第14話 夜の宴
「レイジ君。またお酒を飲んで!!」
チユキは何度目になるだろうか同じ注意を繰り返す。
レイジはお酒を飲み始めている。しかも度数が高そうな蒸留酒だ。
「良いじゃないかチユキ。おっ!!これうまいな新作か?」
「うん、レイ君好みの味にしてみたんだ」
レイジとサホコが楽しそうに会話している。
チユキの言う事など聞く耳もたないようだ。
サホコの料理は確かに美味しい。
この世界にあるイワシに似た魚から作る魚醤を使えば和風の料理を作る事も可能だ。
サホコはその魚醤を使ってレイジの好物を作ったようだ。
「まあまあチユキさん。レイジ君ならいくら飲んでも大丈夫だよ」
シロネがチユキを慰める。
しかし、シロネの息からちょっとだけアルコールの香りがする。
あなたも飲んでるのかよ、とチユキは突っ込みをいれたくなる。
だが、シロネの言うとおりレイジはいくら飲んでも潰れる事がない。それは元の世界でも同じ事だ。はっきり言ってレイジの身体能力は異常だ。
だけど、この世界に来てからさらに異常になったと思う。うわばみというレベルではない。
実は、この世界に来てからチユキ達の体には変化が起こっていた。
お酒をいくら飲んでも急性アルコール中毒になる事はないようだ。今のレイジの飲み方を元の世界で行えばレイジでもただではすまないと思う。
お酒の事だけではなく食べ物の事でもそうだ。私達はこの世界ではいくら食べても太らなくなった。
傷を負ってもすぐに治ってしまう。肌のつやも良く、その他の体の調子も良い。
この世界に来てからチユキ達はより美しくなっていた。
レーナが言うにはチユキ達は神族と同等の力を持つらしく、それが本当ならチユキ達は不老になっている可能性があった。
そういった事情も考えると少し気にしすぎなのかもしれないとチユキは思う。
未成年がお酒を飲んではいけないのは、体が発育しきっていないのにお酒を飲む事が害になるからだ。逆に言えば体に何も影響がないなら飲んでも良いだろう。
それに日本以外の国によってはチユキ達の年齢でも飲酒が可能な国もある。
もちろん例外もあるだろう。例えばキョウカだが元の世界と同じようにアルコールは駄目で。同じ兄妹でも真逆である。ようするに体の変化に個人差があるみたいだとチユキは推測する。
それぞれの能力が違うように体の変化もまた微妙に違うようであった。
そのキョウカだが何かを気にしてるようだ。
そこでチユキは違和感に気付く、良く見るとカヤがいない。
カヤは絶対に私達と食事をしない。
全員が食べ終わった後1人で食事を取っている。
しかし、食事をしないだけで基本的にキョウカの側にいる。だけど今は席を外している。どこにいるのだろうか?
チユキは疑問に思う。
「ねえキョウカさん。カヤさんは?」
チユキはキョウカに尋ねてみる。
「カヤは今、運び込まれた神殿騎士の所にいますわ」
「ああ、あれね」
ルクルスが気にしていた神殿騎士が、今日の夕方に倒れている所を発見された事を思い出す。
どうやら何者かにやられたらしい。倒された神殿騎士は口も体も動かせない状態でつい先ほどこの館に運び込まれたばかりだ。
カヤはその神殿騎士達から何者にやられたのかを聞きに行ったみたいだ。
話しをしてるとカヤが戻ってくる。
「カヤさん、どうだった?何かわかった?」
チユキが聞くとカヤがこちらを見る。
カヤは相変わらず能面のように表情がなく感情が読めなかった。
「はい、どうやら件の人物がこの国いるようです」
その言葉に全員がカヤを見る。
「どういう事なの、カヤ?」
「傷の具合から神殿騎士達を倒した人物は相当の使い手のようです。私でも敵わないかもしれません」
カヤが説明する。
神殿騎士達は死なない程度に体をひねられており、その絶妙な力加減はカヤでも難しいらしい。体は痛めつけられているが大した傷はなく、神殿騎士の1人が回復魔法をかけてすぐに動けるようになったらしい。
「それだけの事をできる人物なら、件の人物ではないか思います」
カヤが言うとチユキ達は顔を見合わせる。
「えーっとカヤさんその件の人物ってのは、キョウカさんのおっぱいを触った人だよね……」
リノが聞くとカヤは頷く。
「おそらくそうではないかと」
「普通に考えて私達に付いて来たんだよね……」
シロネが頭を抱える。チユキも頭が痛くなる。
「どうやらコスプレ作戦は有効だったみたいっすね……」
「ええ、そうね……。まさか本当にあの作戦に効果があるなんて……」
チユキも驚きだった。
どうやらこの世界に変態が召喚されていたみたいだ。しかも、カヤに匹敵するほどの腕前の人物がだ。
「いかがなさいますか?」
カヤが尋ねる。
「もちろん……、明日は捜索よ……」
「えー」
チユキがそう言うとリノが不満そうな声を出す。
「私だってそんな変態に会いたくないわよ。でも元の世界に帰る手段を見つけておかないといけないでしょ」
「あの……私は明日塔に行くから探さなくても良いんだよね」
シロネが恐る恐る言う。
正直逃げてるようにしか見えないが、変質者の捜索は重要度は高いが緊急度は低い。
それに探索に優れていないシロネが抜けても結果は変わらないようにチユキは思う。
「まあ仕方ないわね……」
「あっズルい!!」
「シロネさんズルいっす! それなら塔に行くっす!!」
リノとナオが不満の声を出す。
「もう逃げないの。明日で見つかるとは限らないわ。明後日からはシロネも探索に加わってもらうのだからそんなに変わらないでしょ」
聖レナリア共和国であれだけ探しても見つからなかったのだ。長期戦を覚悟した方が良いだろう。
それに今回は件の変質者がチユキ達の近くにいる事が確認されたのだ。かなりの収穫である。
「安心しなリノにナオ。そいつが現れたら俺が倒してやるからよ」
レイジが不敵に笑う。
「レイジさん……」
「レイジ先輩……」
その言葉にリノとナオが感激する。
正直変質者を倒すのが目的ではないのだが、わかっているのだろうか?
チユキは疑問に思う。
「ところでカヤさん。その神殿騎士達は変質者の顔を見てないの?」
チユキがはカヤに尋ねると、いつも変わらないカヤの顔が少し曇ったような気がした。
「それがどうも精神を操作する魔法を受けているようなのです」
カヤの言葉に少し驚く。
精神操作の魔法と言えばや忘却の魔法や記憶を操作する魔法や支配の魔法等がある。
難易度は忘却の魔法が一番簡単で支配の魔法が一番難しい。
「記憶を消されているって事?」
カヤが頷く。
変質者は神殿騎士を倒した後で、自分の記憶を消したのだろうか?
「どうやらそのようなのです。チユキ様。倒された神殿騎士達は動けるようになったのですが、どうやら今日の1日何をしていたのか覚えていないようなのです」
カヤが困ったように言う。
「うーん、多分忘却の魔法だと思うけど……。記憶を操作する魔法や支配の魔法でも同じ症状になる事があるのでなんとも言えないわね」
記憶を操作する魔法や支配の魔法は比較的簡単な忘却の魔法に比べて非常に難しく。相手よりも自分の魔力がかなり高くないとうまくかからず相手の記憶が混乱する事がある。
そのため記憶がないだけだとどの魔法かわからない。
だけど忘却の魔法なら神殿騎士は相手の顔を見ている可能性が高い。
その情報を何とか引き出せないだろうかとチユキは考える。
「リノさんに頼らないといけないかも……」
チユキはリノを見る。
リノは精神潜入(マインドダイブ)の魔法が使え、相手の精神に侵入することができる。
そして、精神の奥深くに侵入すれば当の本人が忘れている事も知る事ができる。
「えーやだあ……、あれあんまり好きじゃないのに」
しかし、リノは嫌そうな顔をする。
そのため、チユキはその案を断念する。
倒された神殿騎士達があまり好みでなかったようだ。これではあまり意味がない。
精神潜入の魔法はそれを使う術者の精神に強く左右される。気に入らない人物の精神だとあまり奥深くに入れないらしく、特にリノはその傾向が強い。
これでは変質者の記憶を覗き見る事はできないだろう。
「リノさんが嫌がるなら仕方がないか。それじゃあ地道に足を使いましょう」
一番効果的な方法だが、本人が嫌がるなら仕方がないとチユキは思う。
(それにしても変質者は一体何者なの? どうして隠れているの? そして、今どこで何をしているのかしら?)
わからないままチユキ達の夜は更けていった。
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