第7話 旅立ち(イラストへのリンクあり)
レイジとの戦いの次の日の事である。クロキは魔王宮にある一室でルーガスの講義を受けていた。
元の世界に帰る方法がわからない以上は、魔王の世話になるしかない。
レイジとの戦いの後、クロキはモデスから多大な感謝をもらった。
今のクロキはナルゴルにおいて、モデスに次ぐ地位である。
感謝してもらうのは良いが「心の友よ~」と言って抱き着いてくるのは勘弁してもらいたかった。
そしてクロキは報酬の件は保留にしてもらった。
もし帰るとしたら報酬をもらっても仕方がないからだ。
モデスの話によれば召喚する事と帰還させる事は別であり、召喚はできても帰還はできるわけではないそうだ。
下手をすると元の世界とは違う別の世界に行くか、時空の迷子になるらしい。
そのため別途、帰還術と言うべき魔法が必要なのだそうだ。
残念な事にモデスはそういった魔法に詳しくなく、クロキを召喚するのもやっとだったそうだ。
それはクロキにとって信じたくない事だった。
だけど、クロキは嘘をついていないと判断した。あまりにも回りくどすぎるし、何より勇者と戦わせるならもっと上手い嘘があるだろう。
それに、クロキが見たところ、どうやらモデスは思っている事が態度に出てしまうタイプらしい。
モーナと話をしている時のモデスのデレデレした態度を見てそう思う。
モーナもまんざらではないのか、二人のバカップルぶりにクロキは正直イラッとしてしまう。
クロキはそのモデスから、レイジが一命を取り留めたとの情報は昼前に聞いた。
モデスは悔しがっていたが、クロキは逆に安心した。レイジに殺されるとは思ったが、殺すつもりはなかった。何よりシロネの大切な人を殺さずにすんだからである
その後、安心したクロキはこの世界や魔法について勉強する事にした。
クロキが今いるナルゴルの地は、中央大陸の北にある地域だそうだ。
住民のほとんどがゴブリンやオークと呼ばれる亜人である。
人間と同じ姿をした種族もいる。
その人間に似た種族はヤーフと呼ばれ、ナルゴルにはほとんどいないらしい。
他にもエルフやドワーフといったファンタジーに出てくる種族もいるそうだ。
この世界の種族を聞くと、クロキは異世界に来た事を痛感する。
ちなみにクロキのこの世界での種族だが、それは神族にあたるらしい。
クロキの能力を見てモデスがそう言ったのである。
この世界に来た事でクロキ自身に変化が起こっていた。
身体能力が何倍にも強化されていたのだ。
数キロ以上もある距離を一瞬で駆ける事ができ、重そうな鉄の塊を片手で持つ事もできる。
この世界でのクロキは超人であり、この世界の人間では絶対に敵わない存在だ。
そして、特に変わったのが魔法を使えるようになった事である。
元の世界でのクロキは当然魔法を使う事ができなかった。
しかし、この世界に来てからのクロキは魔法を使う事ができるようになっていたのである。
まるで、封印されていた力が、この世界に来たことで解放された気分だった。
クロキの持つ魔力は強力で神族と同等である。それが、神族と判断された理由だ。
神族はこの世界で最強で、特殊な種族である。その中でも闇の神々は特に特殊だ。
普通、同一の種族なら似たような姿をしている。それは光の神々も同じだ。
光の神々は人間と同じ姿をしていて、全員が似ている。
しかし、モデスの属する闇の神々はほとんど同じ姿をしていない。
クロキは勉強しながら不思議に思うが、その答えは出なかった。
「クロキ殿、それが浮遊の魔法でございます」
部屋の中央でぷかぷか浮いているクロキに対してルーガスは言う。
クロキの目の前にいる、角が生えて耳がとんがった老人は、このナルゴルの宰相で最高の知恵者との事だった。
本来なら教師などはせずナルゴルの政務をしなければならないのだが、それを差し置いてクロキの教師をしてくれている。
「どうやら、浮遊の魔法は問題なく使えるようですな。しかし、注意しておいてください、浮遊の魔法を使っている間は別の魔法を使うのが難しくなります。その間に餌食にならぬよ……」
クロキは浮かびながら、黒い小さな炎を人差し指から出す。
「……うに気を付ける必要があるのですが、クロキ殿には無用の心配でしたな」
ルーガスが感心したように言う。
「勇者といい本当に異世界の者は謎ですな。本来なら浮遊の魔法一つでも、長い修行が必要なはずですのに……。勇者の仲間も同じように高位の魔法を使っておりましたので、クロキ殿も同じなのでしょう」
ルーガスが言うには、レイジ達も本来は長い修行をしなければ使えない高位の魔法をこの世界に現れてすぐに使えるようになったらしい。
その力は神族と同等である。そして、クロキもまた同じように神族並みに高位の魔法が使えるらしい。
なぜ使えるのかと聞かれてもクロキもわからない。
生まれつき足が速い人に「なぜ速く走れるの?」と聞いてもわかるわけがないのと同じ理由だ。
クロキは浮遊の魔法を使うのをやめ地面に降りる。
「そしてその黒炎です。それを使えるのはこの世界でも陛下とランフェルド卿だけだったはずなのですが、クロキ殿は使える。しかし、興味深いですな、クロキ殿は普通の魔法の炎は使う事ができないのに黒炎は使える……。本来なら逆のはずなのですよ」
ルーガスは信じられないと首を振る。
「しかし、自身の魔力で普通の火を使えないのでは、不便でしょうな。では今度は火の精霊を使役してみましょうか」
ルーガスは考え込むように言うと何か呟く。すると、その手に一冊の本が突然現れる。
「精霊魔法はこれまでの魔法などとはまったく系統が違いますので注意してくだされ」
クロキは少し前にルーガスに習った事を思い出す。
魔法には大きく分けると二種類あるらしく、自身の魔力で魔法を使うか、別の何かの力を借りて魔法を使うかである。そして、精霊魔法は後者であるらしい。
精霊魔法は目に見えない精霊と魔法でコミュニケーションを取り、要求を聞いてもらう魔法だ。
しかし、その精霊魔法を使うには精霊と会話ができなければいけない。
精霊と会話するには魔法による意志疎通能力が高くないと難しい。
魔法による意志疎通能力とは一種のテレパシーのようなもので、本来言葉がわからない者同士が魔法の力で意志疎通する事を意味する。
クロキがモデスと会話ができたのは、この魔法による意志疎通能力を無意識のうちに使っていたからだ。本当は言葉で会話していたのではなく、言葉を話すことを引き金に魔法を発動して会話をしていたのだ。
ルーガスは、魔法による意志疎通は言葉を話せる者なら簡単だが、言葉を持たない精霊や魔獣等と意志疎通をするには高い才能が必要だと説明する。
「大気にある火の精霊よ、我が声を聞け!」
ルーガスは本を開き魔法を唱える。
するとルーガスは人差し指を立てるとそこに火が灯(とも)る。
そのまま指を離す。指を離しても小さな火はそのまま空中に残っている
そしてルーガスはそのまま空中に火を灯していく。十個ぐらい灯したところでやめ再び呟くと火は消える。
「同じようにやってみてくだされ」
クロキはルーガスと同じように呟く。
「えーと……大気にある火の精霊よ我が声を聞け!」
人差し指を立てルーガスと同じように呟く。するとクロキの人差し指から火が出ると突然指から離れ部屋を飛び回る。
「うわっ!」
クロキは慌てて避ける。火はそのまま部屋の中を暴れると壁にぶつかり消える。
「すみません、ルーガス殿!」
クロキはルーガスに頭を下げる。
「いやはや、部屋に防御魔法をかけていなければあぶないところでしたな。どうやら、精霊魔法は上手く使えないようですな」
ルーガスは興味深そうに言う。
その後、クロキは何度か火の精霊を操ろうとするが言う事を聞いてくれなかった。
ルーガスが言うには火の精霊は上手く使えないが、水の精霊は上手く使えたりする人もいるらしいのでクロキは他の精霊も試してみる。
しかし、水の精霊や風の精霊を使おうとするが、部屋を水浸しにするか紙を散らかすだけで操る事はできず、光の精霊はどんなに呼んでも答えてはくれなかった。
一応クロキは水の精霊は覚えておくと便利らしいので、下位精霊のウンディーネを少しは使えるように練習したがかなり疲れた。これでは上位精霊は呼び出す事さえ難しいだろう。
そんな中で、唯一使う事ができたのは闇の精霊だけだったりする。
闇の下位精霊シェイドはクロキの呼び声に応えてくれて、言う事を聞いてくれた。
ただし、闇の精霊しか使えないのでは精霊使いとは言えない。精霊使いと呼ぶには最低でも二種類の精霊が使えなければならなかった。
クロキの能力では、言葉を話す事ができない精霊相手には上手く意思疎通はできないみたいだった。
レイジの仲間である佐々木理乃は複数の精霊を使役する事ができるとクロキは聞いた。
きっと彼女は魔法による意志疎通能力が高いのだろう。
「今日はここまでにしましょう」
ルーガスは本を閉じるとその本がルーガスの手から消える。
「あのルーガス殿……質問が」
「何でしょうかな?」
「ルーガス殿は先ほどから魔法を使う時に本を広げますが、何か意味でも?」
「ああ、なるほど魔道書の事が気になったのですな」
ルーガスは何かを呟くとその手に本が突然現れる。
「クロキ殿、実はこのルーガスめは本来なら精霊魔法は使えないのですよ」
「?」
クロキは首を傾げる。
「あの……先ほどルーガス殿は精霊魔法を使っていたようですが」
先ほどルーガスは精霊魔法を使いこなしていた。なぜ使えないなどと言うのだろうか?
クロキは疑問に思う。
「それはこの魔道書の力を借りていたからですな。この魔道書の火の精霊を使役する項目を開く事で、本来なら使えない、先ほどの精霊魔法も使えたのですよ」
ルーガスは本を掲げ説明する。
知識の神ルーガスはこの世界で本を発明した者である。そして、その本の中には魔道書も含まれる。ルーガスはその魔道書を使う事で火の精霊を使役したのである。
「えっ? それなら自分もその魔道書を使えば精霊魔法を使えるのでは?」
正直そんな便利な道具があるならもっと早く言って欲しいとクロキは思う。
「使ってみますかな」
「えっ? 良いのですか!?」
クロキはルーガスの言葉に頷き魔道書を借りる。
さっそく開いて使おうとするが魔道書は何も反応しない。
「ルーガス殿の時は魔道書が光っていたような……」
「フォフォフォ、その魔道書は特別製でしてな、持ち主であるこの私にしか使えないのですよ」
ルーガスは笑いながら言う。
「そうなのですか……。それは、ちょっと残念です」
クロキはしょんぼりして言う。
説明では、ルーガスはあらゆる系統の魔道書を持っており、本来なら使う事のできない治癒や精霊の魔法を使う事ができる。使える魔法の数だけならモデスを超えるらしい。
そのルーガスが勇者との戦いに出なかったのは、違う系統の魔法を使うたびに魔道書を持ち替えねばならないのでその系統の魔法を使える者よりも時間がかかり、また魔道書を呼び出す時に魔力を消費するため、普通にその魔法を使うよりも倍近い魔力を使うため、実戦向きではないからだ。
「私としては黒炎を使えるクロキ殿が羨ましいですな。その黒い炎は魔道書の力を持ってしても使えませぬからな」
ルーガスは残念そうに言う。
そして、ルーガスは本を返してもらうと何か呟く、するとルーガスの手から本が消える。
「その力も便利ですね。たしか離れたところにある物を呼び寄せたり、元に戻したりする魔法でしたか」
「ああ物体移動の魔法のことですな、特殊な魔法の道具であれば意外と簡単に使えますよ。たとえばクロキ殿の魔剣とかね」
「えっ? そうなのですか?」
クロキはモデスから与えられた魔剣の事を思い出す。言うまでもなくレイジを斬った剣の事だ。
「ためしにその剣を思い浮かべて呼び出してみてください」
クロキは手を前に出し魔剣を思い浮かべる。
(来い!)
そう念じるとクロキの手に一振りの剣が現れる。黒血の魔剣である。
念じた事で、時空を超えてクロキの手に召喚されたようだ。
「やはり魔剣に持ち主と認められたようですな。こういった特殊な魔力を帯びた武器や鎧は主人の側にあろうとしますので、呼び出すのも簡単なのですよ。その魔剣に斬られた者は黒き力を流し込まれ自身の魔力が徐々に蝕(むしば)まれていきます。斬られた勇者は魔力を蝕まれ今頃瀕死(ひんし)の状態でありましょう」
その言葉にクロキの心がざわめく。
「あの……。勇者は一命を取り留めたと聞いたのですが……」
少なくともクロキはそう聞いている、
(レイジが助かったと聞いて安心していたのだけど……。どうしよう……)
クロキはレイジの事が気になった。
「今は聖女の力で命を繋いでいるようですな。しかし、助かるかどうかはわからない状態のようです」
ルーガスはくっくと笑いながら言う。
レイジはルーガス達にとって敵だ、その敵が瀕死なのだから愉快なのだろう。
しかし、クロキはそうではなかった。
(やはり、様子を見に行くべきだろうか?)
クロキはしばらく考えると口を開く。
「あの……ルーガス殿。相談したい事があります」
「何ですかな? クロキ殿」
「実は勇者達の様子が気になるのです。様子を見に行きたいのですが……」
クロキがそう言うとルーガスは首を傾げ考えると、突然頷く。
「なるほど、確かに勇者が復活するのは問題ですな。トドメを刺しに行きたい気持ち、わかりますぞ」
「えっ? ちが……」
クロキは違うと言いかけて言葉を飲み込む。
(勘違いしているみたいだけど、都合が良いから黙っていよう)
ルーガスは相変わらず頷いている。
「しかし、クロキ殿。まずは陛下にお伺いを立てましょう。それに今日はもう遅いので明日にしませんか?」
◆
翌日になり、クロキは魔王宮の謁見(えっけん)の間において、勇者の様子を見に行かせて欲しいと訴える。
「なるほど、勇者の様子が気になると。わかりましたぞ、旅に必要な道具を用意させましょう」
モデスが頷く。
了解を得られた事にクロキは胸をなでおろす。
最初は駄目と言われるかもと思ったが、モデスは快く承諾してくれた。
何しろクロキはこの世界の事が何もわからない。助けが必要であった。
「ルーガスよ、クロキ殿のために必要な物を用意するのだ」
モデスの呼び声にルーガスが前に出てくる。
「はい昨日、相談を受けましたので用意はすでに済ませてあります。クロキ殿はこの世界の事を知らないでしょうから、案内役をお付けしましょう。ナットよ出ておいで」
ルーガスがそう言うと何者かが突然部屋に現れる。
綺麗な紅い毛を持ったリス、もしくはネズミのような動物だ。
その小動物はクロキの足元まで来る。
「初めましてクロキ様。ナットと申します」
ナットと名乗ったネズミがぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「ナットは火ネズミ。方向感覚と隠密能力に優れます。旅のお供に役立つでしょう」
ルーガスがナットを紹介する。
「クロキです。初めまして、ナット」
クロキはにこりと笑うと挨拶を返す。
するとナットは驚いたような顔をする。
「……いや、噂とはあてにならないでヤンスね。もっと恐ろしい方と聞いておりやしたでヤンス」
ナットはそう言って両手を上げて首を振る。
恐ろしい方と思われていたと言われクロキは苦笑する。
どうやら、クロキはモデスの配下から怖がられているらしい。
モデスの配下は比較的に人間と姿が似ている魔族を除けば、化け物のような外見の者ばかりだ。
そんな彼らから怖がられるというのは、何だかおかしな話だとクロキは思う。
しかし、このまましばらくここで暮らさなければいけないなら、怖がられるのは良い事ではないようにも思う。
クロキは元の世界でも目つきが怖いと言われ前髪を伸ばして目元を隠した事を思い出す。そのおかげで少しは優しい外見になったはずであった。
だが、この世界では別に外見が恐れられているわけではないようなので、別の手段が必要だ。
(ではどうするか?)
クロキは思考を巡らせる。
(怖くないよ~、怖くないよ~と言って踊ってみようか?)
クロキがそんなバカな事を考えていると、モデス達が訝しげな顔をする。
「あのクロキ殿……?」
「いえ、何でもありません。案内役を付けていただき、ありがとうございます」
「それでは、他の必要と思われる物を用意させましたのでご覧ください」
ルーガスの部下達が持ってきた道具を説明する。
この世界の地図。転移の魔法を封じた石。人間の世界の通貨の代わりになるかもしれない貴金属類等である。
「あと他に入用な物があるのなら、用意させますが?」
「いえこれだけ用意していただければ十分だと思います」
クロキは感謝の言葉を言う。
もっとも、この世界の事が何もわからないので、必要な物があっても気付かないだけだったりする。
「クロキ殿。ナルゴルの外はこのモデスの支配が及ばぬ地。危険だと思ったら転移の石ですぐに引き返してくるのですぞ」
モデスが言う。
転移の魔法は転移したい場所を魔法で設定し、そこに移動する魔法である。
転移の石は、転移の魔法が使えない人でも一度だけ使える魔法の道具だ。
「ありがとうございます」
クロキはモデスに礼を言う。
モデスはクロキの事を気に掛けている。
心配してくれる相手には礼儀をつくさなければならない。これはどの世界でも常識である。
そして、クロキは謁見の間を後にした。
◆
「ここは?」
クロキは周囲を見る。
転移の魔法で移動した先は暗く誰もいなかった。
石で作られた小さな建造物。床には魔法陣が描かれ、魔法の残光が少し残っている。
「ここはアケロン山脈にある防衛拠点の1つでヤンス。本当なら常駐の騎士がいたでヤンスが勇者との戦いで戦死した者や負傷者が多く出たでヤンスから、この拠点まで騎士を配備する余裕がないでヤンス……」
クロキの肩に乗るナットが説明する。
魔王宮の南西にそびえ立つアケロン山脈は、ナルゴルと別の地域を分ける境界線である。
この山は空からの侵入を防ぐために暗黒騎士団の
クロキがいるのは、その防衛の拠点の一つらしい。
旅支度を整えたクロキが魔王宮から一気に魔法で移動してきたのがここだった。
この山を下りれば人間の住む世界のはずである。
「おかしいでヤンスね、ここで山の麓まで送ってくれる
ナットが首を傾げる。
本当は飛翔の魔法で降りた方が速いが、クロキは
石造りの建物の外から何か音がする。
外に出て見ると巨大な翼が生えたトカゲのような生物がいた。
その暗黒騎士は建物の近くに飛竜を降ろすと自身もその背から降りる。
「初めまして閣下! 騎士グネドと申します!」
暗黒騎士は兜を取りクロキに礼をする。
見た目は、人間の年齢で言うところ十代後半から二十代前半ぐらいのデイモン族の青年である。
クロキはルーガスから聞いた悪魔の事を思い出す。
悪魔は魔王の眷属の総称である。また、魔族とも呼ばれる。
その悪魔の筆頭種族がデイモン族である。
デイモンの外見は褐色の肌の人間と同じだが頭に二本の角が生えているのが特徴である。彼らは魔法に優れていてまた肉体的にも人間をはるかに凌駕している。
弱点は数が非常に少なく、ナルゴルの最多の種族であるオーク族の二十分の一以下しかいないのだ。
だが、それでもデイモン族の戦士で構成された暗黒騎士団はナルゴル最強だとクロキは聞いている。
その暗黒騎士グネドは緊張しているのだろうか、顔がこわばっている。
「初めましてグネド卿。そんなにかしこまらないでください」
クロキはできるだけ優しい顔を作りグネドに言う。
(正直、閣下などと呼ばれると何だか背中が痒くなるなあ……。自分はそんな偉い人間ではないのだけど。見た目通りの年齢なら自分とそんなに変わらないはずだ、もっと気楽に話して欲しい)
しかし、クロキはグネドが少し震えているのに気付く。
(ナットと同じように怖がっているのだろうか?)
クロキはそう考え少し落ち込む。
「いっいえ! 閣下は陛下に次ぐ地位におられますから!」
クロキには正直に言って、緊張しているのか、怖れられているのかはわからなかった。
しかし、気楽に話してもらうのは無理のようである。
「これより! かっ閣下を山の麓まで、おっお送りするであります!」
グネドはそう言うと
「よろしくお願いします、グネド卿……」
「りょ了解であります!」
クロキが乗るとグネドは飛竜を飛ばす。
「おおっ!」
クロキはその感覚に思わず声が出る。
中々良い飛行感覚だった。
空を飛ぶ感覚はすごく気持ち良く、クロキは自分用の飛竜が欲しいと思う。
しかし、ある程度飛んだところで急に高度が下がる。
「どうしたのですか? グネド卿?」
これでは、せっかくの空の旅が台無しである。クロキは残念に思う。
「こっ、ここから先は監視が厳しいので、低空で飛びます!」
「監視? どういう事?」
「クロキ様。このあたりはすでに聖騎士の奴らの監視地域でヤンス。高く飛ぶと目を付けられるでヤンス」
グネドの代わりにナットが説明する
聖騎士とは神王オーディスに忠誠を誓った人間の英雄と天使族で構成された精鋭部隊である。
その聖騎士達は暗黒騎士団がレイジ達によって壊滅状態になってから、たびたび領空侵犯を繰り返しているとナットは言う。
そのために見つからないように低空で飛ばなければならない。
グネドはたどたどしく
「どうやらグネド卿は
暗黒騎士団は現在人手不足。熟練の
「しかし、このように下手な飛び方をしているとこのあたりのゴブリン達から狙われるかもしれないでヤンス……」
「えっゴブリンが? 何で?」
クロキはルーガスから魔法の講義を受ける時に魔物の事はある程度教わっている。ゴブリンとは身長が平均で一二〇センチ程の緑色の体をした醜い魔物の事である。ルーガスの講義では彼らの頭は鉄より固く、音楽が苦手との事だ。
モデスの配下にはゴブリンもいると聞いている。なぜ襲ってくるのだろう?
クロキは疑問に思う。
「このあたりのゴブリンは陛下の支配下に入ってないでヤンス」
「えっ!? そういえばそうだっけ!」
ナットの言葉で、クロキは学んだ事を思い出す。
ゴブリンは闇の神々に創造された種族だ。しかし、闇の神は他にもいるので、ゴブリンは必ずしもモデスを崇めていない。
むしろモデスを崇めているのはナルゴルに住む者がほとんどで、ナルゴルの外に出るとモデスの影響力はほとんどない。
つまり、ナルゴルから出てしまうとモデスの支配圏外なので、問題が起こった時は自力で解決するしかないのだ。ゴブリンだって襲ってくるし、オークも襲ってくる。
クロキは最初にそれを聞いた時は魔王の看板に偽りありだと思った。
しかし、この世界の人間はゴブリンやオークなどの魔物がモデスの支配下にあると思っているらしい。
何故かと言うとモデスは闇の神々の筆頭だからだ。
クロキが後で知った事だが、モデスは闇の神々で最強らしい。
もっとも、最強だからといって、闇の神々の王というわけではない。
ほとんどの闇の神はモデスに従っていない。従わない者がいるどころか敵対している闇の神もいるそうだ。
それを聞いて、クロキは行く先に不安を感じる。
グネドは危うい操縦で
「ああっ! 見つかりました!」
グネドが指す方向を見ると、そこには翼が生えた人間が急速に迫って来ていた。その数は十。
その翼が生えた人間は黄金の鎧を着て手には弓を持ちこちらに向けている。
「ありゃ天使族の聖騎士でヤンス! グネド卿! 逃げるでヤンス!」
ナットが慌てた声を出す。
天使は光の神々に仕える種族だ。外見は人間に翼が生えた姿をしている。
翼を持つ種族である天使は浮遊の魔法で空を飛ぶわけではないので、飛びながら魔法を使い、また剣を使う事ができる。
通常の者は浮遊の魔法を使いながら戦う事ができないので、
一応グネドも
ナットが言うまでもなくグネドは
しかたがないと思いクロキは飛翔の魔法を唱える。
飛翔の魔法は浮遊の魔法の上位魔法で、空を素早く飛ぶことができる。
この魔法を使えば、翼を持つ天使にも対抗できるはずだった。
「閣下!?」
「グネド卿はそのまま
クロキはそう言うと、そのまま天使達に向かっていく。
天使達がクロキに矢を放ってくる。その矢はとても遅く見えた。
「はっ!」
クロキは魔剣を呼び出すと、矢を叩き落とす。
「馬鹿な!」
天使達の叫び声。
クロキは空を飛びながら空中に巨大な黒い炎の塊を出す。
「黒炎よ!」
黒い炎の塊が広がっていき天使達に向かっていく。
当てるつもりはない。ただの威嚇だ。だが、効果は絶大で相手が慌てふためくのがわかる。
「あの黒い炎はランフェルドだ、逃げろ!」
ランフェルドと勘違いした天使達が逃げていく。
クロキはグネドの
「すごい……」
グネドの呟きが聞こえる。
「グネド卿、天使は追い払いました。このまま飛んでください」
クロキはグネドに笑いかける。
「りょ、了解いたしまた!」
グネドは噛みながら自分に礼をして飛竜を飛ばす。飛竜が高く飛び風を切る。
(気持ちいいな)
クロキは青空を見ながらそう思う。
天使達がいなくなった事で、
飛翔の魔法で飛ぶと魔法にある程度集中しなければならず、景色を楽しめない。空を飛ぶなら何かの背に乗るのが良いだろうなとクロキは思う。
(帰ってきたら自分用の
やがて、アケロン山脈の端の方まで辿り着く。
「ありがとうございました、グネド卿」
「恐縮であります!」
グネドは最初から最後まで緊張したままだった。だが、最初に会ったときより、少しだけ態度が和らいだようにクロキは感じた。
「私はここまでですが、道中のご無事をお祈りしております!」
「ありがとうグネド卿」
グネドはクロキの荷物を降ろすと
ここからは歩きであった。
(確かレイジ達はここから南にある、聖レナリア共和国というところにいるらしいな)
クロキはナルゴルに背を向けて南を見る。転移の魔法で行けたら早いが、あらかじめ設定した場所にしか移動できない。
ナルゴルの外に設定できるわけがないので当然使えない。脚で行くしかないだろう。
聖レナリア共和国までは距離があるが、この世界のクロキの足なら速く移動できる。そのため、二か月ぐらいで辿り付くはずであった。
「それじゃあ、行こうかナット」
こうしてクロキは人間の世界へ一歩ふみ出した。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
イラストへのリンク、主人公クロキの旅人姿
https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16817330656448985639
イラストへのリンク、ナット
https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16817330659844441303
イラストへのリンク、ワイバーン
https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16818093092041151907
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