第14話 自由都市テセシア

 自由戦士の少女シズフェとその仲間の女戦士ケイナはアリアディア共和国までエウリア姫を護衛した後、テセシアの街へと戻った。

 そして、テセシアで他の仲間達と合流する。

 待ち合わせの食堂にはすでに仲間達が集まっていた。

 食堂は自由戦士協会本部の側にあり、自由戦士のために安く食事を提供している。

 食事は余り物の食料から作られているが、料理人の腕が良いためか多くの人に人気があり、戦士以外でも利用する人が多い。

 食堂は広く、シズフェ達はその隅に集まる。

 昼を過ぎているためか、人は少なく、側には誰もいない。

 シズフェ達は各々飲み物を用意して仲間達と話し合う。


「そんな事が有ったのですか、シズフェさん」

「そうなんですよ、レイリアさん。光の勇者様がすごい格好良くてもう!!」


 シズフェは仲間であるレイリアに報告する。

 レイリアは女神レーナ様に仕える司祭だ。

 歳の頃は20歳後半。

 優しそうな女性だけど、戦いの女神様に仕えるだけあって魔物と戦う事もできる。

 魔物と戦う時のレイリアさんはかなり凄まじい事をシズフェは知っていた。

 20歳の頃に天使の声を聞いたレイリアは使徒となり、治癒魔法を使う事ができるので仲間達の大切な回復役だ。

 シズフェはレイリアにはレーナ女神様に愛される勇者様の話しはぜひしておくべきだろうと思い、詳しく話す。

 その勇者の話しを聞くと、レイリアはにこにこと楽しそうに笑う。


「いいな、シズちゃん。私も行けばよかった」


 仲間の少女マディアが残念そうにする。


「仕方がないでしょ、マディ。あなたは魔術師協会に顔を出さなければならなかったのだから」


 シズフェは残念そうに言う。

 1つ下の幼馴染である通称マディことマディアはこういう話が好きである。

 魔術師のマディは魔術師協会に所属していて、闘技場の魔物が逃げ出した事件の事で魔術師協会の調査の手伝いを命じられた。

 そのため、護衛の仕事を受けられなかったのである。

 協会の仕事はお金にならないから断りたかったらしいが、マディのように下っ端の魔術師は協会の言う事に逆らう事はできない。

 その調査も結局何もわからなかったので意味がなかったとぼやいている最中である。


「ああ、ありゃすごかったぜ! 顔も良かったが何よりも強い! 子供を産むならああいう男の種だな」

「ちょっと、ケイナ姉! 結婚もしてないのにそういう事は駄目だよ! ケイナ姉もフェリア様の信徒なんだから!!」


 シズフェはケイナを窘める。

 シズフェとケイナは神王オーディスの妻である結婚と出産の女神フェリアの信徒だ。

 フェリアの教えでは子供を作る行為は神聖な物であり、そういう事は気軽に言うべきではないである。

 ケイナは捨て子だった所をシズフェの父親に拾われて、その後にシズフェの母親が勤めていたフェリア神殿に預けられた。

 ちなみにその時点ではシズフェは生まれておらず、両親も結婚していなかったする。

 ケイナの両親は何者かわからないが、シズフェが噂に聞いたところによると、どうも父親がケンタウロスらしいとの事だ。

 そのためか、どうも性に対して大らかである。

 下品な事を言ってはフェリアの司祭長に怒られていたのをシズフェは覚えている。

 しかし、ケンタウロスの血を引いているためか、普通の人間よりも強靭な肉体だ。ケイナが自由戦士になったのは自然な事であった。

 このシズフェとケイナとマディは同じ国で育ったが、その国はもうない。

 魔物の襲撃により城壁が半分以上壊され、生き残った人は散り散りになった。

 シズフェ達は幼い頃に難民となり両親に連れられてこの国に来た。

 その時に魔術師であったマディの両親とマディ。

 神殿で働いていたシズフェの母親を姉と慕うケイナもまた一緒にこの国に来たのだった。


「大変だな、フェリア信徒とやらは。エルフなら気にいった相手ならどんな奴とも子供を作るのだがな」


 エルフであるノーラが茶化すように言う。


「そりゃ、ノーラさん。エルフならそうでしょうけど、人間はそう簡単にはいかないよ」


 長身でどこか少年ぽいノーラはエルフの一種であるオレイアドだ。

 ただし、住んでいた森で罪を犯したらしく、罰として追放された。

 何の罪を犯したのかは教えてくれなかったのでシズフェは知らない。

 だけどノーラはさっぱりした性格で悪い人にシズフェは見えなかった。

 ノーラはエルフ特有のするどい感覚を持つ上に弓の達人である。

 このテセシアに住む野伏レンジャーでノーラに勝てる人はほとんどいない。

 シズフェとノーラとレイリアはこのテセシアで出会い仲間となった。

 戦士であるシズフェとケイナ。魔術師であるマディ。神官であるレイリア。エルフの野伏のノーラ。

 この5名がシズフェが率いる戦士団である『麗しき乙女の団』の構成員だ。

 他にも約一名いるが、色々と事情があって今はいない。

 シズフェ達は仲良く話し合う。


「ところでシズちゃん。例の物は貰ったの?」

「それはぬかりなく」


 マディの問いにシズフェは懐から5枚の木札を取り出す。


「劇場の予約鑑賞札はちゃんともらって来たよ」


 その木札を見た全員がおーっと手を叩く。

 シズフェ達にエウリア姫の護衛を依頼したアトラナはこの国の有数の大商人であり、様々な所に顔が効く。

 歌劇の劇団長とも知り合いらしく、鑑賞札を安く売ってもらったのである。

 そしてアトラナは同じ女性であるためか、シズフェ達に色々な仕事を回してくれる。


(本当に良い人よね。アトラナさん。今後とも長く付き合っていきたいわ)


 シズフェは木札を見る。

 札は5日後に円形劇場に催される「アルフェリア」という劇のものだ。魔女にさらわれた王子様を助けに行くお姫様の物語である。

 主人公のアルフェリアは姫であると同時に騎士で、剣の達人でもある。

 そしてその役を演じるのは今話題の女優シェンナだ。

 シズフェは過去にシェンナを見た事があるが、その彼女の凛々しさは同性であっても見惚れてしまう程であった。

 この劇は若い女性に大人気である。

 そのためか鑑賞札はすぐに売り切れてしまう。それが人数分手に入ったのだ。

 シズフェにとってはアトラナ様様である。


「さて鑑賞札も手に入った事ですし、これからどうします」

「それなら公衆浴場にいかないか? みんなで汗を流すのも良いだろう」


 レイリアの言葉にノーラが提案する。

 そのノーラの提案にシズフェは苦笑する。

 ノーラは公衆浴場が好きだ。

 エルフ族は水の精霊を使って体を清潔にする事が出来るから、入浴の習慣がない。

 ノーラが言うにはお風呂だけはエルフよりも人間の方が上との事だ。

 ただシズフェはノーラが公衆浴場を好きなのは別の理由からだという事を知っている。

 実はノーラは同性愛者である。

 いろいろな若い女性の裸を見たいだけなのだ。

 だけど、シズフェは公衆浴場に行くのは賛成だ。

 アリアディアの大浴場程ではないけど、このテセシアの街にも公衆浴場はある。

 女性の自由戦士にとって体の汚れをどうするのかは重要な問題だ。

 何しろ城壁の外に出たらお風呂はおろか、水浴びすら難しいのである。

 男性や一部の女性のように気にしない人もいるが、シズフェはそこまで女は捨てられない。

 昨日テセシアに帰った時に自室で水浴びをしたけど、できればお湯につかりたいとシズフェは思う。


「待ちな!!」


 シズフェ達が立ち上がった時だった。呼び止められる。

 シズフェが声がした方を見るとそこには巨大な男が1人立っていた。

 シズフェはこの男の事は知っている。

 地の勇者ゴーダンと言う男だ。

 そしてこのテセシアの街で最強の男だ。

 また自由戦士協会の治安維持を担当している。

 しかし、勇者と呼ばれてはいるが暴力的な男であまり近づきたくない相手である。


「あの……。なんでしょうか?」

「お前がシズフェリアだな?」


 ゴーダンがシズフェを見て言う。


「はい、そうですが……」

「会長がお前をお呼びだ。ついて来い」


 シズフェは仲間を見る。


(ゴーダンが言う会長というのは自由戦士協会の会長であるスネフォル氏の事かしら? なんで会長が私に用があるのだろう)


 考えるがシズフェにはわからなかった。


「あの……なんで会長が私に用があるのでしょう?」

「重要な依頼だ。来た方がお前のためだぜ」


 ゴーダンは脅すように言う。

 この街を支配する自由戦士協会の指図には逆らう事は難しい。

 そんな事をすればシズフェ達はこのテセシアを追われ路頭に迷うだろう。だから行くしかない。


「みんな、ちょっと行ってくるね……」


 仲間が心配そうに見ている。

 シズフェは立ち上がりゴーダンの後をついて行く。


(会長が一体何の用だろう?)


 シズフェ達は数少ない女性だけの戦士団である。

 自由戦士の依頼の中には男性には頼みにくい仕事もあったりする。例えば婦人の護衛などだ。そのためかそれなりに需要がある。

 だけど、このテセシアで最強と呼ばれる地の勇者を使いに出すと言うのはわからない。

 シズフェ程度なら、協会に属する下っ端で良いはずだ。


(一体何があるのだろう?)


 シズフェは不安に思うのだった。






 自由都市テセシア。

 このテセシアはアリアディア共和国の衛星都市である。この街が作られた目的はミノン平野の真ん中にある邪神の迷宮に対処するためである。

 迷宮からは凶悪な魔物が這い出る事がある。その討伐の為に自由戦士を集めたのがこの街の集まりだ。

 騎士や兵士を配置しないのは、その方が効率的だと判断されたためのようだ。

 そのため、この街の男性のほとんどが自由戦士である。これはかなり珍しいと言える。

 また、このテセシアの街は住人のほとんどがアリアディア共和国の市民権を持っていない。これもまた他の衛星都市には有りえない事だ。

 これはテセシアは自由戦士を集めるために、アリアディア共和国の市民権を持たない者でも自由に住む事や出入りを認めているためである。

 普通、自由都市と言えば国家からの自由と言う意味である。

 しかしテセシアが自由都市と呼ばれるのは自由戦士の街であり、自由に出入りできて自由に住む事ができるからである。

 だけど自由に出入りする事ができるためか、このテセシアは非常に治安が悪い。

 実際自由戦士とは名乗っているが、ただのヤクザのような人が多数この街に住んでいるみたいである。

 実は私はこのテセシアは迷宮に対処するために作られたのではなく、豊かなアリアド同盟に来た難民を収容するために作られたのではないかと推測している。

 そう考えると色々と辻褄が合う所があるからだ。

 何しろこのテセシアの政治は自由戦士で構成される自由戦士協会によって行われている。

 治安維持も自由戦士協会が行っている。アリアディアから騎士達が派遣されるという事はない。

 アリアディア共和国の衛星都市であるにも関わらず、政府の機関が治安維持を行わない。それではアリアディア共和国政府はまともにこのテセシアを治める気がないみたいである。

 そもそも、自由戦士協会自体が魔術師協会のように互助を目的に作られたのではなく、アリアディア共和国政府が自由戦士を統制するために国策で作った組織である。

 金は出すから後は自分達で勝手に自由にやってね、それから他に迷惑をかけないでね。というのが見え透いている。

 そういう意味からもテセシアは自由都市といえるだろう。

 そして今、チユキ達は自由戦士協会の本部いる。


「こちらが自由戦士のシズフェリアでございます。光の勇者様」


 自由戦士協会の会長であるスネフォルが横にいる女の子を紹介する。


「あれ? この子、前に会わなかった?」

「そうっすね? 前に会った子っすよ」


 リノが目の前の女の子を見て言うとナオとサホコとシロネが頷く。

 確かにその通りである。

 チユキの目の前にいる女の子はパシパエアの姫であるエウリアを護衛していた女戦士であった。 


「シズフェリアです、光の勇者様。シズフェとお呼びください。またお会いできて嬉しく思います」


 そう言ってシズフェと名乗った女の子は胸に手を置き頭を下げる。

 そのシズフェはチユキ達の案内役としてここに来ている。

 本当は最初にクラススの要請で自由戦士協会の会長であるスネフォルが紹介したのは彼女の後ろにいるゴーダンだったりする。

 ゴーダンはこの街で最強の自由戦士だ。そして、迷宮に何度も入った事が有るらしいのでガイドとしては問題はない。

 だけど、彼は先日にシロネと争ったのでばつが悪い。

 そのため違う人物を案内役にしてもらうように要求した。

 その時にできれば見た目が良い者を特に女性をガイドとしてを要求したのである。

 自由戦士に可愛い女の子はあまりいないと思うが、暑苦しい男にガイドはされたくない。

 少なくともゴーダンよりも見栄えが良いのにして欲しいのはレイジだけでなく他の女性陣の要望でもあるのは確かだ。

 そうして来たのがシズフェである。

 チユキはシズフェを見る。

 栗色のロングヘアで、中々綺麗な顔立ちをしている。背はあまり高くなく、体は細くすらっとしている。かなり見栄えの良い女の子だ。

 これならチユキ以外の仲間達も満足だろう。


(それにしても今まで見た他の女性の自由戦士よりもかなり細い。まともに剣を振れるのかしら?)


 チユキはシズフェを見る。

 正直に言って、進んで自由戦士をやるような子には見えない。顔つきからして育ちが良さそうである。

 名前も自由戦士っぽくない。

 シズフェリアのシズは穏やかと言う意味であり、フェリアは女神フェリアの事に違いないだろう。

 母親がフェリアの信徒だったに違いないとチユキは推測する。

 女神フェリアは神王オーディスの妻であり、結婚と家庭の女神だ。女神フェリアは戦神とはかけ離れた存在だ。

 だから親が自由戦士ならシズフェリアなんて名前はつけないだろう。

 チユキが察するに、彼女はどこかの滅亡した国の貴族か騎士の家の令嬢と言った所だろう。

 祖国が魔物に滅ぼされて難民としてこのテセシアに来たのだとも思う。

 この世界では珍しくない話しだ。


「よろしくお願いするよ、シズフェ」


 レイジがシズフェの手を取る。

 手を取られたシズフェリアは真っ赤になっている。

 チユキはその表情を見てあまり男性経験はないようだと思う。

 レイジは外見だけなら王子様であり、そして強くて勉強も出来る。だから大抵の女の子は落ちる。


(この子もレイジに惚れるかもしれない)


 チユキは溜息を吐く。

 仲間の目が有る時はさすがに手を出すのは控えてるみたいだけど、目の届かない所では色々な女の子に手を出しているみたいであった。

 ちなみにチユキが知る限りレイジとサホコとは良い仲だ。

 手を出されていないのはチユキとシロネで後の仲間はどうなのかチユキにはわからない。

 チユキは一緒に旅をしていると夜中にサホコのあられもない声が聞こえてきてちょっと大変だったりする。


「私で良ければなんなりとお申しつけ下さい」


 シズフェは頭を下げる。


「これで道案内は確保した。すぐにも迷宮に行こう」

「待ってレイジ君。まずは迷宮の様子を見てからよ。エウリア姫の事は気になるけど慎重になるべきだわ」


 チユキはレイジを止める。


「確かにそうです。私達だけで入るのではなく、自由戦士達を集めましょう。出来る限り危険を減らすべきです」


 カヤがチユキに賛同する。

 チユキはそれを聞いて苦笑する。

 要するに自由戦士達を盾、もしくは囮にして邪神の目を欺こうと言っているのだ。

 冷徹な判断だが、カヤにとってはレイジ達の方が大事であり、危険が減らせるのなら自由戦士がどうなろうがどうでも良いのである。


「カヤの言う通りですわ。人数が多いほうが良いですもの」


 キョウカも頷く。

 チユキは再び笑う。

 キョウカの方は自由戦士を犠牲にしようとは思っていない。

 単純に人数が多いほうが探索が楽だと思っている。


「わかった。そうしようチユキ。協会長、集められるだけの自由戦士達を集めてくれ」

「わかりました。光の勇者様」


 スネフェルが頭を下げると側にいた協会の職員に指示をする。

 自由戦士の街なので、ある程度の人数はすぐに集まるだろう。


(迷宮。どんなところなのかしら?)


 チユキは迷宮の事を思うのだった。





 テセシアの街を歩きながら火の勇者ノヴィスは溜息を吐く。

 街は光の勇者レイジの噂でいっぱいである。

 アリアド同盟諸国を襲った魔物も光の勇者達の活躍により掃討されつつある。

 それを感謝する声は多くの国々から上がっている。

 それに対してノヴィスは全く良い所がない。

 英雄を目指す少年にとっては落ち込むところである。

 ノヴィスはテセシアの街を眺める。

 アリアディア共和国と違い粗末な木造の建築物が多く、道も舗装されていない。

 むき出しの地面を歩くと、少し砂ぼこりが舞う。


(全然変わらねえな。シズフェは元気にしているだろうか?)


 ノヴィスはアリアディアに行く前にシズフェの所に立ち寄ったが、護衛の依頼のため留守だった。

 しかし、もう戻って来ている頃合いだろう。


「よう、ノ~ヴィス♪」


 声がして、ノヴィスは突然後ろから抱き着かれる。


「ケ、ケイナ姉!? 何だよいきなりびっくりするじゃねーか!!」


 抱き着いてきたのはノヴィスの幼馴染のケイナだ。

 会うのは久しぶりである。

 北の国からノヴィス当てに指名依頼があり、他の仲間はテセシアから動けない用事があったので単身北の地に行って来たのである。

 だからケイナの顔を見るのは1ヶ月ぶりである。


「何だとは失礼だな。誰が男にしてあげたと思っているんだ?」


 ケイナはにししと笑う。


「うう……」


 ノヴィスは唸る事しかできない。

 正直に言ってケイナは苦手である。

 ノヴィスはシズフェやケイナと共にフェリア神殿で生まれ育てられた。

 両親の事は知らない。

 そして、ケイナは孤児で赤ん坊の頃にシズフェの父親に拾われ、フェリア神殿に預けられ育てられた。

 ノヴィスとシズフェとケイナ姉は姉弟のように育った。

 つまり、ノヴィスはケイナに小さい頃の恥ずかしい事を全て知られてしまっている。


「ケイナ姉……その事はシズフェには言わねえでくれよな……」


 ノヴィスは弱弱しく言う。

 どうしても経験したくてケイナに土下座をしたのは苦い思い出だ。

 ケイナは笑いながら色々教えてくれて気持ち良かった事を思い出す。

 だからノヴィスは後悔はしていない。

 だけど、シズフェには知られたくなかった。

 だから秘密にしなくてはならない。


「わーってるって! シズフェには言わねえよ、シズフェはかたいからな」


 ケイナはノヴィスの背中を叩きながらげらげら笑う。

 シズフェは女神のフェリアの信徒であり、婚姻前の交渉を否定する。

 ケイナもフェリアの信徒のはずだが、その教義に従うつもりは全くなかったりする。


「そーいや、シズフェはどうしたんだよ。もうテセシアに戻って来てんだろ?」

「ん?シズフェも戻ってるぜ。今は協会に行っているはずだ」

「協会に?」


 テセシアで自由戦士を行うには協会に入らなければならない。

 そして、3年に1度は登録の更新をする義務がある。

 だけど、今年は更新の年ではないはずだ。

 なぜ協会に行ったのだろうかとノヴィスは疑問に思う。


「ああ、地の勇者のゴーダンが来て協会に行っちまったのよ。何の用事かはわからないけどな」


 ケイナが気になる事を言う。


「ゴーダンが? 一体どうしたんだ?」

「さあ? 詳しい話は聞かなかったけどな。もしかすると光の勇者様がらみかもしれない。さっき聞いた噂だと今ここに来ているらしいかならな」

「何!? 光の勇者だと! シズフェが危ない!」


 ノヴィスは聞いていた。

 光の勇者レイジはとんでもない美形らしい、そして女好きでもあるとの事だ。

 シズフェは幼馴染のノヴィスが見ても美人である。

 光の勇者が手を出さないはずがない。シズフェの身が危ない。

 ノヴィスは急いで協会に行こうとする。


「おいおい、どうしたんだよ、ノヴィス? 光の勇者様がシズフェに何をするんだ?」


 ケイナが止める。


「いやしかし、だけど……ケイナ姉。もしもの事があったら?」

「光の勇者様には多くの美女が仲間にいるんだ。今更シズフェには手を出さないって、心配すんな」


 ケイナは笑いながら言う。

 言われてノヴィスは光の勇者の仲間である剣の乙女シロネの事を思い出す。

 凛として、すらりとした足をした美女である。

 あんな美女を仲間に出来るなんて正直羨ましいと思う。


「それもそうだな」


 ノヴィスは納得する。

 もっともまだ少しは心配だったりする。

 それに、火の勇者と言えども協会に殴り込みに行くのはまずいだろうなとも思う。

 だからこそケイナは止めたのだろう。

 ノヴィスはシズフェの事も心配だがケイナに心配をかけたくもない。


「良し、ノヴィス。久しぶりに会った事だし、付き合え」


 ケイナ姉が首に左腕を絡ませ抱き寄せる。意外と柔らかい胸に顔が埋まる。

 こうしてノヴィスは引っ張られて行った。

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