第3話 温泉の国で

 レンバーの話を聞いてクロキは妙な事になったと思った。

 レンバーが先ほどまで話をしていたクロという青年の正体はクロキである。


(勇者を倒すために召喚された自分が勇者の護衛をする事になるとは思わなかったな)


 それでもクロキがレンバーの依頼を受けたのは、折角ナルゴル以外に知己を得たのだからそれを大事にしたかったからだ。

 レンバーの話しでは直接会うわけではなく、外からそれとなく護衛するだけだからあまり問題にはならないと思うのでまあ良いだろうとクロキは思う。

 クロキがこのロクス王国の近くまで来たのは女神作成の材料集めの為である。

 ここに来るまでにモデスとしたやり取りをクロキは思いだす。


「竜の角が必要だ。それも竜王級の角でなければ女神を造る事はできない」


 クロキが報酬を要求すると、モデスはそう言った。

 てっきり直ぐに造ってもらえると思っていたがそうではないらしい。

 モデスの話では女神を造るには特殊な材料が必要らしく、それがなければ女神は造る事ができないそうだ。

 なんでもこのロクス王国の近くには白銀の聖竜王と呼ばれる竜が住んでおり、その角ならば間違いなく女神が造れるそうだ。ちなみにモーナは漆黒の魔竜王と呼ばれる竜王の角を使って作られたらしい。そのためだろうか、モーナの髪の色はレーナと違って美しい黒髪である。

 それにしても竜王の角を取って来るとは、かなり難易度が高い課題ではないだろうか? とクロキは思う。

 クロキが聞いた所によると竜王と呼ばれる程の竜はとんでもなく強いらしく、簡単に取らせてもらえるとは思えなかった。

 それを、モデスはまるで子供のお使いを頼むように言う。

 それとも、この世界でのクロキはかなり強いみたいだから簡単だと思ったのだろうか?

 クロキはそんな事を考えてしまう。

 欲望のために竜を傷つけたくなかった。

 クロキはグロリアスの事を考える。

 このロクス王国まではグロリアスに乗って来た。本来なら許可なき者が空を飛べばエリオスの聖騎士達と争いになるはずだが、その聖騎士達はクロキが壊滅させてしまった。


(正直やりすぎだったな……。あの晩の自分は荒れていて、あまり深く考えずに向かってくる者を徹底的に叩き落としてしまった。壊滅状態とは聞いているがどのくらいの被害が出たのだろう? まあ、でもおかげでグロリアスを安全に飛ばす事ができたから、良いと考えるべきか?)

  

 クロキはここまでの道中の事を考える。

 ナルゴルの空に比べこの世界の通常の空は自分がいた世界と同じく青く澄み渡っていて綺麗だった。

 青い空を竜に乗って飛ぶ事は非常に楽しかった。

 飛翔の魔法で飛ぶ事も出来るが、やはり空を飛ぶなら竜に乗る方が気分が良いと思う。

 そんな良い気分にしてくれたグロリアスの角を誰かが身勝手に盗ったら、クロキはその者を許さないだろう。

 だからだろうか、クロキはグロリアスと同じ竜の角を取る事にあまり乗り気にはなれなかった。

 それでも、ここに来たのは他にやる事がなかったからだ。

 何もしないより何かした方が良いとクロキは思い、取りあえずここまでグロリアスに乗って来た。ちなみに今回はナットは一緒ではない。

 グロリアスを連れて都市に入る事はできないので森の中にある塔に置いてきていた。

 その塔は廃棄されているらしく誰も住んでいないのは確認済である。

 塔の頭頂部が空洞になっておりグロリアスを隠すには最適だった。

 先程様子を見に行ったがグロリアスは元気そうであった。

 ルーガスの話しでは竜は食べる時は食べ何も食べない時は何も食べないらしく、グロリアスも今は何も食べないようだ。

 そこまで考えてクロキは肩までお湯につかる。

 実は今クロキがいるのはロクス王国にある公共の温泉施設だった。

 レンバーと別れた後、ガリオスに誘われて一緒に来たのである。

 クロキの周りには同じ浴場の客達が入浴している。

 竜王の角を取る事は気が進まないが、この温泉はなかなか良かった。その点に関しては来て良かったと思う。

 ロクスの温泉施設はあまり凝った造りではなく、簡単な石造りである。

 何かの植物の油から作られた液体状の石鹸もあり、サウナのようなものもあり、それなりに設備が充実している。温泉に浸かっているとクロキは日本を思い出してしまう。


(みんな、心配しているだろうか? 自分達は無事に帰れるのだろうか?)


 そんな事を考えていると頭がぼーっとしてくる。少しお湯に浸かりすぎたようだとクロキは思う。


「おおいクロそろそろ上がらねえか?」


 一緒に公共の浴場に来ていたガリオスが声をかける。

 クロキはガリオスを見る。全身毛むくじゃらの男だ。体中に傷跡があり、彼の生き様を示しているようだった。

 クロキがガリオスと出会ったのは昨日の夕方だ。

 食料を求めて森を歩いている時に足に怪我を負ったガリオスを見つけた。

 残念な事にクロキの使える治癒魔法は自分だけを回復させる事にしか使えない種類の物だけだ。そのため、ガリオスの怪我を治癒する事はできなかった。

 そこでクロキはガリオスを背負ってロクス王国まで運んだのである。

 どうもガリオスはロクス王国でも結構な有名人だったらしく、クロキが背負っているガリオスを見ると城壁の門番も簡単に通してくれた。今までは門前払いだったのが嘘のようである。

 実は正面から城壁の中に入れたのはこれが最初だったりする。

 ロクス王国は入国審査が緩いようだとクロキは感じる。

 この入国に対する方針は国ごとに違うみたいであり、同盟国の市民じゃなければ入国させない国もあればお金さえ払えば入国できる国もあるようだ。

 お金といえば今回クロキは前回の旅と違い人間社会で使える貨幣を持って来ている。

 実は前回の聖レナリア共和国までにあったお金の問題は簡単に解決したのだ。

 それは宝石をお金に交換する方法がわかったからではない。

 単純にお金を作ればよかったのだ。いわゆる私鋳銭である。

 この辺りで一般に流通しているのは聖レナリア共和国で発行している貨幣である。

 しかし、別に聖レナリア共和国のみが貨幣を発行する権利を持っているわけではなく、それぞれ国家が貨幣を鋳造してもよく、また個人が貨幣を作っても別に悪いわけではない。問題はそれが貨幣として通用するかどうかである。

 この世界でも金銀銅に似た金属があり、その金属を円形の直径2センチ~3センチの大きさにしたものを金貨銀貨銅貨にしている。

 基準となる聖レナリア共和国の発行している金貨と同じ重さの金貨を作れば普通に金貨として通用する可能性が高い。

 つまり、金銀銅といった金属さえ手に入りさえすれば貨幣は作りたい放題なのである。

 もちろん、中には簡単に手に入る金属を混ぜ合わせたりしたビタ銭などといった質の悪い貨幣を作る者もいて、貨幣を受け取る時は注意が必要だ。

 ナルゴルは金や銀はとれないが銅が少し取れる。そこから聖レナリア共和国で手に入れた銅貨の一枚を見本に銅貨を量産したのだ。

 クロキは自分で作ってみたが我ながら良い出来だった事を思い出す。

 この銅貨はガリオスに見せた所、ロクス王国では普通に使えるそうだ。


(もっともこのロクス王国にいる間はこの銅貨も使わなくても良さそうだな……)


 命を助けられたガリオスがクロキに感謝してこの国にいるまでの間、世話してくれる事になっているからだ。

 今日は温泉施設に連れて来てもらった。当然料金も払ってもらっている。

 そこまでしてもらわなくても良いのにと思い。少し心苦しく思う。


「そうですね、そろそろ上がりましょうか」


 ガリオスに促されクロキは立ち上がる。

 ガリオスの視線が下に向く。


「顔に似合わず凶悪なのを持ってんな。垂れ下がってる状態でそれか」


 からかうようにガリオスが言う。


「ちょ、どこ見てんですか!!」


 クロキは股間を隠す。

 実はクロキは元の世界でも何度か同じ事でからかわれたりした。実はこの事であまり良い思いをした事はない。むしろ嫌な目にあっている。


「おいおい、そんなに恥ずかしがるなよ。それならどんな女も喜ぶだろうよ。何人泣かしたんだ?」


 ガリオスが笑いながら言う。


「いえ、女性と付き合えた事は今までないです……」


 クロキは声を落して言う。

 大きくても使う相手がいなければ意味がない。どんなに大きくても宝の持ち腐れだ。


「どんなに大きくても、使う相手はいないんですよ……」


 クロキは少し泣きたくなる。

 正直クロキは女性と付き合えた事は一度もない。異性の知り合いも無いに等しく。

 唯一身近にいたシロネはレイジの彼女の1人である。女性とうまく話す事ができないクロキでは今後使う事はなさそうであった。

 たまに師匠が「嬢ちゃんも将来大変だな」と良くからかうが、そんな未来が来る事はないだろうとクロキは思う。


「いや……そいつはすまんかったな。それに何か嫌な事でも思い出させたみたいだな。そうだな今度おわびにその手の店に連れて行ってやるよ」


 ガリオスがちょっと心引かれる提案をする。


「えっ!!いいんですか! ペネロアさんは怒らないんですか?」


 ペネロアとはガリオスの妻だ。

 夫がその手の店に行く事に理解があるのだろうか?

 そのためクロキは思わず聞いてしまう。


「おおっと、そいつはまずいな。今の話しはなかった事にしてくれ」


 ちっ。どうやらよけいな事を言ってしまったようだ。とクロキは心の中で舌打ちする。

 何だかんだ言ってクロキも男であり、そういう事に興味があるのだ。

 そのため、余計な事を言った事を後悔する。

 その後クロキとガリオスは冗談を言いながら浴場を出る。

 脱衣所で体を拭き服を着て施設を出る。

 クロキは昨日からガリオスの家の離れで寝泊まりしている。

 初めてこの世界における人間社会に触れたので、気の進まない竜の角を取る事を延期してもう少しだけこの都市で生活してみようとクロキは思っていた

 ガリオスの家まで着くとガリオスの奥さんが出迎えてくれた。彼女は先程あったレンバーの姉との事だ。


「帰ったぜ、ペネロア」

「ただいま帰りました、ペネロアさん」


 ガリオスの妻ペネロアは素朴な感じのする女性で見る人を穏やかな気にさせてくれる。

 クロキが聞いた所によるとガリオスの話しでは怒るとかなり怖いらしいが、正直この穏やかな女性が怒る所は想像できない。


「おかえりなさいあなた。レンバーが、弟が来ていますよ」

「何っ? レンバーが? どうしたんだ」


 ガリオスは首をかしげる。

 クロキも不思議に思う。彼とは先ほど酒場であったばかりだ。それがすぐにガリオスに会いに来るとは何かあったのだろうか?

 クロキ達が疑問に思いながら、家に入り応接室に行くとレンバーがいた。


「待っていましたよ、先輩にクロ殿」


 どうやらレンバーはクロキ達を待っていたようである。


「どうしたんだ、レンバー。何かあったのか?」


 ガリオスとクロキは向かい側に座るとレンバーに尋ねる。


「実は問題が発生しまして。クロ殿の力をお借りしたいのですよ」


 レンバーが自分の方を見て言う。


「自分の力ですか?」

「実は城壁にいる衛兵から緊急の知らせが入ったのです。城壁の外に大量の魔物らしき物がいると」

「何っ!? 魔物だとそいつは変だな。見間違いじゃねえのか?」


 ガリオス達は3日前から自由戦士を集めてこのあたり一帯の魔物を掃討した。今日は自分も手伝ったがもうこのロクス周辺に魔物はいないはずだ。遠くの魔物が来るにしては早過ぎる。

 城壁の衛兵の見間違いの可能性が高いと自分も思った。もう夜であり人間の目ではほとんど見る事はできない、何かと見間違えたのだろうとガリオスは言う。


「私もそう思ったのですが……。衛兵が言うには城壁に取り付けている照明の光を当てた所、どうもゴブリンとオークではないかと言っているのです」


 城壁には鏡を使った遠くまで照らせる照明器具がついている。それを使えばある程度暗い場所を見る事が出来るとレンバーは説明する。。

 しかし、クロキはこのあたりのゴブリンの巣やオークの集落は掃討したと聞いている。本当にそうなのだろうかと疑問に思う。


「何匹か打ち損じたって事か……何匹生き残ったんだ。なんてこった明日から祭りだってのに」


 ガリオスが舌打ちする。

 昼間に聞いた話では祭りの間、観光客が来やすいように祭りの前にはロクス王国周辺の魔物は掃討するのが行事になっている。しかし、どうやら打ち損じがあったみたいだ。


「今もまだその影は城壁の近くにいるみたいなのです。幸い城壁をよじ登る力はないようですが。ただ衛兵が言うには影はゴブリンやオークっぽいですが動きがおかしいようなのです」

「動きがおかしい?」

「はい、ちょっと気になりまして様子を見に行こうと思いまして。暗視の魔法を使えるクロ殿に一緒に来てもらいたいのですよ」

「なるほどな」


 ガリオスが頷く。


「クロどうする? 行くなら付き合うぜ」


 レンバーとガリオスがクロキを見る。


「ええ良いですよ行きましょう」


 クロキは快諾する。

 ガリオス夫妻には世話になっている。レンバーはガリオスの義弟なのだから、恩を返す事になるだろうとクロキは思ったのである。

 そしてクロキ達は城壁へと向うのだった。

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