第74話 雨(1)

もうすぐ7月になろうと言うのに


まだまだ梅雨の真っ最中でこの日も一日中雨だった。



思ったよりも雨が激しくて、折りたたみの傘しか持っていなかった高宮は家に帰る頃はスーツもびしょ濡れだった。


あ~あ、傘の意味な・。



部屋に入ってタオルで体を拭いて、スーツの上着を脱いだ。



そこに電話が鳴る。


「あ、隆之介?」


母だった。


「ああ、なに?」


タオルで拭きながら言う。


「あの、恵の結婚式のことなんだけど、」


「うん、」




「あなた・・出ないでくれる?」


母の言葉は唐突だった。


「え・・」


高宮は手を止めた。



雨の音がどんどん激しくなる。




高宮はベッドにもたれて座り込みながら、普段は飲まないバーボンをストレートで飲んでいた。


以前、海外旅行をした人からお土産にもらって、家ではほとんど飲まない彼はずっとしまいこんでいたものだった。


母の言葉が


頭の中で何度も何度も繰り返される。




「9月に総選挙になりそうなの。」


「ああ・・それは・・」


「お父さま、引退なさるつもりなのよ、」


「え・・」


「良さんに譲りたいって。」


恵の夫・城ヶ崎のことだった。


「選挙に向けて、結婚式のタイミングもいいし。 披露宴もそれで盛り上げたいの。 みなさんに紹介するいいチャンスだし。 あなたがいるとね、良さんがやりづらいのよ・・」



胸が


ズキンと痛んだ。


「だって、そうでしょ? 実の息子のあなたの前で。 彼、どうしたらいいのよ。 お客様も気を遣われるでしょうし。だからね、何か理由をつけて欠席して欲しいの、」



母の言葉は容赦なかった。



高宮は呆然とする。



「恵には私から言っておくから。 あの子はあなたが来るのを純粋に楽しみにしているけど。 ね、わかってくれるでしょう?」



声が


遠くに聞こえる。




『結婚式に、来てくれるでしょう?』


恵の言葉を同時に思い出す。


『絶対に、行くよ。』


そう答えたのはついこの間のことなのに。


妹の幸せそうな笑顔を想像しながら。



わかってる。


悪いのは


おれだ。



あれだけ両親や周囲の人間に言われても。


頑なに政治家になることを拒否した。


だから


恵が彼と一緒になって。


婿を取って。


政治家として高宮の地盤を継ぐことは


家を継ぐことと同じ。



兄亡き後、自分が『長男』として高宮の家にいることになっても


結局


彼が来ることによって


もうあの家に自分の居場所はないのだ。



おれはひとりだ。


わかってる。


わかってるけど・・。



高宮はやりきれない気持ちでいっぱいになってしまった。




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