第8話 鉄仮面の戦士(イラストあり)

 ヒュダン高地はミノン平野の北東にある高地である。

 近くには中央山脈があり、鉱物資源が豊富に取れる。

 しかし、農耕に適さず、魔物が多いので住む人間は少ない。

 この地に多く住む知恵ある種族はドワーフにサテュロスにコボルトにヒヒだ。

 そして、そのヒュダン高地の南西に南ヒュダン首長国はある。

 南ヒュダン首長国はドワーフが建国した国であり、市民のほとんどはドワーフとその家族の女性であり、人間の男性は少ない。

 国の長はもちろんドワーフであり、首長と呼ばれる。

 ちなみに首長とはドワーフの政治的指導者に与えられる称号だ。

 首長が治める国だから、首長国なのである。

 他にドワーフの指導者の称号には親方がある。

 ドワーフは工芸の民であり、親方とはそれぞれのドワーフ職人集団の頭の事だ。

 首長はその親方達の中から持ち回りで決められる。

 つまり、首長は当番制なのである。

 ドワーフは政治的なものを嫌い、物作りに没頭したい者が多い。

 しかし、誰かが政治をしないわけにはいかず、当番で首長をする事にしている。

 クロキはエリオスから、そんな南ヒュダン首長国に来ていた。


「ヴェルンドとはかなり違いますね。ダリオ殿」


 クロキが都市を歩いていると大勢の鉱夫とすれ違う。

 鉱夫はもちろんドワーフだ。

 南ヒュダン首長国は鉱山都市であり、山間にできた南ヒュダン首長国は鉱物資源が豊富だ。

 この国で採掘された鉱物資源やそれを元に作られてた製品は、すぐ近くのミノン平野の人間の国々に運ばれる。

 国の重要な産業であるので鉱夫が多いのも当たり前だ。

 山の民でもあるドワーフは土の中でも息ができて、鉱毒に耐性がある。

 土を掘る技術にも長けていて、全員が優れた鉱夫になる事ができる。

 1のドワーフの鉱夫は万の人間の鉱夫に勝ると言われているのも納得である。

 そのため人間の鉱夫はほとんどいない。

 クロキの生まれた世界の歴史に出てくるような悲惨な鉱山奴隷はいないのである。

 それは通り過ぎるドワーフの顔を見ても明らかであった。 


「はっはっは。そりゃ都であるヴェルンドに比べられますとな。まあ、大半の我らの国はこのような感じですよ」


 ダリオは笑って答える。

 ドワーフのダリオはクロキがアリアディア共和国に行くまでの、手助けをするために来てくれた。

 そして、これからアリアディアで活動するための用意をしにダリオの知り合いの家に行く所だ。

 用意を済ませた後は陸路でアリアディアへと向かわなくてはいけない。

 アリアディア共和国へは転移の門が繋がっていない。

 そもそも、転移の魔法は難しく、使える者が少なく、転移の石も量産は出来ない。

 そのため、よほどの場所にしか転移の門は設置しないのである。

 もし、転移魔法が簡単に使えていたら流通革命が起こっていただろう。

 しかし、現時点ではそれはないのである。

 やがて、クロキ達はダリオの知り合いの家の前へと来る。

 建造物は立派だが、機能重視で装飾がない。

 この家の主を表しているみたいだった。


「ダリオ殿? ここは?」


 クロキは首を傾げる。

 ダリオの知り合いはドワーフの鍛冶師と聞いていた。

 だから、家は鍛冶の工房を想像していたのである。

 しかし、ドワーフの工房にしては少し変な感じがしたのである。


「まあ、知り合いの工房じゃよ。そして、奴の妻は女神ファナケア様の信徒でな薬師をしておる。ここは診療所も兼ねておるのよ」

「ああ、それで薬草の匂いがするのですね」


 クロキは変な感じがした理由に気付く。

 診療所を兼ねているので、普通の工房と違っていたのだ。

 医と薬草の女神ファナケアはエリオスの神々の1柱で、知識と書物の女神トトナの姉だ。

 つまり、神王オーディスと神妃フェリアの娘でもある。

 優しき女神であり、人々に医療の技術を教えたとされている。

 そのため薬師等の医療に関する仕事をする者から信仰されている。

 ダリオの知り合いの妻は人間で、そのファナケアの信徒なのである。 


「お~い。ドリオいるか?」


 ダリオが知り合いの名を呼びながら入るとクロキも後に続く。


「あれ、ダリオさん? 久しぶり」


 ダリオが声を出して、中に入ると小さい人が出迎えて来れる。

 身長が30センチにも満たない小人の種族ピュグマイオイだ。

 ピュグマイオイは人間ヤーフやエルフやドワーフと同じくエリオスの神々の眷属である。

 か弱い種族であり、他のエリオスの眷属と一緒に暮らす者も多い。

 出て来たのはそんなピュグマイオイの少女だ。

 ピュグマイオイの外見は3等身であり、彼女もそんな姿である。

 紫色の髪に種族の衣装であるとんがり帽子が可愛らしいとクロキは思う。


「おや? メモルじゃないか? どうしてここに」

「それがねダリオさん。ここにお手紙を配達中にステュムパリデス鳥に襲われてね。乗っていた鳥が傷ついちゃったのよ。それで傷薬をもらいに来たの」


 メモルが振り返ると視線の先には翼に包帯を巻いた大きな鳥がいる。

 ピュグマイオイは小さいが人間よりも特殊な能力があり、鳥や虫や小動物と会話する事が出来る。

 そして、鳥と仲良くなったピュグマイオイは背に乗せてもらえたりもする。

 渡り鳥を率いるアッカー達と共に不思議な旅をしたピュグマイオイ族の少年の話はとても有名である。

 他にもネズミと会話仲が良い、外見を気にしない金匙叔母さん等の有名人は意外と多い。

 そんなピュグマイオイに中には鳥に乗り人間の国を行きかう手紙の配達業を営む者もいる。

 メモルもそんな手紙を配達業をする者なのだろうとクロキは推測する。


「ステュムパリデスか、あれは凶暴だからな」

「そうなのよ。いくら私達でもあいつらと仲良くするのは難しいのよ」


 メモルが困った顔をする。

 ステュムパリデス鳥は青銅の嘴を持ち、毒性の糞をまき散らす害鳥だ。

 性格は獰猛で、鳥と仲が良いピュグマイオイでも手懐けるのは難しいようであった。


「そうか、ところでドリオはどうしたんだ?」

「うん。ドリオさんはこの国に来ていた隊商が魔物に襲われたらしいのよ。何とか振り切って辿り着いたようだけど、怪我人が多くてね。薬師の奥さんと一緒に様子を見に行っているわ。私はその間、留守番を頼まれたの」


 メモルは説明する。


「魔物か最近多いみたいだな。ミノン平野は大変だと聞いているが……」

「そうなのよ。麦酒エールが入って来なくなったって、ドワーフのおじ様達が嘆いているわ」

麦酒エールが? そいつは一大事だ。この国ではまともな酒は造れぬからな」


 ダリオが天を仰ぐ。

 ドワーフは工芸の民だが、食品加工は苦手だ。

 一応、この国でも食べ物は作られているが、嗜好品である酒は輸入に頼っている。

 しかし、ミノン平野に魔物が増えた事で商隊の活動が少なくなった。そのため、輸入していたエール酒が入って来なくなった。

 酒好きのドワーフにとっては一大事であった。

 

「だから、今アリアディア共和国の将軍は魔物退治のために高名な戦士を呼び寄せているみたいよ。特に東の光の勇者には期待しているみたいだわ」

 

 メモルが腕を組んでふんふんと頷く。

 突然レイジの事を聞いてクロキの体がびくっと震える。


(どうやら、この事件が解決するまではレイジ達はここから離れないみたいだな……。何とか隙を見てナットを助けられないだろうか?)


 事件の解決には時間がかかりそうだとクロキは判断する。

 レイジ達が忙しそうな今ならナットを救えそうであった。


「ところで気になったのだけどダリオさん。そちらの人間のお兄さんは誰かしら?」


 そう言うとメモルがクロキを見る。

 

「ああ、こちらは自由戦士になりたてのクロ殿。これからミノン平野に向かう予定でな、装備を整えるために来たのだよ」


 ダリオが説明する。

 レイジ達に近づくには正体を隠す必要がある。

 クロキはアリアディア共和国に仕事を求めて来た自由戦士を名乗るつもりであった。

 現在アリアディア共和国のあるミノン平野は魔物が増えて大変な事になっている。

 外から自由戦士が来てもおかしくない。

 アリアド同盟に属する国々の中には金さえ払えば、市民権がない者でも入れる国が多くあるとクロキは聞いている。

 活動には困らないはずであった。


「ふ~ん……。あんまり自由戦士に向いているように見えないけど。まあ、訳ありの人は何人も見ているから良いけどね。でも、気を付けてね、顔を知っている人が死ぬのは嫌だから」


 メモルはクロキを心配そうに見る。


(これが彼女なりの気遣いなのだろうな……。向いているように見えないという事は強そうに見えないという事だ。すぐ死にそうに見えたのかな?)


 クロキはそんな事を考えて苦笑する。


「さて、ドリオはいないみたいだから、勝手に入らせてもらおう。奴には貸しがあるからな、装備を貰っても文句は言うまい」


 ダリオは遠慮なく奥へと入ると、クロキもその後に続く。

 部屋の奥には兜や鎧が並べられていた。

 クロキはその中にある抜き身の剣の1つを取る。

 美しい模様が入った青銅の剣だ。

 鉄に比べると純粋な武器としては劣るが、精霊が鉄に比べて嫌わないので、魔法が使える戦士の中で使う者は少なくはない。 

 その青銅の剣はドワーフの製品だけあって良い品である。

 

「さて、クロ殿。これはどうですかな?」


 ダリオがクロキに兜を渡す。

 目元まで隠す事が出来て、口元は開いている。

 顔を隠すのにちょうど良さそうであった。


「ありがとうございますダリオ殿」

 

 クロキはダリオから兜を受け取ると早速被る。

 兜にクロキの頭が丁度よく収まる。

 鉄の兜は、簡素な作りだがしっかりとした作りだった。

 粗悪な品のように、動くとずれる事はないようだ。


「へえ、結構似合っているわ。それなりの自由戦士に見えるわ。整った顔が見えなくなるのは残念だけどね」


 メモルが笑いながら感想を言う。

 聖レナリア共和国にもいたが、兜を被りっぱなしで顔の見えない自由戦士は結構多い。

 よほど、怪しい行動を取らない限り顔を見せろとは言われないはずである。

 クロキは近くにある鏡を見る。

 そこには鉄仮面の戦士が1人立っていた。




「ふわああああああ」


 自由戦士ノヴィスはあくびをしながらアリアディア共和国を歩く。

 ノヴィスがこの国に来るのは久しぶりだ。

 17歳という若さながら、火の勇者と呼ばれる程の戦士であるが、魔物の少ないこの地域ではノヴィスの力はあまり必要とされない。

 少なくともつい最近まではそうだった。

 つい最近までノヴィスは東の地の魔物退治に出掛けていた。

 そのノヴィスが戻って来たのは、この国の将軍府から急遽魔物退治の依頼が来たからである。

 そのため、乗合馬車でつい先ほど戻って来たのである。

 明日にでも将軍府に行かなければならないだろう。


「さて、どうするかな? 公衆浴場にでも行くか。お偉いさんに会わなきゃならないし、シズフェにも会わなきゃいけないからな」


 いつものノヴィスは風呂が嫌いで滅多に入る事はない。

 しかし、幼馴染の少女シズフェは臭いのを嫌う。

 そのため、彼女に会う時だけは匂いに気を遣う事にしている。


(全く男臭い匂いで良いと思うのだがな、この匂いが好きって女もいるのに)


 ノヴィスはシズフェの事を考えて不満に思う。

 しかし、嫌われたくないので浴場に向かう事にする。

 公衆浴場はアリアディア共和国の歓楽街にあり、他にも市民のための娯楽施設が多い。

 ノヴィスは円形闘技場を横を通り抜け、競馬場の近くまで行く。

 公衆浴場はその先である。


「ちょっと! 通しなさい!」


 ノヴィスが歩いている時だった。

 凛とした女性の声がする。

 ノヴィスが声のしたほうを見ると2人の女性がいる。

 髪を高く後ろにまとめて剣を腰に差している女性と、神官の法衣を纏った服の上からでも巨乳とわかる女性だ。

 声を出したのは剣を持った女性のようであった。

 

(おお! すげえ美人!)


 ノヴィスは思わず声を出しそうになる。

 2人組の女性はかなりの美女であった。

 幼馴染のシズフェもかなりの美少女だが、この2人の女性はそれを超えているように見えた。

 その2人組の女性が複数の男に絡まれている。

 男達の姿から見るに自由戦士のようであった。


「この国は初めてなんだろ俺達が案内してやるよ。同じ自由戦士なんだから、仲良くしようぜ」


 男はにやけた笑いを浮かべている。

 どうやら、美女を見かけたので声をかけたようであった。


(気持ちはわかるが、お前らの顔じゃなびかないぜ)


 ノヴィスはふふんと心で笑う。

 この美女達を助けて仲良くなれるかもしれないなとほくそ笑む。


「おっと待ちな。そのお嬢さん達は俺と先に約束をしてたんだ」


 ノヴィスはさっと間に入る。

 ここは話を合わせて、この女性達を男達から引き離す予定であった。


(ふふ、決まった)


 ノヴィスはほくそ笑む。

 しかし、剣を持った女性は冷たい目でノヴィスを見ている。


「ごめんなさい。貴方の事を知らないのだけど」


 剣を持った女性が言うと取り囲んでいた男達が笑い出す。


「ぎゃははは! 飛んだ間抜けだな!」

「ちげえねえ」


 たまらずノヴィスの顔は赤くなる。


「何だとこの野郎!」

「おうやるってのか?」


 ノヴィスが拳を構えると男達も身構える。


「何をしている!」


 ノヴィス達が喧嘩を始めようとした時だった。

 突然叫び声がする。

 ノヴィスが声がした方を見ると何者かがこちらに来る。

 坊主頭の巨体の男だ。

 ノヴィスの知っている顔であった。


「げっ! ゴーダン!」


 ノヴィスは男を見て唸る。

 こちらに来た男は地の勇者ゴーダンと呼ばれる男だ。

 自由戦士協会の役員で、自由戦士達の揉め事を調停する仕事をしている。


「何だノヴィスか? 戻って来ていたのか? たまたま、近くを通ったら揉め事が起きているみたいじゃねえか。まさかお前だったとはな」


 ゴーダンが呆れた顔をする。

 

「ちげえよ! こいつらが、このお嬢さん達を無理やり連れまわそうとしていたから助けようとしたんだ!」


 ノヴィスは弁解する。

 もちろん、下心があったのは隠している。


「はあ! 何だ! お前はよお! この間抜けの仲間か?」


 男はゴーダンを見て息巻く。

 数の優位は変わらないから、勝てると思っているのだろう。


(全く、弱い犬程良く吠えるってな)


 ノヴィスは溜息を吐く。

 男達は数は多いが、強そうに見えない。

 それに有名な戦士であるゴーダンを知らない所を見ると、つい最近になって地域の外から来た新参者に間違いない。

 そして、質も悪い。

 ノヴィスは少し痛い目にあわせるべきか迷う。

 おそらく、自分だけで勝てるだろうとノヴィスは推測する。

 ノヴィスと同等の強さを持つゴーダンがいれば、より簡単に勝てるだろう。

 問題はアリアディア共和国内では喧嘩は禁止されている事だ。

 下手をすると牢屋に入れられるかもしれない。


「女の前だからって恰好つけやがって! 構わねえやっちまえ!」


 男達は腰の剣を抜こうとする。

 こうなったら戦うしかないだろう。

 ノヴィスは構える。

 しかし、そんな時だった。


「いい加減にしなさーい!!」


 突然剣を持った女性が叫ぶ。

 その瞬間、ノヴィスの体が一回転する。

 ノヴィスは何が起きたのかわからなかった。

 いつの間にか倒されて床に転がされている。

 体が痛くて動かなかった。

 何とか顔を横にして見るとゴーダンも倒れている。


「なんて力だ」

「すげえぜ……火の勇者と地の勇者を投げ飛ばしたぜ……」

「綺麗な顔して……やる事がすごいぜ……」

「あのゴーダンが倒されるなんて」


 ノヴィスの耳に遠巻きで見ていた人々の声が聞こえる。


「ちょっとシロネさん。やりすぎだよ! ごめんなさーい! 大丈夫ですかー!!」


 法衣を着た女性が叫びながら近づくのがノヴィスに聞こえる。


「今治癒魔法をかけますからね……」


 その優しい声を聞きながらノヴィスは意識が沈むのだった。



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シズフェリアとその仲間のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16817330668121313333

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