第4章 邪神の迷宮

第1話 邪神の策謀

 中央大陸を東西に分ける中央山脈。

 広大なミノン平野はその中央山脈の西側に広がっている。

 そして、そのミノン平野の中心にその迷宮はある。

 迷宮は深く、その最奥で2柱の邪神が言い争っていた。 


「どういう事だ?!もう一度言え! ザルキシス!!!」

「離せ……ラヴュリュス……。苦しい……」


 ザルキシスは首を掴まれ、持ち上げられる。

 ザルキシスを持ち上げているのは巨大な角を頭の両側から生やした邪神ラヴュリュスである。

 現在のラヴュリュスは角が生えている事を除けば普通の人間に見える。

 剥き出しの両手両足には筋肉が盛り上がり、首は太く顎が大きい。

 暴力を人の形に無理やりしたかのようであった。

 しかし、ラヴュリュスは人の姿をしているが、それは仮の姿である。

 真の姿は人間とはかけ離れている。

 ラヴュリュスはエリオスに属さぬ神族であり、エリオスの神々から邪神と呼ばれる男である。

 ザルキシスはロクスという人間の国から戻り、ラヴュリュスにそこで起こった事を伝えた。

 最初は興味なさそうに聞いていたラヴュリュスだが、女神レーナと光の勇者の関係を聞いて、突然ザルキシスの首を掴みかかってきたのである。

 大地の神々の一柱に数えられるラヴュリュスは力が強く。

 ザルキシスが本来の力を取り戻したとしても力では敵わない。

 そのラヴュリュスが思いっきり首を絞めているのでたまったものではない。


「ふん!!」


 ザルキシスが苦しそうにしているとラヴュリュスは面白くなさそうに投げ降ろす。

 情けをかけたわけではない。

 暴神ラヴュリュスは情けをかけるような者ではない。


「ぐはっ!!」


 地に降ろされザルキシスは情けなく呻く。

 かつて死神と怖れられた邪神とは思えない姿である。

 その事をザルキシスは情けなく思う。


「言った……とおりだ……。レーナに恋人ができたらしい。光の勇者と呼ばれる男だ……」


 そのザルキシスの言葉を聞きラヴュリュスが怒りに震える。


「くそがっ! レーナはこのラヴュリュスの物だ! 俺の女に手を出しやがって、殺してやる!!」


 ラヴュリュスの怒声。

 それを聞きザルキシスは疑問に思う。


(いつレーナがこの者の物になったのだ?)


 ザルキシスの知るレーナは三美神と呼ばれ、エリオスでもっとも美しいとされる女神達の1柱だ。

 モデス程では無いが、ラヴュリュスの真の姿も醜い。

 レーナがなびくはずがない。

 このラヴュリュスに限らず、多くの男神がレーナに言い寄っている。

 そして誰もが、自身こそがレーナの恋の相手だと言って水面下で争っている。

 そのレーナに恋人が出来た事でエリオスは大騒ぎである。

 恋人の名はレイジ。

 光の勇者と呼ばれる人間の男だ。

 この男がどこから来たのかはザルキシスにはわからない。

 ただ力は凄まじく、オーディスに匹敵する程である。

 また、容姿も非常に美しい。

 エリオスに限らず、この世の女神の間で噂になっている。

 その光の勇者の存在を迷宮に引きこもっているせいでラヴュリュスは今まで知らなかった。

 だから今頃になって怒っているのである。


「命令だ、ザルキシス! その光の勇者とやらをここまで連れてこい!!」


 ラヴュリュスが傲慢に言い放つ。


(なぜこのザルキシスがこの者の命令を聞かねばならぬ?)


 ザルキシスは腹立たしく思う。

 そもそも、ザルキシスはラヴュリュスの配下ではない。

 だが、エリオスに属さず、モデスにも敵対するラヴュリュスは味方にしておきたい相手である。

 それにザルキシスはこの迷宮に匿われている身だ、断る事は難しかった。

 エリオスの者達も地下迷宮の最深部までは手を出す事は難しい。

 ラヴュリュスの玉座があるこの部屋は広く、壮麗である。

 正直に言ってこの粗暴な神に相応しくないとザルキシスは思う。

 迷宮の力は絶大だ。

 ドワーフの名工が作った迷宮はラヴュリュスに力を与える。特殊な魔法素材とドワーフの魔法技能により作られた迷宮は強固である。

 強いが臆病者のラヴュリュスはこの迷宮から出ようとしない。


「勇者の所に案内するのではなく、ここまで連れて来いと言うのか?」


 ラヴュリュスは光の勇者を殺しに行くのではなく、己にとって有利な地であるこの迷宮に連れて来いと言う。

 なんと臆病なのだろうとザルキシスは思う。


「そうだ! 悪いか、ザルキシス?! ここでなら俺は無敵のはずだ! 光の勇者だか何だか知らないが! 俺様の斧でぶった斬ってやる!!」


 そう言ってラヴュリュスは自身の斧を取る。

 ラヴュリュスの両刃斧と呼ばれる巨大な魔法の斧である。この男の聖印も両刃の斧を模ったものだ。

 ラヴュリュスが斧を振るい空を斬る。

 斧から発せられる衝撃破が迷宮を震わせる。

 斧をまともに受けなくても、この衝撃破だけでザルキシスは滅ぼされそうであった。

 ザルキシスは半ば朽ち果てたこの身を触る。

 地上に生きる者どもの生命力を大量に吸い上げる事で何とか存在する事ができている。

 裏切り者のモデスにより、ザルキシスは滅ぼされかけた。

 何とか生き延びたが体は傷つき壊れ、徐々に崩れていく。

 なんとしても肉体を再生したいが、それには多くの生命力が必要だ。

 人間から生命力を吸っているが、いくら下等な生命体の力を吸っても体を維持するのがやっとで効率が非常に悪い。

 天使なら多くの生命力を得る事ができるが、エリオスの神々やモデスに敵対する身である以上、目立つ事はできない。

 同じ理由で他の神族を狙う事もできない。

 よってザルキシスは下等な生物で我慢するしかない。

 主に狙うのは人間である。

 ザルキシスはいくつか人間の国を滅ぼして生命力を吸い、別の魔物を生け贄の羊にしてエリオスの神々の目から逃れてきた。

 ロクスでの一件も自身の仕業ではなく、全てストリゲスのせいにするつもりだった。

 しかし、モデスの配下である暗黒騎士に出くわした事で生きている事をモデスに知られてしまった。

 そして、光の勇者の女にも姿を見られた。

 つまりはその存在をエリオスにも知られたと言うことである。

 これからザルキシスが生命力を得るのは難しい。

 しかし、生命力を他者から吸い取らねばやがて滅んでしまう。

 ちまちまと生命力を吸うのは悪手である。

 一気に大量に生命力を手に入れて、肉体を再生させる方法を考えるしかない。

 ザルキシスは勇者の姿を思い出す。

 光の勇者と呼ばれる者からは強大な生命力を感じた。


(奴の生命力を奪う事ができないか? そうすればこの肉体を再生させる事ができる)


 そう考えたザルキシスはラヴュリュスの命令を聞く事にする。


「わかった、良いだろう。勇者をこの迷宮に誘いこんでやろう。この迷宮の中でお主に勝てるのはモデスぐらいだろうからな……」

「モデスの名は言うな!!!」


 ラヴュリュスが大声で怒鳴る。

 その体は震えていた。

 

(虚勢を張っているが怯えているな。どうやらまだモデスが怖いらしい)


 ザルキシスは少しだけ笑い、先ほどの事に溜飲を下げる。

 暴神と呼ばれた男がまるで赤子のようであった。


「安心しろラヴュリュス。奴は来ない。今は勇者を倒す事を考えよう。勇者を殺せば、レーナも目を覚ますはずだ。そして、誰が一番ふさわしいか気付くだろうよ」


 ラヴュリュスを元気づけるために思ってもいない事を言う。

 傍から見たら、完全なおべんちゃらだが、単純なラヴュリュスは気付かないはずであった。


「良い事を言うじゃねえか、ザルキシス! そうだ、あの女神はこのラヴュリュスにこそふさわしい」


 ラヴュリュスが豪快に笑う。

 先程まで震えていたのが嘘のようであった。

 それを見て、ザルキシスはため息を吐く。


(さてどうやって勇者を誘い込むか?)


 ザルキシスは策を考えるのだった。

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