければ、やがて暴走してしまうのである。

 暴走すると見境がなくなり味方にも攻撃をするようになる。

 そのためトールズの信徒以外からは獣戦士と呼ばれずに狂戦士と呼ばれる事の方が多い。

 ノヴィスは過去に獣の霊感を得るために獣戦士団に入団した。

 才能があったのかノヴィスは普通は9年かかる所を2年で獣の霊感を得たのである。

 ノヴィスが得た獣の霊感は猪。

 獣化する事で強力な突撃力を得る。

 ノヴィスは火の勇者の称号を得る前は赤い猪と呼ばれていたのだ。

 それをノヴィスは発動しようとしていた。


「ぐうううう!!」


 ノヴィスの体に描かれた刺青が血のように脈動する。

 体の筋肉が膨れ上がり、口から牙が出てくる。


「お願いだから、暴走しないでよ……」


 シズフェはお願いするがノヴィスには聞こえていない様子であった。

 ノヴィスは血走った目でデイモンを見ている。


「何をしている? 降伏するのかしないのか早く決めろ!!」


 レッサーデイモンがノヴィスの様子を見て慌てる。


「があああああああ!!!」


 ノヴィスが剣を掲げてレッサーデイモンに突っ込む。


「何だと!!」


 ノヴィスの攻撃を受けてレッサーデイモンがよろめく。


「ゼアル様!!」


 アイノエがネズミ人ラットマンを引き連れて向かって来る。


「申し訳ありませんが貴方達の相手は私です」

「悪いがこっから先は行かせねえぜ」


 デキウスとレイリアに治癒してもらったケイナがアイノエに立ちはだかる。


「みんな! 後ろをお願い! 私はノヴィスを援護する!! お願い女神レーナ様。ノヴィスを守って」


 シズフェは女神レーナより授かった魔法を使う。

 女神の盾の魔法はあらゆる攻撃から対象を守る。

 女神レーナはトールズと同じ武神だ。

 ただし、トールズと違って守りの神である。

 どこの国の城壁にも女神レーナの聖印が彫られている。

 だから、シズフェはレーナ様に祈る。

 ノヴィスを守ってと。

 ノヴィスの体が光に包まれる。

 光がノヴィスを攻撃しようとしたネズミ人ラットマンの攻撃を防ぐ。

 その間にノヴィスは大剣を振るいネズミ人ラットマンを薙ぎ払う。

 よろけていたレッサーデイモンも態勢を整えるとノヴィスへと向かう。

 後ろでは激しい戦いの音が響いている。

 かなり厳しい戦いであった。しかし、シズフェ達は最後まで諦めないつもりである。


「女神様!! みんなに勇気を!!」


 シズフェは勇気の魔法を使う。

 これでどんな困難にも怖れずに立ち向かう事ができるはずであった。


「私達には女神様の加護がある! 絶対に負けてなるものか!」




「ここが魔女の家か、クロキ?」


 クロキの横にいるクーナが可愛らしく聞く。


「多分そうだと思うよクーナ。ここが魔女アリマの家のはずだ」


 クロキはウリムから話を聞いた後、クーナが起きるのを待って魔女アリマの家を探した。

 家は幻術で隠されていたようだが、すぐに見つける事ができた。

 グロリアスを降ろせる所に降ろした後で、クロキはクーナと共に歩いて魔女の家に向かったのである。

 クロキ達の目の前には木造藁ぶき屋根の一軒家がある。

 ここが魔女のアリマの家のようであった。

 この家は森の中にぽつんと寂しく建っている。

 普通ならこんな一軒家に住んでいると魔物や獣によって食べられてしまうだろう。

 しかし、住んでいるのはデイモンから力を貰った魔女だ。

 ウリムの話しでは魔女アリマはそんなに悪い人間ではないようであった。

 しかし、魔女であるので人里離れた場所で暮らさざるを得ない。

 だけど、善良である事は知られているそうで、オーディス教団やフェリア教団に隠れて近くの国の者が来る事もあるらしい。

 クロキは家の周囲にある護符を見る。

 護符には2つの四角が重なりあった印があった。


「これはモデスの聖印じゃないか? ここに住んでいる魔女はナルゴルの誰かと」


 クロキは聖印を確認すると暗黒騎士の姿になる。

 この姿の方が話がしやすいと思ったからだ。

 近づくと突然扉が開かれ、中から1人の黒いローブを着た老婆が姿を見せる。

 おそらく、誰かが来たらわかるようになっていたのだろう。

 もっとも、クロキ達は隠れて来たわけではないので気付かれて当然であった。

 老婆はクロキの姿を見ると膝を付く。


「偉大なる魔王様の使いの方よ、当家に何の御用でしょう」

「いえ、顔を上げて下さい。いきなり訪ねて来たのはこちらです。貴方がアリマさんでしょうか?」


 クロキが聞くと老婆は顔を上げる。


「はい。私がアリマでございます」

「突然訪問をして申し訳ありません。実はあなたに尋ねたい事があるのです」

「はい何でございましょう! 偉大なる暗黒騎士よ!!」


 アリマは大きく目を開いて答える。

 少し力をいれすぎだと思う。


「魔女アリマ。実はあなたと契約を結んだデイモンの名を知りたいのです」


 クロキが丁寧に尋ねるとアリマは言い難そうにする。

 言って良いか迷っているようであった。


「おい女。クロキの問いに何故答えない? 死にたいのか?」


 クーナが鎌をアリマの首に当てる。


「ひい!!!」


 アリマは恐怖で顔を引きつらせる。


「ちょっと待ってクーナ! やりすぎだよ!」

「むう、クロキがそう言うのなら……。ならば、こうだ。おい女! クーナの目を見ろ! そして、答えろ!」


 クーナが支配の魔法を唱えると、アリマの目が虚ろになる。


「私が契約したのはマンセイド様です……」


 アリマは小さく呟く。

 クロキはその名を知っていた。ウルバルドの側近のデイモンである。

 マンセイドはデイモン族の魔道士である。彼はウルバルドの命令で時々ナルゴルの外で諜報活動をする事があると聞いていた。

 彼女と契約をしたのはその時だろう。


「マンセイド卿か、確かウルバルド卿の側近だったはず。彼の居場所がわかれば、ウルバルド卿の居場所がわかるかも。アリマさん。マンセイド卿はどこにいるのかわかりますか?」

「はい、マンセイド様と別れて30年になります。繋がりも薄くなりました。ですが、あの方の居場所は今でもはっきりとわかります。マンセイド様はアリアディア共和国におります」


 アリマははっきりと答える。


「アリアディア共和国は広いのでもっと具体的にどこにいるかわかりませんか?」

「地下……。おそらくこの感じは地下にいると思います」

「地下と言う事は地下水路か? なんで地下水路に? 今はそこにレイジ達もいるはず……」


 アリマの言葉を聞いてクロキは驚く。


「おや、ウルバルドは地下水路にいるのか。これは運が悪いな。勇者にやられるかもしれないぞ」


 クーナは笑いながら言う。

 だが、クロキとしては笑い事ではない。

 何でそんな所にいるのかわからないが、助けに行かなくてはと思う。


「クーナ! 急いでアリアディアに戻るよ!!」


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


実はちょっと前にノベルアップ+という最近出来たサイトを覗いてみました。

マグネットマクロリンクと同じで、投げ銭が出来るサイトのようです。

既にマグネットマクロリンクに投稿しているので移転の予定はないですが、

どんな違いがあるのだろうか気になったのです。


そして、パッと見て気になったのはマグネットと違って、表紙がないようです。

個人的には表紙がある方が好きなのですが、他の方はどうなのでしょう?


その内、クーナだけじゃなく、他のキャラも描きたいのですが時間が取れなかったりします(´;ω;`)

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