第29話 吟遊詩人2

「何とかうまく会えたな……」


 クロキはほっとする。

 吟遊詩人に変装してアルゴアに潜入したのはオミロスに会うためだ。

 1度どんな人なのか会ってみたかったのだ。なかなか良い人のようで安心する。

 彼ならばリジェナを任せられそうな気がする。

 だからドワーフのダリオ殿に特別に作ってもらったのだ。

 それにしても少し予定が狂った。まさか拘束されるとは思わなかった。もしもシロネ達の所に連行されるのならば逃げなければいけない所だった。

 クロキは壊れた楽器を触る。元は竪琴だった物だ。


「吟遊詩人なら楽に入国できると聞いたんだけどね……」


 クロキはリジェナの婆やから、吟遊詩人だと簡単に入国できると聞いた。そして変装してアルゴアまで来たのである。

 隠形を使わなかったのは正面から堂々と会って話しをしたかったからだ。オミロスがどんな人なのか知りたかった。

 隠形で近づいて会っても警戒されてまともに話ができるとは思えず、人となりを知る事ができない。

 結局、怪しまれてしまったが、人となりは知る事が出来たと思う。

 後はパルシスを名乗るゴズを排除して、リジェナの意志を確認するだけである。

 だけど、ゴズはどこにいるかわからず、リジェナの側にはシロネ達がいる。


(ゴズの狙いは自分とシロネ達が争っている間にリジェナを攫いに来る事かもしれない。だから、手を打たないと……)


 クロキはゴズの事を考える。

 そして、次にクーナの事を考える。

 クーナはシロネ達を何とかすると言って飛び出してしまった。

 どこに行ったのかわからないが、クロキは嫌な予感がした。

 クロキはクーナやシロネの事で手を離せないかもしれないと思う。

 パルシスが動いた時には何もできないかもしれない。

 もし、リジェナを救える者がいるとすれば、それはオミロスである。

 リジェナの事は出来る限りは助けてあげたいとクロキは思う。

 でも、うまく助けられないかもしれなかった。

 だから、オミロスに期待する。

 クロキがオミロスに盾を渡したのはそのためだ。

 元々、盾はリジェナが去る時に餞別としてあげようと思っていた物の1つだ。

 オミロスに与えても問題はない。

 また、障害となる物はなるだけ排除してあげておこうとクロキは思う。

 そして、側にいる人狼を見る。


(この人狼はこの国の人間が話しているのを横から聞いて知ったが、確かオーガの仲間だったようだ。 理由はよくわからないけど、オーガ達はシロネ達を狙っている。どういう事だろう)


 人狼は縛られたままだ。

 もしかするとリジェナ達の障害になるかもしれない。だから、オーガの情報が欲しいとクロキは思い、人狼の口の鎖を外す。


「くはっ!! おい、お前。俺を自由にしろ! そうすりゃ、お前の命だけは助けてやるぜ!!」


 口元が自由になり人狼は大きく息を吐くとクロキに言う。


「えっと、すみません……。クジグってオーガの事で聞きたい事があるのですが」


 クロキは頭を下げて人狼に聞く。


「ああ! てめえ頭がおかしいのかよ! 早く解けって言っているんだよ!!」


 しかし、人狼はクロキの頼みを聞かず、鎖を外す事を強要する。


(どうやら普通に聞き出すのは無理のようだ。命だけは助けてやると言っているが、自分に向けて殺気を放っている。鎖を解いたら自分を殺すつもりのようだ)


 クロキは首を振る。

 この人狼に頭を下げてもダメであった。


「仕方がないか……」


 クロキは人狼の頭に手を置くと魔法を発動させる。

 人狼とはいえあまりこの手段は使いたくなかった。


 恐怖の魔法。


 魅了の魔法と同じように精神を操る魔法である。この恐怖の魔法を受けた者は相手に耐えがたい恐怖心を抱くようになる。

 実はクロキはこの魔法が好きではない。たとえ、どんな相手でも心を操るのは良くないと思うからだ。

 だけど、状況によっては使う事にためらいを持つことはしない。


「おお……おま……あなたは……」


 魔法が発動して人狼が震えだす。目が限界まで開かれ口がぱくぱくと動いている。


「名前を教えてくれるかな?」

「ダっ……ダイガンです! 怖ろしいお方よ!!」

「そう、ダイガンっていうのか。これからは自分に従ってくれる?」

「はっ、はいいいい!!」

「それじゃあダイガン。知っている事を……」


 クロキがダイガンに知っている事を聞こうとした時だった。

 突然扉が開かれる。


「食事を持って来たよ」


 扉から入ってきたのは10歳くらいの女の子だ。

 その女の子が押している台車の上には、2つの皿が乗せられている。


「ありがとう、御嬢さん」


 クロキはお礼を言う。

 この子がいたのでは聞き出す事は不可能だ。食事を置いたら早く出て行ってもらいたい。

 女の子が持って来たのは豆のスープである。

 広い耕地を必要とせず、城壁の中でも栽培が可能な豆はこの世界のどこの国でも食べられている。

 クロキも何度も食べた。

 この世界の豆は大粒で、良く育つ。

 中には天まで伸びる程成長する品種もあると聞いていた。


「なんだ豆かよ。肉を寄こせよ……」


 匂いから豆のスープだとわかったのだろうか、ダイガンが食事を持って来てもらいながら贅沢な事を呟く。

 クロキはダイガンを少し睨む。


「いやー、おいしそうな豆だな。豆大好物なんですよ!!」


 クロキが睨んだせいだろうか、ダイガンが言い直す。


「豆が好きだなんて……、狼は肉が好きだと思ってた」


 女の子が不思議そうな顔をする。

 女の子はスープをクロキ達の前に置くと、その前に座る。


「えっ!?」


 クロキは首を傾げる。

 女の子が立ち去らず、この場に座ったからだ。


「ねえ、吟遊詩人なんでしょ。何か歌ってよ!! 前に来た吟遊詩人の歌は面白かった。おじさんも何か歌って!!」


 女の子は期待した目でクロキを見る。


(そういえば吟遊詩人に化けているのだった。それにおじさんか……。まあ、この年齢の少女から見ればおじさんなのかもしれないけど)


 クロキはおじさんと呼ばれ少し傷つく。

 吟遊詩人の歌とは、音楽に合わせて物語を話す歌物語の事だ。

 歌物語はこの世界の神話や、英雄譚や、恋物語が一般的である。

 問題はクロキは歌が下手だという事だ。


「ごめんね……。旅の途中で楽器が壊れてしまってね。今は歌えないんだ」


 クロキは壊れた竪琴を見せる。

 もちろん嘘である。

 壊れてなくても歌う事はできない。だからこそ、わざと壊れた楽器を持って来たのだ。

 クロキは歌う事を求められたら、壊れた楽器を見せて乗り切るつもりだったのである。


「えー、つまんない! みんな忙しそうだし、誰も相手してくれないし……。ねえ、何かお話しぐらいはできるでしょ」


 クロキは少女に言われて戸惑う。

 正直魔法で眠らせようかと思ったが、こんな少女に魔法を使う事は躊躇われた。


「うーん、そうだね……。それじゃあ、雲海に住む雷竜の話しをしてあげようか……」

「雲海の竜?何それ聞きたい!!」


 少女は目を輝かせる。

 少し前にクロキはクーナと共にナルゴルの南東にある雲海へと向かった。

 雲海には浮かぶ大地があり、そこには多くの雷竜が住んでいた。

 そこで、クロキは雷竜の力を貰ったのである。

 それをクロキは多少脚色して少女に話す。


「えーっ、嘘だ。竜が力をくれるなんて。でも話としては面白かったよ!!」


 少女はまったく信じてくれない。

 そもそも、普通の人間では雷竜の住む場所に行く事は出来ない。

 だから、少女は作り話と思ったようだ。

 しかし、少女は楽しそうにしている。


(よっしゃ!!)


 クロキは心の中でガッツポーズを取る。

 最近怖がられてばかりだから、少女の反応は嬉しかったりする。


「ねえ、もっと話をしてよ、おじさん!!」

「そうだねえ……」


 クロキが次の話しをしようとしている時だった。

 ダイガンが暴れ出す。


「どうしたの? 人狼さん」


 少女がダイガンに尋ねる。


「匂うぞ! 来た、来たぞオーガが来たぞ!!」


 ダイガンは叫ぶ。


「そういえば何か甘い匂いがする……」

「そういえば」


 少女の言うとおり、先ほどから何か甘い良い匂いが漂っていた。

 鼻の良いダイガンはその匂いにいち早く気付いたのである。


(話すのに夢中になって忘れていた)


 クロキは立ち上がる。

 どうやら、動かなくてはいけないようであった。





「何、あの城? 近づいて来る」


 シロネは窓に近寄り外を見る。

 雲一つなく月が明るいため遠くまで見る事ができる。

 月明かりの中、巨大な何かが近づいて来る。


「あれって御菓子のお城かしら?」


 キョウカの言葉にシロネは頷く。

 この世界でのシロネ達の目はすごく良い。

 城はまだ遠いけど、どんな城なのかはっきりとわかる。


「おそらく、あれがオーガのクジグの城でしょうね。確かお話しだと壁がレープクーヘンで、屋根は菓子類、窓は透き通った砂糖で作られているはずです。この世界の御菓子類の事はよくわかりませんが、似たような物で出来ているみたいですね」


 カヤが解説してくれる。

 レープクーヘンとは蜂蜜・香辛料、またはオレンジ・レモンの皮やナッツ類を用いて作ったケーキの一種だ。

 オーガのクジグはそのレープクーヘン等を使ったお城に住んでいるとシロネは聞いていた。


「なんですの、あれ。蟻が城を運んでいますの?!」


 キョウカの言うとおり、沢山の蟻人ミュルミドン達がお神輿のように御菓子の城を運んでいる。

 御菓子の城はアルゴアの近くまで来ると止まる。

 近くまで来ると、シロネの目にはさらに良く見える。

 クリームで出来た尖塔、窓は色とりどりの砂糖菓子、壁はレープクーヘンのような焼き菓子、飴細工の灯篭が月明かりの中で御菓子のお城を妖しく浮かび上がらせている。

 その尖塔の1つから光が浮かび上がる。

 その光は歪み、まるでスクリーンのようにある映像を映し出す。

 魔法の映像である。

 その魔法の映像が人影を映し出す。

 浮かび上がった人影にシロネは見覚えがあった。


「あれは、クーナ様!!」


 シロネ達と一緒に見ていたリジェナが叫ぶ。

 リジェナの言うとおり。

 浮かび上がった人影はシロネがヴェロスで会った白銀の髪の女の子に間違いなかった。


(何でオーガの城にあの子がいるの!?  もしかしてオーガと手を組んだの!?)


 シロネがよく見ると映像の端にはオーガらしき物が映っている。

 白銀の魔女はオーガと手を組んだようであった。


「出てこい! シロネ! クーナと勝負だ! もし出てこないなら! 蟻達をその国にけしかけるぞ!!」


 映像の中のクーナが叫ぶ。

 見ると御菓子の城の周りにはミュルミドンが蠢いている。


「ご指名みたいですわよ、シロネさん」


 キョウカがシロネを見て言う。


「みたいだね……。丁度良いわ、クロキとも話しをしたかったけど、あの子とも話しをしたかった所だもの!」


 そう言うとシロネは腰の剣を抜く。

 

「1人では危険です、シロネ様」

「ううん、大丈夫だよカヤさん! 危なくなったら逃げるよ! それよりもカヤさんはクロキが来たら足止めをお願い!!」


 シロネはそう言ってカヤが止める間も与えず、窓から飛び出す。そして、翼を出して御菓子の城へと向かう。

 すると羽の生えたミュルミドン達がシロネの行く手を阻むように向かって来る。


「どきなさい!!」


 剣を一閃させてシロネはミュルミドン達を斬り落とす。


「勝負しようってんなら! 乗ってあげようじゃない!!」


 そう叫ぶとシロネは真っすぐ御菓子の城スイーツキャッスルへと飛ぶのであった。

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