第98話 夏の扉(1)

夏希はひとりでゴハンの仕度をしていた。


ピーマンのヘタを切り落とした時、その切り口が笑った顔のように見えて。


「わ~すごい。 かわいい~」


ひとりで喜んでしまった。


ヘタが笑ってるなんて


すごーい。



何でも感動する彼女はそれだけで、ちょっとだけテンションが上がった。




『ねえ、高宮さん。 この前、道歩いてたら人間みたいな犬がいたんですよぉ、』


『人間?』


『そう! なんか散歩の途中みたいなんだけど。 飼い主がね、いっくら引っ張っても全然動かないの。 も、こーやって肘ついて寝そべってるみたいな。』


『それはないだろ~。』


『ほんとなんですってば。 タバコ、ぷか~、みたいな?』


『ない、ない』


『って、感じだったってことですよ、』



つまんないことでも


笑いあったりしたなあ。



きっと


今までだったら


あたしはこのピーマンのヘタのことも


彼に話して笑うんだ。




『きみと話をすればするほど・・会えばあうほど、すごく惹かれていく。 ・・好きなんだ。』



『おれは加瀬さんから、いっつも元気をもらってるんだ。 きもといると気持ちが落ち着く。 楽しいし、いつも笑っていられる。 そんな自分がいたって驚くくらい・・』



『おれのこと、好きだって言ってくれたら! 絶対に帰るから!』




夏希は彼の言葉を次々と思い出した。



『さっきみたく一緒にゴハン食べて、大笑いしたり何気ないことを話したりするだけで、楽しいんだよ。おれは・・』




やっぱり


あたしは。



夏希はキッチンでピーマンを握り締めながら、はらりと涙をこぼした。




斯波の家のインターホンが鳴り、萌香が出ると、夏希が皿を手に立っていた。



「加瀬さん?」


ちょっと驚いたが、すぐににっこり笑って


「どうぞ、」


と部屋に招いた。




「あのう・・さっきゴハン作ってたんですけど、これ・・」


夏希は皿を差し出す。


「これ?」


「田舎からピーマンをたくさん送ってきたので、」


「ピーマン?」


「ピーマンのごま油炒めです。」



すっごい大量の・・。



萌香は目を丸くしながら、



「えっと・・あの、清四郎さんもいるけどよかったら、あがって、」


と笑顔を作った。



夏希は顔をひきつらせて笑いながら、



「ハイ・・」


少し考えた後、二人の部屋に上がる。



彼女が


ここまでこれたことが、萌香は意外で少し嬉しかった。




「加瀬、」


斯波は少し驚いた。


隣にいるとはいえ、彼女と会うのは久しぶりだった。



「や・・痩せたな、」


思わず見たままを言ってしまった。


頬がげっそりとこけている。


「あんま・・食べられなかったんで。 斯波さんもよかったらどうぞ・・・」


大量のピーマン炒めを勧めた。



「こ、これ・・?」


一瞬、怯んだが、彼女があまりに真剣な顔をしていたので思わず口に運んだ。


そして、飲み込んだ後、



「味が・・」


「え・・」


「味が、ついてねえぞ。」


夏希はハッとして、


「そう言えば、なにもしなかった、」


「気づけよ、」



すると萌香が、


「じゃあ、もう一回、ちょっと味つけてくるから。」


機転を利かせてそれを持ってキッチンに行った。



「おまえは食ってるのかよ、」


何を言っていいのかわからなかった。


「はあ・・」


曖昧な返事をする夏希に、



「おまえが食わないと、心配じゃないか・・」


斯波は照れながら、そう言って彼女から目をそらした。



斯波さん・・。



その気持ちだけで


もう、涙が出そうなくらい嬉しかった。




「はい・・・」


夏希は目を潤ませてふっと微笑んだ。


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